玉城を…抱きしめてしまった。
決勝のあと、気が緩んでて…玉城の姿を見たら、つい…。

…一晩寝て冷静になったらすげー恥ずかしくなってきた。玉城にどう思われてるかも不安だけど…あの場に誰がいたっけ。倉持とゾノと…いや、どうせもう部内中に広まってるに決まってる。クソッ恥ずかしい!

…つーか…

……めっちゃくちゃ柔らくていいにおいした。手のひらに伝わる肌の感触が、なんともいえずふわふわですべすべで、ふわっと甘い爽やかな香りがして…

それで…

胸の下あたりに当たった、あの感触……

あ〜〜…今日怪我のおかげで学校休みで…良かった…


***


「――御幸!」

翌日。トン、と肩に触れる軽い衝撃。気付けばクラスメイト達が俺の周りに集まっていた。

「試合勝ったんだって?おめでとう!」
「これで甲子園だろ?」
「応援行くからな!」

…そうだ…勝ったんだ。まあその前に、神宮大会があるけど。

「…で!?御幸!」
「マジなのか!?」

「…は?何が?」

なぜか興奮気味に詰め寄ってくるクラスメイトの男達。

「1年の玉城さんと付き合ってるんだろ!?」
「いつからだよ!?」

「…は!?」

ちょっと待て…なんでそんなことに?

「付き合ってねーよ!」
「え!?でも試合後に抱き合ってるの見た奴がいるって」
「…!!!」

アレか…!!やべぇぞ…この噂が玉城の耳に入ったら…嫌われるどころか軽蔑される…!!

「…とにかく付き合ってねーから!言いふらすなよ」
「あ!どこ行くんだよ」
「詳しく教えろよ!」

逃げるように教室を後にして、校舎を出る。目指す場所はいつもの場所だ。
とにかく謝って…それから…ああでもその前に玉城はいるのか?今日は欠席の可能性もあるし…そもそも俺を避けてもうあそこには来ないかも…。
そんな不安を抱きながら校舎の角を曲がって裏に出て、非常階段に裏から近づいていき、正面に回ると――

「……。」

単語帳を手に階段に座っている玉城がいた。安堵すると同時に、ちらりとこちらを見上げる青い瞳にぎくりとする。

「……よお」
「……。」

玉城は返事もせずに単語帳を閉じ、ポケットに仕舞った。

「何か用ですか?」

素っ気ない態度。いや、いつものことだ。
ちょっと頭を掻き、勇気を振り絞って口を開いた。

「…この間は…ごめん」
「何がですか?」
「…だ、抱き着いた…こと」
「……。」

玉城はじっと俺の顔を見上げる。な…なんだ…?

「嫌。」
「……。」

え…。い、嫌って…。

「……ふふ」

そしてそのまま俺の顔を見て少し笑う玉城。

「…何笑ってんの」
「先輩の顔が面白いから。」
「…面白いとか初めて言われたんだけど」
「え〜ほんとですか?」
「そこ疑う?ま〜イケメンってのはよく言われるかな!」
「よく自分で言えますね」
「はっはっは…」

笑いかけて、わき腹に痛みが走って蹲った。

「! 先輩…」

玉城の手が俺の腕に触れる。まだ痛むわき腹を撫でつつ顔を上げ、ちょっと苦笑した。

「いや〜…笑うといてぇわ」
「……。」

さっきまでとは一転、真剣な顔で俺を見つめる玉城に、不謹慎ながら嬉しくなっちゃったりして…。

「…病院行ったんですよね?」
「行った行った。肉離れだってよ」
「……。」
「10日もすれば治るよ、このくらい」

よっこらしょ、とどさくさに紛れて隣に座ると、玉城はそれを目で追って、ズバッと言った。

「無茶なかっこつけはダサいですよ。」
「……。」

だ…ダサい…。

「……ハァ」
「なんですか?」
「…もーちょっと優しくしてくんない?」
「どうして?」
「俺怪我人。毒吐きすぎ。棘ありすぎ。冷たすぎ。」
「優しくしてほしいんですか?」
「ウン!してほしい」
「……。」

ふう、と小さくため息を吐いて、玉城は俺を見上げ、にこり、とほほ笑んだ。
えっ…可愛い…。
俺が見惚れた瞬間、白くてやわらかい手が伸びてきて、ぽんぽん、と俺の頭を優しくたたく。

「よしよし。」
「……いやそれ…馬鹿にしてるだろ」

そう強がりながら、顔がものすごく熱くなって、俺は顔を背けた。
玉城は小さく笑って、一瞬だけ触れた手を離すと、そのまま静かに頬杖をついた。
素っ気ないと思ったら、こんなふうに触れてきたり、からかってきたりして…。勘違いしそうになる。

