019
「もう始まっちゃってるよ!」
先を走っていく真を追いかけて、私と光も走る。
スタンドに駆け込むと、大歓声が私たちを包んだ。
「うわーーさすが決勝!すごい人!」
「席空いてるかな?」
階段を上がりながら空席を探しつつ、光は何度もグラウンドを振り向く。今日は補講だったのに…先生に頼み込んで試合を見に来させてもらったらしい。よっぽど気になるんだね…御幸先輩。
「あ!ねぇあそこにいるの成宮さんじゃない!?」
真が声を上げると、その声で気が付いたように成宮さんがこっちを振り向いた。
「……。」
「……。」
あれ…てっきり、光を見て駆け寄ってくると思ったけど…。成宮さんはじっと光を見つめ、光も静かに見つめ返している。
「久しぶり…光ちゃん」
成宮さんはらしくなく静かにそう言うと、ゆっくりと光の前に歩いてきた。
「成宮さん…」
その普段と違う様子に戸惑ったように光も呟く。光だけじゃない。近くに座っている稲実の人たちも、驚いたように成宮さんを見ていた。
「ずっと連絡できなくてごめん…」
「……。」
光は静かにその言葉を聞く。
「…成宮さんの彼女さんですか?」
「晋二!違う…!」
キレーな人ですね…、と背の高い少年が言って、隣の冴えない稲実の人が慌てた様に口に人差し指を当てた。
「…別に待ってません」
光はズバッと吐き捨てて、軽い足取りで階段を上がり、成宮さんの横を通り抜けていった。
うわ…、と息を飲む稲実生たち。苦笑を見合わせる私と真。ぽかーん、と立ち尽くす成宮さん…。
「ちょ…、光ちゃーん!!怒ってる!?ねぇ怒ってるの!?」
「……。」
「待ってよ!一緒に試合見ようよー!」
「あ…いつもの成宮さんだ」
「真!しっ」
「光ちゃーーん!!」
成宮さんが大声で光を呼んだ、その時…。
「――えっ、玉城光!?」
近くのスタンドから声が上がり、にわかに辺りがざわつき始める。
「玉城光だ!」
「誰?芸能人?」
「この間ニュースに出てた…モデルオーディショングランプリの子!」
「マジだ、本物だ!」
「ヤバくね?可愛くね?」
「え!?玉城光って稲実なの?」
「あれ青道の制服だろ?」
あ…まずい…。
「光…」
私が呼ぶよりも早く、光は羽のように軽やかに階段を駆け上がって行った。私も真と一緒にその後を追う。何事!?と戸惑う成宮さんたちを残して。
とりあえず人が多くて逆に良かった…すぐにまぎれることができる。ふたつほどブロックを移れば、もう騒いでいる人たちから十分に離れることができた。
「ごめん…。」
光は息を切らして私たちを振り返り、申し訳なさそうに言った。
「いいって!とりあえずどっか座っちゃお!」
「そうだね、座った方が目立たないかも…」
どこか空いてないかな、とあたりを見渡すと、光が、あ、と声を上げた。その視線の先で、こちらに気付いたように振り向き微笑む、青道の男子がいた。
「結城先輩。」
光が微笑みを浮かべてその男子に近づいていくから、私も真も驚いた。確かにいい人そうではあるけど…っていうか、この人どこかで…。
…あ!野球部の元主将…。
「今日は友達と来たのか。ここ空いてるぞ。」
「いいんですか?」
「もちろんだ。増子、少し詰めてやってくれ」
増子、と呼ばれた丸い先輩が、うが、と頷いて席をずれてくれた。
「ありがとうございます。」
「ありがとうございます!じゃあ光、奥に…」
周りを警戒して光を奥に座らせると、結城先輩は不思議そうにした。
「どうかしたのか?」
「あ…、さっき、テレビで光を見て知ってた人がいて…ちょっと騒ぎになっちゃったんです。」
「…なら」
結城先輩はおもむろに制服のセーターを脱ぎ、前に座る光の頭にかぶせた。
「これを被っておけ。」
「え…、でも先輩…」
「俺は平気だ。今日は日差しも強いしな」
光はちょっと顔を赤くして、微笑んだ。
「…ありがとうございます。」
周りの先輩たちがじっと結城先輩を見上げる。
「…哲てめぇ、いつの間に…!!!」
「なんだ、純?」
「意外…俺も哲はノーマークだったな。倉持よりいいんじゃない?」
「?」
「うが…」
盛り上がる先輩たちをよそに、私は真とこっそりニヤニヤと顔を見合わせた。
へぇ…結城先輩も光のこと、結構…。
『4回裏 2点を追う薬師高校――打者は4番 轟 雷市』
「あ!迷子君」
真が楽しげに言い、迷子君?と先輩たちが首を傾げた。
球場には轟君への声援が響き渡っている。
「すげぇ声援だな…」
「試合の中心になりつつあるね」
先輩たちが唸る。確かに…まるでアウェーみたいな空気…。
まずは初球。青道の投手は2年生の川上先輩。鋭く轟君の胸元にボールが突き刺さる。
「おぉ〜〜し!!いけるじゃねぇか!やりかえしやがったな!」
