あと一勝――。

それだけを胸に、鈍い痛みを誤魔化した。右手でバッグを持とうとして、左手に持ちかえる。
大丈夫…あと一つ勝てば、夏まで時間はある…。

「御幸」

トントン、と俺の肩を叩く哲さん。俺が振り向くと、目線を横にして微笑んだ。あっちを見ろという事らしい。
つられて見ると、柱の所に玉城が俯いて立っていた。ブラウスにジーンズ、白いレースのカーディガンを羽織った装いで。

「あの子、お前のことすげー心配してたぞ」
「さっきも通路で成孔の小川を見かけて、すごい睨んでたな(笑)」

門田先輩たちの言葉に一瞬ぽかんとした後、じわじわと顔が熱くなった。
それから意を決して、玉城の傍へ歩いて行った。前に立つと、玉城は顔を上げて俺を見上げた。

「なんで…」

来てくれたの?そう聞こうとして、はっとした。何言ってんだ俺…俺じゃなくて東条を見に来たのかもしれないじゃん。うわ、恥ずかしい。勘違い野郎…

「……。」

玉城はちょっと視線を落として、じっと俺の体を見つめた。肩…腕、腰、足…まるで何かを探しているみたいに。
それから近付いて来て、手を伸ばしてきて――俺は心臓が跳ねた。玉城の手のひらが、俺の腕にそっと触れた。

「え、な…何だ何だ、随分熱烈かんげ…」

咄嗟におどけた時、玉城の手が俺の脇腹に当たって、鈍い痛みを呼び起こした。

「っ…」

一瞬言葉に詰まり、体がびくんと強張って、しまった、と思う。反射的に周りを見て、誰にも見られていないことを確認して、玉城を見ると――訴えるような目で俺を見上げていた。

「…やめろって!くすぐってぇ!」
「……。」
「つーかいきなりどした?(笑)俺照れちゃう…」

ふざけてそう流そうとしたのに、玉城は真剣な目を逸らさないままちょっと俺を睨んだ。

「…隠すつもりですか?」

あぁ…バレてる…。意外と鋭いな、玉城…。

「…平気だって。そんな重症じゃねーよ。」
「平気なら…隠す必要ないですよね」
「……。」

…鋭すぎ…。

「…誰にも言うな」
「……。」

小さく呟くと、玉城はじっと俺を見上げたまま唇を引き結んだ。
そして俺を、泣きそうに目尻を赤くした目でじっと睨んだ。

「……。」

そのまま何も言わず踵を返す玉城。勝手にしろ、とでも言うように。
俺はその背中から、そっと目を逸らした――。



***



「玉城さんスゲー話題になってんな」

ミーティング前、わらわらと食堂に集まってきた奴らは一様に携帯の画面を覗き込んでいた。

「見た見た。ツイッターだろ?」
「まとめ記事も出てるぞ。やばくねぇ?」
「今日本一可愛い女子高生…だって」

ツイッター…ね。
何でもない顔をしてこっそりと携帯を開き、玉城光、と検索すると、すぐにあのグランプリ受賞時の写真が出てきた。スポットライトを浴びて微笑む玉城。その下には、玉城の話題がいくつもヒットしている。

『まさにシンデレラガール!カルム専属モデルオーディショングランプリ受賞:玉城光さんが可愛すぎると話題に』

その記事を開くと、誰が作ったのか、玉城の情報がずらりと書き連ねられていた。
グランプリ受賞時の写真の下に、※公式サイトプロフィールより抜粋 と注意書きが添えられ、プロフィールも事細かに載っている。

芸名:玉城光(本名)
年齢:15歳
身長・体重:162cm・47kg
スリーサイズ:非公開
特技:英語・歌

――毎年10月に行われる新人女性モデルの登竜門・カルム専属モデルオーディション第20回グランプリ受賞の玉城光さんが可愛すぎると話題になっています。
現役女子高生という事で、どこの高校か?部活は?出身は?彼氏はいるのか?等々調べてみました。

玉城さんが在学している高校ですが、現在公式サイトでは公表されていません。現役という事で伏せているのかもしれませんね。ですがネットの噂によると、玉城さんは東京都の「青道高校」に在学している可能性が高いとの事です!青道にはものすごく可愛い子がいると近隣の学校にも噂が広まっており、その特徴が玉城さんと一致しているとの事です。また、現在秋季高校野球大会で決勝に進出した青道高校野球部の応援に、玉城さんらしき女の子が応援に来ていたとの目撃情報もあるようです。これは信憑性が高いかもしれませんね!

