太陽のような少年
私のパートナーはみんなフェアリータイプだ。
もともとフェアリータイプのポケモンに興味を持っていた。ポケモンの中で唯一、漠然とした属性だから。
今ではその可愛らしさの虜になってしまったけど。
ハウオリシティのマラサダショップで働く私は、今日もお店へ向かう。お店にはまだ誰もおらず、私は渡されていた鍵でお店を開け、開店準備を始めた。店内の掃き掃除と拭き掃除、黒板におすすめメニュー。先輩が置いて行ったメモをによると、今日から期間限定の新メニューが始まる。
『期間限定!ロゼルの果実たっぷりマラサダ 〜初恋の甘酸っぱさ〜』
カラフルなチョークを使って装飾した文字で書き、ロゼルの実とマラサダのイラストを添えて、周りに鮮やかな花や星を描いて、少し離れて全体図を見る。
「おっ、すごーい、いいじゃん!」
急に背後から声がして、振り返ると、先輩のカラさんがいた。
「カラさん!おはようございます」
私は元気いっぱいに挨拶する。この明るくて優しい先輩が大好きなのだ。
「カラさん、例のあれ!今日持ってきましたよ!」
私がそう言ってレジの中に置いていたリュックに駆け寄ると、カラさんは「ええっ!?」と踊りだしそうな声で言って、私の後を追ってきた。私はリュックの中からあたたかい卵を取り出して、カラさんに慎重に手渡した。
「昨日見つけたばかりです。」
「わーっ!ありがとう!嬉しい、ずっとトゲピーが欲しかったの。」
カラさんは大切そうに卵を抱きかかえた。
「それにミヅキのトゲキッスの子なら、可愛くて強い子に間違いないもの。」
「えへへっ、じゃあ今日も勝負しますか?」
「それは勘弁!私じゃもうあんたには勝てないって。」
カラさんは手をひらひらさせて退散した。
私は黒板を店の壁に飾って、休憩室に向かった。ロッカーに荷物を仕舞い、制服でもある赤いエプロンをつける。それから長い髪を高い位置で一つに縛り、鏡の前で身だしなみをチェックする。飲食店なので清潔感は大切だ。
手をよく洗って、厨房に入る。カラさんもやってきて、ふたりがかりで色々な味のマラサダを揚げる。慣れた作業だからスムーズに進んで、すぐにショーケースは揚げたてのマラサダでいっぱいになった。
店内をカラさんと確認し合って、お店のドアの掛札をひっくり返す。開店だ。
期間限定メニューを聞きつけたのか、今日はたくさんお客さんが来た。レジには列ができ、店内に座れずテイクアウトするお客さんも多い。私は横目でメモを見て、在庫の確認をする。期間限定マラサダは後二つだ。
「すみませ〜ん、期間限定2つ!」
ああ、終わってしまった。嬉しく思いつつも、まだ列に並んでいるお客さんを見て申し訳なく思う。
「はい!ありがとうございます!」
マラサダを2つ白い包装紙で包み、店内を横目で確認する。席は一つだけあいていた。
「店内でお召し上がりですか?」
「いえ、テイクアウトで」
「かしこまりました!」
マラサダを紙袋に入れてテープで口を止め、お客さんから代金を受け取って紙袋を差し出した。
「ありがとうございました〜」
お客さんがお店を出るのを見送る間もなく、次のお客さんがレジにやってくる。褐色の肌に緑がかった髪をまとめていて、健康的で穏やかな雰囲気の男の子だ。男の子はよっぽどマラサダが好きなのか、にこにこしている。
男の子を見て、一瞬昔のことを思い出した。島巡りをしていた時、何度か会った男の子。あの子も、マラサダが大好きだった。
「いらっしゃいませ!お待たせいたしました、ご注文は?」
「ロゼルマラサダふたつー!」
あ、と私の顔が歪んだのが自分でもわかった。
「申し訳ありません!期間限定ロゼルマラサダはたった今、売り切れてしまいまして……」
深く頭を下げて、また顔を上げると、男の子の顔が泣き出しそうに変わっていた。ぎくり、とする。
「も、申し訳ありません……。」
もう一度謝ると、男の子はぐっと涙をこらえるように口を引き結び、がっくりと落ち込んで、ぽつりと言った。
「じゃあー、アマサダ、ふたつー」
「はいっかしこまりました!」
私は手早く丁寧にマラサダを包み、男の子から代金を受け取った。
