008
決勝戦のビデオを眺めながら、いろんな思いをかき消した。
過去のことを考えたって仕方がない。悔しいけど――今できることをしなくては。
……。
…甲子園に行けたら…玉城に…なんて、俺…浮かれていた。帰り際…玉城がいたのを見たけど…俺、あいつの顔を見れなかった。泣き顔を見せたくなくて――。
俺は野球をやるためにここに来たんだ…他のことにうつつを抜かしてる場合じゃねー。
ビデオを巻き戻し、プレーヤーから出して、テレビの電源を切った。ちょっとバットでも振って来るかな…。
***
人目を避けて校舎側の倉庫裏まで来て、バットを振り始めた。やっぱ頭空っぽにするにはこれが一番だ。
「…あ…。」
…ん?
誰かが来たようで、げっ、と思いつつ顔を上げると、フェンスの向こう…校舎側に玉城が立っていた。
「…あ…、よお…」
「…こんにちは」
制服姿でスクールバッグを持っている玉城。
「…部活?」
「いえ」
頭を横に振り、口を開く。
「補習です」
「補習?意外…お前にも苦手なことあったんだ」
「…?」
「テストの点悪かったのか〜?」
にやにやからかって訊くと、玉城はきょとんとして答えた。
「成績上位者の補習ですけど」
「……そ…そうですか」
こいつ頭も良いのかよ…。マジで欠点ねーじゃん。そんなに完璧じゃなくていーのに…って、まあ、超鈍感なのはアレだけど…。
「今帰り?」
「はい」
「補習って…今日だけ?」
「いえ…8月中は週に3日、午前だけ…」
「はぁ〜…夏休みなのに災難だな」
「別に…予定がある方が…」
玉城はそう言いかけて、思いとどまったように口を噤んだ。
「何?夏休みなのに遊ぶ予定ないの?」
「…あります」
「へ〜、誰と?どんな?」
「司たちと…プールとか行くし…」
プール…。てことは水着…か…。
……玉城って…細いけど胸は結構…
「…何か文句あります?」
「な…ないよ。なんでだよ」
「何も言わないから…」
玉城はそう言って、どこか遠慮がちに口を噤んで視線を逸らした。
春に出会った頃を思い出すと、今こうして普通に会話しているのが急に不思議な気分になる。最初は目も合わせてもらえなかったし…。
「…御幸先輩こそ…なんでこんなところでひとりで練習してるんですか?」
こんなところ…。倉庫裏の、フェンス越しに校舎の裏門が見える、誰も来ないような場所。
「今日明日は練習オフだから…なんとなくバット振ってるだけだよ」
「…オフなのに?」
「他にすることねーし…秋大もあるし。それに…俺にはあと1年ある」
「……。」
玉城はちょっと驚いたように俺を見つめた。
「…休んでる暇はないんですね」
「そーいうコト。」
「…じゃあ…」
「?」
「また…応援に行きますから」
え……。
た…玉城が素直だ…。
「…さよなら」
「え!?玉城ちゃん照れてる?」
「いいえ」
「はっはっはっ照れてる照れてる!」
「…うるさい…」
踵を返して歩いていく小さな背中…それを見ているだけで胸の奥がうずうずして、口元が緩む。
「さんきゅーな!玉城ちゃんが来てくれたらホームラン打てそう♪」
「調子良すぎ…」
「はっはっはっはっは!」
***
オフ2日目の夜。
まだ余韻を残しながらも、部員たちはもう前を向きつつあった。
沢村も自ら決勝戦のビデオを見る気になったし…不安要素はというと…ノリか。
けど、それはあいつの気持ち次第だし――
「御幸。」
自動販売機の明かりにぼんやりと照らされて、亮さんが立っていた。
「あ…亮さん」
「何飲むの?」
「え、いや自分で…」
「当たり前だろ。聞いただけだよ」
「……。」
なんなんだ…からかいたいだけかよ!
けど…よかった…普通に話せてる。
俺はウーロン茶を買って蓋を開けた。亮さんはいつも通り豆乳を飲んでいる。
「今日玉城さん見たよ。」
「え…」
「午前中自習室にいたよ。スゴいねあの子…3年の物理の応用問題集解いてたよ。なんで青道なんかきたんだろ…」
「……。」
ま…マジ?
