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「くっそ〜…毎日毎日パシりやがって…」
「はは、1年の宿命だね。」
今日の練習が終わって、俺は信二とふたりで先輩たちにパシられて、夕暮れの中学校の近くのコンビニを訪れた。
「あ〜俺も早く後輩が欲しいぜ。」
入り口付近の籠を手に取り、信二はぶつぶつぼやきながらお菓子売り場へと向かう。
「えーと…倉持先輩がじゃがりこ?何味だっけ」
「チーズだよ。あ、これ麻生先輩。」
「あとアクエリとポカリと…あ〜めんどくせ!どっちでもいいだろこんなん」
「いやいや、スポーツするときはアクエリで、風邪をひいたときはポカリがいいらしいよ。…あれ、逆だっけ?」
「知らねーよ…つか先輩たちぜってぇそんなことまで考えてねーよ」
だけどなんだかんだ言って、こんな夜も悪くない。野球に明け暮れて、先輩たちにどやされて、監督におびえたりして…。寮に帰ったら信二と素振りをして、ちょっと投げるのにも付き合ってもらおう。
「いらっしゃいませー。」
店員の気の抜けた声と、浮かれた入店音が響いた。入店してきたお客さんの静かな足音が近づいてきて、俺から少し離れた隣に並んだ。何気なくちらりと隣を見て――驚いて二度見した。…た、玉城さんだ!!
「……。」
玉城さんは不思議そうな顔で棚を眺め、ちょっと小首をかしげて、真剣な顔でチョコレートの箱を手に取り、まじまじと見つめる。…な、なにをそんなに真剣に確かめてるんだろう。
「…東条!」
信二がこっそりと俺を小突いて玉城さんの方に視線を送る。信二も気づいたらしい。あの子だろ?と、信二の目が俺に訴えてくる。
…声、かけるべき?一応今日はちょっとだけ話したんだよな…。…直接話したわけじゃないけど。玉城さんと話していた鷹野さんと話しただけで。一応俺のことは知ってるはずだけど…完全に気付いてない様子だし、声掛けないほうがいいのかな。
「……。」
玉城さんはチョコレートの箱を棚に戻し、きょろきょろしながらレジの方へ行って、軽食のケースを観察し始めた。…お腹空いてるのかな?玉城さんが買い食いなんて意外…。
「お決まりですか?」
「え、あ…。」
「ケースに無いものでもすぐにお作りしますよ!何でも言ってください、へへ。」
さっきまでやる気がなさそうにレジにぼーっと立っていたアルバイト店員が、玉城さんを見るなりニコニコと近づいて接客を始めた。あんなふうにコンビニの店員が接客するの、初めて見た…。
「なんだあれ。可愛い子だからだろ…」
チッ、と信二は舌打ちをして顔を歪めた。うん、まあ、そういうことなんだろうな。美人は得って言うしなぁ。
「…よし。」
「え?信二…」
信二が何か思いついた顔でレジへ向かって行って、ドカッと籠をカウンターに置いた。店員はちょっと渋々といった態度で玉城さんから離れ、信二の会計を始めた。
「あ。あとからあげくんレッドふたつ。」
「…あースイマセン、レッドは今…、」
ケース内にその商品はない。いつもなら、今切らしてるんで、と断られておわるのに、先ほど「すぐにお作りします」と玉城さんに言った手前、店員は言葉に詰まった。ケースの前にはまだ玉城さんがいて、店員の視線に気づいた様子でちらりと振り向いた。
「…切らしてるんで、10分ほどお待ちいただければ…。」
「あーハイ、お願いしまーす」
信二、ニヤニヤして…悪い顔だ〜…。
店員は会計を済ませて袋に詰めると、少々お待ちください、と言い残してバックヤードに引っ込んだ。
「…玉城…さん?」
おれはやっと、勇気を振り絞って玉城さんに声をかけた。ケースを覗き込んでいた玉城さんがクルッと振り向いて、大きな青い目がぱちりと瞬いた。…な、なんか、今さら緊張してきた…。
「あっ…。」
「……。」
「…と…うじょう…君?」
…うわああ〜〜!よかった〜〜!俺のこと覚えてた…!…辛うじて。
「うん、東条…後ろの席の。」
「あ…、うん。」
「今帰り?部活だったの?」
もう外は日が暮れかけているのに、玉城さんはまだ制服姿だった。
「ううん、部活は、入ってない…。」
「そうなんだ?」
「……。」
「……?」
で…なんでこんな遅くに帰ってるのか…は、聞かれたくないのかな…?
