「へぇ…GWは遠征…。」

光がどこか感心したように呟いた。
昼休み…ここで光と過ごすのが、俺の一日の癒しの時間となっている。

「ずーっと野球漬け…野球部ってホント…特殊な世界だよね。」
「一応強豪校だから、余計にな。」
「そっか…」
「光は?GW何すんの?」
「私は…仕事漬け。」
「ははは、じゃあ似たようなもんだな。」
「徹君が全部仕事入れちゃうんだもん。まぁ司も真も予定いっぱいみたいだし、一也先輩も忙しいし…いいけどさ」
「おぉ、可愛いこと言うね〜。」
「うるさい。」
「はっはっ…」

だけどほんと、なかなか会う時間がないなぁ…。今だってこうして、お互い学校に来ている日の昼休みくらいしか会えてないのに、休みに入ったらますます…。
だけど、それもあと3か月。野球に没頭できること、嬉しいし…光には感謝してる。夏が終わるまでは…、とはっきり言われて吹っ切れたし。健全な男子高校生としては、やっぱ…可愛い彼女がいると、どうしても期待しちゃうからなぁ。

光が足を組み替えて、白い太ももが少し覗く。俺はそっとそこから目を逸らし、乾いたアスファルトにこびりつく苔を眺めた。

「一也先輩、あれから…大丈夫?」
「ん、何が?」
「バレちゃったでしょ。高津…君に」
「あぁ…べつに部内に広まってないし、ヒミツにしてくれてるんじゃね?」
「ふうん…」
「つーかなんで高津とあそこにいたの?」
「委員会の先生に頼まれて荷物を運んでたら、あの人があとから来たの」
「あの人、って。同級生だろ?」
「同じクラスになったことないし、知らない。」

高津…かわいそ。

「…あ、そろそろ予鈴…。」

窓越しに校舎内の廊下の時計を見て、光が呟いた。

「じゃあ…光。」
「……。」

その腕を引いて、振り向いたところにキスをする。しかし直後に予鈴が鳴って、少し慌てて唇を離すと、ちゅ、と小さく音がした。あーあ…もっとしたかったな。

「……。」

光はちょっと黙り込んでから、切り替えるように立ち上がった。

「…じゃあ。」
「うん。」

なんともあっけない挨拶。キスをした後はまだ照れ臭いらしい。
ま…ゆっくり慣れてもらえばいいか。夏が終わるまで…まだ3か月あるんだから。



***



GWを終え、中間テストが迫ってきた5月中旬。

「いつにもまして真剣だな。」
「…先輩」

いつもの場所に行くと、熱心にノートと参考書を読んでいる光がいた。俺が近づいても気づかなかったくらいだから、よほど集中していたんだろう。ノートを閉じようとする光にそのまま続けるよう勧めると、いいの、とやはり閉じてしまった。

