「降谷、立ち上がりいいな」
「ああ 調子良さそうだ」

1回表をスリーアウトで締め、青道の攻撃。
そのとき、視界の横を白い光がふわりと横切った。
つい気を取られてその光を見ると、白いレースを羽織った女性が、まるでそこに舞い降りたかのようにふわりと髪をなびかせて、通路の階段を下りていった。

「あれ玉城さんじゃん」

門田が呟く。

「呼ぶ?」

見たところひとりだ。この間のようなことがあるかもしれない、と門田の顔には浮かんでいた。

「…そうだな…」

どこかそれを免罪符にして、俺は席を立ちあがった。
彼女の背中に歩み寄り、その肩口に声をかけた。

「ひとりか?」

彼女は驚いた顔で振り向いて、俺の顔を見て表情をやわらげた。

「俺たちはあそこで見てるんだが、一緒にどうだ?」
「…いいんですか?」
「もちろんだ。」

一人にさせておくのは心配だし…。しかし彼女がふわりと微笑むと、胸の奥が暖かくなった。
席に戻り、門田に詰めてもらって、俺は彼女と並んで座った。

「倉持スリーベース!」
「あいつも出塁率上がったな」

試合に来るたび、後輩たちの成長を知る。それは嬉しくもあり、もどかしくもある。できることなら自分も、あの場に立っていたかった――。そう思うけれどそれは後悔ではなく、きっと何年続けてもこの思いは抱き続けるものなんだと思う。

「次は白州か。いきなり得点あるかもな」
「――よし!」

堅実に白州が打ち、倉持はホームに帰還する。あっという間に先制だ。
今日は調子が良さそうだ――まだ1回なのに、そんな期待が胸をよぎる。

「よし!小湊も1塁」
「亮介の弟、やっぱセンスいいよな」

『ランナーを1塁に置き、打席には4番 御幸一也君』

「……。」

隣に座る彼女がどこか息を飲んで前を見つめた。まるで御幸の登場を待ちかねていたような――。
彼女は今日、一体誰を見に来たのだろう、と考える。御幸か…東条か。それを知る者はおそらくひとりもいない。

『ラン&ヒット成功ーー!!一塁走者小湊 一気に三塁へ――』

打線がつながり、青道はそのまま2点先取で1回が終わった。


***


2回も2点を上げ、4−0。3回表になり、成孔は投手交代。1年投手の小川がマウンドに上がってきた。

「来たな…」
「でけぇな」

にわかにスタンドがざわつく。
小川が振りかぶり――ボールを放った。うなりを上げるようなボールが重たくミットにねじ込まれる。

「ボール重そうだな」
「角度もありそうだしな…」
「でも荒れてる。いけるぞ!」

フォアボールで小湊が出塁し満塁。ここで御幸を迎え、青道ベンチは盛り上がる。

「打てよ御幸ーー!!」
「ここで打たなきゃ4番じゃねえ!」

4番で主将…多くのものを御幸に引き継いだが、あいつならやってくれる。そう信じている。

「あ…!」

ドン、と御幸の肩が揺れ、体勢を崩した。彼女が小さく息を飲んだのがわかった。

「デッドボール!!押し出しーーー!!」

1塁へ歩いていく御幸を不安げな顔で見つめる彼女。やはり…彼女は御幸のことを…

「そんなに心配しなくても平気だよ、野球じゃよくあることだ。」
「そうそう、ほら大丈夫そうだろ?」

門田たちがそう声をかけると、彼女はちょっと愛想笑いを浮かべて頷いた。


***


5回裏。やはり御幸の番が回ってくると、彼女の視線に熱がこもる。
今日は御幸を見に来たらしいな――。御幸は知っているんだろうか。あの、なかなか本心を見せない、飄々とした後輩は…。

『ランナーを一塁に置き 打席には4番 御幸君』

――ぱぁん!!

