024
「よ!」
校舎裏の非常階段。暗黙のうちに、ここが彼女との密会場になっていた。俺を見上げて少し微笑み、参考書を閉じる彼女。俺は隣に座って頬杖をつく。
「もうすぐ冬休みだな」
「うん」
「光は…冬休み何すんの?」
光。まだ口にするとむずがゆくなる彼女の名前。そんな俺の緊張を見通しているような微笑みで、彼女は俺を見つめる。
「お仕事もあるけど…年末年始はゆっくりするよ。」
「そっか。」
「一也先輩は?」
一也先輩。光はふたりきりのとき、俺をそう呼ぶ。そう呼ばれるのはまだ、くすぐったい…けど、やっぱり嬉しい。
「俺は冬合宿で死んでくる…」
「え?」
目を丸くした光は、ちょっと俺を見つめて小さく笑った。
「そんなにきついの?合宿って」
「地獄だぜ〜〜」
「いつからいつまで?」
「冬休み入ってすぐ…23日から30日まで。」
「そんなに…。」
光は口を閉じ、ちょっと考えて、思いついたように言った。
「じゃあ今年はもう会えないね。」
「……。」
俺が気にしていたことを…そんなあっさりと、しかも笑いながら、何でもないことのように…。
「何?」
「いや…なんか…」
「?」
「…それだけ?」
「え?」
光はきょとんと俺を見て、ちょっと困ったように口元に手を添える。
「だから…寂しいとかさ〜、会いたいとかさ〜…」
「……。」
じんわり、光の頬が赤くなった。…お?照れてる?
「…それは…もちろん……寂しいよ」
「……。」
やべぇ…言わせたみたいでアレだけど…可愛すぎ…。
「…どうしたの?」
唇を噛んで光の破壊力抜群の可愛さに悶えていると、光は困惑気味にそんな俺を見た。
「感動を噛みしめてる…」
「…え?」
「だって俺最初はお前にほぼ無視されてたんだぜ?付き合えたのがまだなんか、嘘みたいって言うかさ…」
「……。」
光は目を瞬いて顔を赤くして、俯いた。
「……そうなんだ」
……。そうなんだ…って。
伝わってんのかなー、この衝撃。
「…年明けは?」
「え?」
「冬休み。忙しい?」
「…お仕事は…6日から。」
「ふーん…」
俺が寮に戻るのは4日の朝…。3日までは休みだし…どうせすることもないし…。
「じゃあ…3日とか……会わない?」
「……。」
勇気を振り絞ってそう誘うと、光は頬を赤くして…
「…会いたい」
そう呟いた。
……か…可愛い…可愛すぎ…。抱きしめたい…っていうか、キスしたい…。ダメかな〜…。
胸の奥がぎゅうっと苦しくなって、ごくり、と喉が鳴る。俯いている光の横顔…。赤い唇…。見つめていると、光が気づいたように俺を見上げた。目と目が合って…お互いに顔が赤くなる。
「……。」
「……。」
光の目がちょっと伏せられて、真っ赤な顔で髪を耳にかける…。俺がしようとしてること…気付いたかな…。
手を伸ばしておそるおそる、彼女の手に触れてみた。
「……何…?」
そう訊きながら、抵抗はしない。柔らかな手のすべすべな肌を指先で撫でて、その小さな手をそのまま握った。
じっと顔を見つめて、彼女の表情を窺う。目をちょっと伏せながらも、応えるように一生懸命、時々俺の目を見上げる…。
いいよな…?…いけ、…やれ!俺…!
ちょっと身をかがめると、光は確信したようにちょっと肩を竦めた。だけど決意したように、ほんの少し、顎を上げて…少し目を伏せる。
――ごくり。
生唾を飲み、知らず知らずのうちに荒くなる呼吸を必死に押し殺して、俺は顔を近づけた。光は目を閉じて…俺の手の中で、小さな手を握りしめた。
柔らかな感触が――唇に触れた。
一瞬だけ…それが精いっぱいで、唇を離す。顔が熱い…。
何を言おうか迷ったけど、まるでタイミングを見計らったかのように予鈴が鳴った。
「……じゃ…じゃあね…」
光は赤い顔を隠すように俯いたまま立ち上がった。
「ひ、光。」
まずい。このまま帰したら気まずくなる気がする…!
