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光…、あのあと、大丈夫だったんだろうか。

駅まで彼女を送った後、まだ涙ぐんだ顔で、それでも素直に電車に乗り込んだあの姿が忘れられない。
理由くらい、聞けばよかったかな…。でも聞いたところで俺に何ができるんだ、という気持ちが強い。結局は、自分の無力さを痛感するのが怖いんだ。俺がしているのは、光を縛り付けているだけなのかもしれない。

…もう、学校も始まって寮に戻ったんだろうし…今夜あたり、電話してみようか…?

「み…御幸君!」

ん?と顔を上げると、クラスメイトの女子がいて、緊張で赤らんだ顔で俺を見ていた。…さすがにわかる。この子が、俺に好意があるということくらい…。

「…お…おはよう。」
「…おはよ。」

クラスメイトの女子は覚えてきたことを復唱するようにそう言って、意を決したように口を開いた。

「あ…あの…」
「……。」
「選抜…残念だったね…。」
「…あぁ…うん」
「あの…秋…」
「……。」
「が、頑張って…」
「…ありがとう。」

勇気を振り絞ってそれを言いきった女子は、じゃあ、と俺の目も見ずにそそくさと踵を返した。入れ替えに、見計らっていたようにやってきた倉持が、ニヤニヤと俺を見た。

「浮気すんなよ〜?」
「……。」

準決勝の時の光の言葉を揶揄ったのだろう。ぐっと喉を鳴らした俺と、面白がるような倉持の様子を見て、周りのクラスメイト達がざわついた。

「えっ?…御幸って彼女いんの!?」
「おー、めちゃくちゃ可愛い彼女がいるよな〜?御幸ぃ〜」
「ちょっ…おい倉持!」

ついむきになって、ますます信憑性が増してしまった。男子たちは盛り上がって俺を取り囲んだ。

「マジ!?誰?このクラス?」
「誰かな〜?なぁ一也先輩?」
「え!?後輩!?」

誰だ誰だ、もしかしてあの子か、なんて彼女探しになってしまい、俺はやけになって声を上げた。

「…他校だよ!他校!誰も知らねぇよ」

ぱちくり、瞬いた眼が俺に集中する。

「…マジで彼女いるんだ!?」
「どんな子!?いつから付き合ってんの!?」
「芸能人で誰に似てんの!?」
「やっぱ野球してるとモテる!?」

あ〜〜も〜〜うるせえ!!言うわけねーだろうが!!
内緒だよ内緒!と繰り返しながら、俺は、さっきのクラスの女子が教室からこっそり飛び出して行くのを、視界の端に見つけた。…なんか悪いことしたな…俺のせいじゃないけど。




***



夜、誰もいないことを確かめて、土手で光に電話をかけた。
しばらく鳴らしても光は出なくて、やがていよいよ諦めて電話を切ったあと、わりとすぐに電話がかかってきた。

「もしもし…光?」

電話の向こうは静かだ。

『うん…』

光の声も静かだった。

「電話…大丈夫?」
『…うん』

…元気がない。

「あのあと…大丈夫だったかと思って…」
『……。』
「……もしもし?」
『…大丈夫。』

ぼそぼそ呟くような声で、俺は心配がぬぐいきれず、本当に大丈夫なのか確かめようとした。そのとき、光が先に声を発した。

『…一也先輩…』
「ん?」
『……。…会いたい』

絞り出すような声。胸の奥が苦しくなった。今すぐ飛んでいけないのがもどかしく、俺は星がちらつく空を見上げた。

「うん…」

ただそう頷いて、しばらく沈黙が流れた。

「…今月末の土日、予定ある?」

俺は、実は夏休み中から考えていたことを聞いてみた。

『今月…?』
「うちの学校、文化祭があるんだよ。」
『……。…行きたい…けど…』

光の声は煮え切らない。何か予定があるのかもしれなかった。

『まだ…ちょっとわからなくて…』
「そっか…」
『…それに…誰かに…見られたら…。』

この前、従弟の姿を見たことが相当トラウマになってるらしい。あの従弟も謎が多いけど…

「…そうだな。じゃあ、まあ…来れたら来いよ。俺も、クラスと部活の出番以外は一緒にいられるから」
『うん…』

…やっぱり元気ないなぁ。あのあと、何かあったんだろうか…。

『……。』
「…光?」
『何…?』
「いや…元気ない?」

沈黙が流れた。…どうすればいいんだ。何かあるなら言ってくれ…。

『…平気』

…じゃないだろ。

『先輩…』
「うん?」
『何か喋って』

またそんなよくわからないことを、と言おうとしたけど、声が泣いているみたいに掠れていたから、思いとどまった。

「何…どしたの?」
『…何でもいいから』
「……。」
『先輩の声、聴きたい』

何でそんなに辛そうなのか、聞いても答えてくれないんだろうな。いつもみたいに…。

「…そうだな〜…じゃあ…」
『……。』
「倉持って覚えてるだろ?俺と同じクラスの野球部の奴なんだけど」
『……。』
「おーい。なんか言ってよ?」
『…ん』
「頼むから。俺もお前の声が聞きたいんだよ」
『……。』

静かな吐息が聞こえて、すすり泣くような音も聞こえた。

『…うん…』

でも、それには気づかないふりをして、俺は、思いつく限りの馬鹿馬鹿しい笑い話を話し続けた。



***



「御幸、文化祭にあの子来るの?」
「へ…?」
「光ちゃん、だっけ?」

ニヤニヤニヤ、亮さんを筆頭とする3年達が俺に絡んできた。引退してから暇なのだ、この人たちは。

「さあ〜…ちょっとまだわかんないっすね。」

しかしここで照れたりしたらこの人たちの思うつぼ。散々からかわれて弄られて、後輩の前で恥をかかされるだけだ。

「えー、普通呼ぶだろ。」
「リア充の文化祭の醍醐味だよなァ!?」
「光ちゃんってどこ高?遠いの?」
「はっはっはっは」
「吐けやゴルァ!!」
「あっ!哲さん一局打ちます?」
「望むところだ。」
「あっ逃げやがった!!コラ哲騙されんな!!」



