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光の穏やかな寝顔…。
朝起きてそれが見られるのはすごく幸福で、俺は彼女を起こしてしまわないように、息をひそめて見つめる。
…あ〜…昨日の夜は最高だったな…。これなら今夜もきっと…。あ、やべ、ムラムラしてきた。
流石に朝から盛るのはちょっとな…、光にも無理させちゃうし、そればかり目的だと思われるのも嫌だし。
俺はベッドを降りて顔を洗いに行った。簡単な朝食を作って、コーヒーを淹れて、いつもならそろそろ起きてくる光を探して振り向いて…あれ、と思った。まだ寝てるのかな。まぁ、昨日はちょっと、激しかったし…。
起こそうかどうか迷いながら寝室に様子を見に行くと、光はまだ横になっていて、傍に近づいて寝顔を覗き込むと、ちょうど瞬きしていた青い瞳と目が合った。
「なんだ、起きてるじゃん」
「……。」
「おはよ。」
ぼっと赤面して布団を手繰り寄せ、胸元を隠して起き上がる光。
「おはよ…。」
「コーヒー飲む?」
「あ…ありがとう」
「…光」
「……。」
「何照れてんの?」
「う…うるさい……。」
ううう、と蹲って顔を隠す光に、昨日乱れてしまったことを今思い出して悶えてるのかとわかると、たまらなく可愛いと思った。まぁあれは、ローションのせいなんだけど…。
「気持ちよかった?」
肩を抱いて耳元で囁くと、光は蹲ったまま、小さく頷いた。
「はっはっは!可愛いな〜〜お前」
「もうやめてよ〜…。」
「なんで?俺は嬉しかったけどな。」
「……。」
光は口を噤んで、まだ赤い顔のまま、少しだけ素直になるように俺にもたれかかってきた。
「今夜も楽しみだなぁ〜」
「…えっ!?今日も…?」
「ダメ?」
「……。」
光は顔を赤くして俯いて、もう…、とだけ呟いた。こ、これはまんざらでもない…?
予想以上の効き目だ…!
「…もうあっち行ってて!着替えるから」
「はっはっはっ…はーい(笑)」
光に押し退けられて、俺は寝室を退散した。可愛いな〜、初心で…。
リビングに戻ってコーヒーを飲んでいると、光はシャツを羽織って寝室を出てきた。
「…シャワー浴びてくる。」
「うん」
脱衣所に急ぐ光が隣を通り過ぎる際、スッと袖口に触れた。
「一緒に入る?」
「ばか。」
はっはっは〜、と笑う俺をちょっと睨んで、光は脱衣所の扉を閉めてしまった。あわよくば…と思ったんだけどなー。さすがに無理か…。
***
『入ったァァーーー!!御幸一也今日2本目のホームラン!!』
『綺麗に捉えましたね〜!8回表これで7-0となりました。』
『御幸が攻守に渡ってものすごい活躍を見せていますね』
『いや〜〜絶好調ですね〜〜』
大歓声に沸くスタジアム。ベンチで待ち構えるハイタッチの嵐。
そちゃ絶好調にもなるさ、だって…
「おかえりなさい。」
俺の帰りを家で光が待ってるんだぜ?