っていうか…補習なくても学校来てるんだ、玉城。
『予定がある方が…』
……家に居たくないとか?
「玉城さんとはどーなの?」
「え…いやどうって…別に…」
「なにが別にだよ。あれだけ好意丸出しにしといてさ。」
「……。」
「もう告った?」
「い…いえ」
「何?まさかマジで甲子園連れてく約束でもしてたとか?」
「……。」
この人…よく口に出せるな…。こんな気の強い人が、昨日まで人前で泣いてたっつーのに…。
「甲子園行けたら告ろうとか思ってたんだろ?」
「……。」
「ダサッ。どうせなら甲子園優勝してからにしろよ。」
こ…この人は…。
「お…御幸!」
不意に背中から声がかかった。振り向くと、倉持がいた。
「あ…亮さん、お疲れっす…」
「お疲れ。」
「…御幸、監督が呼んでるぞ。」
「え?…わかった」
失礼します、と亮さんに頭を下げ、監督の部屋へ向かう。なんだろう…ノリのことか…沢村のことか…それとも、まさか…。
***
「キャップ!!ドコ行ってたんすか!?」
「トイレだよ!いちいちうるせーな」
「明日は練習試合なんすよ!!いっつもフラッとどっかいなくなりやがって!もっとリーダーの自覚というものを…」
「トイレくらい行かせろ。つーかうるさい」
俺が主将とは…。くそ、やり辛い。哲さんもなんで俺を推薦なんてしたんだ?俺はこういうのは向いてねーんだよ…。
「え?玉城さんが?」
…ん?今誰かが玉城って…
「うん!明日の練習試合、見に来るって。」
「…お前が出るから?」
「ち、違うよ。ちょうど補習で午前学校に来るから…ついでに」
「よく言う…」
話しているのは東条と金丸…。玉城…明日の薬師との試合、見に来るのか?
「もう告っちゃえよ…」
「え!?む、無理だろ…」
「いやどう見たって両想いだって。俺は未だに目も合わねーぞ…あんな子が好きでもない男にベタベタするかよ。」
「それはほら…俺、男として見られてないし」
「…はあぁぁ?はぁ…じゃー明日…男らしくいいトコ見せろよ」
「ははは…」
「東〜〜条〜〜〜!!!」
「え!?うわ!!」
倉持が登場に絡みに行って、俺ははっとした。うわ…今けっこーショック受けてた…。
「誰が誰に告るって〜〜!?」
「ち…違いますって」
「玉城さんか!?コラ!!」
「い、いや…」
「テメェ…女に現を抜かすとは随分と余裕だなァ?アァ!?」
「そ…そんなんじゃ…」
…そーだよ、玉城が誰を好きとか…誰と話したとか…そんなことで振り回されてる場合じゃない。
まずは明日の練習試合…皆が…とくに投手陣が自信を取り戻すきっかけになれば…。
***
「御幸せんぱ〜〜い!!!」
「御幸、呼んでるぞ。」
「うるせーよ」
倉持がニヤニヤと俺をつつく。ちらりとグラウンドの入り口を見ると、いつも玉城と一緒に居る小柄な女子がこっちにぶんぶん手を振っていた。隣には玉城もいる。背の高い方の子は今日はいないようだ。
「お…玉城さんもいるじゃん」
「……。」
ほんとに来たのか…東条を見に?たかが練習試合を?ほんとに…玉城の好きな奴って、東条なのかな…。
「あ…ねぇ君!俺のこと覚えてる?」
ん…?
あ…!!た…玉城のやつ、また男に声かけられて…!!しかもあいつ…薬師の真田じゃねーか!
「え…?」
「ほら!府中球場で会った!こいつが迷子になったときに助けてくれましたよね。」
「カ…カハハ…」
「…あぁ…」
「いや〜また会えるなんて…あ!俺2年の真田っす!真田俊平!」
「はぁ…」
「えっと…君は?」
「1年の玉城光ちゃんで〜す!」
隣にいた騒がしい友達が紹介すると、真田は照れ臭そうに笑った。
「はは…ありがとう。玉城さん…野球好きなの?それとも野球部に彼氏がいるとか…」
「さっさとグラウンド入れよ。」
堪らず出て行くと、真田はきょとんと俺を見た。
「え…お前の彼女?」
「違います。」
「……。」
玉城が即答し、俺が黙り込むと、真田はクスリと口角を上げた。
「だってさ。」
「…関係ねーだろ」
「…あ、東条!」
え?