「今は最終確認をしてただけだから。」
「最終確認?」
「テスト勉強の最終確認。」
「え!?まだ1週間あるのに最終?」
「まだ応用問題があるから。」
「……。」

やっぱ学年トップは勉強のレベルからして違う…。

「応用とか捨ててるわー俺」
「ボーナス点が順位を左右するんだよ?」
「いや、平均取れてれば十分…」
「私はダメなの。全教科1位じゃなきゃ…」
「全教科1位!?」

顔を引きつらせる俺に対し、光はいたって真面目に頷く。

「ホリーなら当たり前に取ってる…。」
「……。」
「ホワイトリボンに泥を塗ったら…イギリスの学校の皆に申し訳ないから」

そんなことを考えて…いつも参考書読んでたのか。
イギリスの学校の代表として…背負ってきてるんだ。

「でも…」
「…?」
「成績上位に入ると…夏休みの補習が…。」
「あぁ…去年してたな」
「甲子園行けなくなっちゃう〜…」

甲子園…って。まだ決まってないのに。
光は本気で落ち込んだ様子で項垂れていたけど、不意に顔を上げた。

「…頼みこめば日程ずらしてもらえるかな?」
「おぉ…多分…。甲子園ならさすがに…ずらしてもらえんじゃね?」

学校としても快挙だし。

「だよね!…うん。」

光は自分を鼓舞するようにそう頷いて、俺を見てほほ笑んだ。

「…まーでも、俺はその前に日米親善試合だな」
「え?…大会?」
「大会じゃなくて、東京とアメリカのU18選抜チームで試合すんだよ。で、俺は青道からひとり、そのメンバーに選ばれたってワケ。」
「え!?見に行きたい…」
「無理だな〜、平日…学校ある日だから。」

えー、と口を尖らせる光。ふとしたときにそんな無邪気な表情を見せてくれるようになって、胸がくすぐったい。

「……。」

光は口を噤むと、急に思い切ったように、腕に触れてきた。

「…どしたの?」

光から触れてくるなんて珍しくて、少し顔が熱くなるのを感じながら誤魔化すように尋ねると、光は頬を赤くして、また少し口を尖らせて、呟いた。

「…いいじゃん、別に…」

…か…
…かわいい…。
めちゃくちゃ照れてる…。俺に触りたかった、ってこと?可愛すぎ。でも、よかった。触れたいとか、もっと一緒に居たいとか…そう思ってるのが俺の方だけじゃなくて。
俺は微笑んで、手のひらを返して、光の小さな手と指を絡めて繋いだ。熱が触れ合う。昼休みがもっと長ければいいのに…そう思いながら、今は触れ合う熱に胸をいやした。


「…マジ マジ!こっち近道なんだよ」
「鍵かかってんじゃねーの?」
「いいからついて来いって!」

ヤベッ…

手を離し、俺は咄嗟に立ち上がる。声の主――麻生たちが階段の陰から現れたのは、その直後だった。

「うおっ御幸?……」
「…えっ?」

麻生たちの視線が、俺…から階段に座っている光に移る。光は不安そうに俺を見上げ、参考書を持ってゆっくりと立ち上がる。

「…え?」
「え?…え?」

麻生たちの顔がだんだんと引きつって、からかうような、それでいて動揺しているような声で、俺と光を交互に指さした。

「…やめろって」

その手を払い落とし、光の顔色を見る。…困ってる、よな、そりゃ…。仕事に関わるんだから…。

「俺が付きまとってただけだから。玉城にそういうことすんのはやめて。」
「……。」

麻生たちは恥ずかしそうに黙り込んだ。

「ごめん、玉城。」

そう言って光を振り返ると――光は悲しそうな顔で俺を見ていた。そして麻生たちと俺を見て、何か言いかけて…

「ごめんな。」

俺はそれを阻むように言った。麻生たちに気付かれないようにそっと光の背中を押して、ここから去るように促す。すると光はうつ向いて、足早に去って行った。

「あーあ。また嫌われちゃったらどーしてくれんだよ。」
「……。」
「……。」

麻生たちは口を噤んだまま顔を見合わせる。

「一緒に居たとか言いふらすなよ?マジでシャレになんねーから!」

そう言って、俺は返事を待たずに校舎に戻った。
大事にならなきゃいいけど…いや、ならないでくれ。
あー…ミスった。



***



その夜のミーティング後…。
俺はこっそりと部屋を抜けて、バットを持っていつもの土手までやって来た。光は今どうしてるかな…。もうマンションに帰ったかな。携帯を取出し、光に電話をかける。
しかし応答はなく、諦めてバットを振っていると――光から電話がかかってきた。