「何か買うの?」
「ん…、」
玉城さんの背後のケースを指して尋ねると、玉城さんはケースを振り向いて、困ったように俺を見上げた。
「う…うん…でも…」
「ん?」
「……。…あの…」
「どうかした?」
ちらちら、ケースと俺の顔とを見比べて、玉城さんは顔を赤くして、おずおずと…小さな声で尋ねた。
「あの…ファミチキ、ってどこにあるか知ってる…?」
「え?」
つい目を丸くした俺が信二を見ると、信二も閉口して俺を見ていた。
「それは…ファミマじゃないかな。」
「ファミマ…?」
「ここローソンだから。」
「え…?」
玉城さんの顔に不安が滲んできて、見ているこっちがハラハラしてきた…。
玉城さんは青ざめた顔で少し考えこんで、おそるおそる、口を開いた。
「もしかして、あの…」
「ん?」
「…コンビニ…って、いくつもあるの…?」
「…え…」
何言って…、と言いかけて、言葉を飲んだ。玉城さんの狼狽えようは大まじめで、からかっちゃいけないような気がして。
「…うん、ここはローソン。ローソンはほら、ファミチキじゃなくてLチキっていうんだよ。」
「あ…Lチキ!」
迷子がやっと道を見つけた時のように、玉城さんの表情に明るさが戻った。Lチキは聞いたことがあるらしい。
「Lチキ買う?」
「……。うん。」
玉城さんは決意を固めたように真剣な表情で頷いて、信二の後ろに並んだ。
「お待たせしましたー。」
バックヤードから店員が戻ってきて、気だるげに袋を信二に手渡した。信二はそれを受け取って踵を返し、外で食おうぜ、と俺に目配せをした。
「……。」
しかし信二に代わってレジに進み出た玉城さんを見て、なんとなく心配で、俺はそこに留まって見守ることにした。
「お決まりですか?」
やっぱり信二の時とは違ってにこやかに接客をする店員。
「えっと…、」
玉城さんが口ごもった途端に…
「青道生?」
そう尋ねて、想定外の質問に気を取られて言葉に詰まる玉城さんの顔を覗き込む。
「だよね?その制服。」
「え…、」
「何年生?」
玉城さんは困惑しながらケースを見、店員を見、…俺を見た。
俺は見かねて歩み寄り、玉城さんの隣に並んだ。
「Lチキひとつ。」
「はい?」
「だよな?」
俺に怪訝な顔を向けた店員が、俺が玉城さんにそう確認して彼女が安堵したように頷いたのを見て、もう一度俺の顔を品定めるようにじろりと見て、はい、とレジを打ち始めた。
「180円です。」
言い残してケースに向かう店員。玉城さんは財布から180円ぴったりを取り出して、ちょっと考えて、丁寧にカウンターに置いた。店員が戻ってきて袋を玉城さんに手渡し、会計を済ませ、レシートを受け取ると、玉城さんは安堵したように息を吐いた。
店を出ると、外では信二がから揚げを食べながら待っていた。
「東条君。」
そこで玉城さんに不意に名前を呼ばれ、どきりと心臓が跳ねた。
「ん?」
「…ありがとう。」
あ…、あぁ、さっきのことか。
「全然…」
言いかけたところで、さっきの玉城さんの狼狽えた顔が脳裏によみがえった。
「何でも聞いてよ。俺、コンビニスイーツにはちょっとうるさいからさ。」
すると玉城さんの表情からふっと緊張がほぐれた…、と思ったら、ふわりと柔らかい微笑みが浮かんだ。
「うん…ありがとう。」
「あと、東条でいいよ。」
「え?」
「俺も玉城って呼んでいい?さん付けってなかなか慣れなくてさぁ。」
玉城さんはきょとんと眼を瞬いて、それからまた微笑んだ。
「うん。」
やった…。ちゃっかり、だけど。ちょっと仲良くなれた気がする。
「玉城も一緒に食べてかない?」
「う…うん、じゃあ…。」
玉城が頷くと、信二がちょっとそわそわし始めた。玉城、信二の好きそうなタイプだもんなー。女の子っぽくて、控えめで、清楚で…ただでさえ可愛いし。
