部活が終わってすぐに真と電車に飛び乗り、お昼のパンを食べながら球場へ向かった。光からどのあたりにいるのかメールで聞いて、急いでスタンドに駆け込むと――

「君ひとり?それ青道の制服だよね?」
「もしかして彼氏の応援?」
「何年生?よかったら俺らと一緒に観戦しない?」

「ああ〜〜!光に悪い虫がぁ〜〜!!」

真が叫んで光のもとに駆け付けた。

「どいてください!」
「えっ?この子の友達?」
「友達と来てたんだ〜あっちの子も連れ?」
「ちょーどいいじゃん3人ずつで。なっ、一緒に見ようよ」

だ…だめだ、たちが悪いタイプのナンパだ…!

「あ…あの!」

するとそこへ男子の声が響いた。

「すいません…俺たち学校で来てるんで!」
「え…、」

東条君だ。こっちの状況に気付いて応援の列から抜けて来てくれたらしい。
行こう、と東条君が光の手を引き、男たちを置いて席を移動する。

「もっとこっちの近くに座ってなよ。そしたら声かけづらいだろうしさ。」
「うん…ありがとう東条」

光が信頼しきった表情で微笑むと、東条君はちょっと顔を赤くする。

「あ…じゃあ俺戻るから!皆気をつけてな」
「ありがと〜!よっイケメン!」
「はは…。」

真にからかわれながら定位置に戻っていく東条君。みんなの中に戻ると、またちょっとからかわれるように頭をぐりぐりされている。

「ふたりとも間に合ったんだね。よかった」
「うん!めちゃ走って来たんだから!あっつい〜」
「ほんと…喉渇いた…」

スポーツドリンクをバッグから出して飲みながらグラウンドを見た。ちょうど試合が始まったところらしい。
打席には倉持先輩。成宮さんがボールを振りかぶる――。

『――ボール!ファ!』

「え!?どうしたんだろ成宮さん」
「今のは倉持先輩が上手く揺さぶりかけてたね!」
「へ〜、野球って心理戦だねぇ…」
「そのとーり!奥が深いでしょ」

軽い足取りで1塁に進む倉持先輩。続いて小湊君のお兄さんがバッターボックスに上がる。

「倉持先輩スゴい塁から離れてるけどいいの?」
「投手にプレッシャー与えてるんだよ!」

そして成宮さんが振りかぶった瞬間――

『スチール!』

「ああっ!」
「行った!」

驚くべき速さで駆け抜けていく倉持先輩。ホントに足速い…。でも、すぐにホームから矢のようにボールが追いかけてくる。倉持先輩が2塁ベースに飛び込んだ瞬間――

『……――セーーーフ!』

はあぁぁ、と息を吐き出した。い…息止めちゃってた。

「きゃ〜〜!!すごいすごい!!」

『盗塁成功ーー!!な…なんという俊足、バッテリーが警戒する中見事に盗塁を決めました!!』

「倉持先輩も結構カッコいいかも〜」
「真ってば…ミーハーなんだから」

更に小湊君のお兄さんのセーフティで倉持先輩は3塁に進む。
そして伊佐敷先輩の初球攻撃――。

『打ち上げてしまったーー』
『い…いや…内野前に出てる…これは面白いところに打球が飛んだかーー?』

「落ちて!お願いーー!!」

『あ〜〜〜落ちたぁ!』
『セカンドとセンターのちょうど真ん中!』

「きゃーー!!」

真は大はしゃぎだ。

『打球が落ちたのを確認し…サードランナーの倉持君が今ホームへ!』
『青道高校先制ーー!!!』

やったやった!と真がハイタッチを求めてきた。

『今大会無失点ピッチングを続けてきたエースから…あっさりと先制点を奪い取るーー!!』

「スゴーーーい!!」
「いけ〜〜!」
「勝って〜〜!!!」

しかしその後4番、5番を打ち取り…1回裏へと進む。

「御幸せんぱ〜〜〜い!!がんばって〜〜〜!!!」
「あ…やっぱ御幸先輩なんだ」

青道が守備につく。キャッチャーボックスには御幸先輩。マウンドには降谷君だ。
降谷君が振りかぶり――第一投。

「あっ…!」

バットにかすったように見えたボールが、ちょっと軌道を逸らして後ろのフェンスにぶつかる。

「…よしよし!」
「……。」

安堵と緊張で手を握りしめる真、静かに試合を見守っている光。

「押してる押してる!」
「どんどんいけ降谷〜〜〜!!」

「しゃああ三振〜〜〜!!!」

一斉に歓声を上げ、真と手を叩き合った。
さらに二人目、三人目も三振で討ち取った降谷君。1回は1−0で凌いだ――!

