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「こんにちは。」

翌週の日曜日、映画でも観に行くかと玉城光ちゃんを誘った。
待ち合わせ場所に現れた彼女は、黒いリボンタイ付きのお嬢様らしい白いワンピース姿。可愛い。可愛いけど、緊張する。これってデート…だもんな、一応。

「おう…」
「……。」
「……?」

何かを待つように俺を見上げる光ちゃん。

「行きますか?」
「ああ、うん。」

しかしそう言われたので、俺も気にせず歩き出した。

「ねぇ」
「ん?」

すると隣の光ちゃんは小首を傾げて俺を見上げる。

「手、繋がないの?」
「……。」

手を差し出して見せて、無垢な顔で俺に尋ねる彼女。俺はじんわりと顔が熱くなった。

「…繋ぐの?」
「繋がないの?」
「繋ぎたいの?」
「繋ぎたくないの?」
「……。」
「もしかして照れてるの?」

ぎくり…。そりゃ、だって、今まで彼女なんていたことないし。
赤くなる俺の顔を、光ちゃんは面白そうに眺めた。

「ナンパとかするわりに…」
「…いつもしてるわけじゃないから。初ナンパだから。あれ。」
「そうなの?」
「…そーだよ」
「じゃあなんで私にナンパしたの?」
「……。」

じゃんけんに負けたし…あの中で一番、気になったし…色々なことが重なって…。

「ねぇ、何で答えないの?」
「なんでなんでうるさい。」
「……。」
「……?」
「ねぇ…、そういえば、なんて呼べばいい?」
「え?」
「名前。」

俺をちょっと指差してそんなことを尋ねる光ちゃん。ころころ話が変わる。結構相手を振り回すタイプらしい。

「なんでもいーよ。」
「それが一番困るの。」
「じゃー名前で。」
「名前?先輩つけた方が良い?」
「それはどっちでも。」
「一応先輩だし」
「一応ってなんだよ…」
「じゃあ…、……。」
「……。」

口を開きかけた光ちゃんは、はっとしてちらりと俺を見た。…まさか…

「あの…、ごめん、名前なんだっけ?」
「……。」

マジかよ。

「えぇ〜…名前忘れる?普通…」
「ごめんごめん。ねぇなんだっけ?」
「…御幸一也」
「あ、そうそう!女の子みたいな名前って思ったの」
「……。」

すげー無遠慮…。おしとやかな見た目とはいよいよ印象がかけ離れてきた。

「じゃ、一也先輩って呼ぶね。」
「はいはい。…じゃ、俺は何て呼べばいいの?」
「光でいいよ。」

軽やかに告げられたその名を、照れずに呼ぶにはまだ少しかかるような気がした。

「…わかった」



***



「何観る?」

映画館について、なんだかきょろきょろしている光と上映中作品のポスターの前に立った。

「…ここで選ぶの?」

なんだか変な事を聞くなぁ、と思いながら、俺はポスターを指さした。

「気になるのがあったら、そっちで上映時間確認して…あっちでチケット買うんだよ。」
「……。」
「もしかして普段あんま映画館来ない?」

あきらかに不慣れな様子の光にそう尋ねると、光はちょっと恥ずかしそうに肩を竦めた。

「初めて来た。」

まさかの初めて…。箱入りで育ったのかなー…。

「…そーなんだ。」
「うん。」

あまりもの珍しそうにするのもなと思い、軽く相槌を打つ。
結局、光は他愛もないラブストーリーを選んで、俺たちはチケットを買って中に入った。ちょうど上映時間まであと少しだった。
場内はガラガラで、俺たちの他に2,3組しか客がいなかった。映画自体、上映が始まって結構経っているようだし、そもそもこの映画館自体、普段から客入りが少ないのだ。

「ねえ。」
「ん?」

席に着くと、光が声をかけてきて、また何を言い出すのかとちょっと身構えた。

「これから暗くなるんでしょ?」
「ああ。映画始まったら静かにな。」
「わかってるよ。映画で見たことあるもん。」
「……。」

家で映画を見たりはするらしい。しかし映画館についての知識がそれって…。

「そしたらさ、手握ったりするんでしょ?」
「……。」
「聞いてる?」

偏ってる…映画館の情報がスゲエ偏ってる…。何の映画見たんだ、この子…。

「…あのさぁ」
「ん?」
「仮にそうだとしても、あらかじめそう言われると、すげえやり辛いんだけど。」
「えー。」

光は不満げに口を尖らせて、しかしすぐにえへへと頬を緩ませて、両手を膝の上に置いた。

「デートみたい。」
「……。」

デート…なんだけど…一応。
光にとって俺って何なんだろ…。まぁでも、変な関係だよなー、俺たちって…。

「さっきは結局恥ずかしがって繋いでくれなかったし。」
「……。」
「ちゃんとデートしてよ。」
「……ちょっともう黙って」

恥ずかしさに耐えられそうにない。俺、手ぇ握るの期待されてる…!?

