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一人分の食事を作るのが面倒だと、愚痴だか自慢だかわからないことをぼやく御幸の家に、今日は転がり込むことにした。御幸の彼女…玉城光が滞在中だからここ1週間ほどは遠慮していたけど、普段はほとんど毎日のように御幸の部屋に来ていたから、今日は久々の日常だ。食にこだわりのある御幸は自炊していて、いつも弁当か外食で済ましてしまう俺にとってコイツの作る飯は貴重な栄養源だ。だけどこいつが同棲を始めたなら、それももうなかなか食えなくなってしまう…。地味に困る。いや、まあ、自分で何とかするべきなんだけど…面倒くせえなぁ。
「今日の飯何?」
「はっはっはっこんなデケェ息子知らねーぞ俺は」
「ああ!?俺だってこんなデブ親父知らねぇわ!」
「はっはっはっは!」
御幸とふざけ合いながら玄関に入ると、女物の青い靴が目に入った。…同棲してるから荷物があるのか。落ち着かねぇ…御幸の部屋に女のにおいがする…。
「そうだな〜豚肉とピーマンあるし青椒肉絲とか…」
「おっいいねぇ中華」
「あっ、おかえりなさい!」
ぴょこんと、リビングにいた美少女が登場して、俺は一瞬怯んだ。美少女は俺を見て、笑顔を浮かべて「こんにちは」と言っている。しゃ、喋った…って当たり前か。
「え…光!?早いな、夜になるって言ってたのに」
「早い飛行機に乗れたの。」
そーなんだ、と御幸は緩み切った顔で言って、二人はナチュラルに互いの腕に触れあった。目の毒…。
「ごめんね、ご飯用意しようと思ってたんだけど、私もさっきついたばかりでまだ…」
「いいってそんなの!そうだ、どうせなら何か食いに行こうぜ。倉持もいるし」
「えっ」
「そうだね。あっ、じゃあ私も友達呼んでもいい?今こっちの実家に帰省してる子がいるの。急だから来られるかわからないけど」
「いいよ、電話してみろよ。」
「うん。」
玉城光は頷いて、俺ににこやかな目礼をし、スマホを持って退席した。な、なんか、とんでもないことになったんだけど…。
「いい?倉持。」
今更俺の許可を求める御幸。ここまで話ついててダメなんて言えるわけ―だろうが!…まあ、いいけどさ。
「…別にいいけど」
「どこにすっかな〜。この辺って飯屋なんかあったっけ?」
御幸はスマホで飯屋の検索を始めた。
「樹庵は?」
「飲み屋じゃん。」
「いつも行ってるじゃねーか。」
「光の友達も来るんだからもうちょいさぁ…」
「知らねーよ。」
「あ、ここいいかも。ちょっと電話してくる」
結局御幸はネットで見つけた店に予約の電話をかけながら寝室に行った。…そういや練習後だから適当なカッコだし、俺もいったん帰って着替えようかな…。
「あ。すみません、あの…」
玉城光が戻ってきて部屋の中を見渡した。御幸の姿がないからだろう。
「あ、ちょっと、電話しに…」
「あ。そうなんですか。」
寝室の方を指して答えると、彼女はふわりと柔らかく微笑んだ。…刺激が強い!!御幸の奴、ホントよく一緒に暮らせるよな…。
「…お友達、大丈夫ッスか?」
「え?あ、はい。来られるそうです。」
「あ、そっすか…。」
「はい。」
……間が持たねえ……!!御幸はいつも何話してんだ!?この直視するのも大変な美女と!!
「…あ、あの…ちょっと、俺、一旦帰りますね」
「え?」
「き、着替えとか…したいんで。家すぐそこだし…」
「あ、そうですよね。一也君には伝えておきます。」
「あざっす…。…じゃ。」
いたたまれず、俺は言い訳のようなことを言ってマンションを出た。外に出た瞬間、大きなため息が出た。…緊張した。…あ〜、食事…気が重い…!喉を通る気がしねえ…!
俺は一人でうんうん唸りながら、自分のマンションへと帰った。
***
マンションでスポーツウエアからシャツとパンツに着替え、御幸の連絡に従ってしゃれた和食料理屋に向かった。彼女がお嬢様だと苦労すんなぁ…こんな店、あいつ普段行かねーくせに。
けれど玉城さんが呼んだという彼女の友達にはちょっと、興味がある…。高校の時の友達らしいし、元白栄生とか絶対お嬢様だろ。可愛い子かな…?
