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「…帰りたくないな。」

空港のロータリーまで車で送ると、光は助手席で落ち込んだように呟いた。愛おしさで胸が苦しくなるのと同時に、懐かしさが蘇った。

「昔もよく言ってたな〜ソレ」
「だって、先輩…」
「……。」
「……。…間違えた…。」
「ブッ…くくく」
「笑わないでよー!」

光も昔の事を思い出したのか、無意識に「先輩」と俺を呼んで顔を赤くした。可愛いなぁ、ほんと…。

「じゃー俺の事が大好きな光ちゃんに…」
「え?」
「…冗談だって。ほら、これ。」

むっと恥ずかしそうに俺を睨む光の柔らかな手に、鍵を握らせた。俺のマンションの部屋の鍵だ。

「いつでも来ていいから。」
「…いつでも?」
「うん。」
「勝手に?」
「帰ってきてお前が部屋にいたら、嬉しくて泣いちゃう(笑)」
「……。」

冗談交じりにそう言って、光がはにかむのを見て、じんと胸が熱くなった。ほんとは同棲…も考えてたんだけど、気が早すぎて引かれたくないし、そもそも光は東京で仕事があるんだから、現実的に無理だ。
でもいつかは、結婚とか……。

「…また連絡する。」
「うん。」

光はいろんな思いを飲みこんだ顔でそう言って、俺は頷いて、身を乗り出してキスをした。



***



光を空港へ送ってマンションへ帰ってきて、家を出るまでまだ時間に余裕があるなと手持無沙汰にソファに座り、いつもより広く感じる部屋の中を見渡した。

…え…なにこれ。寂しい。
俺の家こんなに静かだったっけ……。

結構一人で過ごすのは好きな方なんだけどな。光が帰るとこんなに寂しくなるなんて…。あ、やばい、泣きそう。嘘だろ俺、今生の別れをしたわけでもないのに。

「…はぁー…」

光…次はいつ会えんのかなぁ。しばらく撮影が忙しいって言ってたな…。

――コン、コン、コンココン

ノック音が聞こえた。俺は息をのんだ。その音は、光が一度寝室のドアを叩くときにふざけて叩いていたのと同じリズムだった。
光、戻ってきたのか!?でも、どうして?どうやって?俺が空港を出てすぐに、タクシーか何かをつかまえて引き返してきた?

「光?」

忘れ物でも――?
それとも…どうしよう、帰りたくない、なんて言われたら――!!
にわかに浮かれて俺は玄関のドアを開けた。直後、ドアの外の人間が誰なのかを認識する前に、胸ぐらをつかまれて壁に押さえつけられた。

「…!!?お前…、」

見覚えがある。大人びて、洗練されて、イメージは少し変わったけど…。

「み…光臣?」
「今のは光が仲のいいメイド長と人目を避けて話すときの合図だ。小さい頃からやっていた。」
「……。」

唖然とする俺の胸ぐらから手を離し、光臣は手際よく背後のドアの鍵を閉めた。

「え…スウェーデンにいるって…」
「俺の本当の居場所を知っていると危険だったのでな。」
「は…?…つーか、なんでここが…」
「そんなことを説明してやる義理はない。」
「…俺の家なんですけど」

自己中心的なのは相変わらずだ。いや、光中心か?

「幸せな4日間を過ごしたようだな。」
「……。」

光がここにいたのもお見通しか…。つか、そうでもなきゃわざわざ俺のとこに来ないよな。

「何の用?俺忙しいんだけど」
「すぐ済む。お前次第でな」
「?」
「単刀直入に言う。」

スッとしたシトラス系の香水がかすかに香ってくる。随分スカした男になったものだ。とても未成年には思えない。

「光の前から消えろ。」
「ヤだ。」
「……。」
「用は終わったな?ほら、さっさと帰れ」

だけど俺の方が年上。いつまでもこいつに振り回されてたまるか。

「…ふざけるな。」
「ふざけてねー真面目だ。そもそもお前はただの従弟だろ。指図される筋合いはねーよ。」
「お前に光を任せるわけにはいかない。」
「3年前と言ってることが違うぞ。」
「同じだ。光を守りたいだけだ。もうお前は必要ない。」
「お、カッコイイこと言うねぇ〜。はっはっはっ!」
「……。…光にとってお前は珍しい存在だっただけだ。本気で惹かれてるわけじゃない。わかるだろ?住む世界が違うんだよ。」
「……。」

