004
選手権大会初戦――。
「相手は米門西高校…だって!」
「どこ?」
「都立だよ!聞いたことないからあんま強くないんじゃない?」
「なんだとぉ!?」
突然の大声に、ひゃっ、と飛び上がって振り向く真。
「無名だろうが、俺たちもこの3年間死ぬ気で練習してきたんだ…何も知らない奴に馬鹿にされる筋合いねーよ!」
「おい、やめろよ守…」
今日の対戦相手の選手たちらしい。あちゃ〜、怒ってる…。光がそっと真の肩に手を置いた。
「真が悪いよ。」
「う…。」
「あの、失礼なことを言ってすみませんでした。」
深く頭を下げ、また前を見た光に…選手たちは息を飲んで見惚れた。あ…皆、顔が赤くなってく。面白い…。
「い、いや…わかってくれれば別に…。」
「とにかく…簡単に負ける気はねーから、応援してくれよな。」
そう微笑んだ選手たちに、え、と目を丸くする光。
「いえ…青道の応援に来たので…」
「真面目か!!」
「社交辞令でいいから応援してくれ!!」
「おいおい…何やってんの。」
騒ぎを聞きつけた様に声がした。振り向くと、青道の選手たちが今バスから降りてやって来たところだった。声の主…御幸先輩は、光と相手の選手たちを見比べて、つかつかと光の横に歩いてきて、肩を引き寄せる。
「うちの生徒に何か?」
「ぐっ…お、お前の彼女かよ!」
「だったら何すか?」
「くそっ!イケメンだからって…」
「ちょっと、だれが彼女ですか!」
「はっはっはっは!バレた!」
御幸先輩の手を振りほどき、私と真の方へ逃げてくる光。しかし御幸先輩は悪びれず笑い飛ばした。ぽかん、とその様子を見つめる米門西高校の選手たち。
「か…勝つぞお前ら〜!!」
「おお〜〜〜!!」
なんだか火をつけてしまったようだ。
「じゃーね玉城ちゃん、応援ヨロシク♪」
御幸先輩は光の肩を叩いて、軽い足取りで皆の方に戻っていき、いつも一緒にいるあの目つきの悪い先輩にキックされていた。
***
『ただいまより西東京大会第二回戦――青道高校 対 米門西高校の試合を始めます』
「始まった始まった!」
真がキャッキャと手を叩く。光はもう真剣にグラウンドを見つめている。
選手たちが位置に着き、バッターボックスに青道の選手が出てきた。
「あ!あの人、御幸先輩といつも一緒にいる人だよ。」
「えーと…倉持…先輩?」
「そう!倉持先輩は俊足が自慢で両利きのスイッチヒッター!守備はファーストで、3年生の小湊先輩との連携は鉄壁の二遊間って言われてるんだって!」
「く…詳しいね真」
「今日のためにお父さんからいろいろ聞いてきたの!」
色々知ってた方が面白いでしょ?と首をかしげる誠に頷く。確かに、情報もそうだけど…選手たちの普段の姿を見たことがあるから、応援にも熱が入る。
「あれぇ〜〜…?」
倉持先輩は立て続けに2球見逃し、真が顔を曇らせた。
「どうしたのかな?ボールじゃないよね?」
「打ちにくい球なのかな〜…」
3球目。倉持先輩はバットを振ったけど…
「あぁ〜三振!」
「今のは変化球だね…あのピッチャーの球、打ちにくい球なのかも…」
続けて2人目、3人目も塁には出られず…スタンドからは悲鳴が上がる。
「あ〜ん1点も取れなかった〜」
「ここからここから!あっ、ほら、御幸先輩出てきたよ!」
ベンチからやってくる御幸先輩と投手の選手。それを見て、真がまたあっと声を上げた。
「あれ、B組の降谷君だ!」
「え?1年生?」
「お父さんが言ってた!降谷君は怪物級だって!」
「そ、そんなにすごいの?」
御幸先輩が軽くボールを投げる。降谷君はそれを取り損ね、マウンドの上を追いかけていく。
「…怪物?」
「な、投げればわかるって!」
「プレイ!」
審判の声が響く。バッターは気合の雄たけびを上げる。
「くるよ…くるよ!」
真は目を輝かせて身を乗り出した。降谷君が振りかぶって――次の瞬間。
――ズドオン!!!
まるで弾丸かというほどの音を上げ、ボールは御幸先輩のミットに納まっていた。
「ス…ストライーーク!!!」
一瞬の沈黙のあと、審判の声が響く。
「…えっ!?い、今の音ヤバッ!」
「キャーやっぱスッゴい!!御幸先輩、手ぇ痛くないのかなぁ〜…」
ドン!ドン!ズドン!!
ぽんぽんとバッターをその言葉通り力づくでねじ伏せていく降谷君。
「き…来たあああ三者三振ーー!!!」
スタンドから歓声が上がった。相手チームのベンチは凍り付いている。
「さーこっからだよ!3年生の結城先輩…あの人もすごいんだから!」
「た…たしかに、なんか気迫があるかも…。」
バッターボックスでバットを構える選手の背中を見る。ボールが放たれ、ミットに納まるけど――結城先輩はピクリとも反応しない。
「迷いないね〜…」
「センキューガンがあるんだよ!」
「選球眼ね…。」
かと思うと次の瞬間、結城先輩は素早くバットを振りぬいた。
「外野も抜けたあああ!!」
「おっしゃああ青道初ヒット!!」
スタンドが盛り上がり、私たちも歓声を上げた。
ここから勢いがついて、次の大柄な先輩もヒットをうち、塁に進む。
「キャーー御幸先輩!!」
真が声を上げた。バットを持って御幸先輩が進み出てくる。
「頼んだぞ御幸ーー!!」
「御幸ーーー!!!」
それだけ頼りになる存在なのだろう、ベンチやスタンドからの声援に熱がこもっている。
「走者がいるときの御幸先輩は打率がいいんだよ!」
「どういうこと?」
「勝負強いってこと!」
「へ〜…」
「いい性格してるともいえる。」
「それって褒めてるの?」
ブラスバンドのねらいうちが鳴り響く。
「あ〜、これこれ!御幸先輩のイメージぴったり!」
「…何が?」
きょとん、と真を見る光。真はうっとりと説明する。
「このブラバンが演奏してるヒッティングマーチだよ!選手ごとに決まってるの!御幸先輩は『ねらいうち』!知らない?“この世は私の為にある♪”って歌!」
「…すごい歌詞だね」
「超有名だよ!」
はあ、と感心したように光が言った。日本の歌謡曲はよく知らないらしい。
「ほらほら!打つよ!」
真に背中を叩かれて、光はグラウンドに視線を戻した。
「あっ!?」
「きたっ!」
御幸先輩が深くバットを振り、掬い上げるように振り上げた。ボールはまるでミットを避けるように弧を描き、守備の壁を突き抜ける。
「きゃ〜〜〜!!!御幸せんぱ〜〜〜い!!!」
「青道調子出てきたね!!」
その後もガンガン打ちまくり、塁に出た選手たちが次々ホームへ帰って来る。
試合は順調に進み、4回裏。青道は12点、相手はまだ0点だ。
「これはもう勝っちゃったよね!?」
「そうだね〜」
「ワハハハハハハ絶好調〜〜〜!!こんなに調子がいいのは4年に1度くらいしかねーぞ!!」
突然すぐそばで大声が響いた。
「ん…?何?」
「あ、あそこにいるの沢村君じゃない?C組の…」
あそこ、と真が指さす方を見ると、小柄なチームメイトとキャッチボールをしている元気な男子が目に留まる。
「キャッチボールの相手はB組の小湊君だよ。」
「へ〜。沢村君ってなんか面白いね。」
「コラー沢村〜〜!!出番もねえのにウロウロすんな!恥ずかしい!」
「早く引っ込め!!」
「…なんか味方から怒られてるけど?」
「アハハハ!出番ないのにあんなに張り切ってるんだ。」
そう笑っているうちに4回が終わり、青道が守備につく。そしてマウンドに上がった選手を見て、真がえっと声を上げた。
「沢村君出るじゃん!」
「え?あ、ほんとだ!」
なんだかおもしろくなりそう。つい身を乗り出して試合に見入る。
相手チームの声援は衰えない。この点差でも、まだ諦めてないんだ。この熱気の中で、皆に囲まれて、グラウンドの真ん中に立つ沢村君…。まだ1年生で…プレッシャーとか感じないのかな。…って、それは降谷君もだけど…。
「来いオラァ!!」
相手バッターが吠えた。うひゃ〜…こわい…。けど…沢村君は怯んでない。
沢村君は振りかぶり…思い切り投げた。
ドッ、と鈍い音がした。