「お、来た来た。」
「…っす」
通された個室には、御幸と玉城さんが向かい合って座っていた。俺は御幸の隣に座り、荷物を下した。
「もう料理頼んであるから。」
「あ、そう…」
御幸もこざっぱりした格好に着替えている。玉城さんはワンピース姿だ。…やっぱすっげえ…美人…。
「あ、着いたみたい。」
スマホを開いた玉城さんが、メールか何かを確認して嬉しそうに言った。そのすぐ後に、個室の引き戸がノックされ、失礼いたします、と店員が引き戸を開けた。
「こんばんは。お待たせしてすみません。」
店員に案内されて部屋に入って来たのは…これまた小顔ですらっとした美人。ショートカットで中性的な顔立ちで、ちょっと気の強そうな、背の高い女の子。モデルだと言われても納得する。美人の友達は美人って、マジなんだな…。
「紹介するね。中学からの友達の司。」
「鷹野司です。」
よろしくお願いします、と鷹野さんは凛々しく会釈をした。
「御幸一也です。」
「あ…倉持洋一です。」
こちらもよろしくと頭を下げると、玉城さんが口を開いた。
「3年間一緒にクラス委員をしてたの。」
「私が委員長で、光が副委員長で。」
ね、と女の子二人は仲睦まじげに目配せをした。確かにしっかりしてそうな子だ。
「今は…大学生?」
御幸が尋ねると、はい、と鷹野さんは頷いた。
「京都大学の1年です。先月からイギリスに留学してたんですけど、今は冬休みでこっちに。」
「へえ…スゴいですね」
御幸の相槌に、俺も思わずうなずいた。頭良いんだなー…。
「すごくなんてないですよ。光に比べたら」
「え?」
「光も大学に進めばよかったのに。」
急に話を振られて、玉城さんは困ったように苦笑した。そういえば玉城さんって、高校卒業してそのまま芸能界に入ったのか…。それで成功しているんだから、それもすげえけど。
「あれ、聞いてませんか?光、ハーバード大とブラウン大の合格を蹴ってるんですよ。」
「…え!?そうなの?光。」
突然投下された衝撃的な事実に、御幸だけでなく俺も驚いた。そんな話、テレビでしか聞いたことねえって…!
「それは…。その時は私、大学進学できないはずだったから…。」
「え?」
玉城さんの言葉に、御幸は思い出したように息を飲んで、鷹野さんは苦々しく口を閉ざしたけど、俺だけが目を丸くして疑問符を浮かべていた。
「お待たせいたしました。季節の野菜の蒸し物でございます。」
その時店員が料理を運んできて、俺たちの会話が一度途切れた。
料理が並ぶと、玉城さんは苦笑を浮かべながら、俺を気遣うように躊躇いつつ口を開いた。
「私、高校生の時…家の決まりで、婚約者がいて」
「え…!?」
思わず御幸を見ると、御幸は真剣な目で玉城さんを見つめていた。
「それで…高校を卒業したら、結婚する予定だったから」
「……。」
「大学入試は、記念のつもりで…。」
えへへ、と場のはりつめた空気を誤魔化すように、玉城さんは苦笑いをした。
「で、でも…今のお仕事も楽しいし、大学で学びたいことも特になかったし、私は全然」
それでも空気が和まなかったので、玉城さんはそう笑いながら手をぱたぱた振った。
「光は昔から自己主張が弱すぎ!もっとやりたいことやればいいのに。」
「やってるよ?」
「全然やってないよ!ね、御幸さんもそう思いません!?」
「え?俺?」
御幸は顔を引きつらせて玉城さんを見、うーん、と唸った。その困った顔を見て、玉城さんはニコニコ笑いだした。
「ふふふ。私一也君にはすっごい我儘言ってるから、同意しないと思うよ。」
「えー!?なにそれ!?」
「ははは…。」
御幸はにわかに赤面して苦笑した。思い当たることがあるらしい。しかもまんざらじゃなさそうだ…。
「でももったいないって。光、このまま日本で女優とモデルだけやってくなんて…」
それも十分凄いと思うけど…。俺と御幸が言葉を失っていると、鷹野さんは我慢できない様子で身を乗り出してきた。
