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光と別れて1週間が経った。

冬合宿を目前に、俺は練習に合流し、何事もなく日々が過ぎていく。


目覚めると夜明け前だった。あまり眠った気がしない。このところずっとそうだ。
…光の泣き顔が頭から離れない。

光は元気にしてるだろうか。今頃はもう、あの男の妻…。
あの光が。結婚。…俺たちまだ高校生だぜ?誰が好きとか誰と付き合ってるとか噂して騒ぐ年頃だ。なのに結婚って。なんなんだよ、ほんと…。
あの男と……した、のかな。俺たちができなかったこと。…俺の意気地がなくて。
あの男に…体に触れられて、あんなことや、こんなこと…。

……クソッ、眠れない。

俺は布団を押しのけて、上着を羽織ってこっそり部屋を出た。おセンチにも夜風に当たってとことんくよくよしたい気分だった。

「うわっ!?」
「……。」

しかし部屋の前で沢村に出くわし、俺は遠慮なくゲッと顔を歪めた。

「な、なぜ俺が来るタイミングを知っていた!?エスパーか!?スパイか!?」
「うるせーな夜中だぞ…皆寝てんだから静かにしろ!てかお前も寝ろ!オーバーワーク!」
「なに!?じゃあ貴様はどこへ行くんだ!!さては秘密の特訓だな!?」
「便所行くだけだっつの!ついてくんな!…つーかタメ口!」

沢村に付きまとわれながら手洗い場で顔を洗い、自販機でホットティーを買った。

「…まだ痛むんすか?」

ベンチに座るなり、沢村は柄にもなく一丁前に心配してきて、俺は噴出しそうになった。

「んな重症じゃねーよ。心配かけてゴメリンコ♪」
「なっ…茶化すなよ!なんか元気ねえから…人が真面目に心配してんのに!」
「はっはっは。元気な〜…。はっはっ…」

笑うのも厳しくなって、誤魔化すようにお茶を飲もうとして、まだ熱すぎることを思いだして、少し舌をやけどした。…ついてない。

「…マジで何かあったんすか?」
「別にー。あったとしてもお前に相談はしねえけど(笑)」
「なんだよ!性格わりいなこんな時まで!どーせ彼女さんにフラれたとかだろ!こんな腹黒じゃ自業自得…」
「……。」
「……え……マジっすか?」

やべ、と沢村の顔が引きつった。

「…さ〜わ〜む〜ら〜〜ぁぁ」
「ヒィィすいやせんっした!!冗談のつもりで…!!」
「…はー。もーいーんだよ。どうせ住む世界が違ったんだから」
「…?」

そう。住む世界が違った。あまりにも。
俺にはどうしようもないこと。…光にも。

「…で…なんでフラれたんすか?」
「バカ。訊くな、そんなこと」



***



『朝のニュースをお伝えします。』

女性アナウンサーの声を聴きながら、食堂で朝食をとる。いつも通りの朝。倉持が隣にやってきて席に着いたので、はよ、とあいさつを交わした。

『すっかり寒さが厳しくなってきましたね。』
『来週はクリスマスイブ。ということで、都内各地もイルミネーションに彩られ、クリスマスムードが高まっています。』

「俺らには関係ねーなー…」
「去年も同じこと言ったろ。」

ぼそりと言い返すと、倉持はちらりと俺を睨んだ。

「お前光ちゃんにフラれたんだって?」

ぶっ、とお茶を噴き出しそうになり、むせるすんでのところで堪えて、少し咳き込んだ。

「…げほっ…」
「ヒャハハ。クリぼっち同士仲良くしようぜぇ〜」
「…どーせ合宿だし」

沢村か…。バレたの昨日の夜だぞ。チクるのはええよ。

『それでは、まずはこちらのニュースからです。』

「で?なんでフラれたんだよ?」
「お前も聞くの?それ」

『先週土曜日にヘリコプターの墜落事後で亡くなった、玉城財閥グループ会長の玉城尊光さんの告別式が、きのう正午に執り行われました。』

――ガタン。
茶碗を取り損ねて、トレーに叩き付けられた茶碗が音を立てた。俺ははじかれるようにテレビを見上げた。

『玉城尊光さんは、3年前に弱冠26歳という異例の若さで玉城財閥会長の座に就任し、これまで勤めてきました。玉城財閥グループといいますと、日本のみならず海外でも多くの企業への出資や、環境活動にも取り組まれていたことなどで有名でした。』
『またプライベートでも個人でチャリティー活動に積極的に取り組むなど、その人柄も広く知られていましたね。』