容赦のない投球。デッドボールの後なのに、あれだけインコースを攻められるとは…1年ながら肝が据わった選手だ。

「…あぶねぇな」
「さっきデッドボール出した相手に…」
「……。」

見ると、彼女は怖い顔をして前を睨んでいた。まるで御幸に厳しく投げ込むあの投手に怒っているかのように。俺は少し口元が緩む。御幸…今スタンドにこんなにお前のことを想っている子がいること――お前は知らないだろうな。

『ボールフォア!!』

「なんだ、結局フォアボールか」
「よほど御幸を警戒してるのかもな」

その後降谷の打球からゲッツー、攻守交替――なのだが。

「…何かあったらしいな」

門田が不穏な表情で呟いた。青道バッテリーがなかなか出てこないのだ。

『青道高校選手 治療の為一時中断しております』

アナウンスが流れ、門田や丹波の顔に緊張が走る。

「治療?」
「降谷か…?」
「前 足を痛めてたよな…癖になったんじゃ…」
「あ、出てきた」

ベンチから御幸、そして降谷が出てきた。

「降谷か…大丈夫なのか?」
「監督がゴーサインを出したなら大丈夫だろ…」

願いにも似たその呟きを聞きながら、試合の再開を待つ。点差は4点…まだ油断はできない。
6回表を1失点で防ぎ、6回裏、青道は得点ならず…点差が縮まっていく。
そして7回表――。

『2点を追いかけ7回表ツーアウトランナー二塁。打順は1番に戻り、桝 伸一郎』

降谷が振りかぶる。がむしゃらだが、しっかり落ち着いて投げられているように見える…。
――キイン、とバットにボールが打たれた。そのボールが、息を飲む間に――降谷に直撃した。

「!!!」

門田や丹波が息を飲む。俺の隣に先ほどから静かに座っていた玉城も、言葉を失ったように口を開けたまま固まった。
場所は頭部に近いが、腕で庇ったように見える。それでも降谷はすぐにボールを拾い、サードの前園に投げ込んだ。