俺は信二にからあげくんの代金を渡し、さんきゅー、と言ってからあげくんを受け取った。玉城は袋からチキンを取出し、よく観察している。
「食べないの?」
からあげくんをつつきながら尋ねると、玉城は意を決したように、小さな口を開けて――ぱくりと食い付いた。
「……。」
もぐもぐ、神妙な顔で食べて、飲みこんだかと思うと、不思議そうな顔のまま二口目をかぶりつく。…なんか、ハムスターみたい…。
「美味い?」
あまりにも神妙な顔で食べているからそう尋ねてみると、玉城ははっと俺たちを見上げて、うん、と頷いた。ほんとかなー。なんか、コンビニ自体初めて来たような調子だったし…、そういえばカラオケも知らない感じだったよな。
玉城ってもしかして、結構すごいお嬢様?それとも、イギリス育ちで知らなかっただけかな…。
「玉城って、いつからイギリスにいたの?」
イギリス?と問うような目で信二が俺を見たけど、俺が説明する前に玉城が答えた。
「6歳から…」
「え!そんな小さい頃からなんだ…。じゃあイギリスにいた期間の方が長いんだ?」
「うん、でも、毎年長いお休みのときは日本に来てたし…半々くらいかな…。」
「へぇ〜。…あ、玉城、イギリスの学校通ってたんだってさ。」
相槌を打って、俺は信二を振り返って説明した。信二は、へぇ、と物珍しそうに玉城を見た。
「それならコンビニに疎くもなるよなぁ。」
俺がそう言うと、玉城は目からうろこが落ちたような顔をした。
「コンビニ初めて来たんだろ?」
「…う、うん…。」
まだ少し恥ずかしそうに、だけどさっきまでよりも素直に頷いた玉城。知らないことを恥ずかしく思っていたのかもしれない。
「何でも聞いてよ。なっ信二。」
「え?お、おう。」
「…あ!ごめん、こっちは金丸信二。C組で俺と同じ野球部。」
「紹介おせぇよ」
信二が俺に突っ込みを入れると、玉城は小さく笑った。
「で、俺と同じクラスで席が前後の玉城…」
「光。」
玉城が補足をして、信二に小さく会釈して、よろしく、と言った。信二はしどろもどろによろしく…、と頷いた。
「二人とも野球部なんだ…。」
玉城がそこに興味を示すとは意外で、俺は信二と顔を見合わせた。
「うん、まだボールも触らせてもらえないけどね…。」
「早く試合してぇよなぁ。」
「プロ野球選手を目指してるの?」
「え!?プ、プロ?うーん…信二、どう?」
「ど、どうって…そりゃなりたくねー奴はいないだろうけど…」
「まだそこまでは考えてないかな…。甲子園に出たいっていう思いはあるけど…」
「あぁ、そりゃ高校球児なら誰でも…なぁ?」
「甲子園?」
「高校野球の集大成みたいな…各地で勝ち抜いた高校同士で日本一を決める大会だよ。」
玉城、甲子園も知らないのか。今までどんな生活送ってきたんだろ…、イギリスにいたからしょうがないのかもしれないけど。
「そうなんだ…。そのために青道に…。」
玉城は神妙な顔で俯いて、なにやら考え込むように呟いた。
「すごいね…。」
そ、そんな大げさな。俺はまた信二と顔を見合わせる。やっぱちょっと変わってるな、玉城…。
「…あ、玉城もからあげくん食べる?」
「え?」
「辛いの平気?」
気を取り直して話題を替え、俺はからあげくんをひとつ用楊枝に刺して差し出した。
「いいの?」
「いいよ、美味いから食ってみなよ。」
「ローソンといえばこれだよなぁ。」
玉城は興味を惹かれたように楊枝に刺さったからあげくんを見つめた。そして、いただきます、と呟いて、おずおずと顔を寄せて――えっ、と俺が息を飲んだ直後、ぱくり、と小さな口がからあげを咥えた。
「…あ おいしい…。」
もぐもぐする口元に手を当てて味わいながらそう言って、俺を見上げる玉城。
「結構辛いね。」
「え…、あ、そ、そう…?」
落ち着け…、落ち着け俺!だってまさか直接俺の手から食べるなんて!
