「……。」

自分の背中に下から腕を回し、下ろす。肩口からも回してみて、やっぱりやめる。
やっぱあの場所…自分であんな風に引っ掻くとか……無理じゃね?

「倉持先輩!背中がかゆいならお掻きしやしょうか!何を隠そう俺の左手は黄金の孫の手と呼ばれ…」
「うるせえ黙ってろ殺すぞ」
「うわっご機嫌ななめだ!浅田気をつけろ!こういう時は構わずそっとしておいてあげるのが同居人としてのマナー…」
「さ…沢村先輩、そろそろ静かにした方が〜…」
「沢村ァ!!」

ヒィッ!?と飛び上がる浅田、ぎくりと怯む沢村。その沢村をとっ捕まえ、背中をトンと小突く。

「お前自分でここ届くか?」
「え?楽勝っすよそんなん!俺に届かない場所などない!」

ぐいっ、と腕を回し、軽々そこに触れてみせる沢村。さすがに関節が柔らかいこいつなら余裕か…。

「うっわマジで届いてるよ気持ちワリー」
「なっ!?アンタがやれっていったんでしょーが!!」
「あん?今タメ口使ったか?」
「あっ…!!」

浅田助けてくれぇ〜、と悲鳴を上げる沢村を締めあげながら、悶々と考える。御幸は別に体が柔らかいわけじゃないし…あんな場所、あんな広範囲の引っ掻いたような傷…。
誰かほかの奴がやったとしか……。

……。…でも、誰が?何で?




***



バットでも振るかと夕暮れの中歩いていると、土手の方から歩いてくる御幸を見つけて、俺は思い切って歩み寄った。

「御幸。」

呼び止めると御幸は不思議そうな顔で俺を見る。悩みがある…ようには見えねーけど…。でも、こいつはそういうの、隠すタイプだからな…。

「…ちょっと話そうぜ。」
「え?何?やっぱキャプテンに相談?」
「ちっげぇよ!いいから来い!」

暢気に笑っている御幸を連れて土手の階段に腰を下ろすと、人気がないことを確認し、俺は切り出した。

「お前…今何か困ってることねーかよ。」

御幸は俺を見て、ぽかん、と口を開けた。

「…は?」
「……。」
「……プッ…。」
「…何笑ってんだよ!死ね!」

勇気を振り絞って耳を傾けてやったのに、バカにされた気がして俺は無性に腹が立った。御幸は遠慮なく腹を抱えて笑い出し、涙すらにじませてヒーヒー言いながら目じりを拭った。

「え〜何、倉持クンやっさし〜。別に何も困ってねーけど(笑)」
「……っ」

クッソムカつく…!こっちが下手に出たらいい気になりやがって!

「…昨日の傷!」
「え?」
「…誰かにやられたんじゃねーのかよ」
「……。」
「自分じゃ無理だろ…あんなとこ…。」

黙り込む御幸…。やっぱり…誰かがあのけがを負わせた…?

「…幸いプレーに支障が出るようなケガは無いみてーだけど…そんなことする奴がいるのは問題だろ。…部内の奴か?」
「……。」
「なにがあったんだよ。誰にやられた?」

御幸の顔は、だんだんと引きつって…赤くなっていった。

「…何だその顔?」
「いや…」

御幸は顔を背け、両手で顔を覆う。

「あのさ…そういうのじゃないから、ほんと…心配してくれてるとこ悪いけど…」
「じゃあなんだよ。」
「……。」

うーん…と唸る御幸。何なんだ…?

「…まあいいや…お前鋭いし…ここまできたら嘘吐くのもキツいし」
「は?…何だよ、嘘って」
「ぜっ…たい、誰にも言うなよ?」
「…なんだよ」
「俺さ…」

御幸は苦笑しながら俺を見て、言った。

「玉城と…付き合ってるんだよね」
「……。」

カラスが鳴いている。自転車の高校生が後ろの道を走って行き、遠くからはトラックが走る騒音が響く。足元の土手の下には川が流れる音が続き、よく耳を澄ませると虫の声も聞こえてくる。そんな静寂の中で、俺は考えもまとまらず、突いて出た声は…

「…はぁ!!?」
「……。」

ははは…、と苦笑する御幸。こいつ今…なんつった?

