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「なぜ誰も光の外出先を把握してないんだ!!」
兄貴が荒れているのを、俺は自分で自覚するほど冷ややかな目で見ていた。一緒に狼狽える演技をしてやるほど、今は懐にゆとりがなかった。
使用人たちも慌てふためいて、思いつく限りの知り合いの家に連絡したり、休暇中の使用人を呼びつけたりして大騒ぎしている。
光は今、御幸一也と一緒にいる。最愛の恋人と。おそらく、彼女の人生で一番の決意を持って。
御幸一也の方はそんなこと、知る由もなさそうだったけど。
「俺が戻るまでに必ず見つけ出して、家に連れて帰っておくんだぞ!!わかってるな!?」
兄貴はそう俺に怒鳴りつけて屋敷を出て行った。俺の「尻拭い」に行くのだ。仕事のへまをしたと、兄貴にデマの報告をしていたから。その仕事は兄貴のお得意さまで、俺が兄貴に報告した通りのことが実際に起こっていたらかなりまずい。兄貴の立場が無くなり、おそらくもう表には出てこられなくなるレベルの失態だ。左頬を殴られた程度で俺が済んだのは、兄貴の弟だから。兄貴はなんだかんだ身内には甘い。それ以前の仕事で、俺が残した功績を手放すのも惜しかったのだろうけど。
「やっぱり警察に…」
そう口走るメイド長に、俺は携帯を片手に歩み寄った。
「光なら寮にいる。探さなくていい」
メイド長たちが一斉に訝しげに俺を振り返った。ならなぜ今まで黙っていたのかという顔だ。
「わからないか?兄貴に会いたくないんだよ。多分俺にもな。家に帰りたくないんだろ。今朝寮を出るときに学校で見かけたから間違いないよ。」
「……。」
「あいつも人並みに反抗期が始まったんだな。」
バカにするように笑って、携帯を弄って興味が無いふりをして、その場を離れた。メイド長たちは顔を見合わせ、釈然としない面持ちのまま持ち場に戻って行った。
俺は自室に入ってすぐに電話をかけた。そして、今出た、とだけ告げて、了解、と声が返ってきてすぐに電話を切り、また別の所へ電話をかけながら、パソコンを起動した。
「状況は?」
『待機中です。』
パソコン上に映し出されたマップの上を、白い点が動き回る。兄貴のネクタイピンについているGPSだ。
『A地点通過。』
電話先の実況を聞きながら、メールソフトを起動して、片手で文章を打ち込んでいく。兄貴のアカウントをハッキングして、送信元を兄貴の名前にしてある。宛先は兄貴の「お得意様」だ。
『目標が到着しました。』
「ヘリに乗せろ。」
電話を切り、メールを送信し、俺は兄貴の書斎に向かった。この屋敷には書斎が二つある。俺のものも含め、屋敷の人間の蔵書がほとんどすべて収められている「図書館」のような部屋がひとつ。読書好きの光がよく過ごす部屋だ。それからもう一つは、兄貴が仕事で使う書斎。基本的に兄貴以外の入室は禁じられていて、兄貴の仕事を手伝い始めてから、俺も入室が許された部屋。ただし、兄貴が一緒にいる場合だけだ。
でももうそんなことは関係ない。
俺はポケットから鍵を取出し、書斎のドアの鍵を開けた。ドアを開け放って書斎に侵入し、迷わず壁の金庫に歩み寄った。ダイヤルを回して扉を開け、中の書類を掴みとり、部屋のドアを開け放ったまま外に出て、通りすがりの使用人に言いつける。
「少し出かける。夜には戻る」
「かしこまりました。」
詳しく尋ねると俺の機嫌を損ねると知っている使用人は、素直に頷いて了承した。
俺は屋敷の裏に停められていた仲間の車に乗り込み、車を乗りついでとあるホテルの一室に向かった。
そこは車で30分ほどの場所にあり、高層階の部屋はとても見晴らしが良い。眼下には海が見え、都内最高の景色……と、一応ホテルは謳っている。
だが今の俺の目には、ただ灰色の水とビル群がひしめく、パッとしない景色にしか思えなかった。
「食事でもどうだね?」
部屋の主の男は、深いしわが刻まれた顔に笑顔を貼りつけて俺を誘った。
「ぜひ。」
俺は得意の作り笑顔を、手本を見せてやる気持ちで貼りつけた。