睨み合う俺たちを余所に、玉城は急に踵を返して行ってしまう。そして金丸と歩いてきた東条に駆け寄り、その腕に抱き着いた。
「久しぶり!焼けたねー、真っ黒…」
「あ…、た、玉城…久しぶり」
「今日試合でるんでしょ?レギュラーになったの?」
「違う違う。あくまで練習試合…っていうか、ちょっと離れようか…」
「なんで?」
「…け 今朝シーブリーズきらして…俺今汗臭いし」
「じゃあ私の使う?」
「え…っ」
玉城はバッグから淡いピンク色のボトルを取り出した。
「はい!」
「え…、さ サンキュ…」
「返すのは新学期でいいよ。」
「…あっちが彼氏?」
「…ちげーよ」
「え…マジで?」
真田と二人、呆然といちゃつく二人を眺めた。やっぱあいつら付き合ってんだろ…。
「東条頑張ってね!」
グラウンドに入る東条に手を振る玉城。ピンクのボトルを手に、照れ臭そうに振り返す東条。どこからどう見ても初々しいカップル…。なんで東条が…、と先輩たちの冷ややかな視線が東条の背中に注がれる。
「やっぱ絶対お前のこと好きだって…」
「や、やめろよ」
金丸がこっそり東条を小突き、東条ははにかみながら苦笑する。
「レギュラー取れたら告れば?」
「気が早いよ…」
「…なるほどね…。」
なぜか真田はそう呟くと、玉城に歩み寄って行った。
「…光ちゃん!」
ひ…光ちゃん!?
「俺今日投げるから!見てて…」
「……。」
「ね…」
「……。」
玉城は真田から目を逸らし、逃げるように友達の傍へ行った。
「む…無視…」
「はっはっはっは!バーカ、玉城は男嫌いだから。」
「え?」
「俺だって最近やっと目ぇ合わせて話してくれるようになったし、今でもたまに無視されるぜ!」
「胸張って言う事かよ…つーか、じゃあさっきの奴は?」
「あいつはまず男として意識されてないから」
聞こえたのだろう。東条が苦笑している。
「うおおお!女神!!本日も大変麗しゅう…」
「沢村君うるさいよ。」
「…アイツは?」
「アレは論外。」
「…ムッ!?何すか!?」
何かバカにされた気がする…、と沢村がこっちを睨んだが、なんでもねーよ、と手を振った。
「ふーん…じゃあ、お前がライバルってわけだ?」
なぜか楽しそうに闘志を丸出しにして俺を見る真田。
「…別に」
俺はキャップを被ってちらりと玉城を見る。視線に気づいたようにこっちを見る玉城。ちょっと、どきりとする。
「……そんな暇じゃねェよ」
踵を返してグラウンドの奥に向かった。そろそろ集合だ。
「…あっそ。」
真田はそれでも楽しそうに呟いた。
「ま…俺はキツいほど燃えるタチだからな…。」
***
逆転負け――。
その事実は指導したばかりのチームに重くのしかかった。
主力が抜けた穴がぽっかりと今目の前に口をあけて見えるような気がした。それに…
沢村はおそらく、あの死球が…
「玉城さん!」
真田が玉城の方へ走っていくのが見えた。ざわつく胸を抑え、それでも目で追ってしまう。
けれど集合の合図で、俺は踵を返した。玉城が一瞬俺を見た気がして、それから目を逸らすようにして…。
***
新学期が始まり、いつもの日常に戻った。
一日中練習用ユニフォームを着ていたから、久々のワイシャツが少し息苦しい。
「お!玉城さん!」
「え!?どこ?」
ざわつく廊下。そういや玉城が廊下を通ると、いつも野次馬が集まってたっけ。2学期になっても相変わらずだな…。
そう思いながら顔を上げると、二人の友達と並んで歩いてくる玉城が見えた。
「何て爽やか…」
「新学期初日から見れるなんてラッキーだな」
ひそひそと噂されながら、廊下中の視線を浴びて歩いてくる玉城。その視線がちょっと動いて、目が合うと思った瞬間、ドクン、と胸が苦しくなった。俺は咄嗟に教室に入った。一瞬…目が合った気がする。いや…だけど…向こうは俺のことなんて、そんなに気にしてないだろ…。
