015
王谷との試合――6回裏。
1アウトランナー一・二塁…3対2のこの場面。
緊張を解いたのは、背後から響いてきた小さな足音だった。
カンカンカン――…
階段を駆け上がってくるその足音を、俺は何気なく振り向いて見た。
青道の制服…何度か見かけたことがある少女。
玉城光が息を切らして走ってきて、ちょうどクリスが立っている隣、スタンドの手すりに駆け寄った。
「おい…あの子…」
「ああ…1年の玉城さん…」
門田たちがヒソヒソと騒ぎだしても、彼女は真剣に試合を見つめていた。まるで誰かを探しているみたいに。
部内では東条と良い仲だという噂だが…東条の応援に来たのだろうか。
「あれ〜君、ひとり?」
突然、だらしない身なりの男たちが彼女に近づいてきた。
「うっわかわい〜!モデルとかやってる?」
「この試合ぶっちゃけつまんねーよ?俺らとどっか行こうよ。」
「……。」
彼女は男たちから視線を逸らし、無視を決め込んだ。
「ちょ、無視は傷つくんですけど〜」
「つか女一人で野球観戦とかナンパ待ちでしょ?」
「ほら行こうよ!」
男が彼女の細い腕を掴んで引っ張った。
「おい…!」
俺は立ち上がり、気付けば門田たちも全員立ち上がって、クリスまでもが男たちを睨んでいた。
「……。」
「……え…あ…、つ、連れ?」
俺たちを見渡して顔を引きつらせ、彼女の腕をコッソリと離す男。ヤベェ、と仲間の男に耳打ちをしている。
「す…スイマセンでした〜」
へらへらと誤魔化すように笑いながら、男たちは逃げていった。
彼女はちょっと青ざめた顔で、まだ動揺の滲む目で、身を竦ませて黙り込んでいる。その細い腕は少し赤くなっていて、彼女自身、纏わりつく恐怖を拭うように腕を擦った。
「大丈夫か?」
クリスが尋ねると、彼女ははっとしたように顔を上げた。
「だ…大丈夫です…ありがとうございました…。」
そう呟いて、恐怖を思い出したように少し震える。そういえば…彼女は男嫌いだと誰かが言っていたか。今みたいなことがよくあるのだろうか…。
「東条を見に来たのか?」
俺がそう尋ねると、彼女は初めて俺の目を見た。
「え…?あ…せ 青道生…ですか?」
そして、ようやく俺たちが青道の制服を着ていることに気付いたようだった。
「3年の結城だ。俺たちも野球部だ。もう引退したがな…」
そう言うと、彼女はどこか安堵したように微笑んだ。
「そうだったんですか…。」
よかった。彼女の顔にその思いがにじみ出ていて、なんだか誇らしい気持ちになった。
***
彼女もいっしょに試合を見て、試合が終わると一緒にスタンドを出たところで、彼女は俺たちを見上げた。
「じゃあ…失礼します。ありがとうございました。」
「東条に会って行かないのか?」
そう訊くと、彼女はきょとんとして、少しはにかんだ。
「いえ…ちょっと、用事があって…」
そう言いかけたところに、彼女の携帯が鳴って、彼女は慌てて耳に当て、小声で「すぐ行きます」とだけ言って、切った。確かに忙しそうだ。
「それじゃ、失礼します。」
最後にまた深くお辞儀をして、彼女は小走りで去って行った。
「は〜…東条は幸せ者だな。あんな可愛い子が忙しい仲時間を割いてまで…」
「お前も彼女いるだろ…」
「言うな…」
くっ、と泣きまねをする奴を指して、最近上手くいってないらしいよ、とほくそ笑む奴。
「お…来たぞ」
クリスが呟いて、その視線の先にゾロゾロと歩いてくる青道ユニフォームの集団がいた。
「沢村。」
クリスは早速沢村に声をかけに行く。
「哲さん…来てくれたんですか」
「御幸。いい試合だったな」
ありがとうございます、と照れ臭そうに言う御幸。その晴れた表情を見ると、この間相談を持ちかけてきた悩みは解決したらしいなと確信する。こいつなら心配はないと思っていた。
「あれは焦ったよ…」
「まあ遅かれ早かれ気付かれただろうけどな。自分の打席だと焦るよな…」
ふと、金丸と談笑している東条に気付き、俺は呼び止めた。
「東条。」
呼ばれると、驚いた顔をして俺を見る東条。
「…はい!」
礼儀正しく駆け寄ってきた後輩に、ちょっとからかうような気持ちで伝える。
「あの子、試合見に来てたぞ。」
「え…?」
「玉城光。6回裏の時にな…試合が終わったら、忙しそうに帰ってしまったが」
「……。」
ぽかんとしている東条。その代わりに口を開いたのは…
「あ…、あいつ来てたんですか?」
御幸だった。
「来れないかもって言ってたけど…」
「……。」
どこか嬉しそうに呟く御幸と、動揺の滲む表情で俯く東条。…まずいことを言ったか?
