読み切り短編集

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「ねー、玉城さんってさ」

カラオケの個室で皆一通り歌ったところで、やっぱり興味を捨てきれないと言った様子で皐が玉城さんの名前を出した。

「イギリスから来たんだよね。」
「うん」
「てことは、英語ペラペラなのかなぁ。」
「そりゃそうでしょ。」

ぴしゃりと望が言って、皐はむむむと口を尖らせる。
皆玉城さんの事が気になるけど、情報が少なすぎて噂話もままならないのだ。

「うちらと仲良くしたくないのかな〜。」
「人見知りなんじゃない?」
「てか、司が怖かったんじゃな〜い?」
「え、あたし!?」

そ、そんなに強引だったかな…。脳裏に玉城さんの困ったような苦笑顔が蘇って、ひやりとした。

「なんて言ったっけ、イギリスの学校の名前」

皐が携帯電話を開きながら呟いた。

「なんとか…スター?なんか長い名前」
「エレノア・グレース・ミンスターだよ」

スラスラと長い名前を唱えた悠に、皐も望も私もおお、と感心した。

「エレノア?」
「グレースミンスター」
「ふむふむ」

皐は携帯電話でその名前を検索し、私はデンモクを持ったまま、悠と望はマイクを持ったまま皐の周りに集まった。

「あった!これかな、英国パブリックスクール…」
「パブリックスクール?」

聞き慣れない言葉に顔を見合わせて、皐がそのサイトを開くのを見守る。

「…英国息女の学び舎・世界中からも資産家や由緒ある貴族の家系の娘が集まる、パブリックスクール唯一の全寮制女子校…。」
「え!じゃあ玉城さんって超お嬢様ってこと?」
「あ、待ってこれ玉城さんじゃない!?」

皐がスクロールした画面には、確かに玉城さんの写真が載っていた。上品な黒いワンピースにモスグリーンのリボンタイ…制服だろうか、を着て、青い目で真正面を見つめている。やっぱり綺麗だなー…玉城さん。
写真の隣には、卒業生の声、と題して、昨年度卒業生代表・Hikari Tamashiro (JP)と書かれていて、その下に玉城さんのコメントらしき英語の文章が載っていた。

「代表って…頭良いってこと?」
「…そうなんじゃない?」
「てかこの英語玉城さんが書いたの!?やばっ」

一通り盛り上がったあとで、ぽつりと望が呟いた。

「…てかさー…なんで青道来たのかな…。」
「……。」
「…確かに。」

こんなエリート校を卒業して、高校は私立とはいえ都内の珍しくもないマンモス校?せめて進学校とか、もっとお嬢様とかが通ってる大学付属高校とかに行くものなんじゃ…?というのは、勝手な想像かな。

「明日お昼誘ってみようよ。」

悠がそう提案すると、皐も望もうんうんと頷いた。



***



「玉城さん、おはよ!」

翌朝教室に行くと、玉城さんは既に席についていて、赤いカバーを付けた文庫本を読んでいた。

「おはよう…。」
「何読んでるの?」

私は自分の席にバッグを置き、椅子を引いて跨るように座って、玉城さんと対面した。

「しょ…小説。」
「見せて見せて!」

表紙を捲って1ページ目を覗き込むと、『オスマン帝国の崩壊』と書いてあった。目の前にハテナマークが飛び交い、私はしばらく言葉に詰まってしまった。

「に…日本語の練習で、読んでるだけだから…。」

玉城さんはそう言って、そそくさと本を仕舞ってしまった。

「すごーい、難しそうな本読むんだね〜」
「そんなこと…。」
「あるってぇ!昨日さぁ、玉城さんが言ってた学校調べてみたんだけど、すごい頭良いお嬢様学校なんでしょ!?」

悪気なく会話を盛り上げようとして、むしろ褒めたつもりの言葉だった。だけど私の言葉を聞いた瞬間、玉城さんの表情が一瞬凍りついたのがわかって、何かまずいことを言ったかと焦った。

「…どうかした?」
「…う、ううん…。全然…、あの…普通の学校だから」

玉城さんは俯いて、消え入りそうな声で言った。全然普通の学校じゃないと思うけど…。玉城さんはそういう事にしたいようだったから、私もそれ以上の追及は遠慮して、他の話題に考えを巡らせた。

「でもイギリスにいたってことは、英語しゃべれるんだよね?」
「一応…。」
「いいな〜!英語の授業楽勝じゃーん!」
「……。」

玉城さんは困ったように曖昧に微笑んだ。褒められるのが苦手なのか、人見知りなのか、私の事を鬱陶しいと思っているのか…。うーん、難しい。

「ね、今日も忙しいの?」
「え?」
「放課後!」
「あ…。う、うん…。」

申し訳なさそうに小さくなりながら俯く玉城さん。もしかして本当に…私たちと仲良くなりたくないだけなのかなー…。

「そっか〜。玉城さんと遊びたかったなー。」
「ご…ごめん。」
「ううん、また今度遊ぼう!一緒にカラオケ行きたいし!」
「……。」
「あ、カラオケじゃなくても別にいいけど…。」

カラオケという単語を聞いて不安そうに目を彷徨わせた玉城さんに慌ててフォローしつつ、なかなかつかめない玉城さんの本質に心が折れそうになった。こんなに難儀な子、初めてだよ〜…。

「ね、じゃあさ、今日のお昼一緒に食べようよ!」
「え…。」
「あたしと、皐と、望と悠もいるんだけど。玉城さんお弁当?」
「う、うん…。」
「じゃ、教室で!あたしたちの席くっつければいいか。5人座れるよね?」
「……。」

玉城さんの頬がほのかに赤くなった。あれ…喜んでくれてる…のかな?