静まり返る球場。背中にボールを食らったバッターは膝をつき、御幸先輩と審判が様子を窺う。
「えぇ〜〜デッドボール!」
「あの人大丈夫かな!?」
しかしバッターはちょっと手を挙げて大丈夫だというそぶりをし、フラフラと立ち上がって塁に進んだ。
「うわ、いたそ〜〜」
「沢村君やっちゃったね〜」
「あ…皆集まってくよ」
マウンドの沢村君を囲むように集合する青道の選手たち。直後、一人の先輩にキックをくらわされる沢村君。
「うわわ、めちゃ怒られてるよ!」
「キャハハハハ!」
けれどそれで気を取り直したように、沢村君は背筋を伸ばしてマウンドに立った。
「ガンガン打たすんでみんなよろしく!!」
「キャハハ、沢村君元気だね〜!」
「心配なさそうだね…」
試合が再開され、相手バッターはバットを前に構えた。
「?ねぇ、さっきから思ってたんだけど…あの構え方何?」
「あぁあれはバントを狙ってるんだよ!」
「バント?」
「遠くに打つんじゃなくて、ボールの勢いを殺して近くに転がすことで時間を稼いで、確実に塁に出ようとしてるの!」
「は〜、なるほど…。」
野球って奥が深いんだな〜。ただ打てばいいだけじゃないんだ。
沢村君が振りかぶり、ボールを放つ。相手バッターの肩を竦んだのが分かった。
「転がった!!」
「けどボールの勢いが死んでねぇ!!」
「沢村ボールセカン!!」
御幸先輩が指を指し怒鳴る。沢村君はすでにマウンドから駆け寄ってきていて、ボールを拾い上げ後方に投げた。そこへ素早く駆け寄ってきた先輩がボールを受け、またトスをする。
「アウト!!」
「キャーッ!!やったやった!!」
「は…早くてなにがなんだか…。」
「うおおおお!!」
沢村君がマウンドで吠えた。空気が勢いづいたのが分かった。野球って楽しい――あそこでプレーできる皆が羨ましくなるくらいに…。
その後も試合は流れを変えることなく進み、17対0、5回コールドで幕を閉じた。
***
「あっ!沢村くーーん!!」
真が声を上げるて手を振ると、廊下の向こう側にいた沢村君がきょとんと振り返った。
「この間の試合見たよ〜!すごかったね!」
「お…おぉ!?」
沢村君はたちまち得意顔になり、嬉しそうに顔を緩めた。
「めちゃくちゃ目立ってたよ〜!」
「そうだろうそうだろう!!フハハハハ!!」
「あっ降谷君だ!!」
ころりと沢村君から離れ、通りかかった降谷君に駆け寄る真。沢村君はどや顔のまま硬直している…。
「降谷君も見たよ!超剛速球!かっこよかったよ!!」
降谷君はポーカーフェイスで…だけどまんざらでもなさそうに表情を緩める。よかったね、と小湊君が背中を叩いた。
「ぐ…ぐぬぬ…やはり降谷か…」
沢村君は呻いて、勢いよく降谷君を振り返った。
「おい降谷!お前調子に乗るなよ…」
「きゃっ」
その振り上げた手が、光に軽くぶつかった。
「う…うわ!悪い!!大丈夫か!?」
「おい沢村!何やってんだよ!」
騒ぎを聞きつけた金丸君と東条君も駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫だよ、軽くぶつかっただけだし…」
光がそう言って振り向くと、沢村君は光を見て硬直した。
「……。」
「……。」
「……オイ!」
固まっている沢村君の後頭部を金丸君が叩くと、沢村君はハッと我に返った。
「うおっ!?よ…妖精さんかと思った!!」
「え…?」
「何恥ずかしいこと言ってんだテメーは!玉城さんに謝れ!!」
「あっ!!そうだった!ご、ごめん!」
「だ、大丈夫…」
それからまたまじまじと光の顔を見つめる沢村君。
「あの…な、何…?」
「いやあ〜…」
沢村君は顎に手を添え、しみじみと呟いた。
「美人さんッスね…。」
「…え…。」
ひ…光が赤くなった!?光が照れてるのなんて初めて見た…。めちゃくちゃモテてるけどいつでもポーカーフェイスなのに…。むしろ、男子からじろじろ見られるのなんていつもは嫌がって…、…あ、もしかして…光って鈍感だから直球に弱い!?
「何言ってんだテメーは!」
「イテッ!!なんだよ褒めてるんだろ!!」
小湊君と東条君は、はは…、と顔を見合わせて苦笑している。
「あーっ!御幸先輩!」
「なにィ!?御幸一也!?」
急に真が声を上げ、それにいち早く沢村君が反応した。階段を下りてきたところで、ゲッ、と立ち竦む御幸先輩。隣には倉持先輩もいる。
「御幸せんぱ〜〜い!!試合ちょ〜〜カッコよかったです!!」
「御幸先輩!!今日こそは俺の球受けてくれるんでしょーね!!試合はもう明日なんすよ!?」
「明日の試合は行けないけど、夏休み始まったらぜーったい応援行きますから〜〜!!」
「進化した俺のストレート!!事前にその目でちゃんと見た方がいいんじゃないスかね!!」
「う…うるせえ〜…」
御幸先輩に詰め寄る二人をどうどうと宥め、皆がそれぞれ盛り上がり始めると…御幸先輩はスッと光に近づいた。
「よっ。俺の活躍見てくれた?」
「……。」
軽い調子で手を挙げた御幸先輩を無言で見上げる光。御幸先輩はだんだんと苦笑し、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「…あのさ」
「…はい?」
静かに話し始めた二人を、沢村君たちが気づいて不思議そうに見つめた。
「あれから…きたの?」
「…なにがですか?」
「だから…その、…電話」
「は?」
「な…成宮からだよ!」
「……。」
光は不思議そうに、ちょっと顔を赤くする御幸先輩を見上げ、目を瞬いた。
「きましたけど…」
「えっ…」
辺りは静まり返る。御幸先輩の顔が引きつった。
「じゃ…電話、したの?」
「したっていうか、きたんですよ。」
「…何か話したのか?」
「…なんでそんなこと聞くんですか?」
訝しむ光に、うっ、と言い淀む御幸先輩。
「御幸せんぱーい。光には直球しか効きませんよ。」
「え…?」
ついつい口を挟むと、御幸先輩は私を振り返って苦笑を浮かべた。なんとなく察しがついたらしい。
直球?ストレート?と野球の話だと思って首をかしげている光を、御幸先輩は見つめた。そしてペンケースからネームペンを取り出し、光の腕を掴む。
「えっ、ちょっと…何!?」
戸惑う光の手に何かを書き、顔を赤くして手を離すと、御幸先輩は言った。
「…電話!成宮とするくらいなら…俺にしろよ!」
「…は…?」
それだけ言って、逃げるように去って行ってしまう御幸先輩。その背中を、野球部1年生たちはぽかんと見つめている。…沢村君は青ざめている。
「…って、もう!これ油性ペンだし…」
光はため息をついて、電話番号が書かれた手を見つめ、御幸先輩の背中を睨んだ。
「も〜ほんと…あの人いつも悪戯ばっかり!」
「いや悪戯って言うか…」
あーあ、まだちょっと遠回りだったかな。ここまで鈍感な光もどうかと思うけど…。
***
「ねぇねぇすごいようちの学校!!次準々決勝だよ!!」
夏休み直前、青道は準々決勝進出を決めた。学校中がその話題で持ちきりで、応援に行こうと皆が盛り上がっている。
「準々決勝ってどことやるの?」
「えーとね確か…薬師高校!」
「聞いたことないね…」
「すごいんだよ薬師!無名なのに優勝候補の市大三高に勝っちゃったんだよ!」
「へぇ〜、すごい…」
「お父さんが薬師はこの大会のダースベーダーって言ってた!」
「…もしかしてダークホースのこと?」
「たっまし〜ろちゃーん♪」
ぽすぽす、と光の背中をノートでつついて現れたのは、御幸先輩。…よく来るなぁ。
光は振り向いて御幸先輩を見ると、スッと目を細めて迷惑そうな顔をした。
「明日から夏休みだな!」
「…そーですね」
「応援来てくれるよな!」
「行きま〜す!!」
真が光に抱き着いて身を乗り出した。はっはっは、と御幸先輩は笑い声を上げる。
「じゃ〜球場とか時間とか知りたいよな?電話してくれればいつでも…」
「東条に聞くからいいです」
「……。」
御幸先輩が凍り付いた…。