「もしもし!」
『…一也先輩?』

とにかく光の声を聞いて安堵した。そうだよ、と頷いて、俺はどれに腰を下ろす。

「今忙しい?」
『ううん…休憩中。』
「ってことは、まだ仕事?」
『うん。撮影。』
「…そっか。」
『…どうしたの?』

…会いたい。…という言葉を飲みこんだ。

「今日…考えたんだけどさ」
『うん』
「もう、あそこで会うのはやめよう」
『……。』
「たまに寮生が通るし…校舎からも見えるかもしれねぇし」

しばらく沈黙が流れて、光は呟いた。

『…うん』

だけど、じゃあどこならいい?
俺は自分を責めるように自問した。
俺は寮だし…試合で学校を休むことも多い。光は遅くまで仕事があるし、仕事で学校を休むことも多い。週に2,3度、あの場所で会うのが…唯一恋人らしい時間だったのに。俺が引退するまでは3ヶ月。たった3ヶ月。自分で選んだことだし、今も野球は大切…だけど、時々もどかしくなる。

「他に…どこか…」
『……。』
「……。」

そんな場所…ない。誰にも見つからない、バレない場所なんて…。

『…先輩』

ぽつり、と悲しげな声で光は呟いた。

『もう…隠さなくても…。……。』
「いや、隠しといたほうが良いよ。」
『……。』
「前に…俺、騒ぎになっても良いって言ったけどさ…その騒ぎで悪影響受けるのは間違いなく、俺よりお前だし。」
『……。』
「そういう仕事だろ、芸能界って」
『……。…ごめんなさい』

