読み切り短編集

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部活の為ユニフォームに着替えた後、こっそり校舎裏の手洗い場に来て眼鏡をはずし、コンタクトをつけて外へ出て、サングラスをかけようとしたとき、目の前を誰かが走って横切って行って、俺はふと気を取られて顔を上げた。
その正体は新入生らしき女子生徒で、彼女は塀に駆け寄ると、背伸びをして外を窺い始めた。
……なにしてんだ、あの子?

面白いことをするような気がして様子を窺っていると、彼女は決意したようにスクールバッグを塀の向こうへ放り投げ、傍の花壇の縁に上って塀に手をかけた。…おいおいおい、まさか乗り越える気か?そんな漫画みたいな…。

「パンツ見えるぞ〜」

面白がって声をかけると、彼女はぎょっとして足を踏み外した――あ、やべっ

「い…った…」

花壇の縁から落ちてしりもちをついたその子に駆け寄った。俺のせい…だよなー。いやーミスった…。

「わりぃ!大丈夫?」
「……。」

その子はうつ向いたまま、痛みを確かめるように足を見て、靴下を少しおろした。そこは擦り傷ができていて、少し血が滲んでいた。その傷を見て、俺はますます「ヤバい」という言葉が頭の中を駆け巡った。女子にケガさせちまった〜…。

「ゴメン!マジゴメン!保健室行こう!」
「……。」
「立てる?」

そう訊きながら、もしだめだと言われたら俺がおぶっていくのかな…、と考えて、にわかに照れた。不謹慎だけど。男子高校生の性だからしょうがない。

「…大丈夫です。」

その子は靴下を直してゆっくりと立ち上がった。そして顔を上げて、俺を見た。
……え、すげぇ美人……。

「痛くないし…急いでるので」

その子がスカートの砂を払ってしわを直すのを、俺は言葉を失ったまま見つめた。
柔らかそうな長い亜麻色の髪がさらさら揺れる向こうの、端正な小さな顔。青い大きな瞳にツンとした小さな鼻、ぷっくりとした赤い唇にバラ色の頬。お人形さん…いや、妖精…天使…。目の前で動いてるのが夢みたいに思えるほどの…。

「…いやいや!ちゃんと手当てしなきゃダメだって!」

踵を返す彼女を、俺は慌てて引き留めた。

「でも…」

塀を見上げる彼女。そういえばまだ名前もわからない。

「せめて洗った方が良いって。ほら、そこの水道で。」
「……。」

彼女が渋々水飲み場に向かうのを見て、俺は踵を返した。

「ちょっと待ってて。」

そう言って駆け出して、振り返って言葉を付け足す。

「鞄拾ってくるから!傷洗って待ってて!」

俺は急いで裏門に回り、塀の傍に落ちていたスクールバッグを拾った。校舎裏に戻る途中で部室に寄り、救急箱から絆創膏を拝借して、俺はまた全速力で駆けだした。
校舎裏に戻ると、水道の傍で傷を洗っている彼女がいて安堵した。…って、鞄がないんだからそりゃどこにもいかないか。

「はい。」

彼女に鞄を差し出して、水を止めて足元にしゃがむ。首にかけていたタオルを取って、それで傷の周りをぽんぽんと拭いた。…細い脚…。肌も白くてキレーで、柔らかくて…

「え、あの…ハンカチありますから…」
「いいよ、汚れちまうだろ。」
「でも…。」

構わずタオルで拭いて、先ほど拝借してきた絆創膏を傷口に貼った。

「…ありがとうございます。」

彼女はおずおずと言って、靴下と靴を履いた。

「いや〜ゴメンな、驚かして…他に怪我は?」
「大丈夫です。…あの…もう行かないと…」
「ああそっか、うん…」

…名前…聞くのは不自然かなー…。でももう、会えないかもしれないし…。…って、俺何考えてんだろ。会ってどうするんだよ、今は彼女作ってる暇なんかねーのに。

「…あの…タオル…」
「ん?」
「洗ってお返しします。」
「いや別に、気にしなくていいよ。」
「だめです。」

彼女は首をフルフル振って、懇願するように俺を見上げた。

「…そこまで言うなら…じゃあ、うん…」

タオルを手渡すと、彼女はタオルを大切そうに受け取って、綺麗に折りたたんだ。

「何年何組ですか?」
「え、あー、2B…。」
「わかりました。」

タオルを胸に抱いて、彼女は踵を返す。

「できるだけ早くお返しします。すみません。」

どこまでも礼儀正しく、こちらが恐縮してしまうほど恭しく何度も頭を下げて、彼女は裏門の方に駆けて行った。
…また会える…ってことか。じわりと胸の奥がくすぐったくなって、クセで眼鏡を上げようとして――気付いた。
…そうだった、コンタクトにしてまだサングラスかけてなかった!
裸眼で人前に出ることはほとんどないのに…。俺はにわかに恥ずかしくなって、いつの間にかポケットに突っ込んでいたサングラスをそそくさとかけた。

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