いかつい顔の先輩がそうガッツポーズをする隣で、小湊君のお兄さんがぼそりと「惜しい」と言ったのを、私は聞き逃さなかった。結構こわい人なんだ〜…。
「ボール ツー!!」
「力みすぎだ!!」
「ランナーいないのにね」
知っている元チームメイトだからか…先輩達の応援にも熱がこもっている。きっと私の何倍も――何十倍も――この試合の中で交錯する選手たちの気持ちの部分まで、この人たちには見えてるんだろうな。それって…すごく面白そうで…少し羨ましい。
――キン――
気持ちのいい音が響き、白いボールが矢のように飛んでいく。
『は…入ったぁ―――』
「ああ!」
真が悲鳴を上げた。
『レフトスタンドに突き刺さる、4番 轟のソロホームランーー!!』
「…少し高かったな」
「ああ…それにコースも」
結城先輩と、その隣に立っている稲実の大きな3年生が言葉を交わす。
「まずいな…」
薬師のバッターはキャプテンへ――しかしボールが増えていく。ストライクが入らない…。
そしていよいよ、ボールがバットに弾き返された――
飛んでいくボールに、倉持先輩が突っ込んでいく。そしてミットではなく――素手である右手を伸ばし、ボールを掴んだと思った瞬間。そのまま背後からボールを放ち、その先には当然のように小湊君。軽くボールを受け取って、さらにサードへ投げ入れる。
「うおおおゲッツー!!」
「何だ今のはぁぁ」
「素手キャッチからバックトス!?」
「セカンドも当たり前のように反応して――すげぇこの二遊間!!」
スタンドが湧き、先輩たちも笑みを浮かべた。
「ははは!あいつらいいコンビじゃねーか」
怖い先輩の言葉に、小湊君のお兄さんはどこか誇らしげに微笑む。
「生意気だね」
そういう割に…嬉しそう。
そういえば、小湊君の今のポジションはお兄さんから引き継いだ形なんだよね…そういうの、なんかかっこいい。
「ボールフォア!」
「ノリ…」
「……。」
二遊間のファインプレーのあとも、川上先輩のピッチングは上向きにならず、先輩たちの顔にも心配そうな色が混じる。
『青道高校 選手の交代をお知らせします』
アナウンスが流れ、出てきたのは沢村君。
「あっ、沢村君」
真が呟き、試合の流れが変わることを祈るように手を組んだ。
「ここはしっかり抑えたいよね!」
「初球大事だぞ」
まるで自分たちもその場にいるかのように声を掛け合う先輩達。
沢村君が振りかぶり――投げた。
***
その回1点の逆転を許したものの、なんとか打者を打ち取り5回表。
『無死満塁。初回 3回に続き再びチャンスで4番を迎えます』
御幸先輩がバットを持ってバッターボックスに立った。
「きゃ〜御幸せんぱ〜い!」
真が大はしゃぎし、先輩たちが面白くなさそうにしながらも御幸先輩のバッティングに注目する。その中で光は、なぜか泣きそうな目で御幸先輩を見つめ、祈るように膝の上で手を組んでいた。力が入って、指先が白くなるほどに――。
ピッチャーの轟君はインコースにバシバシと投げ入れる。それまでボールは荒れ、なかなかストライクが入らなかったのに、御幸先輩が打席に立つとまるで水を得た魚のように生き生きし始めた。
『さ…三球三振ーー!このチャンスにも主砲のバットから快音は聞かれず』
「どーしたあのヤロォ」
「初球の見逃しもらしくないね」
先輩たちが言う中で、唇を噛んでまた手に力を入れ、御幸先輩がベンチに戻っていくのを見つめる光。
「光…大丈夫?」
「え、あ…う うん…」
その顔を覗き込むと、光ははっとして、うなずいた。
その後前園先輩の打球で倉持先輩がホームイン。同点に追いついた。
続けて白州先輩がフォアボールで進塁、再び満塁に。すると――
『薬師高校 選手の交代をお知らせします』
「きたな…」
「あ、真田さん!」
真が声を上げ、光を見る。しかし光はどこか思いつめたような顔で別の場所を見つめていた。
***
「なんとか同点に追いつけたけど満塁で1点か…」
「0点よりいーだろ」
5回裏を迎え、スタンドがざわつき始めた。
「そりゃあエースを打ち崩せてりゃ理想だけどよ」
「ここまで三度のチャンスに打てなかった御幸が気になるよな」
「……。」
光だけが口を噤んだまま、前を見ている。
青道の選手たちはベンチの前に集まったまま、まだ出てこない。
「どうかしたのかな…?」
真も異変に気付いて下を覗き込むように身を乗り出した。
「もしかしたら、昨日のクロスプレーで…」
門田先輩が呟いて、先輩たちが顔を険しくする。
「えっ?昨日のクロスプレー?」
「ケガ?」
門田先輩は昨日の成孔との試合を見に行っていたらしい。そこでのクロスプレーのことをみんなに話して聞かせた。