また玉城さんの高校生活についてですが、玉城さんはSNS等のアカウントを持っていませんので、どんな部活動をしているのか?彼氏はいるのか?交友関係は?ということについては謎に包まれたままです。

玉城さんの出身については、公式サイトによると「東京都出身」との事です!しかしはっきりとした顔立ちと真っ白な肌、明るい亜麻色の髪、グレーがかった青っぽい瞳など、ハーフでは?との噂もあります。公式サイトのプロフィールには特技は英語と書かれているので、その可能性は高いですね!



…ここまで特定されてんのかよ。これ、同じ学校の奴らが騒ぎに便乗し出したら、すぐに噂が広まるぞ…。

「あ…おい 東条!」

2年の奴らが、食堂に入ってきた東条を呼び止めた。はい、と礼儀正しくそいつらに向かう東条に、不満げな声がぶつけられる。

「玉城さんなんでいつもいないんだよ!」
「明日の休み時間は引き留めとけよ!」
「え…、いや、玉城忙しいみたいで」
「休み時間の度に用事があるのかよ、いいじゃんちょっと話くらい…」

「やめろよ。」

気付けば低い声が響いて、食堂が静まり返った。…やべ…咄嗟に口はさんじまった。なんかムカついて…

「なんだよ、御幸」
「…迷惑だってのわからない?つーか会って何話すんだよ(笑)」
「…は!?」
「あっちからしたら俺らはただの野次馬…うざい以外のなにもんでもねーと思うけど。」
「……!!」

イラついた奴らの顔を横目に、俺は立ち上がる。

「時間だしミーティング始めるぞ。…ナベ、頼む。」
「あ…、うん。」

「…チッ!!」

そいつらは不満げに苛立った様子で食堂を出て行った。おい、と引き留めかけた小野に、いいよほっとけば、と視線を送り、俺は席に座った。


***


次の日の昼休み、ダメもとでいつもの場所を見に行ったら、やっぱり玉城はいなかった。

「……。」

溜息を一つ吐いて頭を掻き、行くあてもなく中庭に戻る。やっぱ避けられてんのかな…でも、なんで…。
試合には来てくれてたし…東条目当てだったとしても、俺に声はかけてくれたし…。手ぇ握ったこと、怒ってはない…と思ったんだけど。怒ってるとしたら…怪我のこと?でもなんで、それで玉城が怒るんだよ。

「あーーーっ!!御幸先輩!」

ぎくり。この声は…卯月…。

「せんぱ〜〜い!試合見に行けなくてごめんなさ〜〜い!!」
「お…、おう」
「決勝は絶対行きますから〜!!」

卯月が渡り廊下の方から駆け寄ってきて、その後ろから鷹野がのんびりと歩いてくる。
…玉城は…一緒じゃないのか。

「光なら今日は休みですよ。」
「え?あ いや…、そ、そう。」

鷹野が曇りのない笑顔で言って、俺は少し慌てた。こいつ…時々核心をついてくるんだよな…。

「御幸先輩〜、眼鏡外してみてくれませんか〜?」
「え?」
「絶対かっこいいもん!見た〜〜い!」
「…ヤだ。」
「きゃははは!ヤだ だって〜〜!!かわいい〜〜!!」
「……。」

な…なんなんだ。

「鷹野〜〜!!」

ふと、校舎の上の方から大きな声が響いてきた。見上げると1年の男子たちが窓に詰めかけてこっちを見下ろしていた。

「今日玉城さんいねえのー!?」
「しらなーーい」
「はあ!?お前もかよ!」

なんなんだよ、と不満げに窓から離れていく男子たち。
どういう事なのかと二人を見ていると、鷹野が俺を振り向いて言った。

「ああいう人たちには光のことは内緒にしよう、ってクラスのみんなで決めたんです。」
「じゃないと光、トイレも行けないもんね〜。」

やれやれと言う卯月に苦笑する鷹野。

「でも本当にそうなんですよ。最近はどこに行っても皆に付きまとわれて…休み時間は人が来ない良い場所を見つけたみたいですけど。」
「…そうなんだ」

あの場所か…。具体的な場所は、鷹野たちも知らねーのかな。
けど…クラスメイト達がこの様子なら、俺が心配する必要はねーかもな…。英国での話といい、玉城は周りの人間に恵まれるらしい。助けになりたいと思わせる何かがあるんだろうな…それも一種の才能だ。

「まぁでも…実際忙しくなって最近はほとんど学校来れてないけどね〜…」
「うん…出席日数は心配みたい。別の日に補講してもらうって言ってたけど…」
「土日まで学校来るなんて私は嫌だなぁ〜〜」
「しょうがないよ。」