「…喉渇いた。」

急に玉城がそう呟いて立ち上がった。

「じゃあ…さよなら」
「待てよ。自販機行くなら俺も行く」
「……。」

素っ気なく立ち去ろうとする玉城にくっついていくと、ちょっと口を尖らせながら歩き出す玉城。
構わずついて行って、校舎内の自販機に行くと、ばったりと亮さんたちに出くわした。

「げ…」
「何?げっ、て。」

ニッコニコ上機嫌な亮さんと、俺を睨みつける純さん。

「いえ…別に」
「ふーん?っていうか、仲良いね」
「……。」

ニヤニヤと俺と玉城を見比べて楽しそうな亮さん。一番見られたくない人に会っちまった…。

「もしやあの噂は本当なの?」
「違いますって!」
「…まだ何も言ってないけど?」
「…!!」

俺が弄ばれている間に、玉城は自販機に小銭を入れ、ボタンを押した。
ガコン、と音がして、玉城は屈みこんでペットボトルを取り出す。

「あっ…」

…ん?
玉城は渋い顔をしてファンタグレープを見つめていた。

「レモンティー押したのに…。」
「あぁ…たまにあるよね、ここの自販機。」
「まーファンタならまだマシだな、俺なんてこの間アクエリ買ったらおしるこが出てきやがって…」
「……。」

俺は財布を取出し、お金を自販機に入れて、冷たい紅茶のボタンを押した。押した通りの物が出てきて、俺がそれを拾い上げると、亮さんと純さんが口元に手を当てて、うわー…、と呟いた。

「…なんスか」
「アイスティー飲みたくてファンタが出て来ちゃった子の目の前でその仕打ち…」
「お前性格悪すぎるぞ」
「人聞きの悪い事いわんでください!」

俺は玉城を振り返り、その手からファンタを抜き取った。

「…ほら!」
「え…?」

代わりに紅茶のペットボトルを押し付けて、俺はファンタの蓋をあけ、少し飲む。…甘い。

「うわ〜〜〜、見た?純。」
「見た見た。あいつ猫被りやがって」
「玉城さんにやたら優しくない?俺そういうのどうかと思うなぁ」

「…ちょうどファンタ買おうと思ってただけですし」

「ぷっ…甘いもの苦手なくせに…よく言う」
「お前普段ファンタなんて飲まねーだろーが」

「……。」

こ…この人たち…俺の面子とかなんっも考慮してねぇ…。むしろ貶めて弄り倒す気マンマンじゃねーか。た…玉城の顔が見れない…。

「…あの…」

すると玉城が俺の傍に来て、俯いたまま呟いた。

「…い…いりません」

言うと同時に紅茶のペットボトルを俺に押し付けて、顔もあげないまま走り去ってしまう。

「…え?」

「……。」
「……。」

呆然とする俺、気まずそうに黙り込む亮さんと純さん。
いりませんって…な、何で?俺そんなに嫌われてるの?それとも亮さんたちにからかわれたから…?

「…なんかゴメンな。」
「げ…元気出せよ。」

「……。」

わざとらしく気遣う亮さんたちにさらに落ち込ませられながら、呆然と2つのペットボトルを見つめる。こんなに飲めねーって…。ため息を吐くと、思いの外深かった。

「…どーも嫌われてるんすよね…あいつには。」

「……。」
「……。」

俺がぼやくと、亮さんたちは顔を見合わせた。そして亮さんがニッコリといつもの笑みを浮かべ、俺を見た。

「じゃあ…珍しく落ち込んでるお前に良い事教えてやるよ。」
「え?」
「一昨日の決勝のときにさ…9回表、お前がスライディングでホームインした後…」
「……。」
「周りの奴ら全員盛り上がってるのに、玉城さんだけずっと黙りこんでてさ。」
「……。」
「でもお前が起き上がって、ガッツポーズしたら…ボロボロ泣き出したんだよ。」
「……。」

その言葉をじわじわと理解して、口をついて出た声は…

「…へ?」

何とも間抜けな声だった。

「あの子、お前の怪我の事、知ってたんだって?」
「今思えば試合中、ずっと心配そうだったよな。」
「そうそう。お前の打席の度に真剣な顔してさ…試合って言うより、お前の事見てたよ。」
「ありゃ完全に…」
「惚れてるよね。面白くないけど」
「ホントだぜ」

「……。」

そんなはず…。だって、さっきだってあんなに素っ気なくて…

「えっと…冗談?ですか?」
「そう思うならそれでいいよ。」
「え!?ちょっ…急にぼかすのやめてくださいよ!」
「だってさぁ…せっかく教えてやったのに…」
「いや、だって、そんな…信じらんねーって言うか…。」
「でもホントのことだぜ。」
「…じゃあ、今なんでお茶…突っ返されたんすかね…」
「そんなこと知るわけないだろ。お前が何かまずいことしたんじゃないの?」
「……。」

そ…そうなのか?…そうなのかも…。
でも心当たりなんて…。…あ、もしかして抱き着いたこと?

