「東条君、光から何か連絡来た?」

朝教室に駆け込むと、俺自身鷹野と卯月に聞いてみようと朝からずっと思っていた質問を、鷹野からされた。隣では卯月も口を尖らせて携帯とにらめっこしている。

「来てないよ。昨日メールしてみたんだけど…」
「東条君も〜?」
「ってことは、卯月も?」
「うん」
「私も電話したけど、繋がらないの。」

玉城はもう1週間近く学校を休んでいる。先週の4限目、体調不良になってそのまま早退して以来ずっとだ。連絡が来たのはたった一度…試合見に行けないかも、ごめん。たったそれだけ。気にするなよ、それより大丈夫なのか?って返事を送ったけど…それに対する返事はなかった。鵜久森戦にも結局、来なかった。

チャイムが鳴って、担任が教室に入って来た。

「はーい、HRを始めます!」
「せんせ〜、光は?」

鷹野が号令をかけようとする前に、卯月が手をあげて発言した。

「玉城さんはお家の都合でお休みしてたけど、今日の4限から来られるそうよ。」
「え!ほんとですか〜!」

鷹野と卯月が顔を見合わせて微笑む。
家の都合…?体調はもう大丈夫なのかな。

「委員長!号令お願い。」
「あ はい!起立!」

けど、今日は学校にくるんだ…。
連絡が無いのが気になるけど、よかったな。

「礼!」

おはようございまーす、とまばらな挨拶が響く。
4限が待ち遠しく、俺は席に着くと頬杖をついた。



***



「あーー!!光!!」
「おはよう。」
「おはようじゃないよ〜〜!も〜〜!!」
「大丈夫なの?」
「うん。メール返せなくてごめん。」

3限が終わって、4限が始まるギリギリ前に玉城はやって来た。
すごく久しぶりに見た気がする…。それだけ待ち遠しかった。

「玉城、おはよう。」
「東条!おはよ。」
「体調は?」
「もう平気。ごめんねメール…」
「いいよそんなの。元気なら良かったよ。」

ニヤニヤしながらこっちを見る卯月にちょっと苦笑して、俺は誤魔化すように前を向いて座った。

「あぁ待って東条!」
「え?」

その肩を引き留められ、また玉城を振り返る。

「手!」

そう言って手を差し出す玉城に、何が何だかわからないまま手を差し出した。

「犬じゃないんだから…」

卯月がぼそりと突っ込んで、鷹野がちょっと笑いながら見ている。しかしそれには構わず玉城は俺の手を掴むと、両手でぎゅっと握って嬉しそうに頬を綻ばせた。

「あ〜〜…久しぶりの東条…」
「東条君はタバコか!」
「禁煙ならぬ禁東条君失敗…?」

え…ええぇ…。う、嬉しいけど…嬉しいけど…!!
握りしめられた手が熱い…変な汗かいてきた。玉城の手、柔らかい…。

「で、光、何で休んでたの〜?」
「あ、えっとね…」

玉城が何か言おうとしたのとほとんど同時にチャイムが鳴り、教師が教室にやって来た。

「ごめん、あとで話す!」

玉城はそう言って、急いで授業の教科書を机に並べた。



***



4限の授業が終わり、お昼休み。お弁当を持って玉城の所へやって来た鷹野と卯月に、玉城はすまなそうに言った。

「職員室呼ばれてるから、ちょっと行ってくる。先に食べてて!」

今度こそ休んでいた理由を聞けるかと思っていた鷹野と卯月は目を丸くして玉城を見送った。

「忙しそうだね〜」
「ね、どうしたんだろう。」

ふたりは不思議そうにしながら、玉城の机に各々弁当を置いた。ここで待つらしい。

「東条君椅子貸して〜」
「うん。」

卯月に頷いて、俺は財布を持って教室を出る。信二と食堂に行くからだ。
玉城…どうしたんだろう。気になるなぁ…。

「よ、行こうぜ。」

信二は既に廊下で俺を待っていた。頷いて、2人で廊下を歩きだした。

「そういや玉城さん、最近学校来てないんだって?」

信二がペットボトルで手持無沙汰に自分の肩を叩きながら言った。

「ああ…ずっと休んでたけど、今日は来たよ、4限から。」
「そうか…俺のクラスの奴らがずっと噂しててよ。事件とか…何かあったんじゃないかって」
「ははは。玉城、有名人だもんな。」

玉城が誰と話していたとか…どこを通ったとか、すぐに噂になる。学校内で一番可愛い女子、って言われてるけど…学校内どころじゃないよ。本当に息をのむほど綺麗で…自分が彼女に気に入られていることが、いまだに信じられない時がある。

「え…」

ふと、信二が呟いて足を止めた。

「あれ…御幸先輩?」

信二が見る先を見ると、確かにそこには御幸先輩がいた。職員室の前で…玉城と話している。

「珍しいな。玉城さん、いつも御幸先輩のこと無視したり睨んだりしてるのにな」

ほんと…珍しい。驚いた。だって、玉城が…御幸先輩と楽しそうに話してる。
笑いながら、信頼しきった顔で。ちょっと悪戯っぽく睨んだりもして。
会話の内容は聞こえないけど、なんでだよ、と御幸先輩が冗談ぽく言って、玉城が笑い出した。あんなに仲…よかったっけ?