土日に補講…か。マジで忙しいんだな、玉城。でも…この間の試合は来てくれた…。
玉城がわからない。まだ期待しててもいいのかな…

「あ!やば!」

予鈴が鳴って、卯月が慌てた。

「御幸先輩またね〜!」
「失礼します。」

走り去る二人に、ああ、とちょっと手をあげて、俺も小走りで校舎に戻った。



***



軽い柔軟をして、やはり痛むわき腹に冷や汗をかく。
試合までに少しでもマシになってくれと願いながら、俺は座りなおして薄暗い空を見上げた。

あと一勝…。

そう思うと、この間の玉城の顔が浮かんだ。

「……。」

携帯を開き、玉城光、と打ち込む。検索ボタンを押すと、ずらりと玉城の記事が並んだ。ついこの間、話題になったばかりなのに…。もうこんなに有名になっている。

『カルム専属モデルオーディション・グランプリ受賞者 玉城光さんが可愛すぎると話題に』
『【天使】ミス・グランプリ 玉城光ちゃんが可愛すぎるwwwwww【降臨】』
『玉城光さんの出身地は?高校は?彼氏はいるの?』

…はぁ…こんなふうに玉城が騒がれてると、あんまりいい気はしない…。
…って…ん?なんだこれ…

『【朗報】玉城光ちゃん意外と巨乳だったwww』

「……。」

カチ。決定ボタンを押すと、ネットの書き込みをまとめた記事が表示される。



グランプリ受賞時の動画に一瞬だけ谷間→04:21

マジだった

マント脱いでる画像ないの?

受賞発表の瞬間は腕で隠れて見えない。

これは巨乳

資料が足りない

玉城光はデビューしたばっかでまだ写真がオーディション時のと所属事務所サイトのプロフィール画像しかない。公式プロフではスリーサイズ非公開。

事務所無能

俺の彼女の写真あんま載せないでくれる?

↑ガキは寝ろ



……。…好き放題書かれてやがる…。なんか腹が立って来た。

ざり、と砂利を踏む微かな足音がして、咄嗟に携帯を閉じて振り向くと、そこには玉城が立っていた。物言いたげな目で俺を見つめるその瞳は、薄暗い中でもはっきりと見える。

「…よお」

柵越しにそう声をかけると、玉城はゆっくりと柵に近寄った。

「こんな時間まで何してんの?」
「…補講です」

もうすぐ20時。土日だけじゃなく、平日も補講があるのか…大変だな。

「そっか…お疲れさん」
「……。」

玉城は神妙な顔で視線を少し下にずらした。

「先輩…、…怪我は…」

そう呟いて口を噤む玉城に、俺は口角を上げる。

「え?玉城ちゃんもしかして心配してくれてる?」

この間の仕返しとばかりにそう茶化すと、玉城は真っ直ぐに俺を見つめ返してきた。

「おかしいですか?」

え……。そ、それは反則…。

「…おかしくないです」
「それで怪我は?」
「平気だよ。さすがにヤバそうだったら言うし…」
「……。」

俺だって選手生命と天秤をかければこっちをとる。そこまで愚かじゃない。クリス先輩の姿も見てきたし…。

「それより玉城、あっという間に有名人で大変そうだな。」
「……。」

話を逸らすと、玉城はまだ物言いたげに俺を見つめた。それも誤魔化すように、俺は言葉を続ける。

「ネットでめっちゃ騒がれてるじゃん。可愛いって」

あと、巨乳とか…。こっちは本人の目に入ってほしくない。

「…ネットとかは…見ない方が良いってマネージャーに言われてるので、見てないんです」
「へー。」

…それならよかった。

「……。…あの…。」
「ん?」
「参考書…」
「参考書?…あぁ、東条から渡された?」
「…はい。すみませんでした…」
「いや別に。」
「……。」
「……?」

改まって一体なんだと思ったら、玉城はまだ何か言いたげに口ごもった。

「…あの」
「何?」
「…見…見ました?」
「…??何を?」

心の底から疑問符を浮かべると、玉城はどこか安堵した表情になって、そっと視線を逸らした。

「いえ、それならいいんです」
「え?何何?気になる」
「いいんです」
「よくないんですけど」
「なんでもないので」
「参考書に何かあんの?」
「何もないです。じゃあ帰るので、さよなら」
「はぁ!?ちょっと待てって!謎を残して行くな!」

呼び止めても玉城は振り向かず、そのまま裏門を出て行ってしまった。あ…あいかわらずよくわかんねー。参考書…か。あ〜、見とけばよかった。気になり過ぎる。
嫌われたと思ったらこんなふうに話してくれたり…ほんと謎が多い奴。だけど、やっぱり…惹かれてしまう。

「……あ。」

決勝見に来てって…言えばよかった。今から電話かメールするのはなんか必死っぽいしな〜…。
…来てくれるかな…。

 


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