「降谷君すっごい!!」
「青道がんばれ〜〜!!!」

しかしその後、4回表まで両校得点はなく――4回裏、稲実の攻撃。
2塁には俊足のランナー…バッターは4番。
真は祈るように手を組んで息を飲んでいる。光は…相変わらず、静かに試合を見守っていた。

「…――!!」

ボールが打ちあがった…!

『ホームイン!同点ーー!!』

実況の声が無情にも響く。ああぁ、と真が声を漏らす。
続いて成宮君も打ち、稲実2点…成宮君をアウトにとったものの、逆転されてしまった。

「あれ…」

真がふと呟く。

「成宮さん…こっち見てない?」
「え?」

確かに、ベンチに戻っていく成宮さんがこっちをじっと見ている…?遠くてよくわからないけど。

「光のこと探してるんだったりして〜。」
「さすがに見えないでしょ…」
「でもぉ〜やっぱ好きな人のことはいつでも探しちゃうって言うかぁ〜…どーする光、この試合稲実が勝ったら…成宮さんに告白されちゃったりして〜!」
「告白?」

静かに真を見る光。

「そう!俺が甲子園に連れてってやる!って!」
「…なんで甲子園に私を連れて行くの?」
「あ〜んもうだからぁ〜!光のことが好きだってこと!彼女になってって意味だよ!」
「……。あぁ…」

なぜか光は腑に落ちたように目を瞬いた。

「真がいつも言ってた好きって…そういう意味だったんだ」
「…はー!?何だと思ってたの!?」
「ごめん…日本語って意訳が多くて、まだ慣れなくて…」

申し訳なさそうに言う光。あ〜…光が鈍感なのって、これも原因なのか…。生まれてからずっとイギリスで育って、日本人の両親と家の中では日本語で話すようにしていたおかげで日本語は話せるらしいけど…確かに両親と恋バナとかしないもんね。回りくどい言い方とかあまり通じないのはそのせいなのかも…。

「じゃあ今まで御幸先輩とか成宮さんに口説かれてたのも気づいてなかったの〜?」
「……。」
「あ!!ちょっと気付いてたんでしょ!魔性の女だぁ〜」
「…だから…ましょうって何…。」

「…君!ちょっといい?」

突然、光に声をかけてきたのは…ワイシャツ姿の若い男性。まだ20代くらいの…。まさか…またナンパ?

「突然すみません。僕、こういう者なんですが…」

そう言って男性は名刺を差し出してきた。

「…フェリック芸能事務所…代表 夏目透…?」

え…芸能事務所って、もしかして…!

「スカウト!!?」
「あ…、はは、まぁ…そうです。」

真が声を上げると、夏目さんが照れ臭そうに頬を掻いた。キャー凄い!と真は興奮して私の背中を叩く。

「さっきから君のことを見てて…この子だ!って思ったんです。」
「……。」
「今、どこかの芸能事務所に入ってますか?」
「…いえ…」
「よかった!君、芸能人でもおかしくないくらいオーラがあるから…。」
「……。」
「単刀直入に言うけど…芸能界に興味あるかな?うちの事務所でモデルやってみない?」
「…できません」

「ええー!断っちゃうのぉ!?」
「真…、静かに…。」

「君なら絶対売れるよ。」
「…親も…反対すると思います」
「もちろん、ご両親にもきちんと会ってお願いしたい。名前と連絡先…教えてもらえないかな?」
「…うちは…父子家庭です」