「ただいま〜。」
「お疲れさま。」
るんるんと抱きしめようと駆け寄ると、光はニコニコ笑顔で受け止めてくれる。
あぁでも、こんな幸せな日々も今日まで…。明日には光は都内に帰ってしまう。
いっそ同棲とか…、なんて考えてみたけど、現実的な問題として、俺は本拠地の近くに住まないといけないし、光は都内での仕事がある。ここから東京までは飛行機も移動手段として使われる距離。ここで一緒に住もうぜなどとはとても言えない。まさか自分が遠距離恋愛なんてものを経験することになるとは…。
「今日も勝ったね。」
光が作ってくれた美味しい夕食を囲み、おめでとう、と目の前でほほ笑む光に顔が緩んでしまう。そりゃー光がテレビで俺の活躍を見ていると思ったら打たないわけにはいかないし、打たせるわけにはいかない。光の前ではカッコいい自分でいたい。
「一也君のチームって強いんだね。」
「……。」
そ…、そっち!?いや、否定はしないけどさ…、今日の得点、7点中5点は俺の打点なんだけどなー…頑張ったんだけどなー…。光、野球のルールには疎いからなぁ〜…。
「あー、うん…」
「何?」
「いや、別に…。それよりさ、明日何時に帰るの?午前中なら俺、空港まで送れるけど…」
そうじゃなきゃタクシー代と飛行機代を渡して…、と考えながら尋ねると、光はちょっと考えるように小首をかしげた。
「うーん…10時くらいにしようかと思って。」
「…ん?」
「ん?」
「…飛行機のチケットとった?」
「ううん。」
「え?じゃあ新幹線で帰るのか?飛行機の方が早いし楽だろ、交通費くらい俺出すし…」
「あ、違うの。」
え?と目を丸くした俺に、光はあっけらかんと言い放った。
「自家用機呼んであるから大丈夫。」
「………え?」
じ…自家用機!?自家用機って光の家の飛行機!?
…や、やっぱりスゲーお嬢様…。
「そ…そーなんだ…」
自家用機…。自家用機か…。…1機いくらくらいするんだ?俺の年俸くらい軽く吹っ飛ぶんだろうなぁ…。維持費も尋常じゃないんだろうなぁ…。それに飛行機となれば操縦士に整備士に、保管場所も…
「あ…」
着信音が鳴り響いて、光はテーブルの上のスマホを手に取った。
「従弟から電話。ちょっとごめんね。」
「あ…、おう」
従弟…。光臣…か。一応、あいつも元婚約者…。
そう考えた俺が無意識に神妙な顔をしてしまったのか、光は一度席を立とうとしたけど、座りなおして俺の前で電話に出た。
「はい、光です。…うん、予定通り明日東京に帰ります。うん、うちの飛行機で。大丈夫。それじゃあ。」
意外にもすぐに電話を切った光は、俺に少しはにかんだ。
「時々電話をかけてくるの。最近はあまり会う事もないから、元気か?って」
「へー…仲良いんだな」
アイツの場合、他の思惑がありそうだけど…
「昔は嫌われてると思ってたけど…光臣は本当は、優しいから」
「……。」
「あ、光臣って従弟の名前ね。」
「う、うん」
優しい…。優しい、ねぇ…。
それは多分、あいつの根底に光への好意があるから……。
「いつか紹介させてね。」
「お…、おう」
「光臣忙しいみたいで、今は確かスウェーデンにいるって言ってたかな?だから、すぐには無理だけど」
「……。」
実はもう会ったことある…とは言えねぇな…。
あいつもまさか、俺と光がよりを戻してるなんてことはまだ気付いてないんだろうなぁ…。気付いてたらコエーよ。
「あ、そうだ。紹介したい友達もいるんだ〜。」
「おぉ、うん。いつでもいいよ。高校の友達?」
「うん。一人は今イギリスの大学に行ってる。もう一人は日本の大学に通ってるけど、今留学中なの。」
「へー…」
さすがお嬢様…。光と同じ白栄高校出身なら、同じようなお嬢様たちに違いない。
「でも留学中の子は秋に一度帰ってくるって言ってたから、近いうちに紹介できるかも。」
「そっか。」
「ふふふ。」
「…何?」
光がはにかむような笑顔で俺を見つめて、俺はじわりと顔が熱くなった。
「恋人っぽいなぁと思って。」
「…照れるんだけど。」
「えへへ。一也君のお友達に紹介してくれて…嬉しかった。」
「お友達?」
「ほら、倉持さん。」
「あー…」
友達…つーか…腐れ縁っつーか…。
「仲良くなれるかなぁ。」
「あんまり仲良くならなくていいよ。」
「えー、どうして?」
「あいつ女に免疫ないから。光みたいな可愛い子に優しくされたらすぐ惚れちゃうから。」
「あはは。何言ってるの。」
光は無邪気にきゃっきゃと笑いとばしたけど、あながち冗談でもないんだけどなぁ、と俺は苦笑した。
***
風呂から出たら、光は既にベッドで横になっていた。これは…暗黙の拒否なのか…?
