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「なぁ、今日女子と合同だな。」
「玉城光、来るよな?」

クラスメイトの会話が聞こえてきて、俺は眉を寄せた。

「容姿端麗成績優秀。さすがはあの玉城グループの令嬢だよな〜。」
「でもあそこは男子世襲制だろ?玉城光って一人っ子だよな。」
「母親が若くして死んだらしいよ。だから、血のつながった男子…従兄と婚約してるらしい。高校を卒業したら結婚して、家に入って夫のサポートだってさ。」
「うわ〜、もったいねえ。あの子なら継いでも問題ないだろ。それに美人だから、芸能界ででもやって行けるだろうに。」
「あの美貌で裏方は確かにもったいねーよなぁ。」

「おい、光臣。」

そのうちひとりが振り向いて、しびれを切らしたように俺を呼んだ。

「聞こえてるんだろ?お前の従姉の話だぞ。」
「無視してたんだよ。」
「そう言わず。なあ、実際どうなんだよ?やっぱ婚約中ってことは、恋愛禁止なの?」
「…知るか。」
「なんでだよ、家族のことじゃん。」
「興味無い。」
「え〜!?あんな美人に興味がないなんて…お前枯れてんな〜。」

うるせえな、と胸中で呟き、本のページを捲った。

「つか婚約中ってことはさ…」
「光臣の兄貴とそういうことしてんの?」
「……。」

友人たちの下種な質問を受けて、俺の脳裏には去年の冬の出来事が蘇っていた。
あれは俺と光が中学3年の冬休み…。兄貴が叔父の会社での最後の研修を終えて、屋敷に帰ってきた夜のことだ。




「光。」

夕食の席で、兄貴が切り出した。

「今夜話があるから、部屋にいてくれ。」

光の顔が青ざめて、危うくナイフを取りこぼしそうになっていた。

「……はい…」

震える声でそう頷いた光が、恥じらっているとでも思ったのだろうか。兄貴は満足げに口角を上げ、食事を再開した。
夕食が終わり、入浴も済ませて、俺は書斎に行く途中で光の部屋に入って行く兄貴の姿を見た。当然のような顔をしてそこへ入って行く兄貴の姿を見て、俺は虫唾が走ったものだ。
俺は書斎へ行って歴史書の一つを乱暴につかみ取ると、そのままの足で光の部屋へ向かった。

「おい!!」

突然部屋に怒鳴り込んだ俺を、二人は目を丸くして振り返った。俺はそれに構わず、兄貴が肩を抱いていた光の細い体をベッドの上に突き飛ばした。

「きゃっ…!!」

光の身体は簡単に倒れた。俺は一息に持ってきた歴史書を彼女に投げつけた。

「おいおい…落ち着けよ、どうしたんだ光臣?」

兄貴はまるで気難しい弟を宥めるように穏やかな態度を装って言った。さっきまで年端も行かぬ少女を抱こうとしていたくせに、まるで自分は理性ある大人だとでもいうかのように。

「本がなくなってるんだよ!!お前、昼間書斎にいただろう!!失くしたことに俺が気づかないとでも思ったか?」
「し…しらない…」
「今日はお前以外誰も書斎に入ってない!!この本を俺がどれだけ大事にしていたか知ってるよな!?どこにやったんだ、おい!!」
「光臣、暴力はやめろ。」

光の腕を掴む俺に、兄貴は諭すように言う。けれど俺は構わずに、彼女を引っ張りあげた。彼女は人形みたいに軽く、簡単に引き寄せられた。

「来い!!失くした本を探せ!!」
「……。」

光は俺に連れられて書斎に突き飛ばされ、呆然としていた。真っ暗な部屋の黒々とした絨毯の上でへたり込む寝間着姿の彼女に、俺は吐き捨てた。

「創基閲伝の5巻だ。見に覚えがあるだろ。」
「……え……」
「見つけるまで出てくるんじゃないぞ!!」

俺は怒鳴り散らして、乱暴に書斎のドアを閉め、外から鍵をかけた。あの後、本棚を見て…本がすべてそろった本棚を見て、彼女は何を思っただろう。
思惑はバレていないと思いたい。




「つーか光臣の兄貴って何歳?」
「今年30」
「は!?…まじかよ…」

マジだよ。そんなロリコンクソジジイが光を手に入れるんだ。
あと2年半で。
世界一、美しい女を。

クソみたいだろ。



***



「おっ、玉城光…。」
「美人だなー、やっぱり」

合同生徒会が始まろうとしていた時、クラスメイト達の声で、俺も彼女の姿を見つけた。普段会うことのない異性の学生たちを前に、男子も女子もそわそわしている。その中で光はひとりだけ興味もなさそうに目を伏せて、男たちの注目を意にも介さず席へ向かうのだった。
わかっているのだ。男とのうわさが、兄貴の機嫌を損ねると。両親をがっかりさせると。俺が奴らに告げ口をするとでも思っているのだ。彼らにそんな義理はないのに。

昨日、町で彼女の姿を見た。

知らない男と歩いている彼女を。
朗らかに笑い、拗ねたように怒り、男の一言で顔を赤くしてはにかむ彼女を。

一也先輩。

漏れ聞こえた彼女の嬉しそうな声は男をそう呼んでいた。
驚いて見つめすぎて、彼女と一瞬目が合った、気がした。すぐに顔を背けて、俺は足早にその場を去った。
俺にバレたと知ったら…きっと、彼女は焦る。でも、それを確かめたりはしないだろう。そんなリスクを彼女は侵さない。だから、俺が黙っている限りは…何も起こらないはずだ。

だけど驚いた。
あの光が、まさか恋人を作るなんて危ない橋を渡るとは。
兄貴への反骨心か?自暴自棄には見えなかった。あの男がよほど好きなのか?
家族にバレたらどうなるか、光自身よくわかっているだろうに、それでもあの男と付き合うのは…それほど本気だという事なのか?
光は…
あの男と、兄貴に立ち向かうつもりなのだろうか。

学校を終え、俺は電車に乗った。
男のことは人の手を借りるまでもなくすぐに顔が割れた。青道高校の2年、御幸一也。都内では注目を集めているらしい高校球児だった。
そんな男と光がなぜ、いつ、どうやって知り合ったのか、俺には見当もつかなかった。光は庇護され、学校と寮をほとんど往復するだけの日々を送っているはずだった。

「おーーーし!」
「おしこーーーー!!」

天を突き抜けるような掛け声が響く。俺は土手を下って、青道のグラウンド前にやって来た。緑色のネットの向こう側では、白いユニフォーム姿の高校球児たちが練習に励んでいる。
親戚にも、野球をやってる奴が居たっけ…。何が楽しいんだ、野球なんて…。

「御幸の調子は良さそうだな。」

近所の野球好きの人たちだろうか、野球部の練習を見ている男たちが何人かいて、そのうちの一人が言った名前に俺は気を取られた。

「昨日もサヨナラ打ったしな。」
「気合入ってるよな〜。彼女でもできたかぁ!?」

がっはっはっはっは!と豪快に笑って、他の野次馬にちょっと迷惑そうに眉を顰められた男たちは、そんなこと意にも介さずにお喋りを続けた。

「しかし御幸はモテるだろうな〜。」
「顔もいいし、センスもいいしな。いい性格してるけど。」
「はっはっは!でもそういうのが好きな女の子もいるだろ?」
「ま、モテるのには間違いねえな。」

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