「玉城…って…」
「玉城光。」
「…嘘だろ!!?」
「ホントなんだな〜…これが…」
「いつから!!」
「えーと…半年くらい前。」
「…ハアァァ!!?」

かなり前からじゃねーかふざけんな!!

「じゃ…お前ずっと嘘ついてたってこと?」
「だって言ったら騒ぎになるじゃん。俺は別にいいけど…光はああいう仕事してるしさぁ」

ひ…光、だと!!?呼び捨て…!!

「だからあいつの為にもナイショな♪」

人差し指を立ててにんまり笑う御幸に殺意を覚えながら、俺はふと我に返る。

「…で…その自慢とその傷と、何の関係があるんだよ。」
「え…だから…」

御幸は顔を赤くして苦笑した。

「ちょっと…いかがわしいことをしようとして…であっちが痛がって、勢い余って…ガリッと」
「…お前さぁマジ…何やってんだよ!!死ね!!」
「はっはっは…あ、これも内緒ね」
「言えるか!!」

一発ぶん殴ってやりたい衝動を堪え、俺は立ち上がった。

「あ〜マジ…心配してこんなに損したの初めてだわ」
「優しいね倉持クン♪」
「もう一生テメーの世話なんざ焼かねーわ」
「はっはっはっは!」

あ〜マジで腹立つ…
半年前…ってことは、あのバレンタインの謎の相手からもらったチョコも…ホワイトデーにいつの間にか消えていつの間にか戻ってきてた件も…全部玉城さんだったってことかよ…。それだけじゃない。疑惑がかかるたびに、「一方的に付き纏ってフラれまくってる」と嘘をつき続けていた御幸。あの裏で舌を出していたのかと思うと…!!
ムッカつく…!!!

つーかいかがわしことって…!!痛がるって…そういう…ことだよな…。
ちゃっかり学校一の美女を捕まえてただけじゃなく…あの野郎そんなことまで…!!そういやエロ話してたとき、あいつやけに余裕があった…。

あ〜〜…考えれば考えるほどムカつく!!!



***



だけど…
にわかには信じらんねぇ…。


「おっ、玉城さんだ」
「玉城光…」
「玉城さん来たぞ」

ざわつく廊下。彼女が通りかかるといつもこうだ。立ち止まるやじ馬たちの中を、彼女は振り向きもせず足早に通り抜ける。

「玉城ちゃ〜ん」

軽い調子で声をかけてひらひらと手を振った御幸を、彼女はちらりと目線だけで見て、そのまま前を通り過ぎる。

「懲りないなぁ…」
「メンタルつええなあいつ」

通りすがったノリやゾノたちが呆れて呟いた。御幸はいつも通り気にしていない様子で笑うだけ。
ゾノたちがいなくなったことを確認して、俺は御幸に尋ねた。

「なぁ…昨日言ってたこと、嘘じゃないんだよな?」
「なんのこと?」
「…だから!…付き合ってるって」

今日もいつも通り無視されてたようにしか見えない。

「別に信じないならそれでいいよ。」

しかし御幸はあっけなくそう言って踵を返した。

「…ちょっと待てコラ!」

その肩を掴み、引き留める。

「ちゃんと説明しねぇとゾノたちにバラすぞ…」
「え…。説明って何を?」
「…証拠を見せろ!証拠!」
「証拠〜〜?」

御幸は面倒くさそうに頭を掻き、ため息をついて…

「…わかったよ」

と言った。


その日の昼休み。

「ちょっと付き合えよ。」

御幸にそう言われて、校舎裏までやって来た。ここには覚えがある…。前、御幸と玉城さんが一緒にいた場所。まさか、やっぱりあれは…逢引き…。いつもここで会ってるってことかよ…。

