「今日は室内練習場行くのか?広臣」

休み時間…健一の他愛もない質問に曖昧に頷く。1軍に上がり、ようやく胸を張って青道野球部だと言える…そんな安堵の気分だ。

「広臣。1軍に上がったことだし…」
「…?」
「いいかげん、アピールしてみれば?」
「何が?」
「玉城さん。」

その名前を聞いて、一気に顔が熱くなる。
1度も同じクラスになったこともない、話したこともない女子…だけど、ずっと気になってた…。

「野球が好きなんだってな。野球部の試合よく見に来てるじゃん。」
「あれは東条目当てだろ?」
「東条は付き合ってないって言ってたぜ。ただ野球が好きなだけなんだってさ。」
「……。」
「チャンスだろ。お前委員会も同じだし」

実は…こっそり自分でもそう思っていた。

「…だけど、ようやく1軍だ。浮かれてる暇はねーよ。」
「はは、まぁそうだな。」

真面目なふりをしてはぐらかし、俺は席を立った。

「委員会と言えば先生に呼び出されてるんだった。ちょっと行ってくるわ」
「あぁ」

昼休みの賑やかな廊下を進み、職員室のドアを叩く。失礼しまーす、と入り口に入ると、委員会の担当教師がすぐに俺に気づいて声をかけた。

「お、高津!そこの荷物、準備室に運んでくれ。」
「はい。」
「いやーよかった。来てくれたの、お前で二人目だよ。まったく他の奴は何してるんだか…」

そりゃ…4限の直後に急に呼び出されたって、来れない奴もいるだろ…。俺もバックレようかと思ってた。

「運んだら戻っていいから。よろしくな」
「はい。」

荷物は段ボール箱二つ。それほど重くなかった為、二つ重ねて持って準備室に向かった。準備室は3階…一つ上の階だ。階段をのぼり、準備室や倉庫しかない、ひとけのない廊下を歩き、準備室の半開きのドアを足であける。

「わ…、」

とすん、と段ボールが何か柔らかいものにぶつかって、俺は向こう側を覗いた。

「あ、すいませ…」

言いかけて、息をのむ。

「…こちらこそ」

額を抑えて俺を見上げたその女子生徒は――C組の玉城さんだった。

「…えっ、…す…、スイマセン!」
「…?…いえ」

あ…!テンパって2回言った…俺…。恥ずかしい…
とりあえず段ボールをおろし、玉城さんを見る。

「だ…大丈夫っすか?すいませんほんと、前見てなくて」
「大丈夫…だけど…」
「…すいません」

他に言葉が出てこねぇ…!この間の紅白戦より緊張してる。

「…大丈夫だから」

玉城さんはちょっとうんざりするように言った。し、しつこくしすぎた…か?

「…あの」
「え?」
「いい?」

一瞬何のことかわからなくて首を傾げ、玉城さんの視線で、自分が通路を塞いでいて通れないのだと気付いた。

「あ…!ご、ごめん」

慌ててドアに駆け寄り、せめて彼女の為に開けようとドアノブを捻る。
――ガチッ、と鈍い手ごたえが響いた。

「…あれ?」

ガチッ、ガチッ…

「……。」

サッ、と血の気が引いた直後に、ブワッ、と顔が熱くなった。
ド…ドアが開かない…。ってことは…密室に玉城さんと二人きり…。
って!そんなこと考えてる場合じゃない。ドンドン、と少々強くドアを叩いてみる。…ダメだ。

「…開かないの?」

背中から静かな声がする。

「…あ…あぁ…なんでだろ…」
「貸して。」

玉城さんが隣に…。ち、近い。…すげーいいにおい…。近くで見るとほんと、可愛いな…。

「……。」

玉城さんは何度かドアノブを回して、納得した様子で手を離した。

「おい誰かいないか!?」

もう一度ドアを叩いて呼びかけて見ても応答はなし。ここ、ほとんど人来ないしな…。
玉城さんはそんな俺を横目に、ポケットから携帯を取り出した。そしてどこかへ電話をかけ始めた。

