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「あ…もしかして」

昨日から探していたジャージ。いくらかがしてもないと思っていたけど、そういえば、遠征前に御幸のマンションに泊まった時に置いて来てしまったのかもしれない。
そう思いついて、俺はため息を吐いた。御幸のメールして今日の練習の時に受け取るのでもいいけど…洗濯物を溜めこんでいたせいでスペアが足りない。
…しょうがない、取りに行くか。どうせ御幸のマンションは車で10分もかからない場所だ。

俺は車に乗り込み、御幸のマンションまでやってきて、玄関前に来てやっと思い出した。
…そーいえば、玉城光が来てるんだっけ…。御幸の話じゃ、昨日から来てる…はず。いや〜、でも、このドアの向こうに玉城光がいるなんて…なんか信じらんねぇな。

…ま、いいか。

インターフォンを押すと、ややあって、応答があった。

『はい。…あ、ジャージ?』

御幸は前置きもなく、思い出したように言った。俺はマイクに向かって、おー、と返事をした。やっぱり置いて行ってたか。御幸も気づいていたらしい。

『今開ける。』

特に何事もなく、自動ロックされている自動ドアが開いた。俺はロビーに入り、エレベーターに乗って御幸の部屋があるフロアに降り立った。…あの子…いるんだよな?
部屋の前でまたインターフォンを押すと、すぐに御幸がドアを開けた。

「はよ。」
「おはよ。どーぞ」

ドアを開けて俺を部屋に招き入れる御幸。え…入っていいのか?あの子は?

「…お邪魔しまーす」
「普段そんなこと言わねーのに」

恐る恐るのそのそと上がり込むと、御幸に噴き出されて、うるせえ、と舌打ちをした。

「ちょっと待ってて。」

御幸にそう言われ、リビングに置き去りにされた。ソファに座り、部屋の中を見渡す。…あれ?他に誰もいない…。
残念なような安心したような、複雑な気分で目の前のテーブルを見て…ドキリとした。二つ置かれたマグカップ。まだ冷めきっていないコーヒーが半分ほど残っている。
いる…。絶対いる…!昨日から泊まってる…!!でも、一体どこに…?

「倉持ー。」

奥の部屋から御幸が出てきて、ビニール袋に入ったジャージを差し出した。

「洗濯しといてやったぞ。」
「…サンキュ」
「まったくしょうがない子ね〜」
「んだそれキメェな…」
「はっはっはっは!」

あれ…おかしいな…いないのかな?もう帰ったとか?なんだ、ちょっと拍子抜け…

「でもちょうどよかった。」
「あ?何が?」
「お前には紹介しておきたくてさ。」

え…?
目を丸くする俺を余所に、御幸は顔を上げて奥の部屋の方を見た。

「光、ちょっと来て。」

え…!!
挙動不審になる俺の目の前に、静かにドアを開けて、可憐な美少女が……あの玉城光が現れた。
透き通るような白い肌、深い海の色みたいな蒼い瞳、どこまでも整った目鼻立ちに、ぷっくりとした赤い唇…。
彼女はちょっと恥ずかしそうに頬をピンク色に染め、ちらりと俺を見て、御幸を見た。

「大女優の玉城光さんでーす。」
「もー、ふざけないでよ…。」

彼女は照れたように御幸の傍にやってきて、背中をぽすんと小突いた。い、イチャつきやがって…

「…玉城光です。」

彼女はちょっと畏まって、俺に向き直り、丁寧に頭を下げた。

「あ…、く、倉持洋一です。」

俺もあわてて立ち上がって頭を下げて、その拍子にジャージを落としてしまって、御幸に笑われた。
それをちょっと睨み、玉城さんとよろしくと会釈し合って、三人向き直った。

「こいつとは高校から一緒なんだよ。」

御幸が説明すると、そうなんだ、と玉城さんは頷く。…なんか…この子が目の前でこうして動いていて、しかも御幸とこんなに打ち解けた様子で喋っているのって、変な感じ…。

「で…俺たち付き合うことになったんだけど…、」

ちょっと照れくさそうに玉城さんと顔を見合わせて、御幸は俺を見た。

「光は事務所のこともあるからさ、当面は内緒にしなきゃいけなくて。」
「…へー」
「だから色々協力ヨロシク。」
「は?」
「先輩とかさ〜。あ、一応監督には話しとくけど。スポンサーのこともあるし」

はぁ?と眉根を寄せて御幸を睨んだが、ハッとその隣の彼女の事を思い出した。

「あの…すみません。」

玉城さんは本当に申し訳なさそうに細い肩を丸めて、お淑やかに詫びた。

「い…いやいや、そのくらい、別に…」

慌てて取り繕って、今度はそんな俺を可笑しそうにニヤニヤと見ている御幸に気が付いて、顔が熱くなった。

「…なんだよ!」
「いや?倉持クンやさしーな〜と思って。」
「……。」

クソムカつく…!