***
デザートが運ばれてきたころ、男の付き人の携帯電話が鳴って、それは男に差し出された。男は失礼、と俺に断り、携帯電話を耳に当てて、にっこりと笑みを浮かべ、携帯電話を俺に差し出してきた。
「お兄様ですよ。」
俺も微笑を浮かべて、どうも、と携帯電話を受け取り、耳に当てた。
『おい!!どうなってる!!何か答えろ!!わかってるぞ、お前が黒幕だって――裏切りやがって、この耄碌ジジイ…!!』
「落ち着けよ兄貴。何があったんだ?」
男と笑顔を交わしながら穏やかな声で尋ねると、電話の向こうで兄貴がぎょっと息をのんだのがわかった。
『み…光臣!?どうして…』
まさか今の今まで全く想像していなかったのだろうか、この男は。あまりにも浅はかすぎる。
「どうしてって?どうしたのか、教えてくれよ。今どこにいるんだ?」
『……。…に、逃げろ光臣…』
「どういうことだ?」
『今すぐ屋敷から出て、サウスオーシャンズホテルへ行け。スイートだ。』
「なぜ?」
『行けばわかる、とにかく行くんだ、一人で…』
「兄貴。そこは今俺がいる場所だよ。」
くっくっく、と男が堪えきれずに笑い出した。付き人に目配せし、付き人は上品な微笑を浮かべて応えた。
『お、お前…まさか……お前、なのか!?』
「何の話?」
『とぼけるな!!お前が仕組んだんだろ…裏切ったな!!光臣!!』
「何言ってるんだよ…兄さんが言ったんじゃないか?この世界で生き残る秘訣は、誰も信用しないこと…」
『お前……!!!』
「残念だよ。俺を身代わりに差し出そうとするなんてさ…酷い兄さんだ」
兄さん、なんて呼ぶのは、十年ぶりくらいか。口が腐りそうだ。
『……っ!!…た、助けてくれ…』
兄貴の言葉は、なんとも情けなく、弱弱しかった。俺は拍子抜けした。こんなヤツに、今まで振り回されていたなんて。俺も、光も…。
『許してくれ、嘘だ、頼む、何でもする、拘束を解かせてくれ!!お前が命令してるんだろ!?』
「確かに、今兄貴の傍にいる奴らは、俺の言うことを聞いてくれる。」
『だったら…!!なぁ…頼むよ、たった一人の兄弟だろう!!お前にはよくしてやったじゃないか!!』
「兄貴は血のつながりを大切にするよな。」
『当たり前だろ、お前のことは大事だ…光だって…、そうだよ、光…光がこの事を知ったら悲しむ!俺がいなくなったらあいつは全てを失うんだぞ!!お前だって、光と結婚するのは嫌だろ!?』
「はぁ…兄貴、おめでたいな。」
『は…?』
「アレで光が喜んでいるように見えていたなんて。女心がわからないにもほどがある。」
『な…、』
「ずっと言いたかったことだけど…、光は兄貴のことなんて、これっぽちも愛してなんかいないよ。」
『っ…!!?』
「知らないのか?光には恋人がいるよ。もう一年近く付き合ってる。齢も近い、相応の相手だ。なにより、愛し合ってる。そいつの前では光は、兄貴が見たこともないような顔で笑うんだ。本当に幸せそうにさ…。ずっと一緒にいたいって、せがむんだよ。そんなこと、兄貴がされたことがあったか?なぁ?」
『……。』
「兄貴の前では光は、ずっと苦しそうに見えたよ…この世の終わりみたいな顔をしてた。マジで気付かなかったのか?笑えるよ…ほんと」
もう止まらなかった。兄貴をめちゃくちゃに痛めつけてやりたかった。だって、これが最後のチャンスだから。
『……許してくれ……』
兄貴はなおも俺に縋ってきた。しかしその声は、俺の胸を冷やしただけだった。
『頼む…。何でも言うことを聞く…、仕事もお前に譲るよ…、だから…命だけは……』
「うるせえな……」
俺は携帯を握りしめ、これ以上ない恨めしさを込めて言い放った。
「さっさと死ねよ…ロリコン糞野郎」
直接顔を見て言えないのが残念だ。
電話を切って男に返し、俺は封筒を差し出した。
「約束の物です。」
男は恭しく封筒を受け取り、先ほどまでよりはましな笑顔で頷いた。
「確かに、受け取りました。…今後ともよろしくお願いしますよ、玉城様。」
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