「やっほー」
「……。」

今日も今日とていつもの場所で逢引き…なんちゃって。
光は参考書を閉じ、俺を見上げた。

「一也先輩…」
「んー?」

隣に座って、スコアブックを開こうとしたのをやめて光を見る。

「東条から聞いたんだけど…」
「?」
「この間…野球部の人たちに、見られた時のこと…」
「あぁ」
「私に告白してフラれたって嘘ついてたの?」

真剣な顔…別に大したことじゃないのに。

「あ〜…騒ぎになりそうだったから」
「…何度もそう言ってるって」
「アイツらすぐ騒ぐからな〜。モテないから、ちょっと女子と話してるとすーぐ…。」
「……。」
「お…おいおい、そんなに気にしなくても」

俯く光の手を握った。さりげなくできるのはここまで…これ以上はまだ緊張する。

「俺のこと心配してくれてるんだ?」
「…だって…騒がれたくないって言ったのは…私だし…、…本当は…付き合ってる、のに」
「そーだよ。」
「え…?」
「本当は付き合ってる。だからそれでいい」
「……。」

光は顔を赤くして俺を見上げた。

「惚れなおした?」
「え……。」

光は呆れたようにはにかんだ。何言ってんの、バカ、なんて言われるかな、と思ったけど…

「…うん」

光がそう頷いて、俺は顔が緩み切ったまま赤面した。

「ははは…それなら恥かいたかいがある…。」
「……。」

…ぎゅ、と手に力を籠め、光の横顔を見る。光も気づいたように、俺を振り向く。

「……。」
「……。」

見つめ合って、意思を確認して、ちょっと顔を近づけてみて…。

「……。」

光が目を閉じて、…よし、と決意する。そして唇を、重ねる…。

「……。」
「……。」

唇が…熱い。手の中にある光の手も…触れ合う肩も…。
でも…もう少しだけ、近くに…。

唇を少しだけ開き、光の柔らかな唇を弱く、撫でるように食んでみる。手の中で小さな手がぴくりと震える。
唇を離し、恥ずかしそうに唇を舐めた光に、また顔を近づけると、光はぎこちなく少し顎を上げ、2度目のキスを受けいれた。今度はもう少し強く、唇をくっつけて…引き結ばれた小さな唇を、また少し開いた唇で撫でて、光の反応を窺って――そっと、舌で舐めてみる。

「っ…」

光がかすかに息を飲んだのが分かった。薄く目を開けて様子を見ると、光はまだ目を閉じている。もう一度、唇で光の唇を弱く挟んでみる。すると…その小さな唇が、応えるように、わずかに開いた。
高揚感と緊張で心臓の鼓動に胸を震わせながら、舌でそっと、唇の間を舐めた。
いいのかな…これで…。
そう迷いながら…戸惑いながら。すると小さな唇の隙間を撫でていた自分の舌先を、そっと、熱くて柔らかくて…甘いものがくすぐった。
ぶわっ、と頭に熱が上がって、一瞬目の前が真っ白になった後、それが光の舌だったことを確信する。応えようとしてくれてる…。俺の独りよがりじゃ…ないよな?
もう一度、唇の間に舌を沿って…、開いた唇の間に滑り込ませた。光の口の中…。熱い……。
小さな舌が…俺の舌をぎこちなく撫でて、熱が絡まって…


「…っ」

唇を離し、お互いに真っ赤になった顔で俯いた。
やばい…。ディープキスって…やばい。気持ち良すぎ…。

「…つ 次…体育だから…もう、行くね…。」
「あ…、あぁ」

光はうつ向いたままそう言って、だけど立ち上がる前に俺を見て、意を決したように――身を乗り出して、一瞬迷った後、頬にキスをして…逃げるように去って行った。
…ほっぺ…。ディープキスした後に、あんなに照れて、ほっぺ…。

「…はは」

可愛すぎ…。

っていうか、やばい。
…勃起した。

俺はしばらくそこで、熱が鎮まるのを待った。



***



『セックスが怖いというバージン/セカンドバージンの女性を上手くセックスに誘う方法』


「……。」

いや…馬鹿馬鹿しい。こんなの結局、当人たち次第だろ……


「御幸!このビデオ…」
「うわ!…なんだよ」

またいきなり部屋に入ってくる倉持。ずかずかと無遠慮に入室すると、俺を睨んだ。

「お前最近よく携帯見てんな」
「別に…で、何?」
「はぐらかすな!まさか彼女じゃねーだろうなぁ?」
「うるせぇなぁ…早く用件を言えよ」
「なっ…!まさかマジで…」
「違うって。安心したか?童貞」
「テメェ…いちいち…」
「あの沢村(バカ)にも彼女がいるからって焦るのはわかるけど落ち着けよ。」
「ぶっ殺すぞ」