「まぁ頑張れよ(笑)」
「調子のんじゃねぇぞコラ!!」

微塵も応援なぞしていないような面白がる笑顔で言って、亮さんは踵を返す。純さんは俺に親指を下にして拳を突き出し、舌打ちを残して亮さんと一緒に去って行った。


***


「……。」
「……。」
「……。」

水を打ったように静まり返る食堂。みんな箸を止め、テレビに食い入るように見つめている。

そこに映っているのは、雪景色をバックにココアを飲み、ほっと白い息を吐く玉城。どこかうっとりとした潤む瞳で遠くを見つめ、玉城の声でセリフが流れる。

『…好きになっちゃった。』

『甘さ控えめほろにがココア。平成クレシェンド』

最後にメーカーのロゴが映り、CMが終わると、食堂に喧騒が戻ってくる。

「今の玉城じゃん!!なぜテレビに!!?」
「うるせえよ沢村!!」
「芸能人だもんな。」
「モデルオーディションでグランプリになったって話題になってたじゃん。」
「マジか!?いつのまに!?」
「僕は知ってたよ…」
「な、なんだと降谷!!?」

騒がしい沢村を横目に、内心穏やかでない気持ちを抑える。玉城が急に遠くに行ってしまったようで…もどかしい。
芸能人…か。

「つーかもうCMとか出てるんだな。早いな」
「確かに…でももうオーディション1か月くらい前だっけ?」
「雑誌にはもうちょっと前から載ってるらしいよ。クラスの女子が言ってた」
「うわー、もう完全に芸能人だな」

玉城の噂話を背に、食器を重ねて片付けて、食堂のおばちゃんにごちそうさまと声をかけ、食堂を出る。
そして部屋へ戻って参考書を開き、集中できずにすぐに閉じた。時刻は8時前。もしかしたら、玉城今日も補講で残ってるかも…。

淡い期待を胸にいつもの場所…柵越しに校舎が見える倉庫裏にバットを片手に向かった。…実は毎日来ている。週に2,3回はここで玉城と遭遇できるのだ。
前に土手の場所を教えたけど、結局来てくれたことはねーし…って、俺ちょっとストーカーっぽい?ヤバイかも…

ストレッチをし、軽くバットを振って、時間潰しに携帯を開く。…ここに来て30分くらいか。玉城こねぇなー…今日はいないのかな。それか、俺を避けて別の門から帰ったとか…。

ざり、と砂利を踏む音がした。
それだけで俺の胸に期待が膨らみ、振り返る。

「…いつもここにいますね」

ちょっと呆れたように、玉城が立っていた。

「静かに過ごせる数少ない場所なんだよ。」
「そーですか…お邪魔しました」
「おいちょっと待てって!早すぎ!」

さっさと立ち去ろうとした玉城を何とか呼び止めた。…これで俺が好きだって?ホントかよ…

「…何ですか?」
「玉城ちゃん試合見に来てくれてたんでしょ?」
「…だから?」
「まだおめでとーもお疲れ様ーもいわれてないな〜と思って!」
「……。」

玉城はこちらに向き直り、はっきりとした声で呟いた。

「だって…まだ終わりじゃないんでしょ?」

その言葉に俺は目を丸くした。

「はは…確かに…」
「……。」
「確かにそーだな!はっはっ…!いって!」

わき腹をおさえる俺を、ちょっと呆れた目で見つめる玉城。

「もう休んだらどうですか…けが人なんだから」
「玉城ちゃんがよしよししてくれたら治る気がする〜♪」
「頭も怪我したんですか?」
「はっはっは…つっ!…いてぇから笑わせんなって!」
「……。」