テレビの映像には、マスコミに囲まれた車から、SPに守られて建物の中へと移動していく人たちが映った。あれは光臣。引きしまった顔で、堂々と歩いている。そして次に車から降りてきたのは…、…光。
黒いワンピースの喪服で、憔悴したような、だけどまだ信じられないような表情で、呆然としながらただ光臣の背中についていくように、カメラのフラッシュを浴びながら歩いていく。

「何?」

俺の様子に気付いて、倉持もテレビを見たけど、その直後に映像が途切れてスタジオの映像に戻った。

『またこの式には、タレントの〇〇さんや、俳優の〇〇さんも参列し…』

「誰か死んだの?」
「有名な社長?みたいだけど…」
「ふーん」

周りの声なんてそんなもの。だけど、俺はいてもたってもいられなくなった。
先週土曜日…って言ったか?それって、俺が光と会っていた日…。でもなぜ?ヘリコプターの墜落?本当に?本当に事故?
というか、あの日に亡くなった、ってことは……光と結婚する前に死んだ?

ゾクゾクと胸の奥を這いあがるこの感情は、恐怖なのか喜びなのか、俺にはわからなかった。ただの偶然ではありえないほどできすぎているけど、それによって光が救われたのも事実。
…だけど…待てよ、だからって、今さら連絡できるのか?俺。

…引き留めることもできなかったくせに…。

婚約者が死んだならまた付き合ってくれなんて、どの面下げて言えるんだ。ふざけてる。

「誰?」

俺を振り向いた倉持が、戸惑ったように口を噤んだ。聞くべきか迷ったのだろう。俺の酷い顔を見て。
聞かないでくれと思った。どう説明したらいいのかわからないから。
一目惚れした女の子に、思いがけない理由で告白されて、その子には婚約者がいて…。付き合ううちにどんどん好きになって…。いや、だけど、光は違ったかもしれない。俺の前で楽しそうにしてくれていたけど…結局、光にとってはあの婚約者か俺、二択しかないんだ。
婚約者が死んで、光臣がどうするかはわからないけど、あいつは光のことが本当は好きだから、もしあいつと光が結婚するとしても、うまくやっていくのかもしれない。それか、いつか光は別の男に恋をして…本当に好きな相手を見つけて…。

俺は無心で飯を掻きこんだ。あまり味がしなかった。



***



年末。
軋む体に顔を顰めるたびに、親父が気遣うような、それでいてちょっとからかうような視線を向けてくる。父子二人の大みそかは静かで、テレビの音がなければ雪が降る音が聞こえてきそうだった。

親父が風呂に行って、俺も眠る準備をして、携帯電話を充電器に差そうと手に取って、ついつい開いた。あたりまえだけど、光からの連絡なんてない。
…電話してみようか?
そんなことを思いついて、いや、と首を振った。電話したところで、何話すんだよ…。

じっと画面を見つめてくよくよして、やがてため息とともに携帯を閉じ、充電器に差した。ベッドに横たわって目を閉じて、…光のことが思い浮かんだ。
光…今頃何してんのかな。婚約者…従兄が亡くなったわけだから、大変だろうし…忙しい年末を過ごしているかもしれない。

一也先輩、と俺を呼ぶ笑顔…。初めて手に触れた時のこと、キスをしたときのこと…。
思い出は俺の頭の中だけ。バレたらまずいからと、メールはしなかったし、プレゼントもしなかった。
残っているのは俺の記憶だけ…。写真一枚も残っていない。これじゃいつか、光の顔も思い出せなくなるのだろうか。今はそうしようとしなくても頭の中で何度も何度も思い浮かぶ光の顔。これがいつか消える?そうなってほしいような、なってほしくないような…。