ふっと笑みがこぼれて、光臣が訝しげに俺を睨んだ。
住む世界が違う?…そんなこと、もうずっとわかってる。

「光さ…、お前のこと、俺に紹介したいって言ってたぜ。」
「……。」
「俺としては、光にいつまでも隠し事はしたくねーんだけど…」
「…弱味でも握ったつもりか?」
「ちげぇよ。俺はお前とも良い関係でいたい。光の為にな。それはお前だって同じだろ?」
「話が違う。そもそも俺は、お前と光の関係を続けさせる気はない。」
「は〜、まァだそんなこと言うわけ?」
「……。」
「どーすりゃ認めてくれるんだ?義弟よ。」
「俺は従弟だ。」

光臣はため息を吐き、ジャケットのピンバッヂを外して石をカチリと押した。ポタッ、と透明の雫が一滴床に滴った。気を取られていると、光臣にそのピンの針を首筋に突き付けられた。気づけば足も腕も巧みに固定されている。光臣に何らかの武術の心得があるのは間違いなかった。

「この神経毒が1滴でも動脈内の血液に混ざれば、1時間で左脳の機能がマヒし3時間で呼吸が止まる。万が一命を取り留めても、一生右半身麻痺と言語障害の後遺症が残るだろう…」
「はっ…?」
「光と別れるか?」

え…なんだそれ!?何この状況!?俺殺されるのか…?いやウソだろ?さすがに冗談だよな?

「お前MIBみたいだな〜…」
「ならお前は宇宙人か?それならいなくなっても問題ないな。」
「待て待て待て待て!!その物騒なモン仕舞えって!!」
「光と別れろ。」
「だから、なん…っ、なんでだよ!!」

ピリリリリリ、と突然無機質な電子音が鳴り響いた。…俺のスマホの着信音だ。そう気づいたとき、光臣が俺の上着のポケットからスマホを抜き取った。大きな画面に映る、「光」という名前が俺にも見た。

「おい…、返せよ。」
「……。」

光臣は俺をつかまえたまま、電話の応答ボタンを押して俺の目の前にスマホをかざした。

『…もしもし?一也君…?』

光の声がスピーカーから響いてくる。

「光…、」

何も言うなよ、と言わんばかりに、光臣は俺の腕を掴む力を強めた。

「…どうした?」
『あのね…』
「……。」
『……。…あの…。』
「…何?」

光の声はか細く、言い辛そうに掠れて、それから甘えるように絞り出した。

『…やっぱり…もうちょっと、こっちにいちゃダメ…?』

開きっぱなしの唇が震えて、胸の奥が熱くなって、光臣に睨まれているというのに、思わず笑みがこぼれた。

「…いいよ。でも大丈夫なのか?」
『明後日と、来週は撮影があるけど…こっちから通う。』
「はは、わかった。じゃあ今から空港まで迎えに行くよ。」
『一也君、今マンション?』
「そうだけど?」
『じゃあタクシーで行く。…早く会いたいから』
「はっはっ…うん、じゃあ…待ってる。」

光がかすかに笑った気配がして、じゃあ、と電話が切れた。

「つーわけで…光が帰ってくる前に帰った方がいいんじゃねーの?お前。」
「……。」

光臣は不服そうに眉を寄せ、スマホを棚の上に置くと俺を解放した。ピンバッヂをジャケットの胸元に戻し、パンパン、と襟の皴を直す。

「…そのピンの毒、冗談だよな?」
「……。」

ちらり、と俺を睨み、光臣は踵を返してドアに向かった。

「邪魔したな。」
「ほんとだよ。」

…バタン。ドアが閉まり、俺はため息とともに床に座り込んだ。…一体何だったんだ…。
だけど…光が戻ってくる。これって実質同棲…?あ…やばい、ニヤける。

早く来ないかな…。

俺は光が来るのが待ち遠しく、そわそわと立ち上がった。

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