咄嗟にそう思って、握っていた手を引き留めた。
「3日のこと、また電話するから。」
「…うん」
こくり、頷いた光の手を離した。そして歩いていく彼女の背中を見送って…早く年明けろ、と寒々しい冬空を睨んだ。
***
「俺は自由だぁ〜〜〜〜」
沢村のデカい声が聞こえる。振り向くと、うるせ!と倉持に蹴飛ばされていた。
全身が痛む…ようやく地獄の冬合宿を終え、俺は電車組と駅へ向かった。
『……会いたい』
あの一言が、合宿中どれだけ励みになったか…。
それに…キスもしちゃったし。あ〜、はやく光に会いたい。
実家着いたら電話するかな…
「あ〜!!御幸せんぱ〜〜い!!」
不意に聞こえた聞き覚えのある声にぎくりと肩が竦んだ。なんだなんだ、とナベたちが声の主に注目する。
「きゃ〜〜〜こんにちは〜〜〜!!」
「お…おう…」
「実家に帰るんですか〜〜??」
駆け寄ってくる卯月に動揺を隠し切れないまま周りを見渡すと、卯月の少し後ろに光と鷹野の姿を見つける。3人共私服姿だ。光はワンピースにブーツ、ロングコートに白いマフラーを巻いていて…あ〜やっぱ可愛い。
「玉城さんだ…」
「私服だな…」
一緒に駅に向かっていた奴らがそわそわし始めるのを横目に、俺は光を見た。光も少し微笑んで、だけど距離は保ったまま…少し頷いた。
「御幸せんぱ〜い、合宿お疲れさまでした!」
「ははは…どうも…」
「これ先輩にあげま〜す!キャハハハ!」
「え?」
卯月が押し付けるように渡してきたのは赤い小さな紙袋。断る間もなく受け取ると、卯月は逃げるように踵を返す。
「じゃあね御幸先輩!ばいば〜〜い!」
光たちの方へ卯月が走って行って、鷹野が少しお辞儀をして、3人は一緒に駅ビルへ入って行った。今日は3人で遊んでいたらしい。
「……。」
「……。」
「……。」
「…なんだよ」
男共の視線に突きさされながら紙袋を持ち替える。受け取ってよかったのかな…光の前で。でも断る隙が無かった…。それに光、微笑んでたし…。
「御幸クンモテモテだね〜〜!!」
「いいよな〜〜可愛い1年からの差し入れ〜〜!」
「声でけーよ…」
「けど御幸…玉城さんの前で受け取っちゃってよかったの?」
ナベの言葉にうっと詰まり、俺は沈黙した。
「狙ってる子の前で他の女の子からのプレゼント受け取るのはまずいんじゃない?」
「……。」
「いーんだよナベ!こいつフラれてんだから」
「そうそう!玉城さんはもうあきらめろ!」
す…好きかって言いやがって…。
ホントは付き合ってるんだっつーの!……。…マジで受け取らない方が良かったかも…。
「でも試合見に来てたり…僕は御幸と玉城さんって実は結構いい感じなのかなって思ってたけど」
さらりとナベが言って、少しひやりとする。やっぱ鋭いな〜、ナベは…。
「あぁ!?ないない!玉城さんにもし好きな奴がいたとしても東条だろそれは」
「だよな〜、男でまともに話してんの、あいつだけだし」
「試合来てたのも東条目当てだろ?」
噴出する猛反発に、でも…、と続けようとするナベ。券売機に並びながら、俺は口を開いた。
「ま…有名人だし、そう簡単に誰かと付き合ったりはできねーだろ。」
「……。」
「……。」
「……。」
意外そうな目で俺を見るナベたちに背を向け、電車の切符を買って、踵を返した。
「じゃあまた来年!」
そうして手を振って、ぽかんとする皆と別れ、ホームへのエスカレーターに向かった。
電車に乗り込み、座席に座って深く息を吐く。体中がいてぇ…早く家に帰って横になりたい。
バッグを足元において、ふと、赤い紙袋を思い出した。なんだろコレ…。卯月から…ってことだよな。あぁどうしよ…知らない女子からとかだったら断れるけど…光の友達だしな…。
紙袋を開けて中を覗くと、小さな箱と紙が入っていた。…誕生日はとっくに過ぎたぞ…バレンタインはまだ先だし…。ラブレターだったらどうしよ…光に言うべきか…いや知ってんのか?