「じゃあな!」

御幸先輩が手を振って踵を返し、玉城は笑いながら頷いて職員室に入って行く。
御幸先輩は俺たちに気づいて、こちらから挨拶すると、よう、と手をあげて、上機嫌に去って行った。…最近ゾノ先輩と険悪で、部活ではピリピリしてるのに。

「なんだったんだ?今の…」
「うん…」

なんだか見た光景を信じられない気持ちのまま、俺たちは食堂へと向かった。


***


「あ〜!光やっと来た〜!」

俺が食堂から教室に戻ってきて5分ほどすると、卯月が声を上げた。玉城が教室に戻ってきたのだ。玉城は自分の席へ行って、卯月と鷹野に囲まれながらようやくお弁当を開いた。

「職員室に何の用だったの?」
「休んでた間のプリントとか宿題とか…あと今後の相談とか」
「今後の相談?」
「しばらく忙しくなるかもしれなくて…」

そう言いながら弁当を食べ始める玉城を、卯月と鷹野だけでなくクラスメイト全員が興味深そうに見つめる。

「…注目されると食べ辛いんだけど…」
「そーだよ!!皆ほら散った散った!」
「真が一番至近距離で見てたけどね」

卯月は無邪気に笑って俺の椅子に跨り、玉城の向かいに座った。

「それで、何で休んでたの〜?」
「忙しくなるってことは、これからも休むことがあるの?」

卯月と鷹野の質問に、玉城は口をもぐもぐさせながら頷いて、飲みこんでから口を開いた。

「休んでたのは、ちょっと…引っ越しとかいろいろあって。」
「引っ越し!?光転校しちゃうの!?」
「し、しないしない。えーと…どこから話せばいいのかな…」

玉城は箸を置いてちょっと考えて、あのね、と話し始めた。

「私、芸能事務所に入ることになって…」
「ええええ!?」
「あ…夏目さん?」
「うん。それで、事務所が管理してるマンションに引っ越したの。学校から割と近いところだけどね。」
「え〜〜!!じゃあ光モデルになるの!?」
「一応…。」

えへへ…、と苦笑する玉城を、俺たちはぽかんと見つめた。
玉城が…モデル?芸能人?もともと、モデルかってほど綺麗だとは思ってたけど…本当にそうなるなんて…ちょっと戸惑う。
すご〜い!と卯月は大騒ぎで、鷹野も笑顔で祝福している。だけど…。どうしてだろう。いろんな奴が玉城の事を見るんだと思うと…複雑。

卯月と鷹野と談笑する玉城を、俺はどこか寂しいような気持ちで見つめた。



***



「玉城さんがスカウトされたってマジ?」

放課後、信二と合流して部活に向かおうとしたとき、早速信二がそう尋ねてきた。噂になるの速いな…俺だって今日聞いたばかりなのに。

「そうみたいだよ。春の都大会のとき、神宮球場で…だって」
「マジかよ!俺らもいたじゃん!」
「びっくりだよね…」
「うわ〜全然知らなかった」

興奮気味の信二を、俺はどこか冷静な気持ちで見ていた。いや…違う。動揺しすぎて…頭が追いついていないだけだ。

「でもまぁ、不思議ではねーよな…玉城さんなら」
「はは…そうだね。」

あれだけ美人でスタイル抜群だし…不思議と引きつけられるオーラもある。

「金丸ー」

ふいに後ろから間延びした声がして、振り向くと、御幸先輩と倉持先輩がこっちに歩いてきていたのだった。俺たちは立ち止って二人を待ち、挨拶した。

「あ…お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」

「おう。金丸、沢村はテスト大丈夫そうか?」
「な…なんとかします」
「はっはっは…悪いな。」

「東条〜!」

そこへ響く柔らかな甘い声。聞いただけで胸が熱くなるのをついつい微笑みにこぼしながら振り返ると、玉城が小さい駆け足でやってきて、通りすがりに手を振った。

「ばいばーい」
「うん!また明日」

手を振り返し、安堵と喜びを感じる。玉城が変わらず自分を見てくれているような気がして安心した。

「御幸先輩もさよなら。」

しかし玉城がふと御幸先輩に視線を移し、そう悪戯っぽく笑いながら言うのを見て、俺は急に焦燥感を覚えた。

「お〜、またな。」

玉城が踵を返して走っていく背中に、御幸先輩は更に声をかける。

「玉城〜どこ行くの?」
「図書室です!」
「暗くなる前に帰れよー」
「大きなお世話でーす」
「素直じゃねーな!」

玉城はコロコロ笑いながら走っていった。御幸先輩も楽しそうに笑いながら、今度こそその背中を見送った。

「……。」
「……。」
「……。」

そして俺たち3人の視線を浴びていることに気付いたように、急に赤面して顔をひきつらせた。

「…さ〜てお前ら!部活だ部活」
「ちょっと待て御幸!」

逃げようとした御幸先輩の肩を羽交い絞めにして、倉持先輩が締め上げた。

「テメェいつの間に玉城さんと仲良くなってんだよ!!抜け駆けしたな!?」
「抜け駆けって(笑)そもそも競ってたの?お前」
「テメ…!!待ちやがれ!!」
「はっはっはっは!」