「光、座ってなよ。」
「う…うん」

御幸は気遣うように玉城さんにソファを勧めた。体調でも悪いのか…?あ、いや、まさかこの間みたいに…夜が激しかった…!?

「コーヒー飲んでく?」
「え、あー、うーん…」
「何?」
「いやお邪魔かと…」
「何気ぃ使ってんの?お前らしくない」
「んだとコラ…」

俺たちのやり取りを見てニコニコ楽しそうに笑う玉城さんに、うっ、と胸が苦しくなって焦った。か…可愛すぎて直視できない…。御幸の奴、よく付き合うまでこぎつけられたな…。
玉城さんと並んでソファに座る勇気もなく、俺はキッチンに向かった御幸の後を追った。

「なんだよ。」
「別に…。」

御幸に鬱陶しがられつつ、お湯を沸かしてドリップ器をセットする手際を眺めた。こいつの傍が落ち着くと思う日が来るとは…。

「…昨日から来てんの?」
「うん。」

傍にいて何も話さないのも居辛いと思い、他意なくそう尋ねると、当たり前のように頷く御幸に面食らった。プロ入りしてからムカつくほどモテてたけど、女っ気が無くて、そこは安心してたのに…!あっさりあんな美女をゲットしやがって!
これからはよく玉城さんが御幸の部屋に泊まりに来るのかと思うと、これまでのように飲み会のあとこいつの部屋に転がり込むこともできなくなるし、それに…。…こいつが確実に童貞卒業を果たしたと思うと、なんだか急に遠い存在に思える…。しかもあんな美女に…筆おろししてもらったとか…。…あ〜、クソ!

「砂糖2杯だったよな?お子様の洋一君は。」
「アァ!?」
「キレんなよ。」

クッソ…ガキ扱いしやがって!
コーヒーをもらってリビングに戻ると、玉城さんはコーヒーを飲みながら雑誌を読んでいた。御幸が購読してる野球情報誌だ。俺はちょっと遠慮気味に傍の椅子の向きを変えてそこに座った。御幸はそれを一瞥し、玉城さんの隣に並んで、一緒にソファに座った。

「高校から一緒ってことは、ずっと仲良しなんですか?」

ふんわりと輝くような笑顔で、玉城さんが俺をまっすぐに見つめてそう尋ねたから驚いた。

「え、あ…、いや…、」
「仲良しじゃないよ。こいつ友達いないから仕方なく…」
「アァ!?こっちのセリフだっつの」

条件反射で御幸に怒鳴り返して、しまったと思ったけど、玉城さんは柔らかくふふふと笑った。

「あ、もしかして…。」
「ん?」
「一也君、昔よく話してたよね。同じ野球部の『倉持』さんのこと」
「そーだっけ?」
「そうだよ。やっぱり仲良しじゃん。」

ね?と俺に愛くるしい微笑みを向けた玉城さんに、俺はしどろもどろになって頷いた。だ、だめだ、直視すると可愛すぎて混乱する。本来ならばここは、どんな俺の話をしやがったんだと御幸を問い詰めるところだ。

「倉持さんも野球選手なんですか?」
「え、ええ、まぁ、一応…御幸と同じチームで」
「あ。ごめんなさい、詳しくなくて。」
「しょうがないよ、こいつ今年やっと1軍入りしたんだから」
「クソメガネ…」

玉城さんはやっぱり天使のような微笑みを浮かべる。可愛いな…って、ヤバイヤバイ。御幸の彼女だぞ…。

「今日の試合にも出るんですか?」
「こいつは控え。」
「……。」
「控え?」
「ベンチに座ってお呼びがかかるまで待ってんの。」
「……。」
「ふうん?」
「ま、声がかからないこともあるけど。」
「………。」

御幸をどつきたいが、玉城さんの前ではそうもいかない…。くそ…今日の練習の時覚えてろよ…!

と、その時、奥の部屋で着信音が鳴り始めた。

「あ、電話…。」

玉城さんの電話らしい。すみません、と立ち上がろうとする彼女を、御幸が肩に手を添えて制した。

「取ってくるよ。」
「あ、ありがとう」

…えぇ?あの御幸が…こんな親切を…!?
奥の部屋へ行って戻ってきた御幸からスマホを受け取り、玉城さんはまた俺に断って電話に出た。

「はい、玉城です。お疲れ様です。」

仕事の電話らしい。玉城さんは短い会話をして、失礼しますと電話を切った。

「監督の急用で撮影延期だって。オフが一日伸びちゃった。」

えへへと嬉しそうに笑った玉城さんに、えっ、と御幸は目を輝かせた。

「じゃここに泊まる?」
「うーん、着替えがないし…」
「洗濯すればいいよ、買いに行ってもいいし。」
「でも…」
「いいじゃん、泊まってよ、な?」
「ちょ、ちょっと…」

食い気味に頼み込む御幸に戸惑ったように、そして俺の方を気にするように、玉城さんは顔を赤くしてはにかんだ。そして、お願い!と手を合わせる御幸に俺が閉口して目を丸くした時、玉城さんは折れたように頷いた。

「わ、わかったよ…。」
「ほんと!?よっしゃ!」

えへへへへぇ、と緩みきった顔で玉城さんを見つめる御幸を、おそらく俺は死んだ魚のような目で見ていた。なんだこいつ…こんな奴だったか?どんだけ玉城光にのめりこんでんだ…。

「あ〜も〜光、東京帰らないでくれよ〜」
「何言ってるの…。」

ほんとだよ…。どうしちまったんだよクソ眼鏡…!完全に腑抜けじゃねーか!ダメだこいつ。

「あの…、そろそろ…」

マグマップを置いて立ち上がる俺を、二人は振り向いて見上げた。

「もう帰んの?」

当たり前だろ…!肩身狭いってレベルじゃねーぞ!