くそ…心臓がうるさい。
席に着き、誤魔化すようにスコアブックを開く。やることは山ほどあるんだ。
「よーキャプテン」
倉持がふらりとやってきて、俺の前に立った。
「どーすんだよこれから」
「何が?」
「沢村だよ!沢村!!」
…やっぱりきたか。
「薬師との試合は散々だったけど…あいつだってチームにとっては貴重なサウスポーなんだし、秋の大会には必要な戦力じゃねーのか」
知ってるよ…そんなこと。
「ふーん…随分気にかけてんだな」
「違げーよバカ!!いつまでも部屋で落ち込まれてもうっとうしいだろ!」
「今は後輩を気遣うよりも…得点力の低い打線を何とかする方が先なんじゃねーの?」
「そりゃそーだけどよ!あいつもほら、今じゃチームのムードメーカー的存在だし…」
「大会が近づいた今優先すべきは個人よりチーム…監督も好調な選手を優先して使うと言ってたろ?」
倉持が息を飲んだ。
「んなことはわかってんだよ!」
目の前のスコアブックに勢い良く手が叩き付けられる。
「けど先輩として放っとくわけにはいかねーだろーが!」
教室が静まり返る。異変に気付いた小野と関が心配そうにこっちを窺ってきた。
「…この間の試合 沢村があれだけ悪かったのは俺にも原因がある。夏休み中だってことあるごとにコントロールの甘さに注文を付けてきたからな」
「……。」
「薬師との試合…あいつなりに大きな課題を持って挑んだろう。ましてやライバルに目の前であれだけのピッチングをされたら――」
「……。」
「あの日は投げる前から敗けてたんだよ…気持ちがな!」
倉持はようやく少し落ち着いた様子で肩の力を抜いた。
「そ…そこまで分かってんなら…なんで……」
「大事な戦力だからだろ?当然要求も高くなるし、まだまだ成長だってしてもらわなきゃならねえ…」
そうだ…だから…俺には今よそ見なんてしている余裕はないんだ。
「イップスなんかで潰れてもらっちゃこっちが困るんだよ!」
倉持は口を噤み、少し口角を上げた。
「お前…言ってることムチャクチャだぞ」
「知ってる」
過去のことを考えたって仕方がない。悔しいけど――今できることをしなくては。
……。
…甲子園に行けたら…玉城に…なんて、俺…浮かれていた。帰り際…玉城がいたのを見たけど…俺、あいつの顔を見れなかった。泣き顔を見せたくなくて――。
俺は野球をやるためにここに来たんだ…他のことにうつつを抜かしてる場合じゃねー。
ビデオを巻き戻し、プレーヤーから出して、テレビの電源を切った。ちょっとバットでも振って来るかな…。
***
人目を避けて校舎側の倉庫裏まで来て、バットを振り始めた。やっぱ頭空っぽにするにはこれが一番だ。
「…あ…。」
…ん?
誰かが来たようで、げっ、と思いつつ顔を上げると、フェンスの向こう…校舎側に玉城が立っていた。
「…あ…、よお…」
「…こんにちは」
制服姿でスクールバッグを持っている玉城。
「…部活?」
「いえ」
頭を横に振り、口を開く。
「補習です」
「補習?意外…お前にも苦手なことあったんだ」
「…?」
「テストの点悪かったのか〜?」
にやにやからかって訊くと、玉城はきょとんとして答えた。
「成績上位者の補習ですけど」
「……そ…そうですか」
こいつ頭も良いのかよ…。マジで欠点ねーじゃん。そんなに完璧じゃなくていーのに…って、まあ、超鈍感なのはアレだけど…。
「今帰り?」
「はい」
「補習って…今日だけ?」
「いえ…8月中は週に3日、午前だけ…」
「はぁ〜…夏休みなのに災難だな」
「別に…予定がある方が…」
玉城はそう言いかけて、思いとどまったように口を噤んだ。
「何?夏休みなのに遊ぶ予定ないの?」
「…あります」
「へ〜、誰と?どんな?」
「司たちと…プールとか行くし…」
プール…。てことは水着…か…。