あ…、と夏目さんがバツの悪そうな顔をした。光にお母さんがいないこと…私たちも初めて知った。

「そ…そうなんだ、ごめん…」
「…いえ。父には何を言っても無駄だと思いますので、これはお返しします」
「え…、でも!」

『アウト――!スリーアウトチェーンジ!!』

実況の声で我に返った。ちょうど、東条君がこちらに気付いた様子で列を抜けようとしたときだった。

「もし気が変わったら、連絡――…」
「今はそれどころじゃないんです!」

あの光が…。ど、怒鳴った…。
応援席の野球部員も何人かこちらを振り返る。東条君は様子を見ている。夏目さんはちょっと躊躇ってから、ここに居座るのは得策ではないと思ったらしく、渋々立ち上がった。

「…今日の所は出直します。」

夏目さんはそう言って、頭を下げてスタンドを出て行った。
そして試合を見つめる光の横顔は、真もスカウトのことをからかえないくらい、真剣だった。

『6回裏 稲実無得点――満塁のチャンスをこの回活かしきれず――』
『セカンド小湊君がグラブに当て…ショート倉持君がナイスカバー』
『このピンチを救った二遊間のコンビプレー!』

「あ〜ん見逃したぁ〜…」
「はは…」

点差は2点…青道の攻撃は残り2回。


「――あれ!?」

マウンドの丹波先輩が急に座り込んでしまった。ベンチから片岡先生が飛び出していく。

「えっ!?あの人どうしたの!?」
「ボールが当たったの?」
「大丈夫かな…あの人エースでしょ、エースが怪我でもしてたら…」
「あ…続けて投げるみたいだね…大丈夫なのかな」

不安が過り始める。先制点を取った時の勢いはもう――ない。

「あっ、また…」

丹波先輩は足を一瞬引き摺って、駆け寄ろうと踏み出した御幸先輩を片手で制し、屈伸して立ち上がった。

「やっぱ足痛いのかなー…」
「怪我?」
「わかんないけど…」

『7回裏青道高校 選手の交代をお知らせします』

「あ…やっぱ交代だ…」

『8番丹波君に代わりまして、ピッチャー沢村君』

「あっ!沢村君じゃん!」
「がんばれ〜!」

よく知っている同級生が出てくるとなんだか嬉しい。

「お待たせしました審判長!さぁ試合を再開しましょうか!」

「キャハハ!やっぱ沢村君サイコ〜」

「ガンガン打た…否!一つ一つ丁寧にいくんでバックの皆さんよろしくお願いします!」

真はお腹を抱えて笑い出した。沢村君、めちゃくちゃだけど…私もスポーツをやっているからわかる。こういう緊張する場面で場の空気をいい意味で砕いてくれる存在は、チームメイトにとって嬉しいはずだ。

「ットライーク!!」

ボールが綺麗にミットに納まり、応援席から歓声が湧く。

「ットライク ツー!!」

「すごいすごい!あとひとつー!」

『二球目もインコース!』

すごい…やっぱ沢村君、肝が据わってる…。
そして3球目――。

『三振ーー!!』

「きゃーっ!!沢村君すご〜〜い!!」
「さすが!」

熱気が増していく…。

『8回表 1アウトランナー二・三塁』
『この終盤…最大のチャンス到来』

「倉持せんぱ〜〜い!!がんばって〜〜!!」
「お…真が御幸先輩意外に声援を…」

「あ…!!」

真が身を乗り出した。2塁の降谷君が走り出す。大きくそれたボールに、倉持先輩はバットを伸ばして――

「うぉおおお!!あ…当てたーー!!!」
「きゃ〜〜!!!倉持せんぱ〜〜い!!!」
「す…すご…」

『バットは止まった…カウント2-2!』

成宮さんが振りかぶり――

「ま…また!?」

降谷君が三塁ベースを蹴る。
低く落ちた球に食らいつくようにバットを下げる倉持先輩。成宮さんはマウンドから飛び出した。

『三塁ランナーホームイン!倉持君執念のスリーバントスクイズ!!』

すごい…続けて…!!