「光って本当にすごいんですよ。見ての通り美人だし、語学も堪能だし、物理学と考古学はアメリカの大学の研究室から声がかかるほど学びが深いし、ピアノはプロ級だし、それに…」
「も、もうやめてよ、司。」
玉城さんが鷹野さんの腕を引いて座らせた。顔を赤くして、大したことないから、と御幸に言っている。
「それより司は?卒業後どうするの?」
「私?私は家を継ぐかなぁ。お父さんが良いって言ったらだけど。」
鷹野さんはそう答えて、うち呉服屋なんです、と俺と御幸に言った。なるほど、お嬢様だ。
「じゃあ卒業後もここに残るんだ?」
「うん。だから光が御幸さんと結婚しても会えるね!」
「え…。」
「……。」
鷹野さんは深く考えずに言ったらしいけど、玉城さんと御幸はにわかに顔を赤くして黙り込んだ。
「き…気が早いよ。」
「え?でもいつかはするでしょ?」
「……。」
玉城さんは困り果てたように苦笑を浮かべて顔を赤くして俯く。何かこうしてみると、会う前のイメージとかけ離れてる…。こんなふうに照れたりすんのか…。なんか…、…可愛い…。
「俺はしたいけど。」
「え…。」
…と、俺が見惚れている隣で御幸が爆弾発言を投下した。玉城さんの顔がどんどん赤くなり、御幸も赤面して唇を噛んだ。
「何自分で言って照れてんだよ。」
「……。」
御幸はそれを俺に指摘されて悔しそうに顔を背けた。
「ひゃ〜、なんかいいなぁ。もうここでプロポーズしちゃったらどうですか?」
鷹野さんが玉城さんを小突き、御幸にそう言うと、御幸は赤い顔で精いっぱい澄ましつつ、言った。
「…そういうのはちゃんとしたいんで…こういう場ではしないです。」
「……も、もうやめて…。」
とうとう玉城さんは真っ赤な顔を両手で覆ってしまった。こっちまで赤面しそうだ…。つーか実際暑くなってきた。鷹野さんは、ひゃあ〜、と興奮気味に楽しそうにその様子を見て嬉しそうにしている。
「光がこんなになってんの初めて見た〜。学校でモテモテだったけど、一切男子とは口きいてなかったもんねぇ。」
「……。」
「で?光的には御幸さんからプロポーズされたらオッケーなの?」
「…も…もううるさい。私たちの話は禁止!」
玉城さんが恥ずかしそうにそう宣言すると、鷹野さんは不満そうにえ〜と声を上げた。
「お前も何か話せよ。」
「……。」
御幸が俺を小突いて矛先を向けてきた。確かにさっきから俺、ほとんどしゃべってない。というか、その隙が無い。
「えー、あー…、え〜と鷹野さん…は、今付き合ってる人とかいるんすか?」
努めて軽い調子で尋ねたのに、隣の御幸がからかうようにニヤニヤと俺を見た。うぜえ。
「私ですか?いませんけど。」
「へー…じゃ、どんな男がタイプとか…」
「私、男の人に興味無いんですよぉ。」
けろりと笑って鷹野さんが言い放った。え、と不意打ちを食らって目を丸くした俺たちの前で、玉城さんがじろりと鷹野さんに抗議のまなざしを向けた。
「光みたいな子がタイプなんです〜。」
「もー、まーたそういう…。」
きゃっきゃと玉城さんに抱き着いて笑う鷹野さんを、玉城さんは迷惑そうにあしらった。
「冗談ですよ。司、好きな人いるもんね。」
「え?あ、そーなんすか…」
「残念だったな倉持。」
「どういう意味だよ。」
「バラさないでよ〜光〜。つまんないじゃん。」
「面白くもないけどね。」
玉城さん、友達には結構毒舌なんだな…。意外だ。
「好きな人って?大学の同級生?」
「違います〜…っていうか内緒ですよ!」
「え?じゃあ俺らも知ってる人?」
「やだ〜倉持さん鋭い!怖い!やだ!」
「ヒャハハ。」
鷹野さんは案外気さくで話しやすいタイプだ。
いつの間にか空気も和らいで、俺たちはそれなりに楽しく談笑しながら夕食の時間を過ごした。
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