あ…やばい。なんか責めてるみたいになってしまった…。そんなつもりはないのに。

「…気にするなよ。その分、バラすときが楽しみじゃん」
『…うん…』

ちょっと柔らかくなった声が返ってきて、俺は安堵した。
その時までに…お似合いだって、誰も文句付けられねー男になってやるんだ。全国制覇をして…
…燃えてきた。

そのとき電話の向こうがざわついて、光が誰かに「はい」と返事をした。

『ごめん、休憩終わるから…』
「うん。お疲れ…またな。」
『…またね。』

電話が切れると、急に胸の奥が寂しくなる。
星がちらつき始めた夜空を見上げて、俺はほんの少しだけ衝動に従って、光、と呟いた。



***



「御幸〜、後輩が呼んでるぞ」

休み時間。クラスメイトに呼ばれて振り向くと、そこには東条がいて、礼儀正しい会釈をした。

「珍しいな。」

倉持が呟いて、席を立った俺についてくる。俺と倉持、2人そろって廊下に行くと、東条は困ったように俺たちを見た。

「どうした?」

そう尋ねると、東条はチラリと倉持を見て、また俺を見た。

「えっと…」
「?」
「…そ、相談…があるんですけど…御幸主将に」

そう小さくなって言う東条を見て、倉持は頭を掻いた。

「本当にこいつでいいのか?」
「はっはっは。キャプテンに向かってなんてことを…」
「す、すみません」
「冗談だよ。じゃ、俺行ってるわ」

倉持は踵を返して教室に戻って行った。
しかし東条が俺に相談…?しかも倉持には言い辛いこと?なんだろう。

「移動する?」
「あ、はい!じゃあそっちで」

相談、というわりに明るい態度で東条は頷き、俺たちは廊下の端に移動した。

「で、どしたの」
「あの…今週、玉城に会いますか?」
「は?」

突拍子もない質問に、思わず間抜けな声が出た。すると東条は思い出したようにちょっと慌てて言葉を付け足した。

「あ!…俺、付き合ってる事…知ってますから、大丈夫です」
「…えっ」
「玉城から聞きました。」

東条は爽やかな笑顔でそう言った。俺は苦笑して、そう、と答えることしかできなかった。

「今週…学校以外で会う予定はないけど」
「そうですか…玉城、今週は学校休むらしいんですよ。」

え。

「それで…これ、玉城のなんですけど」

そう言って東条が取り出したのはスマホ。確かに光のだ。

「玉城、今日2限まで出て体調不良で帰ったんですけど、来週まで学校来ないから渡せなくて…。もし御幸先輩が会うなら渡してもらおうと思ったんですけど…。」

仕方ないですね、と東条は言って、スマホを仕舞おうとした。

「体調不良?」
「そうなんですよ。本人はただの風邪、って言ってたけど…それも心配で。」
「……。」

確かに…光は一人暮らしだし…。いや、マネージャーが様子見に行ったりはしてるんだろうけど…。でもスマホが無きゃ連絡も取れないだろうし。

「…俺届けるよ。」
「え?届けるって…」
「家知ってるから。」

東条は目を瞬いて、そうですか、とスマホを差し出した。

「じゃあ…お願いします。」
「うん」

今日の練習後、何か差し入れでも持って行ってみよう。
そう考えながら、俺はスマホをポケットに入れた。



***



練習とミーティングが終わってから、風呂を済ませ、部屋に戻る。財布と携帯をポケットに突っ込む俺を見て、木村が珍しそうに言った。

「お出かけですか?」
「あぁ、うん、ちょっとな。」
「…?」

「……。」

行き先をはぐらかす俺に目を瞬く木村と、何を思っているのかいつも通り沈黙を守る奥村。奥村はバットやタオルを用意しているから、これから自主練らしい。感心感心。

「じゃ。1時間くらいで帰る。」
「行ってらっしゃい。」

部屋を出て、門をくぐり、土手を歩く。マンションに行くの…久々だな。
最後に言ったのは正月…冬休み。あの夜はほんと…刺激が強い夜だった…。未だに思い出すと気持ちが浮つく。

……はぁ。

おっぱい揉みたい。


マンションに着き、ロビー前のインターフォンを鳴らす。しばらく待っても応答がなくて、もう一度押してみようか迷い始めた時、ガチャンとスピーカーから音がした。

『一也先輩、なんで…』

ケホ、と咳も一つ。いつもよりちょっと掠れてハスキーで…なんかエロい。

「学校にスマホ忘れてったろ。」

カメラに向かってスマホをかざすと、沈黙が流れた。

『…ほんとだ』

気付いてなかったのかよ。

「東条から預かってさ。あとついでに差し入れも。風邪で早退したんだって?」
『…うん』
「とりあえず…開けてくれる?」

自動ドアを指さすと、通話が切れて、開錠音がして自動ドアが開いた。
エレベーターに乗り、何気なく光のスマホを見る。真っ白な、ケースもついていないスマホ。ちょっと画面に触れると、ロック画面が点灯し、その画像に俺は目を瞬いた。
写っているのは校舎。その壁には垂れ幕が下がっていて、でかでかと書かれた文字は『青道高校野球部 甲子園出場』。春の時のか…。ちょっと口元が緩む。
今度は…優勝の文字を…。

チン、と鈴のような音が鳴って、扉が滑るように開く。俺はエレベーターを降り、303号室へと向かった。

ドアの横のインターフォンを押す。すると少しして、鍵が開き、ドアが開いた。
うつろな目をした顔の赤い光がそこにいた。

「…大丈夫か?」

思っていたより重症そうな光を前にちょっと怯む。

「…うん」
「…とりあずこれ、スマホ…と、差し入れ。」
「ありがとう…」

スポーツドリンクやゼリーが入った袋を手渡すとき、ちょっとだけ手が触れて、その手が驚くほど熱かった。

「熱は?」
「…大丈夫」
「いやすげー熱いって。」

額に手を伸ばそうとすると、光は腕で避けつつ身を引いた。

「うつっちゃうよ…」
「いいから、ほら」

その細い腕を掴んで額に触れると、驚くほどの熱が手のひらを刺した。
光は息も荒く、だんだんと俯いて、俺の手にもたれるようにふらついてしまう。思ったよりかなり重症だ…

「お、おい…」
「だいじょうぶ…」
「じゃないだろ。掴まって。ベッド行くぞ」
「……。」

ふらふらしている光の熱い体を支え、部屋に上がってベッドに横たわらせた。

「タオル使うぞ。」
「……。」

頷くのも辛そうだ。俺は脱衣所へ行ってタオルと洗面器を取り、水を汲んで、冷蔵庫から氷も拝借して、光のもとに戻った。冷やしたタオルを絞って首筋に浮いた汗を拭いてやり、額に乗せる。

