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「光を出す必要はあったのか?」

週末時間が取れたからと屋敷に戻ってきた兄貴は、少し機嫌が悪そうだった。俺は『仕事』のために兄貴に会いに来たが、光は兄貴に呼ばれて屋敷に来ていたらしく、俺が夕方屋敷に来ると彼女は兄貴と一緒にバルコニーで茶を飲んでいた。

「あんな下衆なバラエティ番組に露出して大衆の支持を仰ぐなど、白栄も落ちたものだ」
「…別にそういう意図はない。最近は知名度も落ちているし、ちょうどよかったと思うけど」
「知名度など必要ないだろ。そのせいで下等な野郎どもがおこがましくも光を邪な目で…」
「……。」

光は居心地が悪そうに身を竦めて黙っている。

「…ほっとけばすぐに飽きるよ、そんな奴ら。どうせ一生会うこともない奴らだ」

馬鹿馬鹿しい。兄貴は本当にくだらないことしか頭に無いんだな。

「それより話がしたいんだけど。」

光をちょっと睨んで言うと、兄貴がやっと気が付いたように光を見た。俺たちの『仕事』の話は彼女には聞かせたくないだろう。…兄貴は特に。

「ああ…じゃあ、書斎に行こう。光、すまないけど、少し待っていてくれ。」
「はい。」

光はその言葉を覚えさせられた人形のように頷いた。少し顔色が悪い。まあ、この屋敷で彼女がいきいきとしていたことなんてないけど。
俺は兄貴と書斎へ行って、仕事の進捗を話した。

「順調だよ。明日には届く。」
「さすがだな。」

兄貴はちょっと眉を上げてにやりと笑い、俺を見た。

「じゃあ、そこへは俺が直接受け取りに行くとしよう。」
「兄貴がわざわざ?」
「ああ。お前の仕事ぶりをこの目で見たいし、今回の相手は信頼関係を重視する奴だからな。」
「……。」
「お前も取引相手によって態度を弁えることを学べよ。…まぁ、そのくらいの技はもう習得していそうだな。」

皮肉めいた笑みを浮かべる兄貴から視線を逸らし、俺は手持ち無沙汰に傍の椅子に座った。

「光とは順調なの?」

俺が尋ねると、兄貴は意外そうに俺を見た。

「お前がそんなことを聞くなんて珍しいな。」
「別に。兄貴が上手くいってくれなきゃ困るんだよ。俺があいつと結婚するのはごめんだからな」
「理解できないな…光の何が気に入らない?」
「とにかく、嫌いなんだよ。生理的に受け付けない。うじうじして暗いし。」
「ははは。まだまだガキだな、お前も。まあ、お前が光の魅力に気付くころには、もうあいつは俺の妻だろうな。」

あー、気持ち悪い。吐きそうだ。

「…順調だよ。そろそろ、体の相性も確かめたいところだけどな。」
「……。」
「あの光のことだから心配はしていないが、きちんと貞操を守っているか、確認しないといけないし…。」
「……。」
「実は今夜にでも、光の寝室に行くつもりだ。執事に人払いをするよう、言っておかないと。文字通りすべてをささげてもらうのだから、たっぷりかわいがってやらないとな。ははは…」

俺が立ち上がって、椅子が鳴った。

「どうした?」
「…用事を思い出した」
「なんだ、いきなり。」

訝しがる兄貴をよそに書斎を出て、俺はバルコニーへと戻った。しかしそこに光の姿はなく、メイド長たちが片づけをしていた。立ち尽くす俺に気が付いたメイド長は、ちょっと警戒するような笑みを浮かべて歩み寄ってきた。

「光臣様。お嬢様は中へ入られましたが、何か御用でしょうか?」
「どこに行った?」
「……。…私室でございます。」

しょうがなく教えたメイド長が、俺を咎めるような目で見たけど、俺は構わずに光の部屋へ向かった。
幸い周りには誰もおらず、俺は遠慮なくドアをあけ放った。光はベッドの上で横になっていた。さっき顔色が悪いと思ったのは、気のせいではなかったのかもしれない。