「え〜光、あれから御幸先輩に電話してないの?」
「なんで?」
「手に番号書いてもらったじゃん!」
「別に用ないし…」
「えっお前まさか登録せずに消したのか?」
「……。」
無言の光に、マジか…と本気で凹む御幸先輩。さすがに不憫だ…。後輩と友達の前で、かなり勇気を振り絞っただろうに。
「なにそれもったいな〜い!!御幸先輩、私と交換しましょう!!私なら絶対に御幸先輩の電話番号を無駄にはしませんから!!」
「…あ、悪いけど部活あるからこれで…」
「御幸先輩〜〜〜!!!」
***
そして迎えた準々決勝。府中球場の駐車場前には選手の出待ちがたくさん集まっていた。夏休みに入ったから、青道生もたくさんいる。
「きゃ〜〜きたきた!!御幸せんぱ〜〜い!!!」
この雑踏の中でもよく通る声で真が叫ぶ。真は可愛らしく特徴のある声で、よく声が通るのだ。案の定すぐにその声に気付いたらしい御幸先輩がこっちを見た。真に苦笑いしながら、けど光の姿を探して期待するような顔で。そして真の隣に光を見つけると、あっ、と笑顔を浮かべて手を振ってきた。
「玉城ちゃ〜ん!やっぱ来てくれてるじゃん♪」
「……。」
「何!?玉城さん…!?」
「御幸の応援に!?」
「クッソ、イケメン死ね!」
選手たちはみな一様に御幸先輩を睨むが、御幸先輩は気にも留めない。
「はっはっはっはっ!無視!素直じゃねーな〜!」
「……あっ」
つんとそっぽを向いた光が、その逸らした視線の先にいた人物を見て顔をほころばせた。
「東条〜!」
ぶんぶん、と無邪気な笑顔で手を振る光。えっ!?と先輩達が一斉に東条君を見て、御幸先輩は固まってしまう。東条君は片身狭そうに苦笑してちょっと手を挙げた。
「はぁ!?東条!?」
「ベンチ入りもしてねー奴がなんで玉城さんに…」
「クソッやっぱイケメンか!!」
あはは、東条、前よりちょっと焼けてる〜、と無邪気に笑う光は、とんでもなく可愛いけど…。御幸先輩が砂になってしまいそうなほど凹んでいるのは目も当てられない…。
「ぬおお!あなたは妖精さん…!!」
「えっ!?」
すると突然、その振っている光の両手をガッシリと掴んだ男子がいた。沢村君だ。
「今日は人間界の偵察ですか!?どーりで今日はやけに清々しい日だと思いやした!!」
「…えぇ?」
「いやー今日もお美しい!!妖精じゃなくてもしや女神!?ハッ!勝利の女神か!!よおおし今日は勝てる!!勝てるぞおお!!」
「うるせー沢村!!」
「玉城さんに気安く触ってんじゃねー!!!」
先輩たちにどつかれながら回収されていく沢村君を、光は笑いながら見送った。やっぱり光、沢村君にはべたべたされても嫌じゃないみたい。沢村君のキャラ的にいやらしさを感じないからかな…。
固まったままの御幸先輩も、倉持先輩にオラ行くぞ、と引き摺られていった。
「私たちも行こっか!」
「うん。」
球場の入り口を目指し始めたところで、あっ、と真が足を止めた。
「ごめーん、ちょっとそこの自販機行ってくる!」
「私たちも行くよ〜」
3人で入口になだれ込む人の列を離れて、入り口から少し離れた自販機に向かった。真はピーチティーを買い、私はスポーツドリンク、光はレモン水を買った。じゃあ行こうか、となったとき、フラフラきょろきょろしながら一人の男の子がやって来た。
「……。」
「……。」
私たちと男の子は目が合い、沈黙する。
「…カハ…カハハ…」
男の子の目が泳ぎ、顔が真っ赤になっていく。…っていうかこの子のユニフォーム…薬師高校!?
「あの…大丈夫ですか?顔真っ赤だし…すごい汗ですけど…」
光が進み出て尋ねても、男の子はおろおろするばかり。…ホントに具合悪いのかな?でもユニフォーム着てるってことは選手だよね…これから試合なのに…大丈夫なのかな?
「あの、よかったらコレ…飲んでください…」
光がレモン水のペットボトルを差し出した。
「私、まだ飲んでませんから、気にしないでくださいね。」
「…飲んでた方が嬉しかったりして〜」
ぼそりと呟く真を、コラ、と小突く。
「カ…カハハ…ハハ…」
男の子は震える手でペットボトルを受け取り、一気に飲んだ。よっぽど喉渇いてたのかな。
「…っていうか、時間大丈夫〜?もうすぐ試合でしょ?皆のところ行かなくていいの?」
真がそう言うと、男の子はサーッと音がしそうなほど急激に青ざめた。
「え…もしかして迷子?」
「カハ…カハハ…」
「名前は?何年生?」
「真、子供じゃないんだから…。」
けれども狼狽えて笑うだけの男の子を、どうしたものかと私たちは顔を見合わせた。
「とりあえず…球場の人がいる方に行ってみる?案内してもらえるかも」
「そうだね!入口にいたはず。」
「おーい、こっちだよ〜」
「真…犬じゃないんだから」
男の子を連れて球場の入り口に戻り、球場のスタッフを探した。
「うーん人が多いねぇ…」
「薬師の人でもいいから、探そう!」
そうして辺りを見渡していると、不意に声が響いた。
「雷市〜〜〜!!!」
「どこだ〜〜〜!!!」
ハッと反応する男の子。
「らいち?君、らいちくんっていうの?かっわい〜」
「こら真。」
「雷市!!」
走ってきた長身の男の人と、ちょっとふくよかな男の子ふたり。長身の人はちょっとカッコいい。
「お前どこまで行ってたんだよ〜!探したぞ!」
「ご…ごめんなさい…真田先輩…」
カハハ…、と俯く雷市君。
「やだなんかカワイ〜」
「真…。」
マイペースな真に呆れていると、男の人がこっちを見た。
「あ…すいません!こいつのこと連れてきてくれたんですよね。ありがとうございます!!」
「すいませんコイツが迷惑かけて…」
「すいません!」
3人に丁寧に謝られてしまって、私たちは恐縮した。
「いえいえ…一緒に来ただけだし…」
「ん?雷市お前、そのジュースどうした?」
「あ…すみません、私が…」
勝手にあげちゃったんですけど…、と私の後ろから光が現れると、3人は口を開けたまま黙り込んだ。
「え…あの…だめでしたか?すみません…」
「…え!!?いやいや!!すいませんこんな!ここまでしてもらっちゃって!!ホラ雷市!!お礼ちゃんと言ったか!!?」
「あ…ありがとう…カハハ…」
「いや〜でもまさか、こんな…キレーな子に助けられてるなんて…ハハ…雷市お前ちゃっかりしてんなぁ」
「カ…カハハ…」
「そ、その制服…青道っすよね?あの…何年生…」
「……。」
光はソワソワと時計を見上げて心配そうに男の人の言葉を遮った。
「あの、時間大丈夫ですか?」
「え?…あ!やべっ!!」
急に慌てだして、ペコペコ頭を下げながら駆け出す4人。キャハハハハ、と真はお腹を抱えて笑う。
「まじうける!コントみたい!」
「確かに…。」
「コント?」
ぱちくり、と光が目を瞬いた。
「コントコント!…え、知らないの?コントって英語じゃないの!?」
「……?コントロールのこと?」
「ちっがーう!コントは、えっと…芸!そう!お笑い芸人の芸みたいってこと!」
「…あぁ、スケッチコメディー?」
「えぇ!?コントって英語でそんな風に言うのぉ!?なんかイメージとちが〜う…」
私たちはお喋りをしながら球場に入った。中はすでにたくさんの観客がいて、良い席はもうほとんど埋まってしまっていた。仕方なく入口付近の空いている場所に座った。
「さ〜始まるよ〜!!御幸せんぱ〜〜い!!頑張って〜〜〜!!!」
「元気だなぁ…」
「おっ!先発降谷君だよ!!」
ぱちぱちぱち、と真が興奮気味に手を叩く。選手たちが位置に着き、御幸先輩もキャッチャーボックスに座った。
「キャ〜〜御幸先輩カッコイイ〜〜!!!」
「マスクで顔見えないじゃん…」
「でもカッコイイの!!」
するとバッターボックスに、ちょっと小柄の男の子が入ってきた。
「あれ…あの子…」
光が口を開く。
「あ!!さっきの迷子君じゃん」
「1年生…同級生なんだね」
「降谷君のあの剛速球…1年生に打てるかな〜!?」
1回表。降谷君が振りかぶる。
――ドオン!!