「そんな素振り全く見せてなかったろ」
「昨日の夜も」
「今だって普通にプレーしてるじゃん」
青道の応援席がざわつき始めた。
「ちょっと待て、主将で4番…ましてや投手をまとめる守備の要だぞ!もし御幸が抜けたらどうなっちまうんだ」
誰かが言うと、小湊君のお兄さんがぽつりとつぶやいた。
「それがわかってるから黙ってたのかもね…」
「……。」
光は少し唇を震わせ、握りしめる手に力を込めた。
「光…もしかして」
「……。」
「知ってたの?」
光は何も言わず、少しうつ向いた。
するとベンチ前にいた選手たちが一斉にグラウンドへ駆けだした。
「あ…御幸先輩が出てきた」
「大丈夫なのかな…」
『5回裏 薬師高校の攻撃――3番ファースト三島君』
きっちり3球で仕留め、迎えるは4番――轟君。
インコースへのボールをレフト前へ運ばれ、一塁へ。続いて真田さんが打席に立った。
盗塁もあるかというこの場面。沢村君が振りかぶり――
「構わず行ったぁ!!」
「いきなりかよ!!」
轟君が走り出し、真田さんが打ち損ねたボールを御幸先輩が捕球するや否や、二塁の倉持先輩へ――しかしボールは僅かに逸れ、倉持先輩が捕りに塁からずれたその隙に――轟君が滑り込む。
『盗塁成功ーー!!ランナー二塁得点圏へ――』
ああ惜しい!と周りが声を上げる中、光はじっとこらえるように試合を見守っている。
真田さんの打球でノーアウト一・三塁。迎えるは薬師のキャプテン。
薬師らしくないと言えばない、堅実なセーフティスクイズで轟君がホームイン。何が何でも勝つ…どんなことをしてでも。その気持ちが伝わってきた。
***
『7回表 青道高校の攻撃――3番セカンド 小湊君』
「残り3回!この回何とか点取りてーぞ」
先輩の声援にも力が入る。
初球――
「うわっ!バット折れた!!」
真が叫んで、薬師側のスタンドが湧く。
『セカンド増田が捌いてワンナウト』
「もともと投球は荒々しい方だったからな」
「今34連勝つったか?」
「市大三高を破った自身かよ…夏より凄みあんぜ」
続いてバッター御幸先輩。やっぱり…御幸先輩が出てくると、光は何か思うように息を飲む。
御幸先輩が打ち取られると、青道のスタンドは沈んでいく。そしてその流れに飲まれるように、前園先輩も打ち取られてしまった。
流れが――うまくいかない。
***
その流れを断ち切ったのは、御幸先輩と沢村君のバッテリーだった。次の回、鮮やかに三者連続三振で締めると、青道のスタンドにも活気が戻った。
「これはこいつらの必勝パターンになるかもな…」
「ああ…」
先輩たちも嬉しそうだ。
しかし8回表は調子は悪くなかったものの相手のファインプレーで無得点。それでも諦めず裏の攻撃をきっちり凌いで、試合は3−4で9回へ――。
ここで点を取れなければ、負け…。
倉持先輩が打ち取られ、2番東条君も打ち取られ――あとがないここで、3番小湊君。
「まだ終わらすんじゃねぇぞ!!」
先輩が声を上げる。だけど、小湊君ならきっと――そう心のどこかで思った。
「わ…!!」
『センター前ーー!!初球のシュートを綺麗に捉えたーー!!』
青道のスタンドが湧き上がる大歓声。まだまだ試合は終わらない。
『9回表2死一塁 1点を追う青道高校』
『準決勝ではサヨナラ本塁打を放ち、圧倒的存在感でチームを牽引――青道守備の要でありチームをまとめる主将』
光が身を乗り出した。
『4番キャッチャー 御幸一也』
「そのまま打席に立たせたか…ぶっちゃけ状態はどうなんだ?」
「大丈夫かよ…」
先輩たちがざわつく中、小湊君のお兄さんだけは微笑んでいた。
「代えられないよ!代えるわけにはいかない」
初球――空ぶったものの小湊君のスチール。2アウト二塁。ヒット1本で同点のチャンス――。
続いてボール――さらにボールツー。真田さんの力みが伝わってくる。ここで試合が決まるのは相手も同じ――。
タイムを取って、きっちりと仕切りなおす。そして真田さんが振りかぶり…
「…打って!」
私がその光の声に気を取られた瞬間。
打球が真田さんの横を突き抜ける。
『一塁間に合わないーー!!4番御幸 希望をつなぐ内野安打ーー!!』
「……。」
はぁ、と息を吐いて顔を上げる光。夢中じゃん…御幸先輩に。
『しかし薬師の守備も見事!!二塁ランナーをホームには帰さず!!これでランナー一・三塁!』
『5番ファースト 前園君』
「今ベンチ見てなかったんじゃねーか?」
「気負いすぎだろ…」
「いーんだよ!!入れ込んでて!この状況どのみち打つしかねーんだからよ!!」
初球――御幸先輩は一塁を蹴った。
『またも初球から――青道この回2つ目の盗塁!!』
「御幸が盗塁!?」
これで逆転も見えてきたーー!