……玉城って…細いけど胸は結構…
「…何か文句あります?」
「な…ないよ。なんでだよ」
「何も言わないから…」
玉城はそう言って、どこか遠慮がちに口を噤んで視線を逸らした。
春に出会った頃を思い出すと、今こうして普通に会話しているのが急に不思議な気分になる。最初は目も合わせてもらえなかったし…。
「…御幸先輩こそ…なんでこんなところでひとりで練習してるんですか?」
こんなところ…。倉庫裏の、フェンス越しに校舎の裏門が見える、誰も来ないような場所。
「今日明日は練習オフだから…なんとなくバット振ってるだけだよ」
「…オフなのに?」
「他にすることねーし…秋大もあるし。それに…俺にはあと1年ある」
「……。」
玉城はちょっと驚いたように俺を見つめた。
「…休んでる暇はないんですね」
「そーいうコト。」
「…じゃあ…」
「?」
「また…応援に行きますから」
え……。
た…玉城が素直だ…。
「…さよなら」
「え!?玉城ちゃん照れてる?」
「いいえ」
「はっはっはっ照れてる照れてる!」
「…うるさい…」
踵を返して歩いていく小さな背中…それを見ているだけで胸の奥がうずうずして、口元が緩む。
「さんきゅーな!玉城ちゃんが来てくれたらホームラン打てそう♪」
「調子良すぎ…」
「はっはっはっはっは!」
***
オフ2日目の夜。
まだ余韻を残しながらも、部員たちはもう前を向きつつあった。
沢村も自ら決勝戦のビデオを見る気になったし…不安要素はというと…ノリか。
けど、それはあいつの気持ち次第だし――
「御幸。」
自動販売機の明かりにぼんやりと照らされて、亮さんが立っていた。
「あ…亮さん」
「何飲むの?」
「え、いや自分で…」
「当たり前だろ。聞いただけだよ」
「……。」
なんなんだ…からかいたいだけかよ!
けど…よかった…普通に話せてる。
俺はウーロン茶を買って蓋を開けた。亮さんはいつも通り豆乳を飲んでいる。
「今日玉城さん見たよ。」
「え…」
「午前中自習室にいたよ。スゴいねあの子…3年の物理の応用問題集解いてたよ。なんで青道なんかきたんだろ…」
「……。」
ま…マジ?
っていうか…補習なくても学校来てるんだ、玉城。
『予定がある方が…』
……家に居たくないとか?
「玉城さんとはどーなの?」
「え…いやどうって…別に…」
「なにが別にだよ。あれだけ好意丸出しにしといてさ。」
「……。」
「もう告った?」
「い…いえ」
「何?まさかマジで甲子園連れてく約束でもしてたとか?」
「……。」
この人…よく口に出せるな…。こんな気の強い人が、昨日まで人前で泣いてたっつーのに…。
「甲子園行けたら告ろうとか思ってたんだろ?」
「……。」
「ダサッ。どうせなら甲子園優勝してからにしろよ。」
こ…この人は…。
「お…御幸!」
不意に背中から声がかかった。振り向くと、倉持がいた。
「あ…亮さん、お疲れっす…」
「お疲れ。」
「…御幸、監督が呼んでるぞ。」
「え?…わかった」
失礼します、と亮さんに頭を下げ、監督の部屋へ向かう。なんだろう…ノリのことか…沢村のことか…それとも、まさか…。
***
「キャップ!!ドコ行ってたんすか!?」
「トイレだよ!いちいちうるせーな」
「明日は練習試合なんすよ!!いっつもフラッとどっかいなくなりやがって!もっとリーダーの自覚というものを…」
「トイレくらい行かせろ。つーかうるさい」
俺が主将とは…。くそ、やり辛い。哲さんもなんで俺を推薦なんてしたんだ?俺はこういうのは向いてねーんだよ…。
「え?玉城さんが?」
…ん?今誰かが玉城って…
「うん!明日の練習試合、見に来るって。」
「…お前が出るから?」
「ち、違うよ。ちょうど補習で午前学校に来るから…ついでに」
「よく言う…」
話しているのは東条と金丸…。玉城…明日の薬師との試合、見に来るのか?
