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「御幸!あの子とどーなってんだよ!?」
「うるせーな〜…」
あれから倉持達には散々絡まれる。どうなってると言われても、別にこれと言って進展はないし…説明に困る。
今日の夕方、会うことになってるけど…悟られないようにしなければ。つーか俺一人で行って大丈夫なのかな?壺売りつけられたりしない?買わないけど。
「何騒いでるの?」
ぎくり。俺と倉持に気づいて声をかけてきたのは亮さんだった。純さんと哲さんも一緒にいる。
「あ、亮さん!聞いてくださいよ、こいつ女子校の子に…」
「あ〜〜〜っ!!倉持クンちょっとこっち!!こっち行こう!!」
慌てて倉持の口を塞いで引き摺って、亮さん達から逃げ延びた。
「言いふらすなよ、よりによってあの人に!」
「じゃあどうなってんのか吐けよ。」
寮の裏側で倉持に非情な交換条件を出されて、俺はうんざりした。
「だから別に…何もないんだって。」
「電話したんだろ?」
「したけど〜…」
「そういうことでいいんだよ。何話したの?名前は?学年は?」
「……。…名前は…光ちゃん。1年。」
「へ〜〜〜。で?」
「で?って言われても…」
俺はぼそぼそと彼女のことを話した。
「…すげーお嬢様っぽい。俺らとは別世界って感じ。メールは親にバレるとまずいからってんで、教えてもらえなかったし。続かないかもな」
「はぁ?じゃー俺に紹介しろよ。」
「いやマジ、ムリムリ。」
口ではそう言いながら、俺は彼女を隠している気分だった。他の誰かの手に渡ることなど、考えたくなかった。
「じゃあちょっと俺出かけるから」
「は?どこに?」
「眼科。コンタクトが切れそうなんだよ。」
「ふーん…」
倉持の興味が失せそうな言い訳を言って、俺は部屋に戻って着替えた。同室の木村に「お出かけですか?」と物珍しそうに聞かれたのは、ガラに無く服を迷っていたからだ。ああ、うん、と誤魔化すような返事をして、結局白いTシャツに黒いパンツを履いて出かけた。
駅前のカフェに着くと、店内を見渡して、彼女の姿がないことを確かめた。カウンターでアイスコーヒーを買って窓際の席に座り、緊張しながら店内の時計を見上げた。待ち合わせの6時まで、あと10分。早く来すぎたか…いやでも、遅刻するよりマシだ。
……。
約束の6時を少し過ぎて、じわりと焦りが滲んだ。
もしかして騙された?一人で待ちぼうける俺を、店の外から友達と笑いながら見ていたんじゃないだろうな…。もしくはすっぽかし?いっそ忘れてた?電話してみようか…いやでもな、と迷い始めた時、すぐ隣のガラス窓が、コツコツ、と鳴った。
弾かれたように顔を上げると、そこには白い可愛らしいブラウスに紺色のスカートを履いた玉城光がいて、俺と目が合うとふわりと笑って手を振ってきた。その親しげな様子にも、初めて見た目が眩むほどきれいで愛くるしい笑顔にも驚いて俺がたじろいでいると、彼女は店内に入ってきて、飲み物をカウンターで買って、席にやって来た。
「ごめんなさい。遅くなりました。」
朗らかな笑顔で言う彼女を責める男がどこにいるだろうか。この笑顔の前ではすべてがどうでもよくなる…。
「いや、全然、平気」
「さっきまで、ピアノ教室に行ってたんです。ピアノの先生、『最後にもう一回』って何度も言うの。」
キラキラした笑顔でそう話しだす彼女に、俺は動揺したまま笑顔をひきつらせ、そ、そう、などと相槌を打つ。この前までと随分印象が違う。こんなに明るくはしゃぐような子だっけ?
アイスティーのカップを持つ、白い指先のつやつやしたピンク色の爪。文字通り、頭の先からつま先まで綺麗…。この白魚のような白い手がピアノの鍵盤の上を滑る光景を、俺はちょっと想像してみたりした。
「えーと…」
「?」
「…それで?」
今日ここに呼び出したのは彼女の方だ。何の用なのか、俺には見当もつかなかった。
「あ、えっと…。」
彼女は顔を少し赤くして、はにかむような笑顔で俺を見た。その態度に、俺の単純な思春期の男心はくすぐられ、あらぬ期待を抱いてしまう。もしかしてこの子も、俺に気が合ったりして…とか。
「あの、この間のって」
「?」
「ナンパ、ですよね?」
俺はぎょっとして息をのんだ。なんだ、この意図の読めない唐突な質問。
「そ…、」
「……。」
「そういう…つもりじゃ…なかったけど…」
つーか、きっかけはじゃんけんに負けたから、なんだけど…
「…そう、かも、しれないな」
「ということは、少なくとも、私に好意を抱いてくれてるってことですよね。」
「……。」
コーヒー噴きそうになった。
「な、何の質問?これ??俺何を聞かれてるの??」
「いいから、ちゃんと答えてください。」
何で怒られてんの、俺?
