[1/31]

「アレどこの制服だろ?」

買い出しのついでに寄った駅前のカフェのチェーン店。本当は小腹がすいていてマックを探したのだが見つからず、妥協して入った店だった。
倉持が指差したのは俺たちの隣の隣の向かいにあるボックス席。少し離れたその席に、涼やかな白いワンピースの制服を着た4人組の女子高生が座ってお喋りをしていた。見るからに清楚で品があって、どこかのお嬢様学校かな、と思った。

「どこだろ…都内にあんな制服の学校あったっけ?」
「他県?」
「うーん…」

にわかに皆興味を示したのは、多分、その女子たちが遠目から見ても可愛いからだった。

「お前聞いてこいよ」
「はあ?お前行けよ…」
「あ、これじゃない?」

麻生と倉持がつつき合う中、ノリが携帯を差し出した。

「『私立白栄女学園』。都内の全寮制の学校だって。」
「全寮制か〜。だから見たことなかったのかな…」
「うん…」
「……。」

皆おざなりな会話を流しながら、目は女子高生たちに釘付けだ。
彼女たちは静かにお喋りをしながらアイスティーを飲み、時々上品な笑い声がかすかに響いた。あそこだけ別世界みたいだ。

「社長令嬢や有名財閥の令嬢が通う超お嬢様学校…だって。」
「ふーん…」
「へー…」

聞いているのかいないのか、ノリの言葉に適当な相槌を打つ倉持と麻生。

「お前ら鼻の下伸びすぎ。」
「あぁ!?んだとコラ!!」
「自分だけ余裕こきやがって、実は気になってるくせによ!!」

しかし悪口には機敏に反応して、俺を睨みつけてきた。

「あ…ほら、笑われてるぞ。」
「え!?」

女子高生たちは倉持と麻生の声に気付いてちょっとこちらを振り返り、顔を見合わせて小さく笑っていた。2人は顔を赤くしてばつが悪そうに黙り込んだ。
すると女子高生たちのうち手前の席に座っている、こちらに背中を向けていた女子が、友達に促されてこちらを振り向いた。俺はちょっと言葉を失った。その子はなんというか、息をのむほど…きれいだった。

「…なあ、ちょっとゲームしようぜ。」

倉持が思いついたように言い、俺を小突いた。

「おい御幸、聞いてんのか?」
「ん…、あぁ」

そして倉持は拳を出す。

「じゃんけんで負けた奴があの子たちにメアド聞きに行くってのはどうだ?」
「え!?俺はいいよ」

ノリが慌てて手を振った。その隣で麻生が拳を出した。

「俺は乗る。」
「ヒャハハ。そうこなくちゃな。白州とゾノは?」
「……。」
「…のった!」

迷うように俯く白州、勢いに任せて拳を出すゾノ。

「御幸はもちろん乗るよな?」
「え…」
「つーか御幸が聞きに行った方が可能性あるんじゃね?」

ぼそりと麻生が言って、そういう事言うんじゃねえ、と倉持が言い捨てた。

「ほらいくぞ!…じゃんけん…」

強引に手を取られ、俺は渋々拳を握った。

「ほい!!」

おっしゃあ!!と上がる雄叫び、静かにしなよ、と呟くノリ。ガッツポーズをする倉持と麻生とゾノを、女子高生たちはクスクス笑いながら見ている。
俺はと言うと、3つの拳に囲まれて残された自分のチョキを虚しく見つめた。

「ヒャハハ。いってこい御幸ィ!」
「頼んだぞ!」
「あ〜〜も〜〜サイアク」

何を頼むんだか…。俺は携帯を片手にのそのそと女子高生たちに近づいた。近づいてくる俺を、女子たちがそわそわと見つめ、こっち来るよ、と囁き合う声が聞こえた。だけど俺が狙いを定めたのは、こちらに背を向けたままの、色白で亜麻色の長い髪の、この子。この子だけだった。

「…あの」

ふわりと髪を靡かせて、その子は俺を見上げた。二つの青い、大きな瞳が俺を見つめている。…綺麗な目…。

「…キレイですね」
「……え」

気付けば吸い込まれそうな青い瞳を見つめたまま、俺はそう呟いていた。まず名乗らなくちゃ、とか、話しかけた理由を言わなくちゃ、とか、いろいろ考えているうちに、その言葉が口をついて出たのだった。きゃあ、と周りの女子たちがはしゃぎ声を上げた。