「もう告っちゃえよ…」
「え!?む、無理だろ…」
「いやどう見たって両想いだって。俺は未だに目も合わねーぞ…あんな子が好きでもない男にベタベタするかよ。」
「それはほら…俺、男として見られてないし」
「…はあぁぁ?はぁ…じゃー明日…男らしくいいトコ見せろよ」
「ははは…」
「東〜〜条〜〜〜!!!」
「え!?うわ!!」
倉持が登場に絡みに行って、俺ははっとした。うわ…今けっこーショック受けてた…。
「誰が誰に告るって〜〜!?」
「ち…違いますって」
「玉城さんか!?コラ!!」
「い、いや…」
「テメェ…女に現を抜かすとは随分と余裕だなァ?アァ!?」
「そ…そんなんじゃ…」
…そーだよ、玉城が誰を好きとか…誰と話したとか…そんなことで振り回されてる場合じゃない。
まずは明日の練習試合…皆が…とくに投手陣が自信を取り戻すきっかけになれば…。
***
「御幸せんぱ〜〜い!!!」
「御幸、呼んでるぞ。」
「うるせーよ」
倉持がニヤニヤと俺をつつく。ちらりとグラウンドの入り口を見ると、いつも玉城と一緒に居る小柄な女子がこっちにぶんぶん手を振っていた。隣には玉城もいる。背の高い方の子は今日はいないようだ。
「お…玉城さんもいるじゃん」
「……。」
ほんとに来たのか…東条を見に?たかが練習試合を?ほんとに…玉城の好きな奴って、東条なのかな…。
「あ…ねぇ君!俺のこと覚えてる?」
ん…?
あ…!!た…玉城のやつ、また男に声かけられて…!!しかもあいつ…薬師の真田じゃねーか!
「え…?」
「ほら!府中球場で会った!こいつが迷子になったときに助けてくれましたよね。」
「カ…カハハ…」
「…あぁ…」
「いや〜また会えるなんて…あ!俺2年の真田っす!真田俊平!」
「はぁ…」
「えっと…君は?」
「1年の玉城光ちゃんで〜す!」
隣にいた騒がしい友達が紹介すると、真田は照れ臭そうに笑った。
「はは…ありがとう。玉城さん…野球好きなの?それとも野球部に彼氏がいるとか…」
「さっさとグラウンド入れよ。」
堪らず出て行くと、真田はきょとんと俺を見た。
「え…お前の彼女?」
「違います。」
「……。」
玉城が即答し、俺が黙り込むと、真田はクスリと口角を上げた。
「だってさ。」
「…関係ねーだろ」
「…あ、東条!」
え?
睨み合う俺たちを余所に、玉城は急に踵を返して行ってしまう。そして金丸と歩いてきた東条に駆け寄り、その腕に抱き着いた。
「久しぶり!焼けたねー、真っ黒…」
「あ…、た、玉城…久しぶり」
「今日試合でるんでしょ?レギュラーになったの?」
「違う違う。あくまで練習試合…っていうか、ちょっと離れようか…」
「なんで?」
「…け 今朝シーブリーズきらして…俺今汗臭いし」
「じゃあ私の使う?」
「え…っ」
玉城はバッグから淡いピンク色のボトルを取り出した。
「はい!」
「え…、さ サンキュ…」
「返すのは新学期でいいよ。」
「…あっちが彼氏?」
「…ちげーよ」
「え…マジで?」
真田と二人、呆然といちゃつく二人を眺めた。やっぱあいつら付き合ってんだろ…。
「東条頑張ってね!」
グラウンドに入る東条に手を振る玉城。ピンクのボトルを手に、照れ臭そうに振り返す東条。どこからどう見ても初々しいカップル…。なんで東条が…、と先輩たちの冷ややかな視線が東条の背中に注がれる。
「やっぱ絶対お前のこと好きだって…」
「や、やめろよ」
金丸がこっそり東条を小突き、東条ははにかみながら苦笑する。
「レギュラー取れたら告れば?」
「気が早いよ…」
「…なるほどね…。」
なぜか真田はそう呟くと、玉城に歩み寄って行った。
「…光ちゃん!」
ひ…光ちゃん!?
