「あ!光!!」

期末テスト初日――。
約2週間ぶりに登校してきた玉城に、クラスメイト達は色めき立った。

「どうしてたの〜!?」
「ちょっと仕事で…補講で土日は来てたんだけどね。」
「テスト大丈夫?」
「なんとか…」

クラス中の注目を浴びながら席へやってきて、玉城は俺に微笑んだ。

「東条おはよ。」
「おはよう。」

今までと同じように声をかけてくれて、思いのほか安堵している自分に気付く。忘れられていたとしても…多分、それを受け入れてしまっていた気がする――。

「今日から来れるの?」
「テスト期間中は何とか。」
「え〜!テスト終わったらカラオケ行きたかったのに〜!」
「ごめん、また今度…」
「最近光に会えなくて寂しいよ〜〜」

抱き着いてくる卯月を宥めて、玉城は苦笑した。その表情がどこか疲れているように見えて…心配になる。



***


「東条、これありがと!ごめん、返すの遅くなって…」
「平気だよ。ノート汚くてごめんな」
「え?東条のノート綺麗で見やすいよ。司と真のノート見たことある?真なんて自分でも読めな…」
「ひ〜〜か〜〜り〜〜!」
「うわ!来た!」

悪口は聞こえるんだからね〜!と卯月にもみくちゃにされながら、玉城はけらけら笑う。今朝は少し疲れてたような…沈んでいたように見えたけど、大丈夫なのかな。

「あ!私もう帰らないと…また明日!」
「えー!光もう帰っちゃうの?」

ごめんのポーズをしながら、またねと教室を飛び出していく玉城。卯月と鷹野は残念そうに顔を見合わせた。

「忙しそうだね。」
「ね〜。しかも元気ないし…」
「うん…」

ふたりにもそう見えたのか…。

「やっぱりあれかな〜〜。御幸先輩のこと…」
「え?」
「ちょ、真!」

しー、と人差し指を立てる鷹野に、卯月は口を尖らせる。

「だってさ〜、絶対両想いだよあの二人。なのになんで振っちゃうかな〜。」
「ああもう…何で言っちゃうかな…」
「え、待って、振るって誰が?誰を?」

ふたりの顔を見て尋ねると、卯月が口を開いた。

「御幸先輩、光に振られちゃったんだって。」

…え?

「でもさ〜、光、絶対御幸先輩のこと好きじゃん?」
「何か理由があったんだと思うけどね…最近落ち込んでるし」
「前から御幸先輩に対してだけ冷たくしたりしてたもんね〜。なんで好きなのにあんな風に距離置くんだろ…」
「御幸先輩が心配で泣いちゃったくらいなのにね。」

鷹野が苦笑しながら言って、ぽかんと口を開けたままでいる俺に、ああそっか、と思い出したように言った。

「東条君は知らないか…あのね、薬師高校との決勝の時、光、御幸先輩の怪我のこと知ってたみたいなの。」
「え…?」
「それで試合中凄く心配しててね。最後、御幸先輩がホームインして逆転したとき…」
「……。」
「御幸先輩が起き上がるまで、泣きそうな顔でずっと見てて。それで…先輩が起き上がってガッツポーズした瞬間、」
「……。」
「ボロッボロ泣き出したよね〜。」
「そうそう。」

あれは絶対好きでしょ、と頷き合う二人を前に、あれは頭が真っ白になった。
そんな…いつのまに、あのふたりがそんなに…。
あの御幸先輩が、誰にも隠していた怪我のことを話すほど…?

「光、前に『誰とも付き合わない』って言ってたけど…何か理由があるのかな…。」

鷹野が呟くと、卯月はため息をついた。

「そんなの…辛すぎるよ〜…」


***


結局テスト期間中も、テストが終わると玉城は急いで帰ってしまって、よほど忙しいのだろうと思った。学校でも寮でも、一日に何度も玉城の話を聞くのに…肝心の本人にはなかなか会えない。
けど…玉城、土日学校に来てたのか…。知らなかったな…。
知ってたら…。…いや、会いに行ってどうするんだよ。そんなことできるわけないって…。

「オラ沢村ァ!!何携帯見てんだテメー!!」
「ああぁ〜〜〜俺の心のオアシスゥゥ〜〜」

すごいなあ、とどこか他人事のように隣を見る。例によって、信二が沢村のテスト勉強を見てあげているのだ。自分の勉強もあるのに…大変だなぁ、信二…。

「あ、降谷君、そのココア…玉城さんがCMしてるやつだよね。」

ふいに小湊が言って、全員が降谷に注目した。

「うん…クラスの子にもらったんだ」
「何!?女子からか!?」
「へぇ、降谷モテるなぁ」
「ぐぬぬぬ…なぜ降谷ばかり…」
「それ甘さ控えめで美味しいよね。僕も時々飲むよ。」

玉城は…芸能人だ。CMや雑誌に引っ張りだこで、もうすっかり日本中に顔と名前が知られ、まるで遠い世界の人のよう。今年の春には、俺くらいにしか笑いかけることもなかった玉城が…今は、日本の有名人…。
あの頃の優越感に未だにしがみつき、まだ自分は彼女の中で特別だと思っている…最近そんな自分に、少しずつ気付き始めた。