まるで壁をぶち破るような音が轟き、一気にスタンドが湧いた。相変わらずものすごい威力の投球…。雷市君はバットを振らない。
「よしよ〜〜し!いっけ〜〜!!」
「でも今のボールだよ?」
「いいの!!初球は様子見ってのはよくあるんだから!」
――さらにボール。さっきよりも少し低めに入ったように見えた。雷市くんはやはりバットを振らない。選球しているのか、勢いに圧されて振れないのか――?
「次ボールだとアウト?」
「大丈夫!あと1球!いける!!いけーー御幸せんぱーーい!!」
「いや降谷君でしょ?」
降谷君が振りかぶる。息を飲んでそれを見守った。
雷市君が――バットを振りぬいた。
「…えっ!?」
――ガシャッ!
硬い音を立てて、ボールがフェンスに直撃した。
「うそ!打っちゃった!しかもあんな遠くまで…」
「いや〜〜1塁回った…2塁〜〜!!」
青道側のスタンドから悲鳴が上がった。
「あの子すごいね…1年生なのに」
「ううう…迷子君のくせに〜〜」
でも、降谷君の球がそう簡単に何度も打たれるはずはない…。今までの試合でそれを目の当たりにしてきた。だけど…。
「うそ!」
真が立ち上がった。2番打者のバットがボールを捉え、弾き返す。
「回れ回れ雷市ーーー!!!」
「バックホーム!!」
「カハハハハ!!」
怒声が錯綜する。雷市君が驚くべき速さで塁を駆け抜けていく。
「二塁ランナーホームイン!!薬師高校1点先取――!!」
「ええええ!?」
「点とられちゃったね…」
あまりにもあっけなく…。まるでどんなボールが飛んでくるか、わかっていたみたいに…。
「薬師高校って強いんだね…」
「でもうちの方が強いよ!絶対!」
3番打者も迷いなくバットを振る。打たれるのは時間の問題――こちらがそう焦ってしまうくらいに。
「あっ!!」
真が息を飲む。1塁ランナーが盗塁を仕掛けたのだ。ほとんど同時に、降谷君がボールを放ったところだというのに…!
すると御幸先輩がスッと手の向きを変え、ワンバウンドして跳ね返ってきたボールを取ると、流れるように送球した。セカンドの倉持先輩のミットに鋭く突き刺さるボール。
「アウトーーー!!」
「きゃーーっ!!!御幸先輩やっぱかっこいい〜〜!!!」
「ほ…ほんと、今の凄い…」
野球素人の私にもわかる。あの人、天才って言われてるんだもんね…。
そこから点の取り合いが続き、7回裏――6対5。青道は投手の継投を続け、試合の終盤となる今、背の高い3年生が出てきた。
「あの人は?」
「3年生の丹波先輩!あの人がうちのエースなんだよ。」
「エース?今までの試合出てなかったけど…」
「なんかね、練習試合で怪我しちゃってたらしいよ。」
「え!?大丈夫なの?」
「大丈夫だから出てきたんじゃない?…あっ、御幸先輩!キャ〜〜」
「……。」
真は御幸先輩に夢中だ…。
――一球目。丹波先輩が振りかぶる――。
「あっ!」
バッターが空振りし、ボールは御幸先輩のミットにぶつかって逸れ、フェンスに衝突した。
「な…なんか、結構迫力あるね…」
「やっぱエースだし…」
私も真も息を飲んだ。
続いて2投目。バットに当たるもファールボール。
「よしよしよし!いい感じ!!」
真が手を叩いてはしゃぐ。
そして3投目――。放たれたボールが、はっきりと弧を描いたのが見えた。
「あっ…」
隣の光が息を飲んで身を乗り出した。
御幸先輩の手元からボールが飛び出す。
「―――!!!」
私はその光景と、光が口を覆って目を見開く横顔を、まるで映画のワンシーンのように見ていた。
御幸先輩の右手が脇に伸び、その手首のあたりにボールがぶつかったように見えた。そして勢いを失って地面に落ちるボールをそのまま押さえつけ、御幸先輩は前を睨む。
「……。」
はあ、と小さく息を吐いて、光は力が抜けたように椅子に座り込んだ。けれどその目はまだ心配そうに御幸先輩を見ている。
「キャ〜〜〜!!嘘!!ねぇ今の見た!?自分の腕で止めたよね!?御幸先輩、もう、ちょ〜〜カッコイイ〜〜!!」
真は大はしゃぎで試合にのめり込んでいる。それから試合が終わるまで、光はずっとグラウンドを見つめていつものように静かに試合を見守っていた。
***
「ねえすごくない!?準決勝進出だよ、ベスト4決定だよ!!」
「はいはい、落ち着いて…」
「あ…」
球場を出て歩いていると、それまで黙り込んでいた光が呟いて立ち止まった。その視線の先には青道の選手たち。はしゃいでいる沢村君を小突きながらやって来る御幸先輩が、ふと、光を振り向いた。
御幸先輩は一瞬じっと光の顔を見つめて、それからいつもみたいに悪戯っぽい笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。
「玉城ちゃん!何?何?俺の出待ち?」
「……。」
「はっはっはっは!また無視か〜。俺結構頑張ったんだけどな〜!御幸先輩カッコよかったです♪とかさ〜」
「…御幸先輩…」
「え?」
ふざけて耳に手を当てて訊ねるふりをしていた御幸先輩は、思ったより真剣な光の様子に意表を突かれたように慌てた。
「…手…」
「え?…手?」
「……やっぱ何でもないです」
「え!?」
くるりと踵を返した光の腕を掴む御幸先輩。
「ちょっと待て、気になるだろ!手が何!?」
「だから何でもないです!」
「何でもなくないだろ!…あっわかった繋ぎたい?繋ぎたいってこと?ほんと玉城ちゃんってばツンデレ…」
「違う!…怪我…してないかと思って…」
「…え?」
「…でも全然平気そうだし…だから何でもないです!」
御幸先輩の手を振り払い、歩き出す光。御幸先輩はぽかんとして、それから慌てて光の後を追いかけた。
「えっ!?玉城ちゃん俺のこと心配してくれてたの?」
「…別に!」
「はっはっはっは!ツンデレ!手ぇいてえよ玉城ちゃ〜ん!撫でて♪」
「嫌です!」
「え〜〜玉城ちゃんが撫でてくれたらすぐ治りそうなのになぁ〜〜!」
「クソ眼鏡!!!」
ゴツン、という音とともに、突如どすの聞いた怒声が響いた。倉持先輩が御幸先輩をどついたのだった。
「テメーセクハラしてんじゃねえよ!!」
「はっはっはっはっ倉持クン羨ましい?」
「死ね!!オラ行くぞ!」
御幸先輩を引き摺って行く倉持先輩。なんだかんだ、あの二人って…いいコンビだ。
「あ〜ん…」
それを指をくわえて見送る真。
「御幸先輩…私のこと覚えてくれてないのかな〜。」
「いや…覚えてはいると思うよ…」
真の声がするといつもビクッてするし…。
「私も卯月ちゃん♪とか呼ばれた〜い!」
「え?」
光は目を丸くして真剣な顔で呟いた。
「変わってるね…真…」
「…変わってるのは光だよぉ!」
「ははは…」
見事な三角関係…。しかも、全部一方通行…、…いや、だけど…光は御幸先輩のこと、どう思ってるんだろう?