「……。」

…出なかったらしい。続けてもう一度電話をかける。

「……。」

まただめだったらしい。そしてその後、2,3回どこかへ電話を試した後、ちらりと俺を見上げた。

「携帯持ってる?」
「え…、あ…教室…」
「……。」

…俺の馬鹿…。こいつ役に立たねぇって思われてるんだろーなー…。
玉城さんはちょっとためらった後、またどこかへ電話をかけた。すると…

「…もしもし。」

繋がったらしい。誰だろう…友達?クラスの奴かな。

「今どこ?…じゃあ、誰か先生を呼んでほしいんだけど」

しばらく黙って、相手の返答に耳を傾ける。

「今3階の放送準備室で、ドアが開かなくなっちゃったの。…うん 閉じ込められてる。外も誰もいない。」

また相手が喋る。…誰なんだろう。

「…いや…先輩は来ないで。」

先輩?
目を丸くする俺を、玉城さんはちらりと見た。

「もうひとり一緒だから。…うん そうだけど…」

先輩…相手なのに、タメ口?仲のいい先輩なのか?でも玉城さん、帰宅部だった…よな?

「うん…お願い。」

電話を切る玉城さん。それから俺を振り返る。

「今…先生を呼んでもらってるから」
「あ…ありがとう」

玉城さんはにこりともせず、そのまま本棚に寄りかかって腕を組んだ。窓から差し込む昼日が、彼女の俯き加減の横顔を金色に縁どっている。綺麗だ…。…っと、あんま見つめてるとバレる…。

「……。」
「……。」

流れる沈黙が気まずい…。だけど下手に話しかけてウザい奴認定されんのも嫌だし。漫画とかだとこんなの、これ以上ないチャンスなのに…現実に起こるとただ困るだけだな。まあ…でも…ラッキー…。

「……。」
「……。」

…なんか話しかけてみるか…?でも、なんて?そもそも俺のこと知ってんのか?委員会の話題なんてねーし…他に共通点と言えば…野球?
野球好きなの?とか聞くのは…唐突過ぎるか?何の脈絡もないし…だけど俺も1軍なんだぜって言いたい…。…いやいや、玉城さんはベンチ入りしてる東条と仲良いし…試合も出てない俺じゃフーンって感じだろうなぁ…。そういや御幸主将なんて玉城さんに告ったことあるらしいし…しかもフラれてるらしいし…あんな野球の天才でイケメンな人がフラれるなんて…やっぱ玉城さん、好きな奴がいるのか?東条とか…。
…そうだ、東条!俺は野球部で一緒だし、東条から玉城さんの話を聞いてるってことにすれば…。東条はたいして仲が良いわけでもないけど…この際利用させてもら…

「…何?」
「え、」

気が付くと、じっと俺を睨む玉城さん。…ヤベェェいつの間にか見惚れてた!!全く無自覚に…!

「……。」
「……。」

言葉に詰まっていると、玉城さんは無視するようにそっぽを向いた。お…終わった…。キモい奴と閉じ込められてサイアク…とか思ってるんだろうな…。つーか…玉城さんって男嫌いらしいし。あの御幸主将がフラれ続けるくらいだもんな…やっと挨拶してもらえるようになったんだ、とか言ってたっけ…。あそこまで開き直れると楽だろうな。

――ゴン、と突然ドアが鳴った。誰かが来たらしい。俺は振り返り、玉城さんも寄りかかっていた身を起こしてドアを見る。

ガチッ、とドアノブが回り、ゴン、ゴン、とドアの下の方を何度か蹴る音がして、そのはずみでドアが勢い良く開いた。

「――え?」

そこにいた人物を見て、俺は間抜けな声を出した。

「…あれ?高津じゃん。」

そう邪気のない顔で言ったのは…御幸主将。…何でこの人がここに?
ぽかんとしていると、御幸主将は玉城さんに向かって、よっ、と手をあげてにっこり笑った。

「玉城ちゃん、おまたせ〜」
「…先生呼んでって言ったのに、なんで先輩が来るの?」

呆れたように言い返す玉城さん。…え…さっきの電話、御幸主将…だったのか?

