読み切り短編集

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「玉城光です。」

俺の前の席の女子生徒の順番が回ってきたとき、教室の中が静まり返った。
振り向いたクラスメイト達は皆、ぽかんと口を開けた顔で、少なくとも5秒は彼女の姿に釘付けになって、それから思わずと言った様子で驚きの混じった笑みをまだあまり知りあっていないクラスメイト同士で交わし、頷き合った。

「…イギリスの学校から来ました。」

黒板には担任の先生が書いた整然とした字で、
・名前
・出身中学
・趣味、特技
・入りたい部活
・一言(よろしくお願いしますのみはダメ!)
と書いてあって、彼女はおそらくその箇条書きを一つ一つ辿りながら、心地のいい穏やかな声で話し続けた。
それまで、30人以上も一度に自己紹介されたって覚えられるわけないよ、と思っていたのに、彼女の声はなぜかはっきりと頭の中に響いて、すごく興味を惹かれた。

「趣味は…音楽鑑賞で、特技は…特にありません。」

だけどよく聞くと、無難な事を言っているだけだ。多分、あまり自分の事を言いたくないのかもしれない。

「入りたい部活は…。…まだ決まっていません。」

少しの沈黙が流れる。よろしくお願いしますのみはダメ!という、担任の先生が書き加えた注意書きに困っているんだろう…。

「えっと…。」

少し俯いて、口ごもって、その背中を見ていたら、なんだかかわいそうになってきた。

「玉城さん、イギリスのなんていう学校?」

担任の先生も同じだったのか、優しい笑みを浮かべて玉城さんに質問を投げかけ、助け舟を出した。

「…エレノア・グレース・ミンスター…」
「え?」
「…ふ、普通の…中学校です」

しかし玉城さんは俯いて誤魔化すようにそう言って、また少し言葉に迷ってから、結局、よろしくお願いします、と言って座ってしまった。

「はい。…じゃあ、次…東条君!」
「は、はい。」

担任の先生はそれを追及することはなく、また優しい笑顔で俺を指名した。



***



「お前聞いてみろよ。」
「はー?お前が行けよー」

休み時間になると、クラスメイト達の話題はもっぱら玉城さんのことでもちきりになった。
ホームルームが終わって席を立って、初めて玉城さんの顔を見た俺は…自己紹介の時のあの変な空気の正体を知った。
玉城さんはびっくりするくらいの美人さんだったのだ。
男子だけでなく女子も、玉城さんになんて声をかけようか相談している。玉城さん本人はというと、皆から遠巻きに見られていることだけは感じているらしく、居心地悪そうに俯いて、肩を竦めていた。皆悪気があるわけじゃないけど…こうなるとちょっと、かわいそうだ。

「玉城さん!」

その空気を突っ切って、先陣を切って話しかけに行ったのは…ショートカットヘアーの、中性的で気の強そうな、だけど結構可愛い女子生徒だった。背が高い。見るからにスポーツが得意そうな、活発的な女子という感じの…。

「あたし、鷹野司。席、前後だね!よろしくね!」
「よろしく…。」

そうか、玉城さんの前の席の女子か。ぎこちなくも微笑を浮かべた玉城さんを見て、なぜか俺がちょっとほっとしてしまった。美人で近寄り難くて、早くもクラスで浮き気味だったから、鷹野さんと打ち解けられたらいいな。

「ね、さっきから思ってたんだけどさ。」
「うん…?」
「玉城さん、すっごい美人だよね!」
「…そ、そんなこと…ないよ…。」

玉城さんは困り切ったように顔を赤くして俯いてしまった。

「そんなことあるよ〜!モデルとかやってる?」

ぶんぶん、と頭を横に振る玉城さん。

「え〜絶対なれるよ!モデル!モテるでしょ?」
「そんなこと…。」

また、ぶんぶん、と頭を横に振る玉城さん。

「……。」
「……?」
「もーっ、どうしたの、元気ないなぁ!」
「……。」

教室中に響く声でケラケラ笑う鷹野さんと、その笑顔を不思議そうにぽかんと見つめる玉城さん。なんか、正反対の二人だな…。見てて面白い。

「ねっ、今日皆でカラオケいこーって話してるんだけど、玉城さんも来ない!?」
「え…?」

玉城さんはぱちくりと目を瞬き、手元を見つめて、また鷹野さんを見つめた。

「か…らおけ…?」
「うん!駅前にあるんだってー。玉城さん音楽聴くって言ってたっけ?カラオケいつも何歌うの?」
「う、うた?」
「……カラオケ行ったことある?」
「……。」