先輩たちはそのままふざけ合いながら走っていってしまった。

「御幸先輩って…絶対玉城さんのこと好きだよな」

信二がそう呟いて、俺は思いのほかぎくりとした。

「…あ〜、そう…かな、やっぱり」
「間違いねぇだろ。あの人があんな風に女子に絡んでいくの、玉城さんだけじゃん」

はは…、と乾いた笑いを零して、早まる心臓を誤魔化した。何焦ってるんだ…俺。いつの間にかあの二人が、仲良くなっていただけで。…それだけで…それだけだけど、すごく…嫌だ…。

「で…どーすんの」
「え…」
「いや、お前もだろ…玉城さんのこと…」
「え!!いや俺は…!」
「否定しなくていいって。むしろ、俺はお前が一番可能性あると思うけど」
「か、可能性?」
「うまくいく可能性。」

やめてほしいな…。そんなこと言われたら、根拠もなく期待して…余計に落ち込むことになる。

「絶対玉城さんもお前のこと意識してるだろ」
「そ そんなことないって…」

否定しながら、いつも虚しい気持ちになる。だって本当に…意識なんてきっとされてない。俺が玉城を見てドキドキするような気持ちと、玉城が俺に対して抱いてる感情は…違うと思う。

「俺はそうだと思うけど。でもいいよな〜、あんな可愛い子がいつも東条〜東条〜って来てくれてさ!」
「か…からかうなって」
「からかってねーよ!今度の試合は応援来るんだろ?」
「いや…どうかな。最近忙しいって言ってたし…誘ってないんだ」
「何してんだよさっさと誘え!絶対来てくれるって」
「はは…」
「明日誘えよ!そんでさっさと告っちまえ!御幸先輩に横取りされる前に!」
「横取りって…」
「いいから誘え!まどろっこしんだよ見てて!」
「わ、わかった…」

ったく、とため息を吐いて腕を組む信二。

「あ〜羨ましい!!」
「信二…」

苦笑して、にわかに滲む緊張を押し隠した。
玉城…。俺のこと、本当はどう思ってるんだろ…。



***


『玉城 光』

その名前の下の、メール作成ボタンと発信ボタンを交互に選択し、決定ボタンの上で親指が震える。
やっぱメールで…明日試合があるからよかったら…って、でも今までは玉城から「次の試合はいつ?」って聞いてきてくれたんだよな。聞いてこないってことは忙しいのかな…。なんか、催促するみたいで言い辛い…。
電話でサクッと…いや、もう結構遅いし寝てるかも?…どうしよう、なんか緊張する。

…いや!頑張れ 俺!ここは電話で…!

――プルルルル…プルルルル…

耳に響いてくる呼び出し音。それが繰り返されるたびに鼓動が早くなっていく。ど…どうしよう、勢いでかけちゃったけど…なんて言えば…。

『…もしもし。東条?』

ドキン、と心臓が跳ねた。

「う、うん。ごめん遅くに。」
『ううん。あ、そうだ。明日試合なんでしょ?』
「え?」
『御幸先輩が言ってた。』

――え?御幸先輩が…

「あ…そう、なんだ。」
『見に行きたいけど、明日は予定があって行けないんだぁ。司と真も部活で行けないんだって。』
「そっか。」
『でも応援してるから。頑張ってね!』

……俺…遅かったんだ。

「うん…ありがとう。」
『それで東条は?どうしたの?』
「…えっと…なんだっけな。あはは、忘れちゃった。」
『え〜?なにそれ。あはは』
「ごめん、たぶん大したことじゃないから。思い出したらまた言うよ。」
『東条大丈夫〜?しっかりしてよね』
「あはは。そうだね」

ほんと…どうしたんだ、俺。どうして…いつの間に、御幸先輩に追い越されて…。

『東条は今何してるの?』
「俺…そうだな、ちょっと素振りでもしようかと思ってたところ」
『そっか。頑張ってね。私はもう寝る〜』
「はは、おやすみ。」
『おやすみ!』

プツン、と電話が切れた。
一番近いと思っていた…自分は特別だと。なのに…いつの間にか…。
…油断してた。

玉城…。

行かないで。…御幸先輩の所に…行かないでくれよ…。

 


ALICE+