「店内でお召し上がりですか?」
「うーん……」
男の子は少し悩んで、店の外を覗いた。そしてパッと顔を明るくして、私を振り返った。
「うんー!ここで食べるー!」
「はいっ!では、お待たせしました!」
私はトレーにマラサダをのせて差し出した。男の子は追加でフルーツジュースを2つ頼み、うきうきと席に持っていった。
来店の波が去り、仕事が落ち着いた頃、屍と化しているカラさんに休憩を勧めて、私は店内の空いた席を拭きに回った。すると窓際のカウンターに、さっきの男の子を見つけた。後から友達と合流したのか、黒髪のキャップを被った同い年くらいの男の子と並んで座って、一緒にマラサダを食べている。
私はその二人の後姿を見て、なんだか奇妙な感覚がした。何かを思い出しそうな、前にも見たことがあるような……。
すると視線を感じたのか、キャップを被っていた方の男の子が振り返った。びっくりして、一瞬立ち竦んでしまったけど、私は慌てて営業スマイルを作った。
「ごゆっくりどうぞ〜」
お客さんにとって店員はただの店員でしかない。いつも通り接客をしていれば、いつも通りお客さんは私をいち店員と思い、さほど気にしないはずだった。それなのにこの男の子は、なんだかびっくりしたような顔をして、じっと私を見つめた。その様子に気づいたのか、もう一人の男の子も私の方を見た。
「あの……お客様?」
何か御用ですか?そう聞こうとした時だった。黒髪の男の子が目をまん丸にしたまま、ぽつりと言った。
「……ミヅキ?」
え、と言って固まる私と、呟いた男の子を交互に見た褐色の肌の男の子が、口を大きく開けた。
「え……ええーーー!!ミヅキー!?」
その時どうしてだか、私はピンと思い当たった。
「あ……ヨウと、ハウ……!?」
私は多分口をパクパクしていたと思う。ハウは満面の笑みになって、ヨウも小さな笑顔を浮かべた。
「うわー!!ミヅキ、久しぶりー!いつ、帰ってきたのー!?」
「い、一年前に……」
「なんだよー!どうして、教えてくれなかったのー!?」
ハウの猛抗議を喰らいつつ、ごめんごめんと連呼する。
「でもおれ、毎日このお店に通ってるのに……なんで会わなかったんだろー?」
「あの……会ってた、よ」
私が言うと、ハウは目を点にした。
「ハウ、常連さんだから……店員はみんな覚えてるよ。私、まさかハウだとは思ってなかったけど……」
だって彼はあの頃より、とっても背が伸びて、青年に片足を踏み込んでいたから。大人っぽくなっていて、まさかあのハウだとは思わなかったんだもの。
「えーー!ひどいよミヅキーー!気付いてくれなかったなんてー!」
「それはお互い様だろ、ハウ」
「あー、それもそうかー」
ヨウに小突かれると、ハウはぺろりと舌を出した。
「でも、気付かないのも無理ないよな」
「え?」
ヨウは私を見上げ、ふっと笑みを浮かべた。
「ミヅキ、大人っぽくなって綺麗になったから」
「は……?」
「まあ、もともと可愛かったけど」
「はあーーー!?なな何言ってんの!もう!ヨウこそ変な事覚えて!変わり過ぎだよ!」
「いや?俺は変わってないよ、ずっと思ってたことだし」
「はいはい、もーー変な冗談言わないで!」
ちょうどその時、すみませーんと店の奥から声がかかった。
「あ、ごめん仕事に戻らなきゃ!」
「そうか、引き留めてごめん」
「がんばってーー」
「ありがと、ふたりもごゆっくりどうぞ」
私は足早に二人から離れ、仕事に戻った。カラさんも休憩を終えてカウンターに戻り、閉店時間の夜9時まで、汗水流して仕事に没頭するのだった。とはいえマラサダのお店だから、昼前から昼下がりまでの忙しい時間を乗り越えてしまえば、それほど大変なことはない。お客さんものんびりした島の人や観光客が多く、私は改めてこの場所が好きだと実感する。
毎日その繰り返しだ。カントーでの旅も楽しかったけど、やはり私には、ここでの暮らしの方が性に合っているらしい。
日が暮れる頃、私はカラさんと店の片づけと戸締りをして、帰路についた。すると店の前の海岸沿いに、人の影が二つ、こちらに手を振っているのが見えた。