…だけど…、うん…。この思いを一言で表すとしたら、やっぱり…
どうか光が幸せでいてほしい…それだけだ。


――ヴーッ、ヴーッ


充電器に差していた携帯電話のバイブレーション音で飛び起きた。まさか。まさか…。
携帯電話に飛びつき、折ってしまいそうな勢いで開いた。メールが1件、いや、2件……、…どんどん届いてくる。
成宮、倉持、沢村、哲さん、ゾノ…、みんなそろってあけましておめでとうメール。…なんだ、いつの間にか年明けてたのか…。すべて開封してから、脱力気味に携帯を閉じた。

…光…。

その名前はいまだに胸の奥をぎゅっと締め付け、熱くして、どくどくと脈打たせる。

…電話…。かけてみようか?
どうせもう別れてるんだ。嫌われようが呆れられようが、このまま電話をかけなければただ繋がりがなくなっていくだけ。時間が経てば経つほど、連絡しづらくなるし…。どうせ迷惑なら光もでないはず。そうしたらそれまで。1度電話をかけるくらいなら、未練がましくもない…よな?

カチャリ…、携帯電話を開き、発信履歴から『玉城光』を選んだ。
ごくり、と喉が鳴り、息を吐いて、ボタンを――

――コンコン。

急にドアがノックされて、俺は飛び上がった。

「な、何?親父?」

慌ててドアを開けると、不思議そうな顔をした親父がいた。

「電気がついてたから、まだ起きてるかと思って…」
「あー…、うん、メールしてて…、もう寝るけど」
「そうか。じゃあ、おやすみ。」
「おやすみ…」
「あ…、あけましておめでとう。」
「あ、あー…あけましておめでとう…」

じゃあ、と踵を返すおやじの背中を見送って、部屋のドアを閉める。
そして、やっと、発信ボタンを押した。

…プププ…プププ……プルルルル…プルルルル……

――ドクン…ドクン…

呼び出し音と心音が重なって、緊張が高まっていった。光…電話に出るかな…。今何をしてるんだろう…、…あ、寝てるかも。やべー、こんな時間だし…。元旦とはいえ、深夜の0時を過ぎたところ。いやでも、かけなおすのも…。あー、もう、どうしよ、ミスった…

――プツッ…

呼び出し音が途切れて息を飲んだ。…けど、何も聞こえない。…光?だよな?
電話に出てくれた…。それだけで嬉しさで胸の奥が熱くなった。

「…もしもし…」
『……。』
「…ごめん、こんな時間に…。」
『……。』

何も答えない。でも電話…繋がってるよな?

「もしもし?」

もう一度声をかけると、カチャン、キィ、と、鍵を開けて扉を開いたような音がした。人に声を聞かれない場所にでも移動したのだろうか。

「聞こえてる?」
『……。』
「…まあ…いいや。とりあえず、その…」
『……。』
「…元気?」
『……。』

なんだ…?なんで何も答えないの?怒ってる?それか、しつこいという暗黙の威圧?

「…光。」
『……。』
「…何もできなくてごめん。もう一度、会って話したい。」
『……。』
「…なぁ、何か言ってくれよ…」
『……。…残念だけど、』

急に帰ってきた声が低くて、俺はぎょっとした。

『光じゃない。』
「…光臣!?えっ?なんで…」
『お前の番号からの電話は、俺の携帯に転送されるようにしておいた。』
「…は!?」
『光とは別れたらしいな。』
「……。」

今の全部わざと黙って聞いてただろこいつ…!

『もう光に連絡してこないでくれ。』
「なんでお前にそんなこと…」
『俺は光の新しい婚約者だ。』
「な…、でもお前、それは断るって…」
『お前は別れたんだろ?口を出す権利があるのか?』
「な、なんなんだよ、お前!…光に代わってくれ!」
『無理だ。俺は今ロンドンにいて、光はスイスにいるからな。』
「は…。」

え…、なにそれ?ロンドン?スイス?

『二度と俺の婚約者に手を出すな。じゃあ』
「ちょ…、ちょっと、待てよ!お前…、…あの、事故って…」
『ああ、兄貴のことか。』

ふっ、と小さく笑うような音がした。

『神に感謝してるよ。俺は無神論者だけどな。』

ブツッ、と電話が切れた。
…何なんだ…これ。どうなってるんだ?
…とにかく…光にはもう、連絡も繋がらないってこと?

光臣…あいつ、どういうつもりなんだ…。

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