おそるおそる二つ折りの紙を取り出し、開く。青い花柄の可愛らしい小さめの便箋。そこには綺麗に整った字で短い文が書かれていた。
一也先輩へ
合宿 お疲れさまでした。
連絡待ってます。
光
「……はは…」
小さく笑ってしまって、しまった、と口元を覆う。やばい、ニヤける。
これ、光からだったのか…。
紙を仕舞い、小さな箱を開けると…小さなクッキーが入っていた。アーモンド入り…一つ食べてみると、それほど甘くなくて美味しい。もしかして手作り?俺の為に…?
やばい、ほんとニヤける。
ああ…早く会いたい。
***
久々の実家での食事。寡黙な親父と食卓を囲み、テレビから響く笑い声を聞きながら、胸の奥が暖かくなる。
「いいよ、やるから。風呂入ってきなよ。鉄臭いし」
「……。」
食器を片付けようとする親父に茶化すように言って、シンクの前に立つ。食事の前まで仕事してたし…人手がなく忙しいのかもしれない。
「……。」
食器を泡まみれにしながらぼーっとしていると、浮かぶのは野球のこと…そして光のこと。あ、そうだ、電話しねーと。
洗い物を片付けて、バッグから携帯を取り出し、電話をかけた。しかし長く待っても光は電話に出ない。今は手が離せないのかな。また後でかけなおすか。
携帯を閉じ、テレビを見ていると、親父が風呂から上がって居間にやって来た。
「風呂空いたぞ。」
「うん。」
頷いて、着替えを持って風呂場へ行った。狭い風呂…懐かしい。それに、一人でゆっくり入るのも懐かしい。
じっくりと冷えていた体を温めて風呂から上がり、居間へ行くと、親父はテレビの前でビールを飲んでいた。
「一也。」
「ん?」
「さっき…電話鳴ってたぞ。」
「え…」
はっとした。まさか光?
動揺を悟られぬようにそっとテーブルの上の携帯をとり、開いた。
その画面には、『不在着信:玉城光』と通知が表示されている。10分前か…。
ちらり、と親父の背中を見た。じっとテレビを見ている…名前とか見られてないよな?多分…。
こっそりと居間を出て、自室で光に電話をかけなおすことにした。
数回の呼び出し音の後、プツンとそれが途切れる。
『…はい』
控えめな優しい声が耳元で聞こえて、俺は自然と頬が緩む。
「光?ごめん、風呂入ってた」
『…私も。』
…そ、そうなんだ。風呂…ね。
「…そうだ…クッキー、ありがとな」
『…どうだった?』
「美味かった。」
即答すると、電話の向こうで少し笑う気配がした。
「でも最初、卯月からだと思って焦ってさ。手紙見て、あ〜よかった…って」
『付き合うこと…真と司には話したの。それで…真が、自分が渡すなら騒ぎにならないでしょって…』
「…そーだったんだ」
アイツも結構いい奴なんだな。騒がしいイメージしかなかったけど…
「…それで…3日のことだけど」
『あ、うん』
「初詣でも行かない?俺そっち行くからさ。」
『うん。』
光は嬉しそうに相槌を打った後、あ、と思いついたように言った。
『でもそれじゃあ先輩…往復大変でしょ?』
「え?」
『3日こっち来てまた実家帰って…4日寮に戻るんでしょ?』
まあ確かに面倒くさいけど…
「実家も一応都内だし、平気だよ。」
『……。』
躊躇うような沈黙。やっぱり悪いから会わない…とか言い出さねーだろうな。
『…じゃあ…』
「?」
『3日…うちに泊まる?』
「……へ?」
泊ま……泊まる!!?