結局三局哲さんに付き合って、ようやく解放された俺が自販機にお茶を買いに行くと、そこには倉持がいた。

「なぁ」
「んー?」

お茶を買う俺を横目で見ながらファンタを飲んでいた倉持が、不意に口を開いた。

「なんであそこまでヒミツにすんの?」
「えー?」
「『光ちゃん』のことだよ。」
「……。」
「自慢すりゃあいいのに。白栄のお嬢様と付き合ってるってよ」

蓋を開けた時の力で、ペットボトルが少し凹んでしまった。俺はそれを直しながら、平静を装った。

「いや〜家が厳しいらしくてさ〜」
「だからって俺らに言ったくらいでんな影響あるかよ。さすがに隠しすぎ。なんかあんの?」
「別に?ナイショにしてって言われたからナイショにしてるだけだよ。」
「……。」

疑わしげに俺を睨む倉持。こいつ無駄に鋭いんだよなぁ〜…

「文化祭誘わねぇの?」
「なんでお前がそんなこと気にするんだよ。」

関係ねーじゃん、と呟くと、倉持は身を乗り出して目を丸くした。

「何言ってんだよ!友達誘ってきてくれるように言えよ」
「……。」

…なるほどね。紹介目当てかよ。

「残念だけどそれは無理だな。」
「はぁ?なんで?」
「あっちの友達にもナイショだから。付き合ってること」
「……なんで??」

しぱしぱと目を瞬く倉持。眉を寄せて、本当に理解できないといった様子で。

「万が一でも家族にバレるとやばいんだって。」
「…そんな固い家なの?」
「そーなんじゃない?」

ふうん…、といま一つ納得していない様子で、倉持は呟いた。
そのとき、帰る前に自販機に寄ろうとしたのか、マネージャーたちがぞろぞろとやってきて、俺たちを見つけて声を上げた。

「あっ。おつかれ〜。」
「おう、おつかれ。」

挨拶を返しながら、キャッキャとジュースを買う4人を横目に、俺も倉持の隣に腰を下ろす。

「あ、そうだ御幸!」
「ん?」

急に、思い出したように梅本が声をかけてきた。

「超絶美人な彼女がいるってマジ!?」
「ぶっ!!!」
「うわ!きたねーな」

ついお茶を噴き出して、倉持に嫌な顔をされた。

「準決勝の時来てたらしいじゃん!」
「さっちんちょうどバスに行ってていなかったんだよね〜。」
「見逃したあ〜〜!!めっちゃ気になるんだけど!!」
「超カワイイ子だったよ〜。ねっ、貴子先輩!」
「そうそう。お人形さんみたいな…」
「へぇ〜!私も見てみたかったなぁ〜…お人形さんかぁ…!」

ぽたぽたとお茶を滴らせたままの俺をよそに盛り上がるマネージャーたち。倉持もニヤニヤからかうように俺を見る。

「文化祭来る!?」
「さあ…」
「さあ!?!?なんで?誘ってないの!?」
「……。」
「フツー誘うでしょ彼女!!文化祭一緒に回るなんて青春の醍醐味でしょ!!」
「伊佐敷君と同じこと言ってるわね。」
「こいつの彼女、スゲーお嬢様で固い家だから内緒で付き合ってて、それで文化祭来れねーんだとよ。」
「ちょ、倉持…!」

言うなよそんなこと、と咎める俺をまたよそにして、梅本たちはさらに盛り上がった。

「えぇなにそれ!?よけいどんな子か気になるんですけど!!」
「ロミオとジュリエットみた〜〜〜い」
「春乃、それちょっと違くない?」

「…ってことは、御幸君、彼女さんのこと文化祭に誘ったのね。」
「……。」

貴子先輩の鋭い指摘に顔を赤くして黙り込むと、梅本たちの視線を一気に浴びた。

「…そうだ!!」

そして突然声を上げる梅本。

「どしたのさっちん?」
「彼女さ、他校の子なんでしょ?」
「え…、まぁ…」
「じゃあさ、うちらの制服着ちゃえばぱっと見わかんないんじゃない!?」
「…え!?」
「あ!それいいかも〜」
「予備の制服貸したげるよ!彼女サイズいくつ?」
「さ、さいず?」

そんなの知るわけないだろ…

「細い子だったわよね。」
「春乃くらいならいけるかな〜?」
「わ、わたしですか!?」
「い、いいって!いいって!悪いし」
「ええっ、そんな!お貸ししますよ!大丈夫です!」
「どうせなら髪型もさ〜」
「変装した方がいいんだよね?眼鏡とかかけちゃう?」
「うちのクラスで使う猫耳持ってこよっか!」

「……。」
「よかったじゃん御幸。」

ずしり、わざとかと思うほど重く、倉持の手が肩にのしかかった。

「じゃあ御幸!ちゃんと彼女誘えよ!」
「変装は任せてって伝えてね〜。」
「彼女さん、来られるといいわね。」
「お疲れさまでした!失礼します!」

賑やかに帰っていくマネージャーたちを見送って、俺はちょっと疲れてしまったけれど、もしかしたら光と文化祭を回れるのかと思うと、ちょっとうきうきもしてくるのだった。

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