「俺…青道高校の…2年の、御幸一也といいます。」
「……。」
「よかったら連絡先、教えてくれませんか。」

できるだけ軽々しくないように、ストレートにスマートに伝えたつもりだったけど、結局ただのナンパだな、と思った。こんなに綺麗な子なら、こんなふうに声かけてくる奴なんて、他にも山ほどいるんだろうし…。

「…嫌です。」

ぽそり、と赤い唇が動いて、綺麗な声がそう言った。
俺はその声に聞きほれて、その意味を理解するのに一瞬間が空いた。

「……え、」
「……。」
「…あ、そ、そう…ですよね。」

青い瞳が俺から逸らされた。俺は頭を掻いて、踵を返した。見つめられている間、まるで縛られているみたいに動けなかった…。綺麗な子だった。連絡先…知りたかったなー…。

「どうだった御幸!?」

席に戻ると期待の籠った目で俺を取り囲む倉持達。

「だめだった。」

そう答えると、皆は一斉に落胆の声を上げた。

「なんだよ〜〜!眼中にないってか?」
「もう彼氏がいるんじゃね?」
「くっそ〜〜〜」

悔しがる倉持達を余所に、俺はあの子をぼーっと眺めていた。なんとかして、名前だけでも…。いや、無理か…。
たった今初めて見て、きっともう二度と会うことの無い子を、どうしてこんなに気にするのか…自分でもわからなかったけど、何となく目が離せずにいた。その子は友達と少し話し、手帳を開いて何かを書いた後、小さくそれを切り取って、友達と一斉に席を立った。…帰るのか。ほんとにもう、会えないのかー…。惜しい…。

ぞろぞろと店内を歩いて来て、俺たちの視線を受けながら、彼女たちは俺たちの席の横を通り過ぎていく。もちろんあの子も。するとそのとき、その子が白い手をつっと俺の前に伸ばして、小さな紙切れを置いて、そのまま振り向かずに友達と店を出て行った。きゃっきゃと盛り上がりながら、友達にからかわれるようにしながら。

「…なにそれ!?」

わっと身を乗り出す倉持達。俺は期待で震える指先で、小さな紙を取り、開いた。


白栄女学園 1年 玉城光
090-〇〇〇〇-〇〇〇〇


淡い桜色のメモ用紙には、綺麗に整った字でそう書いてあった。
玉城…光。ひかり。名前も綺麗だな。

「ちょっ…それ電話番号か!?」
「こら、見んな。」

覗きこもうとする倉持達から逃れるように、俺はメモ用紙をポケットに仕舞った。

「なんだよ俺らにも教えろよ!」
「やだよ。頑張って聞いたの俺だもん。」

ぐっと言葉に詰まる倉持達。そうだよ、俺が聞いて、俺に教えてくれたんだ。あの子の情報を、何の苦労もしてないお前らにやるものか。

「ちくしょ〜〜!!俺が聞きに行けばよかった!!」
「いやお前じゃ無理だろ」
「あぁ!?」

そのままにわかに喧嘩を始める麻生と倉持を眺めながら、俺は浮ついた気持ちで、ポケットの中の紙を弄んだ。



***



夜、こっそりと寮を抜け出し、いつもバットを振っている人気のない土手までやってきて、俺は携帯を開いた。頼りない月明かりと携帯の光でメモ紙を照らしながら、電話番号を打ち込んでいく。
あとでメールアドレスを聞こう…。そう考えながら、俺は勇気を振り絞って、発信ボタンを押した。

プププ…プププ…
プルルルル…プルルルル…プルルルル…

呼び出し音はやけに長く感じた。からかわれた可能性もある…、あの子が出ない可能性だって…。そう思い始めた頃、プッ、と呼び出し音が途切れた。

『…はい。』

綺麗な声…。あの子だ、間違いなかった。

「あ、俺…。」
『……。』
「…今日、カフェで会った…御幸一也、です。」
『…あぁ…』

納得したような静かな相槌が聞こえる。そこでふと、そう言えばこの子後輩なんだよな、と思い出した。畏まって敬語を使っている自分が可笑しく思えた。緊張しているのも、俺の方だけみたいだし。