口を噤む玉城。ため息のように、小さく息を吐いた。

「ところでさ…俺のことが心配で泣いちゃったんだって?」
「は…?」
「亮さんから聞いたぜ♪」
「……。」

暗闇の中で玉城がそっぽを向いたのが分かった。否定しないってことは…そーなんだ。なんかまだ信じらんねーけど…

「…玉城。」
「……。」

ここまできたら…言うしかねーだろ。

「もう…俺の気持ちはバレバレかもしれないけど」
「……。」
「俺は玉城が何を考えてるのか…全然わからねーんだ」
「……。」
「けど…なんだかんだ試合に来てくれたり…心配してくれたり…もしそれが、俺の期待通りなら嬉しいんだけど…」
「……。」
「……。」

息を吐いて、また吸って、真っすぐに玉城を見つめた。

「俺と付き合ってください。」

暗闇の中で、玉城は俺を見つめて――少しうつ向いた。

「……。」

しばらく沈黙して、そして――

「…ごめんなさい」

胸にズドンとその言葉がのしかかった時…玉城は足早に去って行った。
なんだ…やっぱ、俺のことが好きなんて…間違いだったんじゃん…。ダセーな、俺…

……。

あー……

…フラれた。

ただでさえケガで気持ちが落ち込んでいたのに…泣きっ面に蜂だ。いや、告った俺の自業自得だけど…。
はあ…。さっさと風呂入って休むか…。明日から…憂鬱だ。


***


「御幸せんぱ〜〜い!」

「呼んでるぜ」
「……。」

倉持が教室のドアを指さし、俺は項垂れる。この声は…卯月…。

「何、何?一年の子?」
「御幸君の知り合い?」
「もしかして告白?」
「結構可愛くね?」

ざわつく教室から廊下へと逃げるように出ると、そこには卯月の他に鷹野がいた。よかった…。

「何?」
「あのお、光から何か連絡来てませんか〜?」
「今週ずっと学校休んでるんですよ、光。」

…また?なんでそれを俺に聞くんだか。

「来てねーけど…っていうか、俺に連絡なんてしないと思うけど。」
「え〜〜!!なんでですか?」
「なんでって…むしろなんで俺に連絡来ると思った?」

俺は嫌われてんだっつーの…。

「え〜、だってぇ…」
「ねぇ?」
「相思相愛、だし〜」

「…は?」

一体何を言い出すんだこいつらは。見当違いにもほどがあるぞ。

「いや…どっちかっつーと俺、嫌われてるから」
「え〜?何言ってるんですかぁ?」
「絶対両想いだよね。」
「私もそう思う〜」
「いやいや…いやいやいや」
「いやいやじゃないですよ〜!」
「私にも真にも、東条君にも連絡がないとなったら…御幸先輩しかいないんです!」
「いや、マジでありえない…俺フラれてるし」
「え…」
「…ええ〜〜!!?」
「ちょ…声デカい…」

卯月を黙らせて、廊下の端に移動した。それでも二人はまだ驚いた顔を見合わせている。

「光に告白したんですか?」
「…まぁ…」
「先輩フラれちゃったの〜〜!!?」
「…声デカイって」
「何かの間違いじゃ?」
「何を間違えるんだよ。」

はっきりフラれたし…ごめんなさいって。

「でも…。」
「ねぇ?」

ふたりはまだ納得がいかない様子で顔を見合わせる。勘弁してくれ…。

「あ!そうだ。じゃあ…」

不意に、鷹野がいいことを思いついたとでも言うように声を上げた。

「先輩、今ケガで部活お休み中なんですよね?」
「…だから?」
「これ、光に届けてもらえませんか?」

鷹野に手渡されたのは、プリント類が入ったクリアファイル。休んでいた間のものだろう。

「なんで俺が…」
「私たち今日は部活で忙しいんですよぉ〜〜」
「…家知らねーし…」
「学校のすぐ近くですよ。土手の橋を渡って南にまっすぐ行って、花屋さんの向かいのマンションです!」
「3階の303号室ですよ〜〜」
「おい…簡単に個人情報を…」
「だって御幸先輩だし…」
「ねぇ?」

ねぇ?じゃねぇよ。

「じゃ、お願いしま〜す!」
「光には一応メール入れておきますから!」
「あ!おい!」

示し合わせていたかのように走って逃げる二人。手元に残されたファイル。参った…。家になんて行ったら…完全にストーカーじゃんか。
あ〜〜…どうしよ…。


***


…来てしまった。

赤い煉瓦のマンションの前で佇む。大通り沿いの立派なマンション。向かい側にはちゃんと花屋もある。
303号室…だっけ。あ、そうだ。ポストに入れておけばいいじゃん。そうだそうだ、そうしよう…