「おーい…」
「……。」
「…起きてる?」
小さな声で呼びかけてみると、光はうっすらを目を開けて、眉根を寄せて俺を見た。お、起きた…、と喜んだのもつかの間、光はぽつりと辛そうに呟いた。
「ごめん、ちょっとだるくて…先に寝てた」
「え?大丈夫?」
「大丈夫」
「だるいって、熱は?」
「そういうのじゃないから」
???
疑問符を浮かべる俺を余所に、光は布団をかぶって目を瞑ってしまった。これは…行為なんて言ってる場合じゃねーなー…。体調が悪いんじゃなぁ…。
……したくなくて誤魔化されたとかじゃないよな?まさかな…。
電気を消し、俺もベッドに横になった。2人で過ごす最後の夜だと考えると寂しい気もしたけど、隣の光の体温を感じながら、俺はほのかに幸せを感じつつ目を閉じた…。
――のそ、と隣で動く気配がして、目が覚めた。
部屋は真っ暗で、しかし隣に寝ていたはずの光の姿が無い。携帯で時計を見ると、深夜2時。バスルームの電気がついている。寝ぼけ眼で、だけど寝る前に光の体調が悪い事を聞いていたことが引っ掛かって、俺は身を起こした。
「光?」
コンコン、とバスルームのドアをノックする。中からは水の音がした。
「あ…、大丈夫。起こしてごめん」
中から光の声が返ってきた。
「…大丈夫だから、寝てて。」
まだドアの前に俺がいることを気にして、光はそう言った。腑に落ちないながらも、俺に来てほしくない様子だったから、俺はベッドに戻った。ベッドに戻っても眠れずにいると、やがて光も戻ってきて布団にもぐり、蹲った。
「光?具合悪い?」
「…大丈夫」
大丈夫そうには見えないんだけど…。
「無理するなよ、どうしたの?腹痛い?」
光がお腹を抱えて蹲っているのでそう尋ねたけど、答えはなく、俺は間接照明をつけた。
「うわ!顔色悪いじゃん、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だってば…、」
「大丈夫じゃねーだろ!無理するなって、病院行くか?」
「…大丈夫だから!うるさい。」
う…、うるさい…!!?光が俺に、「うるさい」…!?!?
そんなこと言われたことあったっけ…、と一瞬気が遠のいて怯んだすきに、光の口からさらに衝撃的な言葉が飛び出した。
「…生理来ちゃっただけ。」
「せ、…え?」
せ……生理…?
聞き慣れない言葉が頭の中をぐるぐる回って、その意味を理解したとき、ぶわっと顔が熱くなった。
「あ……、そ、そー…なんだ」
光は頷いたか頷いてないか曖昧に顔を動かして布団にもぐった。俺はまた電気を消し、大人しくすることにした。
「……。」
「……。」
「……大丈夫?」
まだ蹲ったままの背中から苦しげな息遣いを感じて、静かな声で尋ねた。
「…お腹痛い。」
すると子供が駄々をこねるようなか細い声が返ってきて、少し笑いそうになってしまった。こんなふうに光が甘えるのは初めてで、嬉しくなってしまって。
愛おしさをそのままに寝返りを打ち、背中から抱きしめるように腕を回して光の柔らかなお腹に手のひらを添えると、光が少し笑って、俺の手に自分の手を重ねた。
そしてそのまま俺たちは、身を寄せ合って眠りについたのだった。
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