「病院は?」
「……。」
「行った?」

僅かに頷く光。薬とか…何かないのか。そう思って部屋の中を見渡すと、テーブルの上にビニール袋があった。あれだ。テーブルに近づくとそこにはほかに、開きっぱなしの教科書やノートが散乱している。俺は薬の中身…解熱剤を確認して光を振り返った。

「まさか勉強してた?」
「…来週から…テストだから…」

それどころじゃないだろ…。

「無理しないで寝てなきゃダメだろ。治らないぞ〜」
「……。」
「何か食べたか?」
「……先輩」

光は目を閉じたままうわ言のように言った。

「も…帰って」
「帰れねーよ、こんな状態のお前を置いて」
「だって…寮…」
「まだ平気だよ。」

じつは結構門限ギリギリだけど…。

「で、なんか食べた?薬は?」
「……。」

小さく頷く光。…ほんとかな〜。

「…一人だろ。大丈夫か?」

傍に歩み寄って頬を手の甲で撫でると、光はうっすらと目を開けて俺を見つめた。

「…大丈夫」

まあ…そう言うしかないよな。
もうぬるくなってきた額のタオルを変えようとして、すごい汗をかいていることに気付く。

「汗すごいぞ…これ飲んで。起きれる?」
「…うん」

頭痛もするのか、辛そうに頭を押さえて起き上がる光。ペットボトルを受け取って、まだ冷えているスポーツドリンクを喉に流し込む。俺はその横顔の頬に張り付いている髪を指で梳かして退かした。

「…あつい…。」

光はそう呟いて、火照った体に張り付くシャツを引っ張った。白い首筋、鎖骨、そして胸の膨らみのラインがちらりと覗いて、ドキンと心臓が跳ねた。
…病人に手ぇ出せねぇって。それより、着替えさせた方がいいな…。

「着替えは?」
「……。」
「そこのクローゼット?」

光はちょっとぼーっとして、こくん、と頷く。開けるぞ、とまた確認をすると、こくん、と頷いて、暑そうに首に張り付く髪をかき上げた。
クローゼットを開けると、綺麗にハンガーにかけられた服とカラーボックスが収まっていた。その一番上の引き出しを開け――息を飲む。

「……。」

――バタン。熱が顔を覆う前に慌てて引き出しを閉めた。…下着…。ああもう、今は考えるな!…帰ってからゆっくり…って違う。こんなこと光にバレたら…!
ちょっと後ろを見ると、目を閉じて怠そうにベットの背にもたれかかっている光。バレてない…。気を取り直して次の引き出しを開ける。あった、パジャマだ。それを取り出して、タオルも一枚出し、光のもとに戻る。

「ほら、着替え…とタオル。」
「……。」
「ちゃんと汗拭けよ。」
「うん…」

光は頷いて、シャツに手をかける。細い腰と柔らかくくびれる曲線、白い肌――俺は慌てて顔を背け、立ち上がった。さっきから思ってたけど…ガードが緩くなってる。って当たりまえか…熱で意識がもうろうとしてるんだ。

背後から聞こえる、布が擦れる音…。今後ろで、光が服を脱いでいる。やばい…。
天井を仰ぎ、息を細く吐き、邪な思いを振り払う。

「…ちょっと、トイレ借りるぞ」

返事はなかったけど、俺はそう告げて部屋を移った。あーやばかった…。着替え終わった頃を見計らって部屋に戻ろう…。

……。」

5分ほど経って、俺はおそるおそる部屋に戻った。ベッドにはちゃんと着替えを終えた光が横たわっていて、ちょっとざんね…いや、安堵した。汗を拭いて着替えたからか、先ほどまでよりも落ち着いた表情で目を瞑っている。

時計を見上げると…門限まであと15分程度。走って帰れば…大丈夫…多分。

そのとき、着信音が鳴った。ソファの上に置かれた光のスマホだ。そこに表示されている名前は……成宮鳴!?