倉持は指を鳴らすと、持ってきたビデオを掲げて鼻を鳴らした。

「…つかこのビデオ!この間言ってた試合のヤツ!ナベが持ってきてくれたんだよ」
「お〜アレか!」
「今から見るだろ?」
「見る見る」

ゾノたちはもう食堂にいるぞ、という倉持と一緒に食堂へ行き、試合のビデオを見ながらナベの解説を聞き、ミーティングを終えた頃…。

「じゃ…俺はもう休むぜ」
「俺も」
「俺も…」

「……?」

倉持や麻生たちがそわそわと立ち上がって、俺やナベは疑問符を浮かべて顔を見合わせた。

「そわそわしてどーした?お前ら」
「べっ…つにソワソワなんてしてねーけど!?」
「動揺しすぎだよ」
「…!!!」

顔を赤くした麻生を指さし、関が声を上げた。

「明日バレンタインだもんな!な!」
「あ!?…俺は別にそんなこと…!!」

バレンタイン?カレンダーを見て、確かに明日は2月14日だと気づいた。

「……。」

バレンタイン…か。思わず顔が歪んで、こっそりため息をついた。

「…テメーは何嫌そうな顔してんだ!自慢か!?アァ!?」
「だってめんどくせーし…」
「うわこいつ最低!!」

知らない女子からチョコなんて貰ってもさぁ…そもそも甘いもん好きじゃないし。断ったら断ったで、悪評が広まるし。バレンタインはあまりいい思い出はない。
あ…でも今年はもしかしたら…光からもらえるかも…?それは嬉しいな…。

「アイツ去年皆の前で女子にチョコ突っ返して泣かしたんだぜ」
「それ知ってる!人でなしだよな」
「悪魔だよ」
「モテるからって調子に乗ってんだよ。顔は良くても性格は最悪…」

「おいおい、聞こえてるぞ〜」

わざとだろうけど。
俺の悪口で盛り上がる面々を、ナベだけは苦笑してみている。

「でも…去年も御幸、マネージャーと食堂のおばちゃんから以外はチョコ受け取ってないよね。」
「まー…お返しもできねーし」
「本命以外は受け取らない主義?」
「……。」

そう…かも。光のだったらほしい…。
ナベはその答えを見通したように微笑んだ。

「御幸がチョコを貰うとしたらどんな子なのか…それはちょっと興味あるかも。」

「もらえるわけねーよこの性悪が!」
「去年で悪評を広めたもんな」
「死ね!」

「おい…最後ただの暴言…」



***



バレンタイン当日。
朝からそわそわ落ち着かない倉持はちょっと笑える。

「何人の顔見て笑ってんだテメー!」
「いや〜面白いなって」
「あぁ!?殺されて―のか!!」
「まぁまぁ…そんな怖い顔してたらもらえないよ?」
「テメ…覚えとけよ…」

怒号を飲みこむ倉持を笑いながら昇降口に入り、下駄箱を開けて…
げっ、と顔が引きつった。

「…お前まさか…」

固まった俺の後ろから倉持が下駄箱の中を覗き込んでくる。
下駄箱の中に押し込まれた可愛らしい柄の箱や袋…こういうことされると返せないから困るんだけど…。

「ウガァァァこいつ3つも貰いやがった!!」
「はァ!?マジ!?」
「朝一で3つ!?」

「うるせぇな!騒ぐなよ!」

バッグから部活で使うためのシューバッグを引っ張り出し、下駄箱の中の物を全部放り込んで、さっさと靴を履きかえてその場を去った。捨てる…のはさすがにアレだし…どーすっかな…。
頭を掻いて教室に入り、席について、バッグから教科書を出して机に突っ込もうとして…ガコ、と何かに突っかかる。