『カウント1−2』
『6球目ーー!!』
『――超えたぁあ!!』
『セカンドの頭上超えたーー!!』
『三塁走者の小湊 ホームへ!!同点ーー!!』
『二塁走者御幸もサードを回ったぁ』
「つっこめーーーー!!!」
御幸先輩がホームに文字通り飛び込んでいく――。
光は立ち上がって息を飲んだ。
御幸先輩も、薬師の捕手も地面に転がって――
『――セーフ!!ホームイン逆転ーー!!』
「きゃ〜〜〜!!!すごいすごい!!」
「…!」
球場中に響く大歓声。しかし光はまだ息を飲んで前を見つめる。御幸先輩が起き上がらないのだ。すると――御幸先輩が身を起こし、湧き上がる感情にたまらない様子で地面を拳で叩くと――顔を上げてガッツポーズをした。
「……。」
すとん、と椅子に座り込む光。その目から、ぽろぽろと涙がこぼれだす。
「え!?光大丈夫!?」
「どうしたの光〜!?」
「……。」
顔を覆って肩を震わせる光。よっぽど…御幸先輩が心配だったのかな。光が見てたのは試合じゃなく…御幸先輩だったのかも…。
その震える肩に、結城先輩が手を置いた。
「まだ試合は終わってないぞ…」
その優しい声に応えるように、光は涙を拭い、顔を上げた。
9回裏――。
投手が降谷君に代わり、御幸先輩は最後まで出てきた。マウンドで話す二人。するとなにやら、御幸先輩の笑い声が響いてくる。
「…あいつ笑ってるぞ」
先輩が驚いたように呟く。光もぽかんとして御幸先輩を見つめていた。
そして――
『空振り三振ーー!!』
『序盤から一進一退の攻防を繰り広げ、9回表ついに青道高校が逆転――』
『最後はエース降谷が締めゲームセット』
『東西合わせ260校――秋季東京都大会を制し、センバツへの切符を手に入れたのは青道高校――』
選手たちが集まっていく。スタンドが湧き、私も真と抱き合った。
「したぁ!!」
最後は球場に拍手が響いて、私たちも手が痛くなるほど拍手をした。
「甲子園…か」
先輩たちが立ち上がり、呟く。
「いいな……あいつら」
***
「光〜〜、皆に会って行かなくていいのー?」
選手と監督に会って行く、という結城先輩の誘いを断って、光は足早に球場を出てしまう。真は少し残念そうに振り返りながら、私と一緒に光の後を追いかけた。
「あぁ?何だって!?」
すると聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえて、前を歩く光が立ち止まった。
「向いてないって何がや!!」
今度はまた別の怒鳴り声。佇む光の視線の先を見ると――倉持先輩と前園先輩に支えられて歩く御幸先輩がいた。傍には付き添いであろう高島先生もいる。
「だから俺…キャプテン失格なんだって…」
「はぁ!?」
「つかお前らもキャプテンの辛さ味わえよ〜〜譲るからマジで…」
「……。」
「……。」
いつもの自信満々で飄々とした姿はどこへやら…珍しく弱気な御幸先輩を前に、私も真も言葉を失ってぽかんと立ち尽くした。
「あかんこいつ死ぬんか!?おかしなっとる!!」
「しんどいぞ〜〜」
「運転手さんお願いします!!」
タクシーに乗り込もうとした御幸先輩が、ふとこっちに気付いて足を止めた。立ち止まった御幸先輩につられて、倉持先輩と前園先輩もこっちを振り返る。
「玉城…」
御幸先輩がぽつりとつぶやいて、ずるり、と倉持先輩から腕を離し、ゆっくりと歩き出した。
「お おい…」
御幸先輩は、引き止める倉持先輩の声も耳に入っていない様子で光の前に立つと、見上げた光を――ぎゅっ、と抱きしめた。
「―――!!?」
「みゆっ…おま…!!」
目を見開いて慌てる倉持先輩と前園先輩、きゃ〜〜!!と興奮する真に、ただただ驚く私。高島先生も驚いたように御幸先輩を見つめる。
「玉城…」
ぎゅう、と光の背中に回した手に力が篭る。
「玉城〜〜〜〜」
「馬鹿野郎!!」
「なにしとんのやアホ!!」
倉持先輩が御幸先輩をひっぱたき、前園先輩が引きはがすと、御幸先輩は、いてて、とわき腹をおさえてふらついた。
「…さっさと病院行ってください…バカ」
光は呟いて、すぐに踵を返す。
「あっ、光…」
「お、お疲れさまでした!おめでとうございます!」
先輩たちに挨拶し、私たちは慌ててその後を追った。
先を走っていく真を追いかけて、私と光も走る。
スタンドに駆け込むと、大歓声が私たちを包んだ。
「うわーーさすが決勝!すごい人!」
「席空いてるかな?」
階段を上がりながら空席を探しつつ、光は何度もグラウンドを振り向く。今日は補講だったのに…先生に頼み込んで試合を見に来させてもらったらしい。よっぽど気になるんだね…御幸先輩。