「ちょっと待ってて。」

御幸はそう言って、非常階段の2段目に座り、足を組んだ。俺も5段ほど上がり、どすんと腰を下ろした。
それから5分ほどしたとき。
…小さな足音が聞こえてきた。


「…一也先輩!」

にこにこ笑顔で塀の陰から姿を現したのは――玉城さん。見たことのない彼女の笑顔に怯んでいると、玉城さんは俺に気付いて驚いたように二度見し、目を丸くして御幸を見た。

「ごめん光。こいつにバレちゃった。」
「……。」

御幸がそう言うと、玉城さんはゆっくりと俺を見上げる。

「…そうなんだ」

玉城さんはそう呟いて、その場に佇んだ。
その、すんなりと状況を受け入れてる玉城さんを見て、俺は…

「…マジかよ…」

超ショック…。

「信じた?」

御幸は俺を振り返ってそう言う。いちいち人の神経を逆なでしやがって…。

「つーわけで、これからは色々と協力ヨロシク♪」
「は?協力?」
「疑われたときとか、俺がいないときの口裏合わせとか〜。いや〜そろそろ誤魔化すのキツくなってたんだわ!」
「…はぁ!?なんで俺がそんなこと…」

「……。」

ちらり、と玉城さんが俺を見る。くっ…こ、断れねぇ…

「……しかたねぇな」
「やった♪やっぱお前サイコー!」

死ね…と心の中で呟いて御幸を睨みつけた。

「…他には誰が知ってんの?」

そう尋ねると、2人は顔を見合わせて、御幸が口を開いた。

「東条と奥村と、光の友達の女子二人と…あと高津?」
「…高津?」

意外な人物の名前に眉を寄せると、御幸はへらりと笑った。

「バレちゃったんだよな〜」

悪びれない様子の御幸に苦笑する玉城さん。

「バレちゃったじゃねーよ!隠す気あんのか!」

しょうがなかったんだよ、と笑って、御幸は光を見た。

「あと成宮と…他に誰かいたっけ?」
「…小湊君に話したって、東条が」
「へ〜。ま、小湊なら平気か」

は…春市も知ってたのか…。いつ?俺、あいつに玉城さんに紹介するように言ったよな…あの時すでに知ってたなら相当恥ずかしいぞ 俺!

「東条には、東条が大丈夫だと思う人には言っていいよって言ってある。色々、噂で迷惑かけちゃうし…私たちのせいで嘘を吐いてもらうのも悪いから」

淡々と話す玉城さんに、そーなんだ、と頷く御幸。…玉城さんがこんなに喋ってんの初めて見たぞ。やっぱ、本当に…

「それで…どうして倉持先輩にばれちゃったの?」

ちらり、と玉城さんが俺を見て、ドキリとする。俺の名前…覚えてたんだ…!
しかし俺と御幸は顔を見合わせて、沈黙した。
い…言えるわけねぇ…。

「いや〜…こいつ鋭くてさ…隠すのきつかったから、バラしちゃった。」
「…そうなんだ」

御幸がそう言って誤魔化すと、玉城さんは納得したように頷いた。


「ギャハハマジで!?」
「今週何度目だよお前〜」

突然、校舎の方から会話が響いて来て、俺が気を取られている隙に御幸が腕を伸ばして玉城さんを引っ張った。

「光、上に…」

そう小声で言って玉城さんを上の踊り場に隠れさせると、直後、声の主たちが校舎の影から現れた。

「あっ…」
「おい…御幸主将と倉持副主将!」
「こ、こんにちは!」
「お疲れ様です!」

「おう」
「お疲れ」

坊主頭の2年達がペコペコと頭を下げて、寮の方へ走り去る。そうか…玉城さんと一緒に居るの、見られるとまずいのか…。

「光、もう平気だよ」

御幸が声をかけると、玉城さんがゆっくり階段を下りてくる。

「やっぱここ、寮生が結構通るな〜。」

御幸はそう言って頭を掻いた。そうか…今までもこうやって誤魔化して、隠してきたんだ…こいつ。
流れで引き受けちまったけど、これ…結構キツいぞ…

「光、先に教室戻れよ。」
「うん…」

玉城さんは御幸に頷いて、ちらりと俺を見て、小さく会釈をして…校舎の方へと踵を返した。

…大変だけど…悪くねーかも…。

「何見惚れてんだよ。予鈴鳴るぞ」
「……。」

御幸にからかわれてムカつきながら、俺は改めてこいつの性格の悪さを呪った。

 


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