「……。」

嫌な予感がして、手を突っ込んで中の物を引っ張り出すと…さらに4つの箱。名前やカードは…ない。

「ハァ!?お前また…!!」

あとから教室に来た倉持が駆け付けて、騒ぎ出す前にその箱もシューバッグに放り込んだ。

「……はい倉持」
「いらねぇよ!!舐めてんのか!!」

「御幸くーん」

するとそこへクラスメイトの女子の声…。

「ミカコが話あるって〜」

「……。」

教室の入り口で、顔を赤くする他クラスの女子と、俺に呼びかけるクラスメイトの女子。

「え〜……」
「……。」
「…と…」
「…何してんだよ、さっさと行け!」

倉持に引きずられるように立たされ、背中を押された。うわ〜、もう、マジで勘弁して。

「……何?」

教室からは出ないぞ、という無言の主張を放ちながら彼女の前に立つと、ミカコ、と呼ばれた女子生徒は後ろ手に手を組んだまま俺を見上げた。

「ちょっと、一緒に…来てくれる?」
「…あぁ」

あ〜、やだな…。
教室だけでなく廊下中の注目を浴びて、人気のない廊下の隅に移動する。

「あの…」
「……。」
「これ…。」

ピンク色の小箱を差し出して、女子生徒は言う。

「中に…手紙入ってるから」
「……。」
「一人の時に…読んでください。」
「ごめん、貰えない。」

差し出していた手が、ぴくり、と動いた。

「…じゃあ」

踵を返し、そそくさとその場を去る。俺と入れ違いに、遠くから様子を窺っていた女子たちが、慌てた顔で彼女に駆け寄って行った。

「ミカコ大丈夫!?」
「泣くな〜〜」

え、泣いてんのかよ…。
悪者になった気分で教室に戻り、教室中の白い目に突き刺されながら席に着く。
俺が何をしたっつーんだよ…。

「ひでぇ男だな。」

そこへやってくる倉持。俺はスコアブックを開いたものの集中できないまま、頬杖をつく。

「……。」
「もらってあげればいいだろ、チョコくらい。」
「…甘いもん苦手だし」

贅沢者…、と俺を睨んで、倉持は予鈴が鳴ると席に戻って行った。
HRを終え、4限まで休み時間はトイレに籠りつつなんとかやり過ごし、昼休みになると俺は財布を引っ掴んでそそくさと教室を後にした。購買でパンを買い、いつもの非常階段へ向かう。もしかしたら光が…、なんて淡い期待を抱きながら。

非常階段に来ると、光はまだいなかった。いつも昼飯食べてから来るし…俺は一人階段に座ってパンを食べ始める。

そして、待ちぼうけること40分。

光は来ないまま、予鈴が鳴り響いた。

…え?なんで?
もしかして今日あいつ、休み?

携帯を開いてみてもとくに連絡はない。…今日がバレンタインってこと、忘れてる?もしくは…こういうイベントごとに興味ない?こっちから聞くのも、催促してるみたいだし…。

思いの外落ち込んだ気分で教室に戻り、6限まで授業を終えると、俺は逃げるように部活へ向かった。帰りも下駄箱には新たなチョコが入れられていて、シューバッグに収まりきらず、小脇に抱えて寮までダッシュする羽目に。
部屋に行く前に食堂に駆け込んで、そこで麦茶を作っているマネージャー3人を見つけ、藁にもすがる思いで大量の箱をテーブルに下ろした。

「梅本!助けて!」
「は!?何?」

駆けつけた梅本に大量のチョコを託し、踵を返す。

「ちょっ、なにこれ!?ここに置いてくな!」
「落としもん!なんとかして!ヨロシク!」
「落としもんって…あんたがもらったんじゃないの!?ちょっと!」

あとはすたこら逃げるだけ。ゴメン梅本、と心の中で謝って、やっと解放感に包まれた。
とにかくアレが手元から離れただけでも…あ〜助かった。

急いで練習へ行き、いつも通り夕食を食べに食堂へ。
梅本に睨まれつつ夕食をトレーに乗せてテレビの前へ。また太る!と恨み言を背中にぶつけられた。あのチョコはマネージャーで山分けしたらしい。ありがたい。

「じゃあ私たち帰るからー!」
「皆にチョコあるからね〜!一人1個だよ!」
「お疲れ様でした!」

マネージャーたちが帰って行き、あざーっす!と野太い声の大合唱が響く。
テレビではバレンタインをイメージしたチョコレートのCMが何度も流れていて、もう一日が終わるというのにまだ浮ついた空気が漂っていた。

『それでは次のニュースです。』

女性アナウンサーの楽しげな読み口調に、何気なく顔を上げる。

『本日正午、渋谷で行われた平成クレシェンド主催のバレンタインイベントに、サプライズゲストとして玉城光さんが登場し、話題になっています!』

え…!?光が!?だから今日いなかったのか…。

「え?」
「玉城さん?」

男共が続々と顔を上げ、テレビに注目する。
テレビには、真っ赤なワンピース姿で微笑み、チョコレートのパッケージを掲げる光が映っている。更にインタビューのシーンに切り替わり、光はアナウンサーにマイクを向けられる。