なんだかまんざらでもないように見えるのは私だけかな、とこっそり考えた。
「相手は米門西高校…だって!」
「どこ?」
「都立だよ!聞いたことないからあんま強くないんじゃない?」
「なんだとぉ!?」
突然の大声に、ひゃっ、と飛び上がって振り向く真。
「無名だろうが、俺たちもこの3年間死ぬ気で練習してきたんだ…何も知らない奴に馬鹿にされる筋合いねーよ!」
「おい、やめろよ守…」
今日の対戦相手の選手たちらしい。あちゃ〜、怒ってる…。光がそっと真の肩に手を置いた。
「真が悪いよ。」
「う…。」
「あの、失礼なことを言ってすみませんでした。」
深く頭を下げ、また前を見た光に…選手たちは息を飲んで見惚れた。あ…皆、顔が赤くなってく。面白い…。
「い、いや…わかってくれれば別に…。」
「とにかく…簡単に負ける気はねーから、応援してくれよな。」
そう微笑んだ選手たちに、え、と目を丸くする光。
「いえ…青道の応援に来たので…」
「真面目か!!」
「社交辞令でいいから応援してくれ!!」
「おいおい…何やってんの。」
騒ぎを聞きつけた様に声がした。振り向くと、青道の選手たちが今バスから降りてやって来たところだった。声の主…御幸先輩は、光と相手の選手たちを見比べて、つかつかと光の横に歩いてきて、肩を引き寄せる。
「うちの生徒に何か?」
「ぐっ…お、お前の彼女かよ!」
「だったら何すか?」
「くそっ!イケメンだからって…」
「ちょっと、だれが彼女ですか!」
「はっはっはっは!バレた!」
御幸先輩の手を振りほどき、私と真の方へ逃げてくる光。しかし御幸先輩は悪びれず笑い飛ばした。ぽかん、とその様子を見つめる米門西高校の選手たち。
「か…勝つぞお前ら〜!!」
「おお〜〜〜!!」
なんだか火をつけてしまったようだ。
「じゃーね玉城ちゃん、応援ヨロシク♪」
御幸先輩は光の肩を叩いて、軽い足取りで皆の方に戻っていき、いつも一緒にいるあの目つきの悪い先輩にキックされていた。
***
『ただいまより西東京大会第二回戦――青道高校 対 米門西高校の試合を始めます』
「始まった始まった!」
真がキャッキャと手を叩く。光はもう真剣にグラウンドを見つめている。
選手たちが位置に着き、バッターボックスに青道の選手が出てきた。
「あ!あの人、御幸先輩といつも一緒にいる人だよ。」
「えーと…倉持…先輩?」
「そう!倉持先輩は俊足が自慢で両利きのスイッチヒッター!守備はファーストで、3年生の小湊先輩との連携は鉄壁の二遊間って言われてるんだって!」
「く…詳しいね真」
「今日のためにお父さんからいろいろ聞いてきたの!」
色々知ってた方が面白いでしょ?と首をかしげる誠に頷く。確かに、情報もそうだけど…選手たちの普段の姿を見たことがあるから、応援にも熱が入る。
「あれぇ〜〜…?」
倉持先輩は立て続けに2球見逃し、真が顔を曇らせた。
「どうしたのかな?ボールじゃないよね?」
「打ちにくい球なのかな〜…」
3球目。倉持先輩はバットを振ったけど…
「あぁ〜三振!」
「今のは変化球だね…あのピッチャーの球、打ちにくい球なのかも…」
続けて2人目、3人目も塁には出られず…スタンドからは悲鳴が上がる。
「あ〜ん1点も取れなかった〜」
「ここからここから!あっ、ほら、御幸先輩出てきたよ!」
ベンチからやってくる御幸先輩と投手の選手。それを見て、真がまたあっと声を上げた。
「あれ、B組の降谷君だ!」
「え?1年生?」
「お父さんが言ってた!降谷君は怪物級だって!」
「そ、そんなにすごいの?」
御幸先輩が軽くボールを投げる。降谷君はそれを取り損ね、マウンドの上を追いかけていく。
「…怪物?」
「な、投げればわかるって!」
「プレイ!」
審判の声が響く。バッターは気合の雄たけびを上げる。
「くるよ…くるよ!」
真は目を輝かせて身を乗り出した。降谷君が振りかぶって――次の瞬間。
――ズドオン!!!
まるで弾丸かというほどの音を上げ、ボールは御幸先輩のミットに納まっていた。
「ス…ストライーーク!!!」
一瞬の沈黙のあと、審判の声が響く。
「…えっ!?い、今の音ヤバッ!」
「キャーやっぱスッゴい!!御幸先輩、手ぇ痛くないのかなぁ〜…」
ドン!ドン!ズドン!!
ぽんぽんとバッターをその言葉通り力づくでねじ伏せていく降谷君。
「き…来たあああ三者三振ーー!!!」
スタンドから歓声が上がった。相手チームのベンチは凍り付いている。
「さーこっからだよ!3年生の結城先輩…あの人もすごいんだから!」
「た…たしかに、なんか気迫があるかも…。」
バッターボックスでバットを構える選手の背中を見る。ボールが放たれ、ミットに納まるけど――結城先輩はピクリとも反応しない。
「迷いないね〜…」
「センキューガンがあるんだよ!」
「選球眼ね…。」
かと思うと次の瞬間、結城先輩は素早くバットを振りぬいた。
「外野も抜けたあああ!!」
「おっしゃああ青道初ヒット!!」
スタンドが盛り上がり、私たちも歓声を上げた。
ここから勢いがついて、次の大柄な先輩もヒットをうち、塁に進む。
「キャーー御幸先輩!!」
真が声を上げた。バットを持って御幸先輩が進み出てくる。
「頼んだぞ御幸ーー!!」
「御幸ーーー!!!」
それだけ頼りになる存在なのだろう、ベンチやスタンドからの声援に熱がこもっている。
「走者がいるときの御幸先輩は打率がいいんだよ!」
「どういうこと?」
「勝負強いってこと!」
「へ〜…」
「いい性格してるともいえる。」
「それって褒めてるの?」
ブラスバンドのねらいうちが鳴り響く。
「あ〜、これこれ!御幸先輩のイメージぴったり!」
「…何が?」
きょとん、と真を見る光。真はうっとりと説明する。
「このブラバンが演奏してるヒッティングマーチだよ!選手ごとに決まってるの!御幸先輩は『ねらいうち』!知らない?“この世は私の為にある♪”って歌!」
「…すごい歌詞だね」
「超有名だよ!」
はあ、と感心したように光が言った。日本の歌謡曲はよく知らないらしい。
「ほらほら!打つよ!」
真に背中を叩かれて、光はグラウンドに視線を戻した。
「あっ!?」
「きたっ!」
御幸先輩が深くバットを振り、掬い上げるように振り上げた。ボールはまるでミットを避けるように弧を描き、守備の壁を突き抜ける。
「きゃ〜〜〜!!!御幸せんぱ〜〜〜い!!!」
「青道調子出てきたね!!」
その後もガンガン打ちまくり、塁に出た選手たちが次々ホームへ帰って来る。
試合は順調に進み、4回裏。青道は12点、相手はまだ0点だ。
「これはもう勝っちゃったよね!?」
「そうだね〜」
「ワハハハハハハ絶好調〜〜〜!!こんなに調子がいいのは4年に1度くらいしかねーぞ!!」
突然すぐそばで大声が響いた。
「ん…?何?」
「あ、あそこにいるの沢村君じゃない?C組の…」
あそこ、と真が指さす方を見ると、小柄なチームメイトとキャッチボールをしている元気な男子が目に留まる。
「キャッチボールの相手はB組の小湊君だよ。」
「へ〜。沢村君ってなんか面白いね。」
「コラー沢村〜〜!!出番もねえのにウロウロすんな!恥ずかしい!」
「早く引っ込め!!」
「…なんか味方から怒られてるけど?」
「アハハハ!出番ないのにあんなに張り切ってるんだ。」
そう笑っているうちに4回が終わり、青道が守備につく。そしてマウンドに上がった選手を見て、真がえっと声を上げた。
「沢村君出るじゃん!」
「え?あ、ほんとだ!」
なんだかおもしろくなりそう。つい身を乗り出して試合に見入る。
相手チームの声援は衰えない。この点差でも、まだ諦めてないんだ。この熱気の中で、皆に囲まれて、グラウンドの真ん中に立つ沢村君…。まだ1年生で…プレッシャーとか感じないのかな。…って、それは降谷君もだけど…。
「来いオラァ!!」
相手バッターが吠えた。うひゃ〜…こわい…。けど…沢村君は怯んでない。
沢村君は振りかぶり…思い切り投げた。