「あ!ねぇあそこにいるの成宮さんじゃない!?」
真が声を上げると、その声で気が付いたように成宮さんがこっちを振り向いた。
「……。」
「……。」
あれ…てっきり、光を見て駆け寄ってくると思ったけど…。成宮さんはじっと光を見つめ、光も静かに見つめ返している。
「久しぶり…光ちゃん」
成宮さんはらしくなく静かにそう言うと、ゆっくりと光の前に歩いてきた。
「成宮さん…」
その普段と違う様子に戸惑ったように光も呟く。光だけじゃない。近くに座っている稲実の人たちも、驚いたように成宮さんを見ていた。
「ずっと連絡できなくてごめん…」
「……。」
光は静かにその言葉を聞く。
「…成宮さんの彼女さんですか?」
「晋二!違う…!」
キレーな人ですね…、と背の高い少年が言って、隣の冴えない稲実の人が慌てた様に口に人差し指を当てた。
「…別に待ってません」
光はズバッと吐き捨てて、軽い足取りで階段を上がり、成宮さんの横を通り抜けていった。
うわ…、と息を飲む稲実生たち。苦笑を見合わせる私と真。ぽかーん、と立ち尽くす成宮さん…。
「ちょ…、光ちゃーん!!怒ってる!?ねぇ怒ってるの!?」
「……。」
「待ってよ!一緒に試合見ようよー!」
「あ…いつもの成宮さんだ」
「真!しっ」
「光ちゃーーん!!」
成宮さんが大声で光を呼んだ、その時…。
「――えっ、玉城光!?」
近くのスタンドから声が上がり、にわかに辺りがざわつき始める。
「玉城光だ!」
「誰?芸能人?」
「この間ニュースに出てた…モデルオーディショングランプリの子!」
「マジだ、本物だ!」
「ヤバくね?可愛くね?」
「え!?玉城光って稲実なの?」
「あれ青道の制服だろ?」
あ…まずい…。
「光…」
私が呼ぶよりも早く、光は羽のように軽やかに階段を駆け上がって行った。私も真と一緒にその後を追う。何事!?と戸惑う成宮さんたちを残して。
とりあえず人が多くて逆に良かった…すぐにまぎれることができる。ふたつほどブロックを移れば、もう騒いでいる人たちから十分に離れることができた。
「ごめん…。」
光は息を切らして私たちを振り返り、申し訳なさそうに言った。
「いいって!とりあえずどっか座っちゃお!」
「そうだね、座った方が目立たないかも…」
どこか空いてないかな、とあたりを見渡すと、光が、あ、と声を上げた。その視線の先で、こちらに気付いたように振り向き微笑む、青道の男子がいた。
「結城先輩。」
光が微笑みを浮かべてその男子に近づいていくから、私も真も驚いた。確かにいい人そうではあるけど…っていうか、この人どこかで…。
…あ!野球部の元主将…。
「今日は友達と来たのか。ここ空いてるぞ。」
「いいんですか?」
「もちろんだ。増子、少し詰めてやってくれ」
増子、と呼ばれた丸い先輩が、うが、と頷いて席をずれてくれた。
「ありがとうございます。」
「ありがとうございます!じゃあ光、奥に…」
周りを警戒して光を奥に座らせると、結城先輩は不思議そうにした。
「どうかしたのか?」
「あ…、さっき、テレビで光を見て知ってた人がいて…ちょっと騒ぎになっちゃったんです。」
「…なら」
結城先輩はおもむろに制服のセーターを脱ぎ、前に座る光の頭にかぶせた。
「これを被っておけ。」
「え…、でも先輩…」
「俺は平気だ。今日は日差しも強いしな」
光はちょっと顔を赤くして、微笑んだ。
「…ありがとうございます。」
周りの先輩たちがじっと結城先輩を見上げる。
「…哲てめぇ、いつの間に…!!!」
「なんだ、純?」
「意外…俺も哲はノーマークだったな。倉持よりいいんじゃない?」
「?」
「うが…」
盛り上がる先輩たちをよそに、私は真とこっそりニヤニヤと顔を見合わせた。
へぇ…結城先輩も光のこと、結構…。
『4回裏 2点を追う薬師高校――打者は4番 轟 雷市』
「あ!迷子君」
真が楽しげに言い、迷子君?と先輩たちが首を傾げた。
球場には轟君への声援が響き渡っている。
「すげぇ声援だな…」
「試合の中心になりつつあるね」
先輩たちが唸る。確かに…まるでアウェーみたいな空気…。
まずは初球。青道の投手は2年生の川上先輩。鋭く轟君の胸元にボールが突き刺さる。
「おぉ〜〜し!!いけるじゃねぇか!やりかえしやがったな!」
いかつい顔の先輩がそうガッツポーズをする隣で、小湊君のお兄さんがぼそりと「惜しい」と言ったのを、私は聞き逃さなかった。結構こわい人なんだ〜…。
「ボール ツー!!」
「力みすぎだ!!」