「…東条」
「ん?」

不意に信二が真面目な顔で俺を見た。

「お前さ…いつ玉城さんに告んの?」
「…え!?」

急に何を…、と言いかけて、沢村たちまでもが期待を込めた目で俺を見ていることに気付き、赤面する。

「し…しないよ。」
「はぁ!?なんで!?」
「絶対フラれるし…」
「んなことねーよ!むしろお前以外誰が…」

信二が言葉に詰まった。まるで、もう一人のその人物を思い当たったかのように。

「…早くしねーと御幸先輩に奪われるぞ!マジで!」
「な、何言ってるんだよ…」
「そうじゃなくてももうあっという間に有名人なんだぞ!早めに告っとけ!手遅れになるぞ!」

手遅れって…多分、もうなってるよ。

「…どうしたの?信二…急にそんなこと」
「いや、だってお前…!お前の方が、御幸先輩より前から…」
「……。」
「…なのに後から来た方に奪われるとか、そんなん…なんか嫌だろ!普通に!」

信二らしい…。

ピリリリリ、と俺のポケットから電子音が鳴った。携帯を取り出して、その画面を見て…顔が熱くなる。

「…玉城さんじゃん!」

覗き込んだ信二が言うと、えっ、と小湊達も湧きたった。

「…何してんだよ!出ろよ、はやく!」
「う、うん」

電話なんてくるの、久しぶりだ…。玉城にとってまだ俺は、ちゃんと…近しい存在なのかな。

「…もしもし?」

緊張しながら携帯を耳にあてると、落ち着いた、けれど甘く綺麗な声が耳の奥に響く。

『東条?勉強中?』
「うん…一応…。ど、どうしたの?」
『ごめんね忙しい時に。東条のバッグに私の参考書紛れてない?』
「え?参考書?」
『今日借りてたノート返したでしょ?もしかしたら紛れちゃってるかもと思って…』
「ちょっと待って」

信二たちが息を飲んで注目する中、バッグを開けて中をひっくり返すと、確かに見慣れない参考書が出てきた。見慣れないけど…見覚えはある。前、御幸先輩から玉城に返すようにと渡された…古典の参考書。

「あった。古典?」
『古典!よかったー。悪いんだけど明日持ってきてくれる?』
「うん!ごめん、気付かず持ってきちゃって」
『ううん、私が…。……。』
「…?」

急に黙り込んだ玉城。どうしたのだろう、と言葉を待っていると、戸惑いがちに彼女は言った。

『ね、あのさ…』
「ん?」
『な…中身…見ないでね』
「え?」
『参考書…。』

何でそんなことをわざわざ…逆に気になる。

「…どうして?」
『…い いろいろ書いてて汚いし…とにかく、いいから!絶対見ないで。』
「う、うん…わかった」
『…じゃあ、また明日』
「また明日…」

電話を切ると、さっそく信二が身を乗り出した。

「何だって?」
「え、…これ、玉城の参考書。俺の荷物に紛れちゃったみたいで…明日持って来てって。それだけだよ」
「それはなんとなくわかったよ。他にもなんか話してただろ?」
「…参考書の中は、絶対見るなって」
「……。」

全員の目が俺の手にある参考書に注がれた。

「…え、だ、だめだよ!」
「いやいや見なくてどうするんだよ!お前気にならないのか?」
「でも見るなって言うんだし…」
「お前に見られたくないってことは、絶対なんかあるって!」
「だけど…」
「どーすんだよ、好きな奴の名前とか書いてあったら!」
「……!」

一瞬惑わされかけて、その邪念を振り払うように頭を振った。

「…で、でも!こんな風に晒すのは違うって…」
「じゃあ俺らは見ないから、お前見ろよ。」
「え!?」
「気になるだろ?見ちまえよ!これも何かの縁だ」
「……。」

そんな風に言われると…。…見ても、いいのかな。
…ごくり。唾を飲んで、参考書の表紙を開く。

「……。」
「……。」
「……。」
「……。」

信二たちは固唾を飲んで俺を見守っている。
参考書の中身は…重要なところに線が引いてあったり、品詞とそれが示している部分とが線で結ばれていたり…綺麗に書き込みがされてあって、全然汚くなんかない。玉城の整った字が並んでいる。ぱら、ぱら、と薄い参考書のページをめくっていく。まだ変わったところはない。落書きひとつない…

…あ。

その文字を見た時、手が止まって、頭も止まった。綺麗な玉城の字で、書かれていたのは…

「…何か書いてあった?」

信二の問いかけに、俺は黙って参考書を閉じた。…ドクン、ドクン…心臓が痛い。
見てしまった…玉城の心の中を、少しだけ…。

「…ちょっと、行ってくる」
「え!?おい、どこに…」
「すぐ戻る!」

部屋から飛び出して、俺は御幸先輩の部屋に向かった。
参考書を握りしめたまま――。


***


「どした?」

木村に招き入れられて御幸先輩を尋ねると、御幸先輩は机に向かっていて、まさにテスト勉強中だった。
…いや、今は寮の皆そうだ。練習したいけど…そのためにもまずはテストを乗り越えなければならないのだから。

「…すみません。勉強中に」
「……?」

多分泣き出しそうな顔をしている俺を、御幸先輩は椅子に座ったまま向き直って、訝しげに見上げる。

「これ…先輩に」
「え?」

俺が指し出した参考書を、御幸先輩はきょとんとして受け取った。

「…俺2年だけど。」

表紙に書いてあるのは、『高1古典』。

「それ…玉城のです。」
「……。」

御幸先輩は思い出したように瞬きし、参考書を裏返す。名前欄は空欄だ。

「…35ページ」
「は?」
「見てください…、…失礼します。」

それだけ伝えて、俺は目も合わせずお辞儀して、部屋を出た。

夜の空気は冷たくて、まだ信二たちがいる部屋に戻る気にはなれなくて、上着を持って出なかったことを後悔した。

 


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