……。

……ポストねーじゃん!どうなってんだよ。
見たところオートロックのマンションだし…管理が厳重なのか?
あ〜〜〜…もう…

インターフォンのナンバーディスプレイの前に立ち、3,0,3、と数字を押して、呼び出しボタンを押した。ピンポーン、とスピーカーから効果音が響き、しばらくすると、横の自動ドアがウィーンと機械音を響かせて開いた。

…モニターで俺を見て、玉城が開けた…んだよな?…何か言えよ!もうわけわからん。

エレベーターに乗り、3階を押して扉が閉まると、急に玉城の部屋を訪ねているんだという実感がわき、緊張し始める。フラれたばっかで、気まずいってのもあるけど…。

エレベーターのドアが開き、広い通路に出た。煌々と電気で照らされた通路の左側に、等間隔で扉が並んでいる。

301…、302…、…303。
ここだ…。

緊張を孕み、インターフォンを押した。数十秒の沈黙。そして、何の前触れもなく、ガチャンと鍵が開いた。
ドアがゆっくりと開く。…薄手のシャツにショートパンツ。ラフにまとめられた髪…。部屋着姿の玉城が、ドアを開けて立っていた。さっきまで眠っていたのだろうか…少し眠たげな目で俺を見上げる。

「……。…これ…、鷹野達から」

一瞬言葉に詰まって、咄嗟に手に持っていたクリアファイルを差し出した。玉城は黙ったままそれを受け取ると、しばらくそれを眺めた。
…可愛い。やっぱ…すげえ可愛い。
こんな適当なカッコされると、なんか…無防備な感じがして…。すごく新鮮で、可愛い…。

「光ちゃん?」

すると玉城の背後から、一人の若い男が現れた。

「誰?」

その男は俺を見つけ、にわかに表情を固める。
…20代半ばくらいだろうか。真面目そうな、涼しげな目元の好青年…玉城とは似ても似つかないから、兄ではないことは一目瞭然だった。

「…徹君はあっち行ってて」

玉城は少し振り返って男にそう言った。徹君、と呼ばれたその男は、俺を気にしながら部屋の奥に戻って行った。

…今のは…誰だ?家族じゃない。だって、玉城とどこも似てない。じゃあ…考えられることは…
…噂の婚約者?

「今の奴って…」

堪らず口を開いた。玉城はファイルから顔を上げ、俺を見る。

「…婚約者?」

玉城は目を瞬いて、言った。

「違います。」

え?
目を丸くする俺に、玉城は続ける。

「マネージャーです。」
「…一緒に住んでんの?」
「そんなわけないでしょ。」

ぴしゃりと言って、玉城はドアに手をかけた。

「じゃ…ありがとうございました。」
「あ…待てよ!」

ドアを掴むと、玉城はちらりと俺を見上げる。

「…学校…来てないんだって?」
「…仕事が忙しくて」

玉城は小声で答える。通路に声が響くのを気にしているらしい。

「お前の友達…心配してたぞ。」
「わかってます…でも忙しくて」
「仕事が優先?」
「…そういうわけじゃ」
「実際…学校来れてないだろ。」
「……。」
「なぁ、どっちが大事なんだよ。仕事と…学校。お前のイギリスの友達が…嘘をついてまで青道に来させてくれたんだろ?」
「……。」
「それなのに…ちゃんと通わなくてどうするんだよ。お前、何のために日本に来たんだよ。」
「……。」
「ちゃんと学校に来いよ。なんでモデルなんかなったのか知らないけど…このままじゃお前、卒業だって…」
「そんなことわかってる…」

玉城は震える声で呟いて、俯いた。

「私だって学校に行きたい…普通に学校に通いたい。」
「じゃあ…」
「でも私には時間がないんです!早く自立しなきゃ…一人で生きていけるようにならなきゃ…」
「…え?」
「友達や試験のことで悩んで、当たり前に学校に通って…誰が好きとか誰と付き合うとか、そんなこと考えてる暇はないんです!」

ぽたぽた、と雫が玉城の足元に落ちた。立ち尽くす俺たちの元に、先ほどの男…徹がやってくる。

「光ちゃん、もう少し休んだ方がいい。明日も早いんだから…」

そう言って、徹は玉城の肩に手を置く。

「君はもう帰ってくれるかな。」

徹に睨まれて、俺は睨み返した。

「…玉城!」

ドアを引っ張られて、閉まりかける隙間から見える玉城に必死で呼びかける。

「何がそんなにつらいんだよ。」
「……。」
「俺に教えてくれよ、どんなことでもいいから…!」
「……。」
「一人で抱え込むな!」

無情にもドアが閉まり、ガチャン、とご丁寧に鍵まで閉められて、廊下は静まり返った。

 


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