ドッ、と鈍い音がした。
静まり返る球場。背中にボールを食らったバッターは膝をつき、御幸先輩と審判が様子を窺う。
「えぇ〜〜デッドボール!」
「あの人大丈夫かな!?」
しかしバッターはちょっと手を挙げて大丈夫だというそぶりをし、フラフラと立ち上がって塁に進んだ。
「うわ、いたそ〜〜」
「沢村君やっちゃったね〜」
「あ…皆集まってくよ」
マウンドの沢村君を囲むように集合する青道の選手たち。直後、一人の先輩にキックをくらわされる沢村君。
「うわわ、めちゃ怒られてるよ!」
「キャハハハハ!」
けれどそれで気を取り直したように、沢村君は背筋を伸ばしてマウンドに立った。
「ガンガン打たすんでみんなよろしく!!」
「キャハハ、沢村君元気だね〜!」
「心配なさそうだね…」
試合が再開され、相手バッターはバットを前に構えた。
「?ねぇ、さっきから思ってたんだけど…あの構え方何?」
「あぁあれはバントを狙ってるんだよ!」
「バント?」
「遠くに打つんじゃなくて、ボールの勢いを殺して近くに転がすことで時間を稼いで、確実に塁に出ようとしてるの!」
「は〜、なるほど…。」
野球って奥が深いんだな〜。ただ打てばいいだけじゃないんだ。
沢村君が振りかぶり、ボールを放つ。相手バッターの肩を竦んだのが分かった。
「転がった!!」
「けどボールの勢いが死んでねぇ!!」
「沢村ボールセカン!!」
御幸先輩が指を指し怒鳴る。沢村君はすでにマウンドから駆け寄ってきていて、ボールを拾い上げ後方に投げた。そこへ素早く駆け寄ってきた先輩がボールを受け、またトスをする。
「アウト!!」
「キャーッ!!やったやった!!」
「は…早くてなにがなんだか…。」
「うおおおお!!」
沢村君がマウンドで吠えた。空気が勢いづいたのが分かった。野球って楽しい――あそこでプレーできる皆が羨ましくなるくらいに…。
その後も試合は流れを変えることなく進み、17対0、5回コールドで幕を閉じた。
***
「あっ!沢村くーーん!!」
真が声を上げるて手を振ると、廊下の向こう側にいた沢村君がきょとんと振り返った。
「この間の試合見たよ〜!すごかったね!」
「お…おぉ!?」
沢村君はたちまち得意顔になり、嬉しそうに顔を緩めた。
「めちゃくちゃ目立ってたよ〜!」
「そうだろうそうだろう!!フハハハハ!!」
「あっ降谷君だ!!」
ころりと沢村君から離れ、通りかかった降谷君に駆け寄る真。沢村君はどや顔のまま硬直している…。
「降谷君も見たよ!超剛速球!かっこよかったよ!!」
降谷君はポーカーフェイスで…だけどまんざらでもなさそうに表情を緩める。よかったね、と小湊君が背中を叩いた。
「ぐ…ぐぬぬ…やはり降谷か…」
沢村君は呻いて、勢いよく降谷君を振り返った。
「おい降谷!お前調子に乗るなよ…」
「きゃっ」
その振り上げた手が、光に軽くぶつかった。
「う…うわ!悪い!!大丈夫か!?」
「おい沢村!何やってんだよ!」
騒ぎを聞きつけた金丸君と東条君も駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫だよ、軽くぶつかっただけだし…」
光がそう言って振り向くと、沢村君は光を見て硬直した。
「……。」
「……。」
「……オイ!」
固まっている沢村君の後頭部を金丸君が叩くと、沢村君はハッと我に返った。
「うおっ!?よ…妖精さんかと思った!!」
「え…?」
「何恥ずかしいこと言ってんだテメーは!玉城さんに謝れ!!」
「あっ!!そうだった!ご、ごめん!」
「だ、大丈夫…」
それからまたまじまじと光の顔を見つめる沢村君。
「あの…な、何…?」
「いやあ〜…」
沢村君は顎に手を添え、しみじみと呟いた。
「美人さんッスね…。」
「…え…。」
ひ…光が赤くなった!?光が照れてるのなんて初めて見た…。めちゃくちゃモテてるけどいつでもポーカーフェイスなのに…。むしろ、男子からじろじろ見られるのなんていつもは嫌がって…、…あ、もしかして…光って鈍感だから直球に弱い!?
「何言ってんだテメーは!」
「イテッ!!なんだよ褒めてるんだろ!!」
小湊君と東条君は、はは…、と顔を見合わせて苦笑している。
「あーっ!御幸先輩!」
「なにィ!?御幸一也!?」
急に真が声を上げ、それにいち早く沢村君が反応した。階段を下りてきたところで、ゲッ、と立ち竦む御幸先輩。隣には倉持先輩もいる。
「御幸せんぱ〜〜い!!試合ちょ〜〜カッコよかったです!!」
「御幸先輩!!今日こそは俺の球受けてくれるんでしょーね!!試合はもう明日なんすよ!?」
「明日の試合は行けないけど、夏休み始まったらぜーったい応援行きますから〜〜!!」
「進化した俺のストレート!!事前にその目でちゃんと見た方がいいんじゃないスかね!!」
「う…うるせえ〜…」
御幸先輩に詰め寄る二人をどうどうと宥め、皆がそれぞれ盛り上がり始めると…御幸先輩はスッと光に近づいた。
「よっ。俺の活躍見てくれた?」
「……。」
軽い調子で手を挙げた御幸先輩を無言で見上げる光。御幸先輩はだんだんと苦笑し、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「…あのさ」
「…はい?」
静かに話し始めた二人を、沢村君たちが気づいて不思議そうに見つめた。
「あれから…きたの?」
「…なにがですか?」
「だから…その、…電話」
「は?」
「な…成宮からだよ!」
「……。」
光は不思議そうに、ちょっと顔を赤くする御幸先輩を見上げ、目を瞬いた。
「きましたけど…」
「えっ…」
辺りは静まり返る。御幸先輩の顔が引きつった。
「じゃ…電話、したの?」
「したっていうか、きたんですよ。」
「…何か話したのか?」
「…なんでそんなこと聞くんですか?」
訝しむ光に、うっ、と言い淀む御幸先輩。
「御幸せんぱーい。光には直球しか効きませんよ。」
「え…?」
ついつい口を挟むと、御幸先輩は私を振り返って苦笑を浮かべた。なんとなく察しがついたらしい。
直球?ストレート?と野球の話だと思って首をかしげている光を、御幸先輩は見つめた。そしてペンケースからネームペンを取り出し、光の腕を掴む。
「えっ、ちょっと…何!?」
戸惑う光の手に何かを書き、顔を赤くして手を離すと、御幸先輩は言った。
「…電話!成宮とするくらいなら…俺にしろよ!」
「…は…?」
それだけ言って、逃げるように去って行ってしまう御幸先輩。その背中を、野球部1年生たちはぽかんと見つめている。…沢村君は青ざめている。
「…って、もう!これ油性ペンだし…」
光はため息をついて、電話番号が書かれた手を見つめ、御幸先輩の背中を睨んだ。
「も〜ほんと…あの人いつも悪戯ばっかり!」
「いや悪戯って言うか…」
あーあ、まだちょっと遠回りだったかな。ここまで鈍感な光もどうかと思うけど…。
***
「ねぇねぇすごいようちの学校!!次準々決勝だよ!!」
夏休み直前、青道は準々決勝進出を決めた。学校中がその話題で持ちきりで、応援に行こうと皆が盛り上がっている。
「準々決勝ってどことやるの?」
「えーとね確か…薬師高校!」
「聞いたことないね…」
「すごいんだよ薬師!無名なのに優勝候補の市大三高に勝っちゃったんだよ!」
「へぇ〜、すごい…」
「お父さんが薬師はこの大会のダースベーダーって言ってた!」
「…もしかしてダークホースのこと?」
「たっまし〜ろちゃーん♪」
ぽすぽす、と光の背中をノートでつついて現れたのは、御幸先輩。…よく来るなぁ。
光は振り向いて御幸先輩を見ると、スッと目を細めて迷惑そうな顔をした。
「明日から夏休みだな!」
「…そーですね」
「応援来てくれるよな!」
「行きま〜す!!」
真が光に抱き着いて身を乗り出した。はっはっは、と御幸先輩は笑い声を上げる。
「じゃ〜球場とか時間とか知りたいよな?電話してくれればいつでも…」
「東条に聞くからいいです」
「……。」
御幸先輩が凍り付いた…。