「午前ちょっと走ろうと思ってたんだよ」
「へ〜。エラ〜イ」
「テメーもちったぁ動けよデブ。」
「俺のは必要な筋肉ですぅ〜」

俺たちのやり取りを楽しげに見つめながら、玉城さんは御幸と一緒に玄関まで俺を見送りに来た。

「じゃ…、お邪魔しました。」
「はいはい。」
「お気をつけて。」

…バタン。
ドアが閉まって、エレベーターに向かいながら、俺は先ほどの御幸の様子を思い出して、表しようのない心のざわつきをため息として吐き出した。



***



「おい、御幸…。」
「ん?」

例のごとく鼻歌交じりにスパイクを脱いでいる御幸に歩み寄り、こっそりと声をかけた。

「どうなんだよ?」
「何が?」
「お前の…彼女のことだよ」
「え?」

御幸はちょっと周りを見渡して人気がないことを確かめ、苦笑した。

「どうって?」
「……。」

お前遊ばれてるんじゃねーか、とは、さすがに言えない…。

「…順調?」

結局そうぶっきらぼうに聞いて、俺は御幸の隣にどかっと座った。

「うーん…幸せ♪」
「……チッ」
「何でキレるんだよ(笑)」

そーなんだよ…なんだかんだ言って、今日のこいつは絶好調…。今日無失点で抑えられたのは間違いなくこいつのリードのおかげだし、それだけでなく2本もホームランを放ちやがった。今日の5点のうち4点はこいつの打点だ。俺は代走で1盗塁しただけ…俺をホームに帰したのもこいつ。

「…何でより戻すことにしたんだよ?」
「え〜?」
「そもそもなんで別れたの?高校ん時。」
「ん〜…しいて言えば…家の事情?」
「…はい?」
「お嬢様だからな〜あっちは…」

御幸はへらへらしながら脱いだスパイクを袋に仕舞い、スニーカーに履き替えて、タオルで汗を拭き始めた。

「じゃー今は良いのかよ?その家の事情は」
「なんでそんなに聞くんだよ?」
「だってそんな急に…、偶然再会するとかいろいろ…おかしいだろ!」
「お前には関係ないだろ。」
「…心配してやってんだよ、俺は。あんな美人でモテるよーな子がいきなり現れて、そんな都合よく…」
「なんだそれ。」
「お…お前が思うほど、あっちは本気じゃないんじゃねーかって…」

ちらりと御幸が俺に顔を向けた。キレるかと思ったけど、御幸は軽く鼻で笑っただけだった。

「俺が遊ばれてるってこと?」
「熱愛報道だって出てただろ、信じてるわけじゃねーけど、実際人気俳優と噂が立つような子だし…お前よりイケメンで稼いでる男なんて、それこそ、いっぱい言い寄って来るだろーし…」
「確かになぁ。」
「…だろ!?」
「でもそれは心配してねーよ。」
「え?なんで…」

御幸は自信満々に笑いながら言った。

「別れてからもずっと俺のことが好きだったって言ってたモン♪」
「…ハァ!?お前そんな…、う、鵜呑みにしてんのかよ…」

信じらんねぇ…手のひらの上で転がされてんじゃねーか?こいつ。

「そりゃー信じるよ。」
「恋は盲目ってか…」
「ちげぇよ。まぁ別に、今までに他の男と付き合ってたって、それが自然だと思うけどさ。でも光は…」
「何だよ?」
「……。」
「だから、何だよ!?」

御幸は口元をちょっと抑えて顔を赤くした。よく見ると口元がにやけてる。

「…処女だったんだよ」
「は?」
「だから、再会した夜…したとき」

…え…。

「…ええぇぇぇ!!?ウッソだろあんな美人が!?」
「エヘ、俺の為に…」
「…ッッッ!!こ…このクソ…」

ハッ…痛がってたのはそれか!!てっきりよっぽどヤリまくったのかと…。う…嘘だろ…マジで…!?

「じゃ、愛しの彼女が待ってるからお先♪」
「あっ!テメッ…!」

御幸はさっさと荷物をまとめて帰って行ってしまった。
…し、処女。処女か…。…マジで?あんな可愛い子が御幸の為に、しかも再開できるかもわからないのに、何年も男を作らなかったってことか…!?
クソ…羨ましい…!!

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