「あ…暗くなった」

光がわくわくするようにかすかな声で囁いて、俺にとって緊張の2時間が始まったのだった。



***



映画後に入ったカフェ。

「……。」

ムスッとした表情で俺を睨む光。むくれても可愛いなんて反則だ。

「…なに、さっきから」
「だって、全然デートっぽくないんだもん。」

カラカラ、とストローでオレンジジュースの氷をかき混ぜながら、光は文句を言った。

「なに…その、デートっぽいって」
「だから…手繋いで歩いたりとか〜…」
「手ぇ繋ぎたいの?」

頬杖をついて尋ねてみると、光はちょっと顔を赤くした。…この子も照れることあるんだ。

「…繋ぎたいって言うか」
「……。」
「…繋がれてみたい」

ちら、と青い瞳が俺を見上げた。
かっ…可愛い…可愛さの濫用…

「……。」

にわかに降りた沈黙に任せて、俺は、テーブルの上に無防備に置かれた白い手に、そっと手を伸ばした。
青く血管が透けるほど真っ白で、薄く、柔らかな手。その甲を指先で撫でると、驚くほど滑らかで、俺は手の動きを止めた。うわ…すべっすべ。女の子の手ってこんなにすべすべなの?

「……。」

光は少し顔を赤くして俯いたまま黙っていて、それがなおさら俺の羞恥を掻きたてた。勢いで手ぇ握っちまったけど…よかったのか?これ。つーか、離すタイミングがつかめない…。
すると光の手が少し動いて、するりと手の中から抜けていった。は…離された。そうショックを受けるのと同時に、その手は俺の指先を軽く握って、更にはもう片方の手まで使って、両手で俺の手を広げてまじまじと観察し始めた。

「…何してんの?」

自分ばかり意識しているのかとちょっと悔しくなる。この子の行動が全く読めない。

「ごつごつしてたから…」
「……。」

珍しい物でも見るように、光は俺の手のひらのまめをじっと見つめた。

「痛そう…」

あまりに深刻な顔でそう呟くものだから、俺は少し笑いそうになった。

「痛くねーよ、別に」

野球部ではこのくらい珍しくもない。もっとまめだらけな奴もいるし。

「痛くないの?」
「つぶれたら痛いけど。」
「つ、つぶれるの?」

ちょっと怯えるように驚く光。俺にとっての彼女がそうであるように、彼女にとっての俺もまた、ちょっと現実離れした物珍しい存在であるようだった。

「おう。どんどん大きくなっていって、ある日突然…」
「ええっ!?」
「…ぶっ…くっくっく」
「…えっ!?何…、何で笑うの!」

からかわれたと知って顔を赤くする光。この子からかうのおもしれー。今日は振り回されっぱなしだったから、ちょっとした仕返しだ。

「嘘なんでしょ!」
「当たり前じゃん。」
「当たり前じゃない!ひどい!」
「はっはっは!ごめんごめんて」

ひーひーおなかを抱えて笑い、ちょっと落ち着いてきたころ、俺はアイスティーを飲んでようやく落ち着いた。

「このくらいのマメ、バット振ってりゃ誰でもできるよ。」
「バット…」

あ、と納得したように頷く光。ようやく俺が野球部だと実感し始めてくれたらしい。

「すごい…」

光はしぱしぱ目を瞬いて俺の手を見つめる。そ、そんなに澄んだ目で見つめられると…ちょっと恥ずかしいんだけど。

「へぇ〜…」
「……。」
「わぁ…」
「……。」

おそるおそる俺の手のひらをなぞってみたり、裏返してみたりと、思う存分俺の手を観察する光。俺はもう我慢ならなくなって、ひょいと手を引っ込めた。

「あっ」
「もう終わり。」
「…ケチ」

ケチってなんだ。思わず噴き出すと、だからなんで笑うの、と光は頬を膨らませた。

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