「…光臣?」

光は辛そうな顔で無理に体を起こし、ベッドから降りた。

「ごめんなさい…何か用…」
「今すぐ寮に帰れ。」
「…え…?」

少し怯えるような目が俺を見て、すぐに逸らされた。

「…でも…今夜は家にいるようにって…尊光さんが…」

…だから帰れって言ってるんだよ…!!
そう怒鳴りたくなるのを堪え、必死に言い訳を考える。

「…いいから帰れよ!!お前が…」

怒鳴りつけようとしたとき、光が顔を顰めて腹部を抑え、俯いた。

「…具合が悪いのか?」

思わず毒気を抜かれて尋ねると、光は汗の滲む白い顔を横に振った。

「…大丈夫です」

そう呟いた、彼女の腹部に目を移し、ふと、スカートの下の白い太ももが目に入った。その内側を、つうっ、と流れ落ちる、一筋の赤い色も。

「…おい、」

つい戸惑いの声を零すと、光は俺の視線の先を見て、蒼白した顔を赤くもして硬直した。怒鳴られると思ったのか、どうすればいいかわからず頭が真っ白になったのか、光は震える手でスカートを抑え、涙を浮かべた。
俺は逃げるように踵を返し、光の部屋を出た。部屋の前には様子を窺っていたのか、メイド長が目を丸くして立っていた。…聞き耳でも立ててたのか?

「光が呼んでる。」
「え?」
「早く行ってやれ。」
「は、はい!すぐに」

お嬢様どうされましたか、とメイド長が部屋に飛び込んでいくのを尻目に、俺は今更跳ねる心臓に喉もとまで震えながら、動揺を必死に押し殺した。…あの白い太ももを流れる鮮血。なんて…煽情的な…。

…月経中なら、兄貴と行為もできないだろうし、あの体調ならメイド長が厳重警戒するだろう。

俺は安堵のような動揺のようなため息をついて、階段を降りて行った。


***


「……。」

夕食時、光は何度も確かめるように、しかしこっそりと俺の顔色を窺った。昼間のことでいつ罵倒されるのかと気が気じゃなかったのかもしれない。だが兄貴の手前じゃなくともさすがに月経がどうのと彼女を罵倒する気は俺にはなかった。俺は完全無視を決めこんで、味のしない肉を口に放り込んだ。

「ごちそうさま。やることがあるから先に失礼するよ。」
「落ち着かない奴だな。」

兄貴はちょっと眉を上げて、席を立った俺を見たけど、その目はすぐに緩んで光に向けられた。光と二人きりの食事はやはり嬉しいらしい。光の方はごめんだろうけど、俺がいなくなる分ましかもしれない。

俺は食堂を出て部屋に入ると、早速電話をかけた。しばらくのコールのあと、呼び出し音が途切れた。

『…もしもし』

疑うような声だった。

「俺だけど、御幸一也?」
『そーだよ』

相変わらず偉そうだな、と悪態づく声の後ろで賑やかな喧騒が聞こえる。

「近くに誰かいるのか?」
『寮の奴らがな』

御幸先輩誰と電話してるんすか、だの、コラ御幸逃げるな、だの、がやがや騒がしい。

「ひとりになってくれないか。」
『え?なんか重要な話でも…』
「うるさくて聞き取り辛い。」
『…はいはい』

足音がして、声が遠ざかる。しばらくして、また御幸一也が喋った。

『離れたぞ。で、何?』
「聞きたいことがあってさ。」
『ふうん?何?』
「明日時間ある?」
『明日?』
「うちに来いよ。」
『…いや、なんで?』

警戒と疑いと戸惑いの混じった声が返ってきて、俺はちょっと口元を緩めた。

「光の家でもある。どんなところか興味あるだろ?婚約者がどんな奴なのかも」
『……。』
「明日は光はいないし、安心しろよ。それに見せたいものもあるし。」
『見せたいもの?』
「その話は来てからな。で、どう?」
『…家どこにあんの?』
「駅から近いよ。歩いて10分かからないくらいだ。駅で会おう」

それから時間を決め、電話を切った。驚くほど胸が冷えていた。

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