『止めたぁーーー!!センターに抜けるかという強烈な当たり まさに身を挺して止めましたーー!!』

「やべぇ…アイツ…」
「…あぁ…」

門田と丹波の顔に笑みが滲んだ。確かに…燃え上がるような闘争本能がここまで伝わってきた――。


***


同点に追いつかれ9回表――。

『9回表 2アウト ランナー二塁』

「アイツしぶといな…」
「ああ…捕手で1番を任されてるだけはある」
「おお!ここでチェンジアップ」

しぶとい打者を相手にペースを崩さず投げられている。沢村も成長しているな。

『カウント2−2 勝負の8球目』

「沢村ーー!」
「踏ん張れ沢村!」

沢村がボールを放ち――バットが振られる。打球は三遊間へ――

「二塁ランナーサードを回ったーー!!」
「麻生バックホーム!!」
「おっしゃああストライク返…」

御幸がホームで捕球した――しかし三塁から闘牛のように猛進していく巨体の小川は、その勢いを緩めることなくホームへと突っ込んでいく。

「――!!!」

小川が御幸に激突し、ふたりはもろとも倒れ込んだ。

「……!!」

玉城が身を乗り出して唇を震わせた。メットを吹っ飛ばされた折れ込んだ御幸は――ゆっくりと起き上がり、ミットを高く掲げた。その中にはしっかりとボールが収まっている。

『アウト―――!!』
『ラフプレーともとれる小川の本塁突入を、キャプテン御幸身を挺してブロック!』
『成孔学園に得点を許しませんでしたーー!!』

「大丈夫なのか…今の…」
「今のプレーやばくね?」

スタンドがざわつく。それもそうだ。今のはラフプレーともとれる…。

「……。」

その後試合が続く中、玉城はずっと神妙な顔で唇を引き結び、思いつめるように黙り込んでいた。


***

その後延長戦――御幸が放ったサヨナラで青道の勝利となった。

「次は決勝か…早いな」

羨むように丹波が言い、門田が微笑む。
本当に羨ましい。そして――誇らしい。

「さてと…あいつらに声かけていこうぜ」
「ああ」
「玉城さんも行くだろ?」
「え…」

ちょっと戸惑ったように俺たちを見上げる玉城。

「御幸…待ってると思うぞ」
「……。」
「え?御幸?」
「…東条じゃないのか?」

俺の言葉に玉城は息を飲み、門田たちは不思議そうに呟く。

「行こう。」

後押しのようにそう声をかけると、玉城は、はい、と頷いた。
スタンドを降り、通路をぐるりと回って歩いていくと、成孔のチームの傍を通りかかった。

「……。」

玉城が少し歩みを緩めて彼らを見る。すると小川と桝が気づいて、玉城の方を見た。

「……。」

玉城は黙ったまま、彼らを――いや、小川を睨みつけた。

「あれ…あの子俺のこと見つめてないっスか?」
「ああ?…睨んでんじゃね?」
「絶対見つめてるっス。言い辛かったけど、俺結構モテるんスよね…」
「いや睨んでんだよアレは。ほら青道の制服の連れいるし…お前のクロスプレーにキレてんだよ。もしかしたらあっちの主将の彼女かもな」
「桝さん…さすがに鈍感すぎっス。それじゃモテませんよ」
「本当に幸せもんだなテメーは!」

「……。」

玉城は目を逸らし、また前を向いて歩きだした。

「ああほら…行っちゃった」
「いいから片付けろ常!行くぞ」

さっきのクロスプレー、相当頭に来たみたいだな。試合はずっと静かに見守っていたのに、御幸に危害が及ぶと本当に心配そうだった。そして御幸がサヨナラを打った時は…本当に嬉しそうだった。いい試合だったが、彼女の心を動かしたのは――御幸だけだったように見えた。

「お、薬師だ」
「次は薬師と市大三高だったな…」

門田が言う通り、通路の先にゾロゾロと歩いていく薬師の選手の集団がいた。

「…あ!!」

その中の一人、エースナンバーを背負った男が振り向いて、目を丸くした。

「玉城さん!玉城さんじゃん!」
「……?」

「あいつ…薬師の真田だな」

門田が耳打ちし、丹波が頷く。しかし当の本人――玉城はきょとんと真田を見上げていた。

「え!?俺のこと忘れちゃった?」
「……。…さ…」
「…!うん!」
「さ…さな…」
「そう!さな…」
「……?」
「…あぁ!惜しい!」

首を傾げた玉城に、ずっこける真似をする真田。こんなに面白い奴だったのか。

「真田だよ!真田俊平!」
「……。」
「なぁやっぱ連絡先教えてよ…俺のこと覚えてもらいたいし。」

「おい…ナンパし始めたぞ」
「でも一応知り合いっぽくないか?」

門田と丹波が様子を窺う中、真田は必死に玉城に食い下がる。

「な!電話番号教えて!」
「今急いでるので…」
「いやいや次いつ会えるかわかんねーしさ!な、お願い!」
「いやです」
「え…。」

いや…か…。と真田は項垂れた。そういえば御幸も、彼女の連絡先を知るのに苦労したらしいな。

「じゃ…失礼します」
「…あ!待って玉城さん!」
「…?」
「ニュース見たぜ。グランプリおめでとう。」
「…ありがとうございます。」
「俺、玉城さんに釣り合う男になるから!次の試合勝つし…その次も勝つ。」

「その次って…」
「青道じゃん…」

「そしたら連絡先教えてくれよ!」
「…え…。」

積極的な真田に対し、玉城は静かに考えた後、口を開いた。

「…いやです」
「え"……」

硬直した真田を置いて、失礼します、と歩き出す玉城。門田と丹波はちょっと笑いを堪えつつその後に続く。

「ちょっ…待って玉城さん!」
「真田〜置いてくぞ〜〜」

「やっぱめちゃくちゃモテるな…あの子」

門田が耳打ちし、ああ、と丹波が頷く。
思えば、今こうして歩いているだけでも、すれ違う人たちが皆玉城を振り返る。声をかけようとして、俺たちに気付いてやめる者もいる。
こんな子に想われて、御幸はどんな気持ちなのか…。それを考えると、少し可笑しくなった。

 


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