「ランナーいないのにね」
知っている元チームメイトだからか…先輩達の応援にも熱がこもっている。きっと私の何倍も――何十倍も――この試合の中で交錯する選手たちの気持ちの部分まで、この人たちには見えてるんだろうな。それって…すごく面白そうで…少し羨ましい。
――キン――
気持ちのいい音が響き、白いボールが矢のように飛んでいく。
『は…入ったぁ―――』
「ああ!」
真が悲鳴を上げた。
『レフトスタンドに突き刺さる、4番 轟のソロホームランーー!!』
「…少し高かったな」
「ああ…それにコースも」
結城先輩と、その隣に立っている稲実の大きな3年生が言葉を交わす。
「まずいな…」
薬師のバッターはキャプテンへ――しかしボールが増えていく。ストライクが入らない…。
そしていよいよ、ボールがバットに弾き返された――
飛んでいくボールに、倉持先輩が突っ込んでいく。そしてミットではなく――素手である右手を伸ばし、ボールを掴んだと思った瞬間。そのまま背後からボールを放ち、その先には当然のように小湊君。軽くボールを受け取って、さらにサードへ投げ入れる。
「うおおおゲッツー!!」
「何だ今のはぁぁ」
「素手キャッチからバックトス!?」
「セカンドも当たり前のように反応して――すげぇこの二遊間!!」
スタンドが湧き、先輩たちも笑みを浮かべた。
「ははは!あいつらいいコンビじゃねーか」
怖い先輩の言葉に、小湊君のお兄さんはどこか誇らしげに微笑む。
「生意気だね」
そういう割に…嬉しそう。
そういえば、小湊君の今のポジションはお兄さんから引き継いだ形なんだよね…そういうの、なんかかっこいい。
「ボールフォア!」
「ノリ…」
「……。」
二遊間のファインプレーのあとも、川上先輩のピッチングは上向きにならず、先輩たちの顔にも心配そうな色が混じる。
『青道高校 選手の交代をお知らせします』
アナウンスが流れ、出てきたのは沢村君。
「あっ、沢村君」
真が呟き、試合の流れが変わることを祈るように手を組んだ。
「ここはしっかり抑えたいよね!」
「初球大事だぞ」
まるで自分たちもその場にいるかのように声を掛け合う先輩達。
沢村君が振りかぶり――投げた。
***
その回1点の逆転を許したものの、なんとか打者を打ち取り5回表。
『無死満塁。初回 3回に続き再びチャンスで4番を迎えます』
御幸先輩がバットを持ってバッターボックスに立った。
「きゃ〜御幸せんぱ〜い!」
真が大はしゃぎし、先輩たちが面白くなさそうにしながらも御幸先輩のバッティングに注目する。その中で光は、なぜか泣きそうな目で御幸先輩を見つめ、祈るように膝の上で手を組んでいた。力が入って、指先が白くなるほどに――。
ピッチャーの轟君はインコースにバシバシと投げ入れる。それまでボールは荒れ、なかなかストライクが入らなかったのに、御幸先輩が打席に立つとまるで水を得た魚のように生き生きし始めた。
『さ…三球三振ーー!このチャンスにも主砲のバットから快音は聞かれず』
「どーしたあのヤロォ」
「初球の見逃しもらしくないね」
先輩たちが言う中で、唇を噛んでまた手に力を入れ、御幸先輩がベンチに戻っていくのを見つめる光。
「光…大丈夫?」
「え、あ…う うん…」
その顔を覗き込むと、光ははっとして、うなずいた。
その後前園先輩の打球で倉持先輩がホームイン。同点に追いついた。
続けて白州先輩がフォアボールで進塁、再び満塁に。すると――
『薬師高校 選手の交代をお知らせします』
「きたな…」
「あ、真田さん!」
真が声を上げ、光を見る。しかし光はどこか思いつめたような顔で別の場所を見つめていた。
***
「なんとか同点に追いつけたけど満塁で1点か…」
「0点よりいーだろ」
5回裏を迎え、スタンドがざわつき始めた。
「そりゃあエースを打ち崩せてりゃ理想だけどよ」
「ここまで三度のチャンスに打てなかった御幸が気になるよな」
「……。」
光だけが口を噤んだまま、前を見ている。
青道の選手たちはベンチの前に集まったまま、まだ出てこない。
「どうかしたのかな…?」
真も異変に気付いて下を覗き込むように身を乗り出した。
「もしかしたら、昨日のクロスプレーで…」
門田先輩が呟いて、先輩たちが顔を険しくする。
「えっ?昨日のクロスプレー?」
「ケガ?」
門田先輩は昨日の成孔との試合を見に行っていたらしい。そこでのクロスプレーのことをみんなに話して聞かせた。
「そんな素振り全く見せてなかったろ」
「昨日の夜も」
「今だって普通にプレーしてるじゃん」
青道の応援席がざわつき始めた。