「…失礼します。」
無理したような苦笑を残して、東条は去ってしまった。
1アウトランナー一・二塁…3対2のこの場面。
緊張を解いたのは、背後から響いてきた小さな足音だった。
カンカンカン――…
階段を駆け上がってくるその足音を、俺は何気なく振り向いて見た。
青道の制服…何度か見かけたことがある少女。
玉城光が息を切らして走ってきて、ちょうどクリスが立っている隣、スタンドの手すりに駆け寄った。
「おい…あの子…」
「ああ…1年の玉城さん…」
門田たちがヒソヒソと騒ぎだしても、彼女は真剣に試合を見つめていた。まるで誰かを探しているみたいに。
部内では東条と良い仲だという噂だが…東条の応援に来たのだろうか。
「あれ〜君、ひとり?」
突然、だらしない身なりの男たちが彼女に近づいてきた。
「うっわかわい〜!モデルとかやってる?」
「この試合ぶっちゃけつまんねーよ?俺らとどっか行こうよ。」
「……。」
彼女は男たちから視線を逸らし、無視を決め込んだ。
「ちょ、無視は傷つくんですけど〜」
「つか女一人で野球観戦とかナンパ待ちでしょ?」
「ほら行こうよ!」
男が彼女の細い腕を掴んで引っ張った。
「おい…!」
俺は立ち上がり、気付けば門田たちも全員立ち上がって、クリスまでもが男たちを睨んでいた。
「……。」
「……え…あ…、つ、連れ?」
俺たちを見渡して顔を引きつらせ、彼女の腕をコッソリと離す男。ヤベェ、と仲間の男に耳打ちをしている。
「す…スイマセンでした〜」
へらへらと誤魔化すように笑いながら、男たちは逃げていった。
彼女はちょっと青ざめた顔で、まだ動揺の滲む目で、身を竦ませて黙り込んでいる。その細い腕は少し赤くなっていて、彼女自身、纏わりつく恐怖を拭うように腕を擦った。
「大丈夫か?」
クリスが尋ねると、彼女ははっとしたように顔を上げた。
「だ…大丈夫です…ありがとうございました…。」
そう呟いて、恐怖を思い出したように少し震える。そういえば…彼女は男嫌いだと誰かが言っていたか。今みたいなことがよくあるのだろうか…。
「東条を見に来たのか?」
俺がそう尋ねると、彼女は初めて俺の目を見た。
「え…?あ…せ 青道生…ですか?」
そして、ようやく俺たちが青道の制服を着ていることに気付いたようだった。
「3年の結城だ。俺たちも野球部だ。もう引退したがな…」
そう言うと、彼女はどこか安堵したように微笑んだ。
「そうだったんですか…。」
よかった。彼女の顔にその思いがにじみ出ていて、なんだか誇らしい気持ちになった。
***
彼女もいっしょに試合を見て、試合が終わると一緒にスタンドを出たところで、彼女は俺たちを見上げた。
「じゃあ…失礼します。ありがとうございました。」
「東条に会って行かないのか?」
そう訊くと、彼女はきょとんとして、少しはにかんだ。
「いえ…ちょっと、用事があって…」
そう言いかけたところに、彼女の携帯が鳴って、彼女は慌てて耳に当て、小声で「すぐ行きます」とだけ言って、切った。確かに忙しそうだ。
「それじゃ、失礼します。」
最後にまた深くお辞儀をして、彼女は小走りで去って行った。
「は〜…東条は幸せ者だな。あんな可愛い子が忙しい仲時間を割いてまで…」
「お前も彼女いるだろ…」
「言うな…」
くっ、と泣きまねをする奴を指して、最近上手くいってないらしいよ、とほくそ笑む奴。
「お…来たぞ」
クリスが呟いて、その視線の先にゾロゾロと歩いてくる青道ユニフォームの集団がいた。
「沢村。」
クリスは早速沢村に声をかけに行く。
「哲さん…来てくれたんですか」
「御幸。いい試合だったな」
ありがとうございます、と照れ臭そうに言う御幸。その晴れた表情を見ると、この間相談を持ちかけてきた悩みは解決したらしいなと確信する。こいつなら心配はないと思っていた。
「あれは焦ったよ…」
「まあ遅かれ早かれ気付かれただろうけどな。自分の打席だと焦るよな…」
ふと、金丸と談笑している東条に気付き、俺は呼び止めた。
「東条。」
呼ばれると、驚いた顔をして俺を見る東条。
「…はい!」
礼儀正しく駆け寄ってきた後輩に、ちょっとからかうような気持ちで伝える。
「あの子、試合見に来てたぞ。」
「え…?」
「玉城光。6回裏の時にな…試合が終わったら、忙しそうに帰ってしまったが」
「……。」
ぽかんとしている東条。その代わりに口を開いたのは…
「あ…、あいつ来てたんですか?」
御幸だった。
「来れないかもって言ってたけど…」
「……。」
どこか嬉しそうに呟く御幸と、動揺の滲む表情で俯く東条。…まずいことを言ったか?
「…失礼します。」
無理したような苦笑を残して、東条は去ってしまった。