「ここのドア、開けるのにコツがいるんだよ!俺はそれ知ってるから。」
「……。」

悪気なく笑う御幸主将に、ちょっと困ったように俺を見る玉城さん。なんだか、知られたくないことを知られてしまったような様子で…。

「高津。」
「は、はい!」

動揺する俺に、御幸主将は人差し指を口元に立てて笑う。

「誰にも言うなよ。」
「――え?」

玉城さんを見る…と、ちょっと頬を赤くして御幸主将を見ていて、御幸主将はそんな玉城さんを優しく見つめ返していて…。…え…、も…もしかして…。

「…つ、付き合って…るんですか?」

思い違いであってくれ、という願いを込めてそう訊くと…

「内緒な。」

御幸主将は幸せそうに、そして悪戯っぽくにやけながら…そう言った。



***



「…おみ…、…広臣!」
「お、…おう、何?」

気が付くと、健一が呆れたように俺を見ていた。

「何じゃねーよ、食い終ったなら行こうぜ」
「あ…。…おう」

昼間のことが衝撃すぎて…フラッシュバックしてた。
夜の食堂。食べ終わった奴からどんどん自主練へと向かう。俺はお茶を喉に流し込み、トレーを持って席を立った。
何でこんなショック受けてるんだ…俺。…あぁ…これって一応、失恋なのか…。

「御幸!お前また玉城さんと一緒にいただろ」

倉持先輩の声が響いて、なぜか俺がぎくりとした。

「え?いつ?」
「今日の昼休みだよ!見た奴がいんだよ。やっぱ付き合ってんじゃねーのか!?」

昼休み…俺と玉城さんが閉じ込められた時の件だ。あのあと、二人で階段を降りていったからな…。

「あ〜あれか!声かけてただけだよ。」
「……。」
「玉城ちゃんを見るとついな〜。どうせ無視されんだけど」

いや…付き合ってんだろ…ほんとは。
なんで嘘ついてんだ?やっぱ…玉城さん芸能人だし、御幸主将もプロから注目されてる人だし…騒ぎになるから?

「でもそーゆーつれないトコがまたイイよな♪」
「…お前マジ変態だな」
「玉城ちゃん限定だって!」

なんであんな…道化みたいなマネを…。自分が恥かいてまで嘘をつき続けられるんだ?ずっとフラれ続けてるとか…目も合わせてもらえないとか…。自虐しながら、何度も何度も…。
…まあそれでも、付き合ってることは死ぬほど羨ましいけど。
でも…野球でこれだけ注目されてるスゴイ人なのに、こんなことでバカにされてムカついたりしないんだろうか。

「あ、玉城さん!」

誰かが声を上げて、皆がテレビに注目する。いつものことだ。
映っているのは青空をバックに髪をなびかせ振り向き、無邪気に微笑む玉城さん。…めちゃくちゃ綺麗。人形みたいだし…だけどすげえ、胸が苦しくなる可愛さ…。最近放送され始めた、シャンプーのCMだ。

「やっ…ぱめちゃくちゃ可愛いよな〜…」
「生はもっと可愛いからすげぇよな」
「あ〜あんな彼女が欲しい」
「無理だよ無理」

彼女のこと…あんなふうに見られて噂されんの、どんな気分なんだろう。御幸主将のほうを窺うと――御幸主将は頬杖をつき、こっそり口元を緩めていた。うわ…、この人…まさか楽しんでる?やっぱいい性格してんな…!!
…心配して損した。なんか腹も立ってきた。