「ちょっと待て、主将で4番…ましてや投手をまとめる守備の要だぞ!もし御幸が抜けたらどうなっちまうんだ」
誰かが言うと、小湊君のお兄さんがぽつりとつぶやいた。
「それがわかってるから黙ってたのかもね…」
「……。」
光は少し唇を震わせ、握りしめる手に力を込めた。
「光…もしかして」
「……。」
「知ってたの?」
光は何も言わず、少しうつ向いた。
するとベンチ前にいた選手たちが一斉にグラウンドへ駆けだした。
「あ…御幸先輩が出てきた」
「大丈夫なのかな…」
『5回裏 薬師高校の攻撃――3番ファースト三島君』
きっちり3球で仕留め、迎えるは4番――轟君。
インコースへのボールをレフト前へ運ばれ、一塁へ。続いて真田さんが打席に立った。
盗塁もあるかというこの場面。沢村君が振りかぶり――
「構わず行ったぁ!!」
「いきなりかよ!!」
轟君が走り出し、真田さんが打ち損ねたボールを御幸先輩が捕球するや否や、二塁の倉持先輩へ――しかしボールは僅かに逸れ、倉持先輩が捕りに塁からずれたその隙に――轟君が滑り込む。
『盗塁成功ーー!!ランナー二塁得点圏へ――』
ああ惜しい!と周りが声を上げる中、光はじっとこらえるように試合を見守っている。
真田さんの打球でノーアウト一・三塁。迎えるは薬師のキャプテン。
薬師らしくないと言えばない、堅実なセーフティスクイズで轟君がホームイン。何が何でも勝つ…どんなことをしてでも。その気持ちが伝わってきた。
***
『7回表 青道高校の攻撃――3番セカンド 小湊君』
「残り3回!この回何とか点取りてーぞ」
先輩の声援にも力が入る。
初球――
「うわっ!バット折れた!!」
真が叫んで、薬師側のスタンドが湧く。
『セカンド増田が捌いてワンナウト』
「もともと投球は荒々しい方だったからな」
「今34連勝つったか?」
「市大三高を破った自身かよ…夏より凄みあんぜ」
続いてバッター御幸先輩。やっぱり…御幸先輩が出てくると、光は何か思うように息を飲む。
御幸先輩が打ち取られると、青道のスタンドは沈んでいく。そしてその流れに飲まれるように、前園先輩も打ち取られてしまった。
流れが――うまくいかない。
***
その流れを断ち切ったのは、御幸先輩と沢村君のバッテリーだった。次の回、鮮やかに三者連続三振で締めると、青道のスタンドにも活気が戻った。
「これはこいつらの必勝パターンになるかもな…」
「ああ…」
先輩たちも嬉しそうだ。
しかし8回表は調子は悪くなかったものの相手のファインプレーで無得点。それでも諦めず裏の攻撃をきっちり凌いで、試合は3−4で9回へ――。
ここで点を取れなければ、負け…。
倉持先輩が打ち取られ、2番東条君も打ち取られ――あとがないここで、3番小湊君。
「まだ終わらすんじゃねぇぞ!!」
先輩が声を上げる。だけど、小湊君ならきっと――そう心のどこかで思った。
「わ…!!」
『センター前ーー!!初球のシュートを綺麗に捉えたーー!!』
青道のスタンドが湧き上がる大歓声。まだまだ試合は終わらない。
『9回表2死一塁 1点を追う青道高校』
『準決勝ではサヨナラ本塁打を放ち、圧倒的存在感でチームを牽引――青道守備の要でありチームをまとめる主将』
光が身を乗り出した。
『4番キャッチャー 御幸一也』
「そのまま打席に立たせたか…ぶっちゃけ状態はどうなんだ?」
「大丈夫かよ…」
先輩たちがざわつく中、小湊君のお兄さんだけは微笑んでいた。
「代えられないよ!代えるわけにはいかない」
初球――空ぶったものの小湊君のスチール。2アウト二塁。ヒット1本で同点のチャンス――。
続いてボール――さらにボールツー。真田さんの力みが伝わってくる。ここで試合が決まるのは相手も同じ――。
タイムを取って、きっちりと仕切りなおす。そして真田さんが振りかぶり…
「…打って!」
私がその光の声に気を取られた瞬間。
打球が真田さんの横を突き抜ける。
『一塁間に合わないーー!!4番御幸 希望をつなぐ内野安打ーー!!』
「……。」
はぁ、と息を吐いて顔を上げる光。夢中じゃん…御幸先輩に。
『しかし薬師の守備も見事!!二塁ランナーをホームには帰さず!!これでランナー一・三塁!』
『5番ファースト 前園君』
「今ベンチ見てなかったんじゃねーか?」
「気負いすぎだろ…」
「いーんだよ!!入れ込んでて!この状況どのみち打つしかねーんだからよ!!」
初球――御幸先輩は一塁を蹴った。
『またも初球から――青道この回2つ目の盗塁!!』
「御幸が盗塁!?」
これで逆転も見えてきたーー!