「え〜光、あれから御幸先輩に電話してないの?」
「なんで?」
「手に番号書いてもらったじゃん!」
「別に用ないし…」
「えっお前まさか登録せずに消したのか?」
「……。」
無言の光に、マジか…と本気で凹む御幸先輩。さすがに不憫だ…。後輩と友達の前で、かなり勇気を振り絞っただろうに。
「なにそれもったいな〜い!!御幸先輩、私と交換しましょう!!私なら絶対に御幸先輩の電話番号を無駄にはしませんから!!」
「…あ、悪いけど部活あるからこれで…」
「御幸先輩〜〜〜!!!」
***
そして迎えた準々決勝。府中球場の駐車場前には選手の出待ちがたくさん集まっていた。夏休みに入ったから、青道生もたくさんいる。
「きゃ〜〜きたきた!!御幸せんぱ〜〜い!!!」
この雑踏の中でもよく通る声で真が叫ぶ。真は可愛らしく特徴のある声で、よく声が通るのだ。案の定すぐにその声に気付いたらしい御幸先輩がこっちを見た。真に苦笑いしながら、けど光の姿を探して期待するような顔で。そして真の隣に光を見つけると、あっ、と笑顔を浮かべて手を振ってきた。
「玉城ちゃ〜ん!やっぱ来てくれてるじゃん♪」
「……。」
「何!?玉城さん…!?」
「御幸の応援に!?」
「クッソ、イケメン死ね!」
選手たちはみな一様に御幸先輩を睨むが、御幸先輩は気にも留めない。
「はっはっはっはっ!無視!素直じゃねーな〜!」
「……あっ」
つんとそっぽを向いた光が、その逸らした視線の先にいた人物を見て顔をほころばせた。
「東条〜!」
ぶんぶん、と無邪気な笑顔で手を振る光。えっ!?と先輩達が一斉に東条君を見て、御幸先輩は固まってしまう。東条君は片身狭そうに苦笑してちょっと手を挙げた。
「はぁ!?東条!?」
「ベンチ入りもしてねー奴がなんで玉城さんに…」
「クソッやっぱイケメンか!!」
あはは、東条、前よりちょっと焼けてる〜、と無邪気に笑う光は、とんでもなく可愛いけど…。御幸先輩が砂になってしまいそうなほど凹んでいるのは目も当てられない…。
「ぬおお!あなたは妖精さん…!!」
「えっ!?」
すると突然、その振っている光の両手をガッシリと掴んだ男子がいた。沢村君だ。
「今日は人間界の偵察ですか!?どーりで今日はやけに清々しい日だと思いやした!!」
「…えぇ?」
「いやー今日もお美しい!!妖精じゃなくてもしや女神!?ハッ!勝利の女神か!!よおおし今日は勝てる!!勝てるぞおお!!」
「うるせー沢村!!」
「玉城さんに気安く触ってんじゃねー!!!」
先輩たちにどつかれながら回収されていく沢村君を、光は笑いながら見送った。やっぱり光、沢村君にはべたべたされても嫌じゃないみたい。沢村君のキャラ的にいやらしさを感じないからかな…。
固まったままの御幸先輩も、倉持先輩にオラ行くぞ、と引き摺られていった。
「私たちも行こっか!」
「うん。」
球場の入り口を目指し始めたところで、あっ、と真が足を止めた。
「ごめーん、ちょっとそこの自販機行ってくる!」
「私たちも行くよ〜」
3人で入口になだれ込む人の列を離れて、入り口から少し離れた自販機に向かった。真はピーチティーを買い、私はスポーツドリンク、光はレモン水を買った。じゃあ行こうか、となったとき、フラフラきょろきょろしながら一人の男の子がやって来た。
「……。」
「……。」
私たちと男の子は目が合い、沈黙する。
「…カハ…カハハ…」
男の子の目が泳ぎ、顔が真っ赤になっていく。…っていうかこの子のユニフォーム…薬師高校!?
「あの…大丈夫ですか?顔真っ赤だし…すごい汗ですけど…」
光が進み出て尋ねても、男の子はおろおろするばかり。…ホントに具合悪いのかな?でもユニフォーム着てるってことは選手だよね…これから試合なのに…大丈夫なのかな?
「あの、よかったらコレ…飲んでください…」
光がレモン水のペットボトルを差し出した。
「私、まだ飲んでませんから、気にしないでくださいね。」
「…飲んでた方が嬉しかったりして〜」
ぼそりと呟く真を、コラ、と小突く。
「カ…カハハ…ハハ…」
男の子は震える手でペットボトルを受け取り、一気に飲んだ。よっぽど喉渇いてたのかな。
「…っていうか、時間大丈夫〜?もうすぐ試合でしょ?皆のところ行かなくていいの?」
真がそう言うと、男の子はサーッと音がしそうなほど急激に青ざめた。
「え…もしかして迷子?」
「カハ…カハハ…」
「名前は?何年生?」
「真、子供じゃないんだから…。」
けれども狼狽えて笑うだけの男の子を、どうしたものかと私たちは顔を見合わせた。
「とりあえず…球場の人がいる方に行ってみる?案内してもらえるかも」
「そうだね!入口にいたはず。」
「おーい、こっちだよ〜」
「真…犬じゃないんだから」
男の子を連れて球場の入り口に戻り、球場のスタッフを探した。
「うーん人が多いねぇ…」
「薬師の人でもいいから、探そう!」
そうして辺りを見渡していると、不意に声が響いた。
「雷市〜〜〜!!!」
「どこだ〜〜〜!!!」
ハッと反応する男の子。
「らいち?君、らいちくんっていうの?かっわい〜」
「こら真。」
「雷市!!」
走ってきた長身の男の人と、ちょっとふくよかな男の子ふたり。長身の人はちょっとカッコいい。
「お前どこまで行ってたんだよ〜!探したぞ!」
「ご…ごめんなさい…真田先輩…」
カハハ…、と俯く雷市君。
「やだなんかカワイ〜」
「真…。」
マイペースな真に呆れていると、男の人がこっちを見た。
「あ…すいません!こいつのこと連れてきてくれたんですよね。ありがとうございます!!」
「すいませんコイツが迷惑かけて…」
「すいません!」
3人に丁寧に謝られてしまって、私たちは恐縮した。
「いえいえ…一緒に来ただけだし…」
「ん?雷市お前、そのジュースどうした?」
「あ…すみません、私が…」
勝手にあげちゃったんですけど…、と私の後ろから光が現れると、3人は口を開けたまま黙り込んだ。
「え…あの…だめでしたか?すみません…」
「…え!!?いやいや!!すいませんこんな!ここまでしてもらっちゃって!!ホラ雷市!!お礼ちゃんと言ったか!!?」
「あ…ありがとう…カハハ…」
「いや〜でもまさか、こんな…キレーな子に助けられてるなんて…ハハ…雷市お前ちゃっかりしてんなぁ」
「カ…カハハ…」
「そ、その制服…青道っすよね?あの…何年生…」
「……。」
光はソワソワと時計を見上げて心配そうに男の人の言葉を遮った。
「あの、時間大丈夫ですか?」
「え?…あ!やべっ!!」
急に慌てだして、ペコペコ頭を下げながら駆け出す4人。キャハハハハ、と真はお腹を抱えて笑う。
「まじうける!コントみたい!」
「確かに…。」
「コント?」
ぱちくり、と光が目を瞬いた。
「コントコント!…え、知らないの?コントって英語じゃないの!?」
「……?コントロールのこと?」
「ちっがーう!コントは、えっと…芸!そう!お笑い芸人の芸みたいってこと!」
「…あぁ、スケッチコメディー?」
「えぇ!?コントって英語でそんな風に言うのぉ!?なんかイメージとちが〜う…」
私たちはお喋りをしながら球場に入った。中はすでにたくさんの観客がいて、良い席はもうほとんど埋まってしまっていた。仕方なく入口付近の空いている場所に座った。
「さ〜始まるよ〜!!御幸せんぱ〜〜い!!頑張って〜〜〜!!!」
「元気だなぁ…」
「おっ!先発降谷君だよ!!」
ぱちぱちぱち、と真が興奮気味に手を叩く。選手たちが位置に着き、御幸先輩もキャッチャーボックスに座った。
「キャ〜〜御幸先輩カッコイイ〜〜!!!」
「マスクで顔見えないじゃん…」
「でもカッコイイの!!」
するとバッターボックスに、ちょっと小柄の男の子が入ってきた。
「あれ…あの子…」
光が口を開く。
「あ!!さっきの迷子君じゃん」
「1年生…同級生なんだね」
「降谷君のあの剛速球…1年生に打てるかな〜!?」
1回表。降谷君が振りかぶる。
――ドオン!!