それって…そういうこと?待て…早すぎるだろ!だってこの間、キスしたばっかり…
『あ…ダメかな、やっぱり…』
「いや!…い、行く」
『……。』
「光が…いいなら」
…心臓の音…やばい。
『……いいよ。』
…マジか!?
「…、…じゃあ…3日…。」
『…うん。』
ついに…俺…
「…お、おやすみ。」
『…おやすみ。』
童貞…卒業?
…パタン、と携帯を閉じ、それまでいつの間にか止めていた息をゆっくりを吐き出した。
「一也。」
コンコン、と無造作にドアがノックされて、ぎくりと肩が揺れる。親父…いつからそこに?
「な、何?」
ドアを開けると、親父は…赤い紙袋を差し出してきた。
「…居間に置き忘れてたぞ。」
…!!!
「…あ、うん…ありがと」
紙袋を緊張しながら受け取り、横目でちょっと中を確認する。クッキーはまだいい…手紙、見られてないだろうな…。
ちらりと親父の顔を窺うと、親父は特に何も言わず、踵を返した。…見られてない…ということにしておこう。
「…あ、親父。」
呼び止めると、親父は足を止めてこっちを振り向いた。
「やっぱ…3日…学校の方に戻ろうと思うんだけど」
怪しまれるかな…。
「…寮は開いてるのか?」
「や…学校の近くに家がある奴がいて…」
「……。」
「初詣もしたいし…」
「……。」
「…み みんなで」
我ながら怪しい…。けど、他に良い言い訳なんて思いつかない。
「…そうか。わかった…気をつけてな」
親父は踵を返し、居間の方へ歩いて行った。
俺はひとまず安堵の息を吐き、ドアを閉める。これで…3日、光と…。
……。
…あ〜〜…今夜絶対眠れねぇ……。
校舎裏の非常階段。暗黙のうちに、ここが彼女との密会場になっていた。俺を見上げて少し微笑み、参考書を閉じる彼女。俺は隣に座って頬杖をつく。
「もうすぐ冬休みだな」
「うん」
「光は…冬休み何すんの?」
光。まだ口にするとむずがゆくなる彼女の名前。そんな俺の緊張を見通しているような微笑みで、彼女は俺を見つめる。
「お仕事もあるけど…年末年始はゆっくりするよ。」
「そっか。」
「一也先輩は?」
一也先輩。光はふたりきりのとき、俺をそう呼ぶ。そう呼ばれるのはまだ、くすぐったい…けど、やっぱり嬉しい。
「俺は冬合宿で死んでくる…」
「え?」
目を丸くした光は、ちょっと俺を見つめて小さく笑った。
「そんなにきついの?合宿って」
「地獄だぜ〜〜」
「いつからいつまで?」
「冬休み入ってすぐ…23日から30日まで。」
「そんなに…。」
光は口を閉じ、ちょっと考えて、思いついたように言った。
「じゃあ今年はもう会えないね。」
「……。」
俺が気にしていたことを…そんなあっさりと、しかも笑いながら、何でもないことのように…。
「何?」
「いや…なんか…」
「?」
「…それだけ?」
「え?」
光はきょとんと俺を見て、ちょっと困ったように口元に手を添える。
「だから…寂しいとかさ〜、会いたいとかさ〜…」
「……。」
じんわり、光の頬が赤くなった。…お?照れてる?