「椅子どうしようかな〜。うちらのと、悠と皐は席近いからいいけど…玉城さんの後ろ誰だっけ?」
「え?っと…さ、さぁ…男子…。」
「男子か〜。ここで食べるのかな〜。」

そう噂話をしていると、ちょうど教室に駆け込んできた結構爽やかなイケメン風の男子が、ちらりとこっちを見ながら玉城さんの後ろに荷物を置いた。

「…ん?」

男子生徒は私と玉城さんの視線に気づいて、条件反射のように口元をにこっとさせて、目を瞬いた。

「ゴメン名前なんだっけ?」
「え?東条だけど…」

不躾に質問した私に東条君は気を悪くした様子もなく答えた。その名前に私は聞き覚えがあった。

「あ〜!東条君ってあれだよね、野球部の!」
「う、うん?そうだけど…?」
「有名だよね!強いんでしょ?」
「いや!俺は全然そんなこと…、」
「うそ〜噂で聞いたよ!今年の野球部の注目選手だって!」

いやあ…、と東条君は謙遜しつつ困ったように頭を掻いた。玉城さんはきょとんと東条君を見上げている。

「てかさ、東条君ってお昼お弁当?この席使う?」
「いや、食堂行くよ。」
「ほんと!じゃあ椅子借りるかもしれないんだけど、いい?」
「いいよいいよ。」

爽やかに快諾してくれた東条君に、ありがとー、と手を合わせた。



***



「…でさー、皐ってばローソンでファミチキ注文するんだよ!」
「間違えちゃっただけじゃん〜〜!!」
「あははは!わかるわかる!」
「ローソンって何だっけ?」
「Lチキ。」
「あーそうだそうだ」

「……。」

玉城さんのきょとんとした視線が私たちを順番に見て、手元に落ちた。何を言ってるかわからない…、とその困惑顔に書いてあるようで、私たちはこっそりと視線を交わした。
やっぱり別世界の子なんだよ…、と望の無言の頷きが物語る。玉城さんがかなりのお嬢様であろうことは、私たちの中で暗黙のうちに意見が一致していた。

「…ね!玉城さんのお弁当、すっごい美味しそう!」
「どれどれ〜?」
「わー本当!豪華〜!」
「お母さんが作ってくれたの?」

少しでも打ち解けたくて私が話題を振ると、他の3人も身を乗り出してのってくれたけど、玉城さんはまた表情を固めて言葉に詰まった。

「お…お母さん…は、…いなくて…、」

あ…、と、質問をした悠がばつの悪そうな顔をして、玉城さんもそれに気づいてあわてた様子で、大丈夫、と笑みを浮かべた。

「…玉城さんごめんね〜…」
「ううん、全然、大丈夫だから…本当に」

玉城さんは上品に微笑んで、気にしないように何度も念を押した。

「じゃあお父さんが作ったの?」

皐が目を丸くして訊ねると、玉城さんはちょっと息をのんで、迷いつつ、小さく頷いた。

「う…、うん…。」
「へぇ〜!お父さんすごいお料理上手なんだねぇ!」
「……。」

苦笑いを浮かべ、玉城さんは小さく切られた魚の切り身を口に入れると、後悔を噛み締めるような表情で咀嚼した。

「ごめん、ちょっといい?」

するとそのとき東条君が席に戻ってきて、皐の後ろから自分のバッグに手を伸ばした。食堂から戻って、財布を仕舞いに来たらしい。

「あ!ごめん、椅子…」
「いいよ、まだ使ってて。」

東条君はそう爽やかに言いのこし、廊下で待っていた友達の元へ向かって行った。

「ねー、東条君ってちょっとカッコよくない?」

皐が楽しそうに言うと、悠も微笑んだ。

「爽やかだよねー。」
「優しいし。」
「しかも野球部だよ。中学の時有名だったらしいよ。」
「え〜!じゃあ将来はプロ?」
「モテるだろうね〜。」

女子トークで私たちが盛り上がっていても、玉城さんはどこか一線引いたような雰囲気で、相槌のように微笑むだけだった。

「てかさー、すごいよね。うちらと同じくらいの齢でさ、寮に入って野球漬けでさー」
「練習見たことある?スゴいよ、迫力。」
「プロ目指してる人もゴロゴロいるもんね。」
「去年もうちの学校からプロ入った人いたよねー。」
「あれでしょ?怪物・東清国!」
「テレビで見たけど貫禄あり過ぎて高校生に見えなかったよ!」

きゃははは、と笑い声があがって、玉城さんもつられてちょっと微笑んだ。

「東条君もプロ目指してるのかな?」
「あたし応援しちゃおっかな〜。」
「うわ〜皐ミーハー。」
「でもすごいよね、もう将来のこと考えて、青道目指して来たんだからさ…」

微笑んでいた玉城さんは、どこか後ろめたいように俯いて、静かにオムレツを口へ運んでいた。

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