ちらりと光を見ると、すやすやと寝息を立て始めている。起こすのも悪いし…っていうか、俺は光の彼氏。そう、恋人。彼女にちょっかいを出す男を放っておくわけにはいかない。

俺はおもむろにスマホを手に取り、拒否ボタンを押した。着信音が途切れ、ロック画面が表示される。しかしすぐにまた、成宮から着信がかかってきた。どんだけしつこいんだあいつ…。
暫く考えてから、決意して応答ボタンを押し、耳にあてた。

『あっ光ちゃん!?今日は2回目で出てくれたね!』
「……。」
『ちょっとは俺に心開いてくれた?』
「……。」
『今何してたの?俺はねぇ光ちゃんのこと考えながら…』
「光なら寝てるけど。」

声を遮って言うと、鳴はぴたりと喋るのをやめ、電話の向こうからは動揺が伝わってきた。

『えっ…はっ!?一也!?なんでお前光ちゃんの電話…ハァ!!?光ちゃんは!!?』
「だから寝てるって。」
『なんでお前今一緒にいるんだよ!?寮じゃねえの!?門限は!!?』
「お前に関係ない。」
『関係ある!!寝てるってどういうこと!?ねぇ!!』
「そのままの意味だけど?」
『やめろよ!!光ちゃんに手ぇ出すな!!バカ野郎!』
「ちげぇよ風邪で寝込んでるんだよ。何想像してんの?お前」
『えっ…?』

つーか俺彼氏なんだけど…手ぇ出すなって何だよ。

『なんだ…紛らわしいこと言うなよバーカ!』
「勝手に勘違いしただけじゃん」
『そんなことより風邪って?大丈夫なの?光ちゃんに代わってよ』
「寝てるっつってんだろ。もう切るぞ。」
『ちょっと待っ…』
「もうかけてくんなよ。光にウザがられたくなかったら。」
『ちょっ……』

電話を切って、しばらく画面を見つめた。…よし、自重したみたいだな。
それにしても…。
今日は2回目で出てくれた、って…普段どんだけしつこくかけなおしてんだ。
スマホを置き、光を振り返る。火照った顔…。俺はタオルを濡らし、光の傍に膝をつく。

綺麗だな…ほんとに。

瞼を閉じた光は、どこか現実離れした美しさがあって…丸い額、少し上がった意志の強そうな眉、丸く膨らんだ瞼を縁取る長い睫、筋の通った、つんとした小さな鼻、小さな頬に小さな顎、そしてぷっくりとした赤い唇…。端正で、耽美で、清楚で、艶っぽくて、爽やかで、甘い…。
ずっと見ていたい……。


「――光ちゃん!風邪だって!?」

突然玄関のドアが開いて、ドタバタと慌ただしい足音と声が響いて来て、俺はビクリと飛び上がった。

「まったく、昨日も徹夜で勉強してたんだろ!無理して体壊さないようにってあれほど…」

ペラペラと文句を言いながら部屋に駆け込んできた徹が、俺を見てぎょっとして立ち止まった。それから視線がちらりと動き、眠っている光を見、状況を見渡して、また俺を見る。

「…どうして君がここに?」
「…忘れ物を届けに来たら…重症っぽかったんで、まぁ…」

一応看病…?と呟くと、徹は一応は納得した様子で頷いた。

「…帰らなくて大丈夫なの?君寮だよね?」

時計を見上げて言う徹につられて時計を見て、慌てて立ち上がる。

「いや、ヤバいっす。門限が…」
「だよね。じゃあ、えーと…」
「帰ります。」
「…そうか。」

気を付けて。そう言う徹に会釈をし、部屋を出る。
…あいつが来なかったらまだ見惚れて…門限過ぎてたかも。やべーやべー。って、本気で走って帰らないとヤバいのは変わらないけど…。

夜道を駆け抜けながら、俺は名残惜しさともどかしさ…そして腹の奥にくすぶる微熱を感じていた。

 


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