『本日このイベント、玉城さんがデビューして初めて公の場へのご登場ということですが、どのようなお気持ちですか?』
『嬉しいです。チョコレートが大好きなので。』

そうなんですか、とアナウンサーが微笑ましく笑った。

『では、本日バレンタインですが、玉城さんはどなたかチョコレートを贈るお相手はいらっしゃるんでしょうか?』

「……。」
「……。」
「……。」

皆耳済ませやがって…。

『実は、私イギリスに住んでいた影響で、日本の女性から男性へチョコレートを贈る習慣にあまり馴染みがないんです。』
『え!そうだったんですか?ではイギリスのバレンタインは?』
『イギリスでは日本とは逆で、男性から女性に贈るのが主流なんです。でも、学校の友達と“友チョコ”を交換しよう、って約束はしてます。友チョコも日本ならではの文化ですけど、愛だけじゃなく感謝も伝えるという日本の文化は、私はとても好きだなと思います。』


そうですね、素敵ですよね、とほほ笑むアナウンサーに、澄み切った柔らかな笑みで頷く光。
…そう…だったのか〜…。男から…。知らなかった。…光からのチョコはなさそうだな。
あ〜…結構凹んでる…俺。っていうか、俺があげるべきなのか?でも今更…。

悶々としながら食事を終え、ぶらぶらと部屋に戻る途中。

「今日バット振ってる奴多いな。」
「確かに…」

通りかかった2年が、通路の外を見て呟く。
確かに…今日はやけに外で振ってる奴が多いな。オフ中で、練習試合すらまだ先なのに。

「今日バレンタインだからな!な!」
「あ!?俺は別にいつも通りの自主練だけど!?いつもやってるけど!?」
「こいつ今日一個ももらえなくてまだ諦めてないんだな!な!」
「うるせぇテメーはどうなんだ関!!」

…バレンタイン?

「さすがにもう学校誰も残ってねーだろ…」
「信二…」

ぼそりと呟いて室内練習場へ向かう金丸と、しー、と苦笑いでジェスチャーをする東条。

「えぇ!?先輩方まだチョコ諦めてな…」
「沢村ァなんか言ったかコラ!!」
「テメーで千本ノックしてやろうか!!」

あのバカ…、と沢村を横目に金丸が呟いて、東条はやっぱり苦笑する。

「…つーかいいじゃん東条は!貰ったんだからさ」
「や、あれは…!義理だよ、義理」
「義理だっていいだろ!貰えないより!」
「え…信二はもらったの?」
「聞くな!」

東条、誰かからもらったのか…。まぁあいつ、良い奴だし…女子とも仲良いし、モテそうだよな。

「つか実は本命なんじゃね?」
「な…ないない!」
「なんで言い切れるんだよ。」
「だって皆の前だったし、鷹野とか卯月と同じやつだったし」

…ん?

「でも玉城さんが男で渡した奴ってお前だけだろ。」

…え!?ちょっと待て…どういうこと?

「ちょ…信二!」

しー!と人差し指をたて、辺りを気にするように見渡す東条…、と、目が合った。

「……。」
「……。」

青ざめる東条から、そっと目を逸らす。何でお前がもらってんだよ、俺がもらってないのに…、なんていうのは、ダサすぎる…。つーか今日光学校来てたの?来てたなら何で…

つーか、東条にあげたのに、なんで…。

踵を返し、部屋からバットとタオルを取ってきて、門へ向かう。

「あっ!キャップまでわざとらしく素振りに〜〜〜!!チョコもらえなかったんすか!?やっぱり日ごろの行いが…」
「沢村うるせえ!」

寮から離れ、久しぶりに土手の橋の下を目指した。
光にあの場所を教えてからしばらくは、期待しつつよく行ってたけど…秋大勝ち進んで忙しくなってからはあんま行ってなかったな。久々に静かなとこでバット振って、頭空っぽにするか――