しばらく動揺が続く俺を余所に、玉城はチキンを食べ終えて、ゴミをゴミ箱に入れ、携帯で時間を確認した。
「あ…そろそろ帰らなきゃ。またね。」
「…え!あ、そうなんだ…、ってもう暗いけど、帰り…」
「大丈夫、近いから。」
「そ、そっか…、気を付けて、また明日…。」
「うん。」
玉城は手を振って、足早に帰って行ってしまった。
「…なんか…変わった子だな」
「う…うん…」
信二が呟いて、俺は誤魔化すように苦笑して、手元に残った楊枝を緊張して見つめた。
***
「ね、玉城さん!今日の放課後は!?」
翌朝、鷹野さんがまた玉城を誘っていた。俺は席に荷物を置いて席に着き、1限の準備を始める。
「うちら皆で駅前通りで遊ぼーって言ってるんだけど、玉城さんも行こうよ!」
「……。」
「夏服とさ、水着買いに行くの!ね、どう?」
玉城は息を飲んで、決意したように――こくん、と頷いた。
「…うん。行く。」
鷹野さんの顔がぽかんと口を開けて固まり、ぱあっと笑顔になった。
「ほんと!?やった!やっと玉城さんと遊べるー!」
「えー玉城さん今日大丈夫なの!?」
「よかったね司〜。」
「司しつこくてごめんねー、玉城さん。」
鷹野さんが喜びの声を上げると、窓際で様子を窺っていた熊谷皐さん、卯月望さん、烏丸悠さんがわっと駆け寄ってきた。
駅前通り…か。玉城、大丈夫なのかな?
俺はちょっと心配になりながら、まぁ鷹野さんたちと一緒だし大丈夫だろう、と考えなおした。
***
「玉城さん、行こー!」
放課後になると、鷹野さんたちがわっと玉城を取り囲んだ。玉城が立ち上がり、バッグを肩にかけるのを、俺はなんだか兄貴か親にでもなった気分で、ハラハラしながらも嬉しいような複雑な気分で見守る。
「ごめん、あの、ちょっと職員室に行くから…先に校門に行っててくれる?」
しかし玉城は鷹野さんにそう言って、鷹野さん達は不思議そうに目を瞬いた。
「え?それなら一緒に行くけど…?」
「ううん!いいの!すぐだから先に行ってて、すぐ追いつくから!」
そう言い残し、玉城は教室を飛び出していった。鷹野達は顔を見合わせて、腑に落ちない様子で首を傾げた。
「じゃあ…行ってる?」
「そーしよっかぁ…。」
首を傾げながらも、とりあえずようやく玉城が誘いに乗ってくれたという事で、ひとまず言われた通りにすることにしたらしい。帰っていく彼女たちを見て、俺はまた少し心配が胸をよぎった。
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