「…それは…もちろん……寂しいよ」
「……。」
やべぇ…言わせたみたいでアレだけど…可愛すぎ…。
「…どうしたの?」
唇を噛んで光の破壊力抜群の可愛さに悶えていると、光は困惑気味にそんな俺を見た。
「感動を噛みしめてる…」
「…え?」
「だって俺最初はお前にほぼ無視されてたんだぜ?付き合えたのがまだなんか、嘘みたいって言うかさ…」
「……。」
光は目を瞬いて顔を赤くして、俯いた。
「……そうなんだ」
……。そうなんだ…って。
伝わってんのかなー、この衝撃。
「…年明けは?」
「え?」
「冬休み。忙しい?」
「…お仕事は…6日から。」
「ふーん…」
俺が寮に戻るのは4日の朝…。3日までは休みだし…どうせすることもないし…。
「じゃあ…3日とか……会わない?」
「……。」
勇気を振り絞ってそう誘うと、光は頬を赤くして…
「…会いたい」
そう呟いた。
……か…可愛い…可愛すぎ…。抱きしめたい…っていうか、キスしたい…。ダメかな〜…。
胸の奥がぎゅうっと苦しくなって、ごくり、と喉が鳴る。俯いている光の横顔…。赤い唇…。見つめていると、光が気づいたように俺を見上げた。目と目が合って…お互いに顔が赤くなる。
「……。」
「……。」
光の目がちょっと伏せられて、真っ赤な顔で髪を耳にかける…。俺がしようとしてること…気付いたかな…。
手を伸ばしておそるおそる、彼女の手に触れてみた。
「……何…?」
そう訊きながら、抵抗はしない。柔らかな手のすべすべな肌を指先で撫でて、その小さな手をそのまま握った。
じっと顔を見つめて、彼女の表情を窺う。目をちょっと伏せながらも、応えるように一生懸命、時々俺の目を見上げる…。
いいよな…?…いけ、…やれ!俺…!
ちょっと身をかがめると、光は確信したようにちょっと肩を竦めた。だけど決意したように、ほんの少し、顎を上げて…少し目を伏せる。
――ごくり。
生唾を飲み、知らず知らずのうちに荒くなる呼吸を必死に押し殺して、俺は顔を近づけた。光は目を閉じて…俺の手の中で、小さな手を握りしめた。
柔らかな感触が――唇に触れた。
一瞬だけ…それが精いっぱいで、唇を離す。顔が熱い…。
何を言おうか迷ったけど、まるでタイミングを見計らったかのように予鈴が鳴った。
「……じゃ…じゃあね…」
光は赤い顔を隠すように俯いたまま立ち上がった。
「ひ、光。」
まずい。このまま帰したら気まずくなる気がする…!
咄嗟にそう思って、握っていた手を引き留めた。
「3日のこと、また電話するから。」
「…うん」
こくり、頷いた光の手を離した。そして歩いていく彼女の背中を見送って…早く年明けろ、と寒々しい冬空を睨んだ。
***
「俺は自由だぁ〜〜〜〜」
沢村のデカい声が聞こえる。振り向くと、うるせ!と倉持に蹴飛ばされていた。
全身が痛む…ようやく地獄の冬合宿を終え、俺は電車組と駅へ向かった。
『……会いたい』
あの一言が、合宿中どれだけ励みになったか…。
それに…キスもしちゃったし。あ〜、はやく光に会いたい。
実家着いたら電話するかな…
「あ〜!!御幸せんぱ〜〜い!!」
不意に聞こえた聞き覚えのある声にぎくりと肩が竦んだ。なんだなんだ、とナベたちが声の主に注目する。
「きゃ〜〜〜こんにちは〜〜〜!!」
「お…おう…」
「実家に帰るんですか〜〜??」
駆け寄ってくる卯月に動揺を隠し切れないまま周りを見渡すと、卯月の少し後ろに光と鷹野の姿を見つける。3人共私服姿だ。光はワンピースにブーツ、ロングコートに白いマフラーを巻いていて…あ〜やっぱ可愛い。
「玉城さんだ…」
「私服だな…」
一緒に駅に向かっていた奴らがそわそわし始めるのを横目に、俺は光を見た。光も少し微笑んで、だけど距離は保ったまま…少し頷いた。
「御幸せんぱ〜い、合宿お疲れさまでした!」
「ははは…どうも…」
「これ先輩にあげま〜す!キャハハハ!」
「え?」
卯月が押し付けるように渡してきたのは赤い小さな紙袋。断る間もなく受け取ると、卯月は逃げるように踵を返す。
「じゃあね御幸先輩!ばいば〜〜い!」