「俺今日投げるから!見てて…」
「……。」
「ね…」
「……。」
玉城は真田から目を逸らし、逃げるように友達の傍へ行った。
「む…無視…」
「はっはっはっは!バーカ、玉城は男嫌いだから。」
「え?」
「俺だって最近やっと目ぇ合わせて話してくれるようになったし、今でもたまに無視されるぜ!」
「胸張って言う事かよ…つーか、じゃあさっきの奴は?」
「あいつはまず男として意識されてないから」
聞こえたのだろう。東条が苦笑している。
「うおおお!女神!!本日も大変麗しゅう…」
「沢村君うるさいよ。」
「…アイツは?」
「アレは論外。」
「…ムッ!?何すか!?」
何かバカにされた気がする…、と沢村がこっちを睨んだが、なんでもねーよ、と手を振った。
「ふーん…じゃあ、お前がライバルってわけだ?」
なぜか楽しそうに闘志を丸出しにして俺を見る真田。
「…別に」
俺はキャップを被ってちらりと玉城を見る。視線に気づいたようにこっちを見る玉城。ちょっと、どきりとする。
「……そんな暇じゃねェよ」
踵を返してグラウンドの奥に向かった。そろそろ集合だ。
「…あっそ。」
真田はそれでも楽しそうに呟いた。
「ま…俺はキツいほど燃えるタチだからな…。」
***
逆転負け――。
その事実は指導したばかりのチームに重くのしかかった。
主力が抜けた穴がぽっかりと今目の前に口をあけて見えるような気がした。それに…
沢村はおそらく、あの死球が…
「玉城さん!」
真田が玉城の方へ走っていくのが見えた。ざわつく胸を抑え、それでも目で追ってしまう。
けれど集合の合図で、俺は踵を返した。玉城が一瞬俺を見た気がして、それから目を逸らすようにして…。
***
新学期が始まり、いつもの日常に戻った。
一日中練習用ユニフォームを着ていたから、久々のワイシャツが少し息苦しい。
「お!玉城さん!」
「え!?どこ?」
ざわつく廊下。そういや玉城が廊下を通ると、いつも野次馬が集まってたっけ。2学期になっても相変わらずだな…。
そう思いながら顔を上げると、二人の友達と並んで歩いてくる玉城が見えた。
「何て爽やか…」
「新学期初日から見れるなんてラッキーだな」
ひそひそと噂されながら、廊下中の視線を浴びて歩いてくる玉城。その視線がちょっと動いて、目が合うと思った瞬間、ドクン、と胸が苦しくなった。俺は咄嗟に教室に入った。一瞬…目が合った気がする。いや…だけど…向こうは俺のことなんて、そんなに気にしてないだろ…。
くそ…心臓がうるさい。
席に着き、誤魔化すようにスコアブックを開く。やることは山ほどあるんだ。
「よーキャプテン」
倉持がふらりとやってきて、俺の前に立った。
「どーすんだよこれから」
「何が?」
「沢村だよ!沢村!!」
…やっぱりきたか。
「薬師との試合は散々だったけど…あいつだってチームにとっては貴重なサウスポーなんだし、秋の大会には必要な戦力じゃねーのか」
知ってるよ…そんなこと。
「ふーん…随分気にかけてんだな」
「違げーよバカ!!いつまでも部屋で落ち込まれてもうっとうしいだろ!」
「今は後輩を気遣うよりも…得点力の低い打線を何とかする方が先なんじゃねーの?」
「そりゃそーだけどよ!あいつもほら、今じゃチームのムードメーカー的存在だし…」
「大会が近づいた今優先すべきは個人よりチーム…監督も好調な選手を優先して使うと言ってたろ?」
倉持が息を飲んだ。
「んなことはわかってんだよ!」
目の前のスコアブックに勢い良く手が叩き付けられる。
「けど先輩として放っとくわけにはいかねーだろーが!」
教室が静まり返る。異変に気付いた小野と関が心配そうにこっちを窺ってきた。
「…この間の試合 沢村があれだけ悪かったのは俺にも原因がある。夏休み中だってことあるごとにコントロールの甘さに注文を付けてきたからな」
「……。」
「薬師との試合…あいつなりに大きな課題を持って挑んだろう。ましてやライバルに目の前であれだけのピッチングをされたら――」
「……。」
「あの日は投げる前から敗けてたんだよ…気持ちがな!」
倉持はようやく少し落ち着いた様子で肩の力を抜いた。
「そ…そこまで分かってんなら…なんで……」
「大事な戦力だからだろ?当然要求も高くなるし、まだまだ成長だってしてもらわなきゃならねえ…」
そうだ…だから…俺には今よそ見なんてしている余裕はないんだ。
「イップスなんかで潰れてもらっちゃこっちが困るんだよ!」
倉持は口を噤み、少し口角を上げた。
「お前…言ってることムチャクチャだぞ」
「知ってる」