『カウント1−2』
『6球目ーー!!』
『――超えたぁあ!!』
『セカンドの頭上超えたーー!!』
『三塁走者の小湊 ホームへ!!同点ーー!!』
『二塁走者御幸もサードを回ったぁ』
「つっこめーーーー!!!」
御幸先輩がホームに文字通り飛び込んでいく――。
光は立ち上がって息を飲んだ。
御幸先輩も、薬師の捕手も地面に転がって――
『――セーフ!!ホームイン逆転ーー!!』
「きゃ〜〜〜!!!すごいすごい!!」
「…!」
球場中に響く大歓声。しかし光はまだ息を飲んで前を見つめる。御幸先輩が起き上がらないのだ。すると――御幸先輩が身を起こし、湧き上がる感情にたまらない様子で地面を拳で叩くと――顔を上げてガッツポーズをした。
「……。」
すとん、と椅子に座り込む光。その目から、ぽろぽろと涙がこぼれだす。
「え!?光大丈夫!?」
「どうしたの光〜!?」
「……。」
顔を覆って肩を震わせる光。よっぽど…御幸先輩が心配だったのかな。光が見てたのは試合じゃなく…御幸先輩だったのかも…。
その震える肩に、結城先輩が手を置いた。
「まだ試合は終わってないぞ…」
その優しい声に応えるように、光は涙を拭い、顔を上げた。
9回裏――。
投手が降谷君に代わり、御幸先輩は最後まで出てきた。マウンドで話す二人。するとなにやら、御幸先輩の笑い声が響いてくる。
「…あいつ笑ってるぞ」
先輩が驚いたように呟く。光もぽかんとして御幸先輩を見つめていた。
そして――
『空振り三振ーー!!』
『序盤から一進一退の攻防を繰り広げ、9回表ついに青道高校が逆転――』
『最後はエース降谷が締めゲームセット』
『東西合わせ260校――秋季東京都大会を制し、センバツへの切符を手に入れたのは青道高校――』
選手たちが集まっていく。スタンドが湧き、私も真と抱き合った。
「したぁ!!」
最後は球場に拍手が響いて、私たちも手が痛くなるほど拍手をした。
「甲子園…か」
先輩たちが立ち上がり、呟く。
「いいな……あいつら」
***
「光〜〜、皆に会って行かなくていいのー?」
選手と監督に会って行く、という結城先輩の誘いを断って、光は足早に球場を出てしまう。真は少し残念そうに振り返りながら、私と一緒に光の後を追いかけた。
「あぁ?何だって!?」
すると聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえて、前を歩く光が立ち止まった。
「向いてないって何がや!!」
今度はまた別の怒鳴り声。佇む光の視線の先を見ると――倉持先輩と前園先輩に支えられて歩く御幸先輩がいた。傍には付き添いであろう高島先生もいる。
「だから俺…キャプテン失格なんだって…」
「はぁ!?」
「つかお前らもキャプテンの辛さ味わえよ〜〜譲るからマジで…」
「……。」
「……。」
いつもの自信満々で飄々とした姿はどこへやら…珍しく弱気な御幸先輩を前に、私も真も言葉を失ってぽかんと立ち尽くした。
「あかんこいつ死ぬんか!?おかしなっとる!!」
「しんどいぞ〜〜」
「運転手さんお願いします!!」
タクシーに乗り込もうとした御幸先輩が、ふとこっちに気付いて足を止めた。立ち止まった御幸先輩につられて、倉持先輩と前園先輩もこっちを振り返る。
「玉城…」
御幸先輩がぽつりとつぶやいて、ずるり、と倉持先輩から腕を離し、ゆっくりと歩き出した。
「お おい…」
御幸先輩は、引き止める倉持先輩の声も耳に入っていない様子で光の前に立つと、見上げた光を――ぎゅっ、と抱きしめた。
「―――!!?」
「みゆっ…おま…!!」
目を見開いて慌てる倉持先輩と前園先輩、きゃ〜〜!!と興奮する真に、ただただ驚く私。高島先生も驚いたように御幸先輩を見つめる。
「玉城…」
ぎゅう、と光の背中に回した手に力が篭る。
「玉城〜〜〜〜」
「馬鹿野郎!!」
「なにしとんのやアホ!!」
倉持先輩が御幸先輩をひっぱたき、前園先輩が引きはがすと、御幸先輩は、いてて、とわき腹をおさえてふらついた。
「…さっさと病院行ってください…バカ」
光は呟いて、すぐに踵を返す。
「あっ、光…」
「お、お疲れさまでした!おめでとうございます!」
先輩たちに挨拶し、私たちは慌ててその後を追った。