「追い上げてきたね!それに次のバッターは好打者の小湊せんぱ…」

『青道高校 選手の交代をお知らせします』

「えっ?」

ネクストバッターサークルの小湊先輩はベンチを振り返る。まるでわかっていたみたいに――。

『2番セカンド小湊亮介君に代わりまして――代打 小湊春市君』

「わ…!小湊君じゃん!」

真は笑顔を浮かべる。小湊君は打ってくれる…なんとなくそんな気がしてしまうのは、私にもわかる。
成宮さんが振りかぶり…

「――打った…!!」

ボールにぶつかったバットが…折れた!

『落ちたぁーー!!』

「きゃーー!!!」

すごい!すごい!と真は大興奮。私も…すごくドキドキする…!
伊佐敷先輩がフォアボールで1塁へ…4番のキャプテン、結城先輩がやってくる。
一投一投、息をのんで見守る。声援が静寂に聞こえるくらい、息をするのも忘れて…

「あ……!」

ボールが…跳んだ――…!

「当たったーー!!」

気が付けば誠と手を取り合って笑っていた。

『三塁ランナーに続き二塁ランナーもホームイン!試合を一気にひっくり返すタイムリーツーベース――!!』
『8回表ついに…青道高校』

「逆転ーー!!!!」

真が叫んだ。すごい…ほんとに勝っちゃうかも…!!
8回裏…沢村君が無失点で凌ぎ、期待を膨らませて9回表――しかし追加点はならず。
試合を決める9回裏。ここを凌げば…甲子園――。

投手は沢村君が続投。一人目のバッターは…

『アウト――!!』

スタンドが湧いた。

「あとふたつーー!!!」

真が叫ぶ。光は相変わらず静かだな…、と思って光を見ると…膝の上で、両手を祈るように握りしめていた。力が篭って指先が白くなるほど――。なんだ…光もこんなに緊張してたんだ…。私はちょっと笑みを浮かべ、視線を前に戻した。

そして、続けて2番バッターも――

『アウト――!!!』

「…!!!!」

真は興奮しすぎて声にならない声で私に抱き着いてくる。あとアウトひとつで…!!
けど…沢村君、大丈夫なのかな…。こんな場面、精神的にきつくないはずはないのに…。

「あと一人!!」
「あと一人!!!」

スタンドからの声援が大きくなっていく…。沢村君…ずっとバッターを見てる…?あまり余裕がないように見えるような――。

「…あ…!!!」

真の押し殺したような悲鳴と、その瞬間を見たのはほとんど同時だった。
沢村君の投げたボールは打者の頭を直撃――そのまま倒れ込む。
ざわつくスタンド。沢村君はマウンドで立ち尽くしている…。

それなのに――

打者はやっと立ち上がると、ガッツポーズをした…。
これが…高校野球…。

『デッ……デッドボール!!』

それは鈍器のように重たく球場に響き渡った。沢村君の顔が青ざめたのが――ここからでもはっきりと見えたような気がした。


***


その後…結果的にそれがきっかけとなり、試合の流れが変わった。
そして稲実の逆転が決まった瞬間…

「……光」

光の頬に涙が流れていた。
グラウンドを見つめたまま静かに涙を流している光。それを見ていたら、私まで…

「うぅっ…ひっく…」

真も泣いている。本当に悔しい…。見れば、野球部員も…チア部もブラスバント部も、皆泣いていた。
くず折れるようにガッツポーズをして俯く成宮さん――呆然と立ち尽くしている御幸先輩達。
閉会式を見守り、私たちは球場を出た。


「――期待に応えられなくてすいませんでした!!」

球場前にやって来た青道のレギュラー陣は、真っ赤に目を腫らして整列し、震える声を張り上げる。

「応援ありがとうございました!!」
「「「したぁ!!!!」」」

深く頭を下げる彼らを見つめて――光はまだ潤む瞳で涙を堪えるように唇を噛んだ。
バスに向かって歩いていく部員たち。御幸先輩も唇を引き結び、俯き加減で歩いていく。光はそれを見つめて、目元を手で拭って、踵を返した。

「帰ろう…」

私たちは涙を堪えながら帰途に就いた。

 


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