「今、大丈夫?」

思い切って敬語を辞めると、緊張も少し緩んだ。

『9時までなら。』

静かな声が返ってきた。

「9時?」
『9時に点呼があるんです。』
「ああ…そうなんだ。…寮?」
『はい。』

そういや全寮制ってノリが言ってたっけ…。ちょっと想像がつかないな。

「えっと…」
『……。』
「ごめん、いきなり連絡先とか聞いて。…教えてくれてありがとう。」
『……。』

…か、会話が続かねぇ。どうやら大人しい子みたいだし、お互いのこと、何も知らないしな…。

「…あの店、よく行くの?」
『いいえ。今日、初めて行きました。』
「そうなんだ。」
『……。』
「…休みの日とか、何してんの?」
『…習い事…とか』
「習い事って?」
『ピアノと歌と、華道と茶道、それから乗馬です。』
「……へ?」
『え?』
「あ、いや。そ…そーなんだ」

この子マジでお嬢様…すげーお嬢様…絶対お嬢様…!

「遊びにいったりは?」
『…まだこの辺りのこと…よく知らないので』
「あ…そーか、1年生だもんな」

今はまだ5月の初め。全寮制だというし、外出の機会が少なければ土地勘もあまりないのだろう。

「実家はどこなんだ?」
『実家は…。』
「……?」
『…一応、スイスに実家があって』
「……。」
『でも今は両親とも、日本に住んでます。』
「へー…。」

…俺が想像してるよりとんでもないくらいのお嬢様なのでは…。
俺はこっそり、ちょっと身震いした。

「…部活は?」
『何も…』
「そーなんだ…。…じゃあ、」
『……。』
「今、付き合ってる奴とか…いるの?」

しばらく沈黙が流れたのは、俺がその答えを焦がれるあまりに一瞬の間を長く長く感じただけかもしれない。だけど返ってきた答えは、俺の期待を違う意味で裏切った。

『…質問ばかり…ですね』
「え?」
『私、あなたのこと…何も知らないんですけど』

ちょっと文句を言うような静かな声に、俺は慌てた。俺だってこの子の事を何も知らない。こっちだって手探りなんだ。どんな質問をすればいいかさえ、よくわからないし…何を話せばいいかもわからないんだ。

「えっと…ご、ごめん。」
『……。』

かといって彼女は何かを聞くでもなく、黙り込む。どうしろっていうんだ。

「えーと…俺は…」
『……。』
「野球やってて…捕手で…」
『…ほしゅ?』
「うん。」
『……。』
「えっと…わかる?野球」
『…よくわからない』

ちょっとがっくりと落ちる胸の奥。野球は自分のほとんど全てと言っていいもので、そこに興味を示されないとなると、いよいよどうしたらいいかわからなかった。

『スポーツですよね?』

そ、そこからかよ。いったい普段どんな世界で生きてるんだ、この子…。

「うん…よかったら今度、見に来てよ。試合。そしたら少しはわかると思うし…」
『…行けたら行きます』

あ…これはこないやつ…。俺に興味ないんだろうなー…。何で番号教えてくれたんだろ…気まぐれ?

「…じゃあさ、あとでメール…教えてくれない?メールの方が便利だし…」
『メールは…ちょっと』
「え?」

なんで?という言界の質問をくみ取ったらしい彼女は、静かな声で言った。

『家族に知られると…困るので』
「…それは…親が厳しいとか?」
『……。』
「…じゃ、なんで番号教えてくれたの?」
『…そろそろ点呼なので』

彼女はそう言って、急ぐような口調になった。

『今度、会えませんか。』

え?
願ってもいない突然の申出に、俺は心臓をぎゅっと掴まれたようになった。

「い…いいけど…」
『今週の土曜日は?』
「夕方…5時以降なら」
『6時に、今日と同じお店でいいですか。』
「うん…」
『一人で来てくださいね。』
「…おう」
『じゃあ、もう失礼します。』
「うん…」

空返事の俺を余所に、電話はさっさと切れた。…何なんだ?俺に番号を教えたことに、何か理由があったというのか?気まぐれという以外に?

なんか…俺、とんでもない子に声かけちゃった?

栞を挟む

* 最初 | 最後 #
1/31ページ

LIST/MAIN/HOME

© 2018 天秤
ALICE+