光たちの方へ卯月が走って行って、鷹野が少しお辞儀をして、3人は一緒に駅ビルへ入って行った。今日は3人で遊んでいたらしい。
「……。」
「……。」
「……。」
「…なんだよ」
男共の視線に突きさされながら紙袋を持ち替える。受け取ってよかったのかな…光の前で。でも断る隙が無かった…。それに光、微笑んでたし…。
「御幸クンモテモテだね〜〜!!」
「いいよな〜〜可愛い1年からの差し入れ〜〜!」
「声でけーよ…」
「けど御幸…玉城さんの前で受け取っちゃってよかったの?」
ナベの言葉にうっと詰まり、俺は沈黙した。
「狙ってる子の前で他の女の子からのプレゼント受け取るのはまずいんじゃない?」
「……。」
「いーんだよナベ!こいつフラれてんだから」
「そうそう!玉城さんはもうあきらめろ!」
す…好きかって言いやがって…。
ホントは付き合ってるんだっつーの!……。…マジで受け取らない方が良かったかも…。
「でも試合見に来てたり…僕は御幸と玉城さんって実は結構いい感じなのかなって思ってたけど」
さらりとナベが言って、少しひやりとする。やっぱ鋭いな〜、ナベは…。
「あぁ!?ないない!玉城さんにもし好きな奴がいたとしても東条だろそれは」
「だよな〜、男でまともに話してんの、あいつだけだし」
「試合来てたのも東条目当てだろ?」
噴出する猛反発に、でも…、と続けようとするナベ。券売機に並びながら、俺は口を開いた。
「ま…有名人だし、そう簡単に誰かと付き合ったりはできねーだろ。」
「……。」
「……。」
「……。」
意外そうな目で俺を見るナベたちに背を向け、電車の切符を買って、踵を返した。
「じゃあまた来年!」
そうして手を振って、ぽかんとする皆と別れ、ホームへのエスカレーターに向かった。
電車に乗り込み、座席に座って深く息を吐く。体中がいてぇ…早く家に帰って横になりたい。
バッグを足元において、ふと、赤い紙袋を思い出した。なんだろコレ…。卯月から…ってことだよな。あぁどうしよ…知らない女子からとかだったら断れるけど…光の友達だしな…。
紙袋を開けて中を覗くと、小さな箱と紙が入っていた。…誕生日はとっくに過ぎたぞ…バレンタインはまだ先だし…。ラブレターだったらどうしよ…光に言うべきか…いや知ってんのか?
おそるおそる二つ折りの紙を取り出し、開く。青い花柄の可愛らしい小さめの便箋。そこには綺麗に整った字で短い文が書かれていた。
一也先輩へ
合宿 お疲れさまでした。
連絡待ってます。
光
「……はは…」
小さく笑ってしまって、しまった、と口元を覆う。やばい、ニヤける。
これ、光からだったのか…。
紙を仕舞い、小さな箱を開けると…小さなクッキーが入っていた。アーモンド入り…一つ食べてみると、それほど甘くなくて美味しい。もしかして手作り?俺の為に…?
やばい、ほんとニヤける。
ああ…早く会いたい。
***
久々の実家での食事。寡黙な親父と食卓を囲み、テレビから響く笑い声を聞きながら、胸の奥が暖かくなる。
「いいよ、やるから。風呂入ってきなよ。鉄臭いし」
「……。」
食器を片付けようとする親父に茶化すように言って、シンクの前に立つ。食事の前まで仕事してたし…人手がなく忙しいのかもしれない。
「……。」
食器を泡まみれにしながらぼーっとしていると、浮かぶのは野球のこと…そして光のこと。あ、そうだ、電話しねーと。
洗い物を片付けて、バッグから携帯を取り出し、電話をかけた。しかし長く待っても光は電話に出ない。今は手が離せないのかな。また後でかけなおすか。
携帯を閉じ、テレビを見ていると、親父が風呂から上がって居間にやって来た。
「風呂空いたぞ。」
「うん。」
頷いて、着替えを持って風呂場へ行った。狭い風呂…懐かしい。それに、一人でゆっくり入るのも懐かしい。
じっくりと冷えていた体を温めて風呂から上がり、居間へ行くと、親父はテレビの前でビールを飲んでいた。
「一也。」
「ん?」
「さっき…電話鳴ってたぞ。」
「え…」
はっとした。まさか光?