「そ…、そりゃ…まぁ…」
君みたいなすげえ美人、好意を抱かない男なんていないと思うけど…。
俺が赤い顔でしどろもどろに頷くと、玉城光は嬉しそうに息をのんで頬を緩めた。
「じゃあ、付き合ってくれませんか、私と。」
「…へっ?」
俺は間抜けな声を上げて放心した。
「ちょ…、え?何、どーいうこと…?」
「…そうですよね、だめですよね」
「ちょっと待て!だめとは言ってないだろ」
訳が分からないまま、咄嗟に惜しい気がして彼女を引き留めるような事を言った。
「じゃあいいんですか?」
「いいとか…その前に、なんかこう、色々あるじゃん」
「色々って?」
「…そもそも、この間会ったばっかだし…お互いのこと何も知らねーし…」
「何もって?」
「……。」
「名前も、学校も、歳も知ってるじゃないですか。」
「いや…、えぇ〜…?」
なんか…違うだろうそれは…。
「…いいのか?よく知らない男と付き合うなんて」
「そちらさえよかったら。」
「…何かこの会話自体間違ってると思うんだけど」
「もう、じゃあいいです。だめってことですよね。」
「だからちょっと待てって!」
何ですかもう、とちょっと呆れた態度で座りなおす玉城光。なんでこっちが呆れられてんの…。
「…理由、そう、理由は?なんで付き合いたいわけ?」
俺に一目ぼれしたわけでもなさそうだし。
玉城光は、澄み切った目でまっすぐに俺を見つめて、言い放った。
「私、高校を卒業したら、婚約者と結婚するんです。」
「…えええぇぇぇ?」
ますます意味が分からない、つーか、頭が追い付かない!なんだこの子!?
「でも、婚約者のこと、嫌いなんです、私。だから…」
「……。」
「…色々、あの人が初めてになるの、嫌だなぁって思って」
…それって…
つまり…
結婚前に、別の男と『初めて』を終わらせておきたい、と…
「あのさ…」
「?」
「…意味わかって言ってる?」
「はい。」
「初めてって…つまり…」
「デートとか、手を繋いだりとか…キスとか」
ああ、なんだ、そういう青春っぽいことをしたいっていう、あくまでそういう…
「あと、セックスとか」
「……。」
俺は口を開けたまま硬直した。まだ会って2度目の男になんつー話をしてんだ、この子…。
「…すごいこと言うね」
「だって…嫌なんです。あの人が初めての相手になるのだけは、絶対嫌。」
「…そ そう…。」
俺は変な引きつり笑いを浮かべたまま俯いた。…いろいろヤベェ…!!なんだこれ、こんな展開全く予想してねーっつーの!!
「あ、あと、お願いしたいことがあって。」
「え…?」
「もし付き合ってくれるなら、そのことなるべくナイショにしてほしいんです。」
「…なんで?」
「私の家族にバレたらまずいので。」
な、なんだそりゃ…。
「…なんかさ、メールもまずいって言ってなかった?」
「はい。」
「婚約者がいるから?男と話すの禁止とか?そういう感じのアレなの?」
「まあ、おおむねそうです。」
「…バレたらどうなるわけ?」
「……。」
うーん、と可愛らしい瞳で天井を見上げ、うなる玉城光。
「殺されちゃうかも。」
「…はっ?」
「あなたが。」
「俺が!?」
なんだそれ。なんだそれ。全然意味わかんねえよ!
「……。」
「あの。だめですか?」
しびれを切らしたように再度尋ねてくる彼女。可愛い。すげえ可愛い。俺が今まで出会ったこの中で断トツ可愛い。だけど…訳アリ過ぎる…。
「…その、さ。」
「はい?」
「つまり…その、そういうことを…するわけだよね?」
「え?」
「俺と…」
やばい。妄想するな。まずい。
こんな可愛い子と。柔らかそうな肌…汚いものなんて触ったこともなさそうな綺麗な手。胸は…ちょっと控えめ、だけど、確かに膨らんでて…ああもう、無理!!俺は男子高校生だぞ!!人生で一番盛ってる時期だぞ!!
「…だから?」
俺の言いたいことが今一つつかめないようで、彼女は目を瞬いた。
「…どういうことするか、わかってる…んだよな?」
「……。」
「それで…いいの?まじで、俺で?」
そこまで言うと、ああ、と彼女は相槌を打った。
「あなたさえよければ。」
「……。」
さっきから爆弾みてえな発言しかしてねえ…。
「…もし、声をかけたのが俺じゃなかったら?」
俺だから、俺じゃなければ、なんて言葉を、たった2回しか会ったことのない女の子から聞き出すつもりはないけど…。
「…ほんとうは」
「……。」
「あの6人の男の子たちの中で、あなたが来て、私に声をかけてきたとき」
「……。」
「…あなたでよかったって思った」
どきん、と胸が跳ねた。少し頬を染めて、彼女は俺を見た。
「他の人はちょっと、怖かったし」
「……。」
…消去法?
「…もし断ったら、他の人を探すのか?」
「……。」
彼女はちょっと憂鬱そうに頷いた。
「…多分」
それは自暴自棄なのか、よほどその婚約者が嫌なのか…。
「…わかった」
俺はちょっと息を吐いて、頷いた。え、と呟いた丸い瞳が俺を見た。
「付き合おう」
それを言葉にすると、じわじわと顔が熱くなった。
「…本当に?」
「うん。でも、勘違いしないでほしいんだけど」
「?」
「ヤるために付き合うわけじゃねーからな。」
そう言うと、彼女は瞬きをして、じっと不思議そうに俺を見た。
「他のいい加減な男に引っかからないように、俺が付き合う」
「……なんで?」
彼女は本当に、心底不思議そうに俺を見つめた。
「なんでそんなに優しいんですか?」
俺は意地になって、ちょっとむっと彼女を見つめ返した。
「俺はお前のこと、フツーに気になってるから。」
「フツーに?」
「…フツーっていうとおかしいけど」
「……。」
「…自分をもっと、大事にしてほしい」
「……。」
「けど、しなさそうだから、俺が大事にすんの。」
俺を見つめて言た青い瞳が瞬いて、しばらく沈黙が流れた。…なんか今更恥ずかしい。
「…ありがとう」
彼女は思いついたように、ぽつりとそう呟いた。
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