暗闇の中、素振りを始めて数十分経った頃…

「一也先輩。」

その声に、俺は驚きと期待を抱き、橋を見上げた。
白いコートを着た光が、そこにいた。

光は橋をこっちに渡って土手の階段を下りてきた。

「ベランダから見えて…来ちゃった。」
「え?」
「ほら、あそこ…マンション。」

光が指差す方に、確かにビルの間から、光が住むマンションが見えた。

「へー…あそこから見えるんだ」

そう呟いて、光に会えたことの嬉しさと…同時にモヤモヤを思い出す。

「それでね」

光は言葉を続けて、赤い紙袋を差し出してきた。

「これ、渡したかったの…」

き…きた…。これって、やっぱり…

「…バレンタインの…。」

そう照れくさそうに言う光の手から、紙袋を受け取る。
…やった…っていうか、よかった…。貰えて…。

「あ…ありがとう」
「学校で渡せないし…私今日、お昼は仕事で帰っちゃったから…」
「そ…そうか」
「渡せて良かった。」

そう微笑む光を前にすると、もう全部どうでもよくなった。だって、確実に俺のは本命チョコ。…だよな?

「…じゃあ…」

光はそう言って踵を返そうとして、一瞬迷ったように止まって、俺をちらりと見た。それからやっぱり諦めたように、ぎこちなく去ろうとして――
俺はその手を引きとめた。…まだ離れたくない。触れたいと思ったから…。

「……。」

光は俯いて、俺の握る手をちょっと握り返す。そのまま向かい合って手を繋いで、俺たちはしばらく黙りこんでいた。光の指先…冷たい。寒いし…もう遅いし、帰らせなきゃ…。だけど…もう少し、何か…。

そのときするりと光の手が抜き取られて、ひやりとした直後、光は俺の腰に手を回し、抱き着いてきた。ぎこちなく遠慮がちな弱弱しい腕が背中に回され、俺は胸の奥がぎゅっと苦しくなる。光の細い肩を抱きしめ返すと、光は腕の力を強めて、しっかりと俺を抱きしめた。
柔らかくて…温かい。それに、甘い…すげーいいにおい…。
っていうか、光が…抱き着いてきた…。可愛い…。
俺のことちゃんと、好き…なんだよな。

…あ、待て。俺汗臭くねーかな。

「…ちょ…っと、光。」
「…?」

細い肩を少し押し返すと、光が俺をきょとんと見上げた。

「俺今汗臭いだろ…」
「…うん、ちょっと」
「…!!」

や、やっぱり…。まだ風呂入ってねーもんな…

「でも…このにおい、安心する」

光はそう呟いて、また俺の胸に顔を埋めた。
か…可愛すぎ…!!!ヤバい理性が!!

「…ふふふ」
「な…何、笑って」
「…心臓が、すごい…ドクドクいってる…。」

俺の胸を撫でる光の柔らかな手…。や…ヤバいって、マジで…!

「ちょ…、そういうのは…まずいかな〜…」
「…?」

あくまでやんわりと体を押し返すと、光はちょっと周りを見渡して、無垢な瞳で俺を見上げた。

「誰もいないよ?」
「……。」

そういう事じゃない…。

「…もう暗いし…帰れよ。マンションの前まで送るから」
「…うん」

光が頷いたから、俺はバットとタオルを拾い上げて一緒に歩き出した。
しかし大通りに出る手前…まだ土手からさほど歩いていない距離で、光は立ち止った。

「ここまででいい。」
「え?でもすぐそこ…」
「大通りは人目があるから…マスコミがいるかもしれないし」

な…なるほど…。

「じゃあ…気を付けて」
「……。」
「……?」

光がなかなか行こうとしないから、俺は首を傾げた。
そんな俺を見上げて、光は言う。

「バレンタインなのに…キスもしないの?」
「……。」

時々…自分が年上だという事実を忘れそうになる…。
こういうことは光の方が上手だな…。
光の肩に手を置いて、俺はそっと、唇を重ねた。

「…じゃあね。」

光は満足そうに微笑んで手を振って、大通りに出て行った。



***



「あ!御幸どこまで行ってたんだよ。ナベがスコアブック探して…」

寮に戻ってくると、ちょうど門を入ったところで倉持達が素振りをしていて、ぎくりとした。

「たぞ…」
「……。」
「…お前それ…」

倉持達の視線が下がり、俺の右手の赤い紙袋を捉える。

「…ええぇぇぇ!!?誰から!?いつ!?」
「今か!?ウッソだろオイ!!」
「何で御幸ばっかり!!」

「うるせぇな…」

紙袋を庇うようにして足早に寮に向かうと、倉持達の声が追いかけてきた。

「お前甘いもんいらねえつってただろうが!!」
「どうせ捨てるなら俺らに寄越せやぁ!」

「…これはダメ」

「…!!?」

まさか彼女か、なんてざわつき始めたけど、放っておく。今日くらい優越感に浸っても良いだろ…。

 


ALICE+