動揺を悟られぬようにそっとテーブルの上の携帯をとり、開いた。
その画面には、『不在着信:玉城光』と通知が表示されている。10分前か…。
ちらり、と親父の背中を見た。じっとテレビを見ている…名前とか見られてないよな?多分…。
こっそりと居間を出て、自室で光に電話をかけなおすことにした。
数回の呼び出し音の後、プツンとそれが途切れる。
『…はい』
控えめな優しい声が耳元で聞こえて、俺は自然と頬が緩む。
「光?ごめん、風呂入ってた」
『…私も。』
…そ、そうなんだ。風呂…ね。
「…そうだ…クッキー、ありがとな」
『…どうだった?』
「美味かった。」
即答すると、電話の向こうで少し笑う気配がした。
「でも最初、卯月からだと思って焦ってさ。手紙見て、あ〜よかった…って」
『付き合うこと…真と司には話したの。それで…真が、自分が渡すなら騒ぎにならないでしょって…』
「…そーだったんだ」
アイツも結構いい奴なんだな。騒がしいイメージしかなかったけど…
「…それで…3日のことだけど」
『あ、うん』
「初詣でも行かない?俺そっち行くからさ。」
『うん。』
光は嬉しそうに相槌を打った後、あ、と思いついたように言った。
『でもそれじゃあ先輩…往復大変でしょ?』
「え?」
『3日こっち来てまた実家帰って…4日寮に戻るんでしょ?』
まあ確かに面倒くさいけど…
「実家も一応都内だし、平気だよ。」
『……。』
躊躇うような沈黙。やっぱり悪いから会わない…とか言い出さねーだろうな。
『…じゃあ…』
「?」
『3日…うちに泊まる?』
「……へ?」
泊ま……泊まる!!?
それって…そういうこと?待て…早すぎるだろ!だってこの間、キスしたばっかり…
『あ…ダメかな、やっぱり…』
「いや!…い、行く」
『……。』
「光が…いいなら」
…心臓の音…やばい。
『……いいよ。』
…マジか!?
「…、…じゃあ…3日…。」
『…うん。』
ついに…俺…
「…お、おやすみ。」
『…おやすみ。』
童貞…卒業?
…パタン、と携帯を閉じ、それまでいつの間にか止めていた息をゆっくりを吐き出した。
「一也。」
コンコン、と無造作にドアがノックされて、ぎくりと肩が揺れる。親父…いつからそこに?
「な、何?」
ドアを開けると、親父は…赤い紙袋を差し出してきた。
「…居間に置き忘れてたぞ。」
…!!!
「…あ、うん…ありがと」
紙袋を緊張しながら受け取り、横目でちょっと中を確認する。クッキーはまだいい…手紙、見られてないだろうな…。
ちらりと親父の顔を窺うと、親父は特に何も言わず、踵を返した。…見られてない…ということにしておこう。
「…あ、親父。」
呼び止めると、親父は足を止めてこっちを振り向いた。
「やっぱ…3日…学校の方に戻ろうと思うんだけど」
怪しまれるかな…。
「…寮は開いてるのか?」
「や…学校の近くに家がある奴がいて…」
「……。」
「初詣もしたいし…」
「……。」
「…み みんなで」
我ながら怪しい…。けど、他に良い言い訳なんて思いつかない。
「…そうか。わかった…気をつけてな」
親父は踵を返し、居間の方へ歩いて行った。
俺はひとまず安堵の息を吐き、ドアを閉める。これで…3日、光と…。
……。
…あ〜〜…今夜絶対眠れねぇ……。