まるで壁をぶち破るような音が轟き、一気にスタンドが湧いた。相変わらずものすごい威力の投球…。雷市君はバットを振らない。
「よしよ〜〜し!いっけ〜〜!!」
「でも今のボールだよ?」
「いいの!!初球は様子見ってのはよくあるんだから!」
――さらにボール。さっきよりも少し低めに入ったように見えた。雷市くんはやはりバットを振らない。選球しているのか、勢いに圧されて振れないのか――?
「次ボールだとアウト?」
「大丈夫!あと1球!いける!!いけーー御幸せんぱーーい!!」
「いや降谷君でしょ?」
降谷君が振りかぶる。息を飲んでそれを見守った。
雷市君が――バットを振りぬいた。
「…えっ!?」
――ガシャッ!
硬い音を立てて、ボールがフェンスに直撃した。
「うそ!打っちゃった!しかもあんな遠くまで…」
「いや〜〜1塁回った…2塁〜〜!!」
青道側のスタンドから悲鳴が上がった。
「あの子すごいね…1年生なのに」
「ううう…迷子君のくせに〜〜」
でも、降谷君の球がそう簡単に何度も打たれるはずはない…。今までの試合でそれを目の当たりにしてきた。だけど…。
「うそ!」
真が立ち上がった。2番打者のバットがボールを捉え、弾き返す。
「回れ回れ雷市ーーー!!!」
「バックホーム!!」
「カハハハハ!!」
怒声が錯綜する。雷市君が驚くべき速さで塁を駆け抜けていく。
「二塁ランナーホームイン!!薬師高校1点先取――!!」
「ええええ!?」
「点とられちゃったね…」
あまりにもあっけなく…。まるでどんなボールが飛んでくるか、わかっていたみたいに…。
「薬師高校って強いんだね…」
「でもうちの方が強いよ!絶対!」
3番打者も迷いなくバットを振る。打たれるのは時間の問題――こちらがそう焦ってしまうくらいに。
「あっ!!」
真が息を飲む。1塁ランナーが盗塁を仕掛けたのだ。ほとんど同時に、降谷君がボールを放ったところだというのに…!
すると御幸先輩がスッと手の向きを変え、ワンバウンドして跳ね返ってきたボールを取ると、流れるように送球した。セカンドの倉持先輩のミットに鋭く突き刺さるボール。
「アウトーーー!!」
「きゃーーっ!!!御幸先輩やっぱかっこいい〜〜!!!」
「ほ…ほんと、今の凄い…」
野球素人の私にもわかる。あの人、天才って言われてるんだもんね…。
そこから点の取り合いが続き、7回裏――6対5。青道は投手の継投を続け、試合の終盤となる今、背の高い3年生が出てきた。
「あの人は?」
「3年生の丹波先輩!あの人がうちのエースなんだよ。」
「エース?今までの試合出てなかったけど…」
「なんかね、練習試合で怪我しちゃってたらしいよ。」
「え!?大丈夫なの?」
「大丈夫だから出てきたんじゃない?…あっ、御幸先輩!キャ〜〜」
「……。」
真は御幸先輩に夢中だ…。
――一球目。丹波先輩が振りかぶる――。
「あっ!」
バッターが空振りし、ボールは御幸先輩のミットにぶつかって逸れ、フェンスに衝突した。
「な…なんか、結構迫力あるね…」
「やっぱエースだし…」
私も真も息を飲んだ。
続いて2投目。バットに当たるもファールボール。
「よしよしよし!いい感じ!!」
真が手を叩いてはしゃぐ。
そして3投目――。放たれたボールが、はっきりと弧を描いたのが見えた。
「あっ…」
隣の光が息を飲んで身を乗り出した。
御幸先輩の手元からボールが飛び出す。
「―――!!!」
私はその光景と、光が口を覆って目を見開く横顔を、まるで映画のワンシーンのように見ていた。
御幸先輩の右手が脇に伸び、その手首のあたりにボールがぶつかったように見えた。そして勢いを失って地面に落ちるボールをそのまま押さえつけ、御幸先輩は前を睨む。
「……。」
はあ、と小さく息を吐いて、光は力が抜けたように椅子に座り込んだ。けれどその目はまだ心配そうに御幸先輩を見ている。
「キャ〜〜〜!!嘘!!ねぇ今の見た!?自分の腕で止めたよね!?御幸先輩、もう、ちょ〜〜カッコイイ〜〜!!」
真は大はしゃぎで試合にのめり込んでいる。それから試合が終わるまで、光はずっとグラウンドを見つめていつものように静かに試合を見守っていた。
***
「ねえすごくない!?準決勝進出だよ、ベスト4決定だよ!!」
「はいはい、落ち着いて…」
「あ…」
球場を出て歩いていると、それまで黙り込んでいた光が呟いて立ち止まった。その視線の先には青道の選手たち。はしゃいでいる沢村君を小突きながらやって来る御幸先輩が、ふと、光を振り向いた。
御幸先輩は一瞬じっと光の顔を見つめて、それからいつもみたいに悪戯っぽい笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。
「玉城ちゃん!何?何?俺の出待ち?」
「……。」
「はっはっはっは!また無視か〜。俺結構頑張ったんだけどな〜!御幸先輩カッコよかったです♪とかさ〜」
「…御幸先輩…」
「え?」
ふざけて耳に手を当てて訊ねるふりをしていた御幸先輩は、思ったより真剣な光の様子に意表を突かれたように慌てた。
「…手…」
「え?…手?」
「……やっぱ何でもないです」
「え!?」
くるりと踵を返した光の腕を掴む御幸先輩。
「ちょっと待て、気になるだろ!手が何!?」
「だから何でもないです!」
「何でもなくないだろ!…あっわかった繋ぎたい?繋ぎたいってこと?ほんと玉城ちゃんってばツンデレ…」
「違う!…怪我…してないかと思って…」
「…え?」
「…でも全然平気そうだし…だから何でもないです!」
御幸先輩の手を振り払い、歩き出す光。御幸先輩はぽかんとして、それから慌てて光の後を追いかけた。
「えっ!?玉城ちゃん俺のこと心配してくれてたの?」
「…別に!」
「はっはっはっは!ツンデレ!手ぇいてえよ玉城ちゃ〜ん!撫でて♪」
「嫌です!」
「え〜〜玉城ちゃんが撫でてくれたらすぐ治りそうなのになぁ〜〜!」
「クソ眼鏡!!!」
ゴツン、という音とともに、突如どすの聞いた怒声が響いた。倉持先輩が御幸先輩をどついたのだった。
「テメーセクハラしてんじゃねえよ!!」
「はっはっはっはっ倉持クン羨ましい?」
「死ね!!オラ行くぞ!」
御幸先輩を引き摺って行く倉持先輩。なんだかんだ、あの二人って…いいコンビだ。
「あ〜ん…」
それを指をくわえて見送る真。
「御幸先輩…私のこと覚えてくれてないのかな〜。」
「いや…覚えてはいると思うよ…」
真の声がするといつもビクッてするし…。
「私も卯月ちゃん♪とか呼ばれた〜い!」
「え?」
光は目を丸くして真剣な顔で呟いた。
「変わってるね…真…」
「…変わってるのは光だよぉ!」
「ははは…」
見事な三角関係…。しかも、全部一方通行…、…いや、だけど…光は御幸先輩のこと、どう思ってるんだろう?
なんだかまんざらでもないように見えるのは私だけかな、とこっそり考えた。