鷹野さんが玉城さんの異変に気づいてそう尋ねると、玉城さんは恥ずかしそうに赤面して黙り込んでしまった。

「おお〜初!?初カラオケ!?いいじゃん行こうよ行こうよ!あたしたちが教えるし!」

ねっ、と鷹野さんは窓際の女子グループと頷き合って、玉城さんは戸惑った様子で彼女たちを見ていた。

「で、でも…」
「ん?」
「……。」

真っ赤な顔で、鷹野さん達の様子を窺いながら、おそるおそる、玉城さんは言った。

「…え 駅の方は…行ったことなくて…」
「……。」

今度は鷹野さんが不思議そうに、きょとん、と目を瞬いた。

「…なんだそんなこと!大丈夫だよ〜、学校からすぐ近くだもん!」
「……。」
「あたしたち案内するしさ!駅の方お店もいっぱいあって楽しいよ!ね、行こうよ!」

にこにこと、鷹野さんが明るく笑えば笑うほど、玉城さんは困ったようにもじもじと俯いてしまう。

「…今日は…」
「ん?」
「い…家の用事があるから…。」

玉城さんの言葉に、鷹野さんは目を瞬いて、そっかぁ、と残念そうに呟いた。



***



「カラオケ行ったことないってか、知らない感じじゃなかった?」
「駅って学校から10分もかからないよね。」
「駅つかわないってことは、徒歩通学でしょ?この辺のこと知らないのかな?」
「ほら、イギリスにいたって言ってたし…」
「あ〜。」

こそこそと女子グループが話している。鷹野さんはその中心で、じっと黙って友達の会話に耳を傾けている。

「きっとすごいお嬢様なんだよ。」

女子たちはそう結論付けて、玉城さんの話題を終えた。
玉城さんは相変わらず自分の席について、荷物をまとめている。すでにクラスの女子のほとんどと打ち解けている鷹野さんと打ち解けられたら良かったんだけど…すっかり浮いてしまった。
玉城さんは誰とも話さず、席を立ってバッグを肩にかけ、足早に帰ってしまった。何人かのクラスメイトの好奇心の混じった視線が彼女を追いかけたけど、彼女が振り向くことはなかった。

「東条ー、行こうぜ」
「あ、うん!」

そうしているうちに信二が教室に来て、俺は信二と一緒に部活の練習へと向かった。



***



「あー、あと何周走るんだよコレ…」
「うん…」
「きっつ…」

入部以来、毎日グラウンドの周りを走らせられ続ける毎日。緑のネットの向こうでボールを投げる先輩たちを羨ましく覗きながら、果てしないアスファルトの道を走る。

「…来なくていいって言ったのに」

ふと聞こえた声で、俺は顔を上げた。歩道につけられた白い高級車。その傍らに立って運転手と話す女子生徒が玉城さんだと気付いた時、ちょうど横を通り過ぎる瞬間だった。

「迎えに来てもらってる人なんて、他に誰もいないんだから」
「ですが…」

走り続けている俺は、そこまでしか玉城さん達の会話は聞き取れなかった。
『きっとすごいお嬢様なんだよ。』
それは女子の噂話でしかなかったけど、それはあながち間違いではないのかもしれないな…、と思っていると、トスン、と隣の信二に脇腹を小突かれた。

「いて、何?」
「今の女子見た!?」
「うん?」
「すげー可愛くなかったか!?」

「見た見た!可愛かったよな」
「1年かな?」

答えあぐねていると、信二のそのまた隣を走っていた木村たちが話に加わってきた。

「今の、A組の玉城さんだよ、な?」

俺のすぐ前を走っている同じクラスの奴がちょっと振り向いて言って、周りはさらに盛り上がる。

「東条のクラスの女子かよ!言えよ〜!」
「玉城、なんていうの?」
「玉城光、だよ、ひかり。」
「すげー可愛いな!」

「コラァ!1年!!喋ってる元気があるならもう10周!!!」

グラウンドから怒声が響いて来て、ゲッ、と皆一斉に苦虫をかみつぶした顔で押し黙った。

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