…もし付き合ってるってバレたら…どうなるんだろう。
不味いよな。玉城さんは間違いなくスキャンダル扱いだ。もしかしたら、別れざるを得なくなるかも…。

……。



***



「あ…高津。」

汗をぬぐい、たった今自販機から取り出したペットボトルの蓋をひねる東条。

「お疲れ。」
「…あぁ。」

俺は何でもない顔をして、自販機の前に立ち、財布を開く。
…沢村だと俺から聞いたと言いふらしそうだし、小湊はこういうことは絶対人に言わなそうだし、降谷は興味無さそうだし…金丸とは話したくないし。だけど東条は…絶対誰かに漏らす。だってコイツ、絶対…玉城さんのこと好きだろ。

――ガコン、とファンタが落ちてくる。俺はそれを拾い上げ、プルタブを開けた。
東条はベンチに座り、スマホを見ながらスポーツドリンクを飲んでいる。

「…玉城さんとメール?」
「え?」

東条はきょとんとして俺を見上げた。玉城さんの名前よりも、俺が話しかけてきたことを驚いているような顔だ。

「有名だろ…お前と仲が良いって」
「あ…、ははは。」
「付き合ってんの?」
「いや、ないない。」

あくまで他意のない態度で訊くと、東条は微妙な苦笑をこぼした。もう聞かれ慣れてる…って感じ。

「…だよな。」

だから俺がそう言うと、ちょっと意表を突かれたように目を瞬いた。

「前はお前と付き合ってるんじゃないかと思ってたけど…」
「…え?」
「今日聞いたんだよ。」

東条を振り返り、突き付ける。

「玉城さんって…御幸先輩と付き合ってるらしいぜ。」

東条は驚いて言葉を失ったように俺を見ていた。

「……。」

スマホを仕舞い、東条は立ち上がる。

「誰がそんなことを?」
「…ただの噂だよ。」

本人から聞いた…なんて言ったら、本人に確かめられて、俺がバラしたことがバレる。

「…なんだ。」

しかし東条はどこか安堵したように呟いた。

「噂なら俺も聞いたよ…っていうか、さっきも倉持先輩たちが騒いでたし。」

たいしたことじゃない…そう言われたような気分になって、俺は咄嗟に否定した。

「いや…俺が聞いたのは本当に…」
「ん?」
「…お前にだけは言うけど…俺、見たんだよ」
「…何を?」

どこか余裕を見せる東条の表情。…また驚かせてやりたくなる。

「あの二人が一緒にいて…、…イチャついてるとこ」
「御幸先輩が絡んでたんじゃないの?」
「違うって!マジで…」

頭をフル回転させ、混乱しながら咄嗟に口をついて出た言葉…

「…キス、してたし」
「……。」

それが出た瞬間、東条の表情が固まった。

「…そうなんだ」

東条はそう呟いて、唇を噛んだ。やっぱり…こいつ、玉城さんのこと好きなんだ。思った通り…

「じゃあ…それ、誰にも言うなよ。」
「え…?」

帰ってきた言葉が予想外で、俺はぽかんと口を開けた。

「言ったら騒ぎになるだろ。普通なら友達にからかわれて終わりだけど…玉城は違う。」
「……。」
「御幸先輩も東京では名前が知られた人だし…騒ぎになったら間違いなく、あの二人にとって足かせになる。」
「……。」
「何より本人たちが、隠した方がいいと判断してそうしてるんだから。高津も見ただろ…あのカッコいい御幸先輩が、嘘をついてまで恥かいてるんだ。玉城の為に…」

なんだよ…。
そんな…言い聞かせるみてぇに…。俺がガキだって言いたいのか?

「…それだけかよ。」
「え?」
「全然驚いてねぇから…」

東条は口元に笑みを浮かべ、真っすぐに俺を見た。後ろめたいことなど何もないような顔で――

「…知ってたからね。」

 


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