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「あ、東条おはよう!」
「あ…おはよう!」
朝登校すると、玉城がいつもと変わらない笑顔で振り向いた。いつもと変わらない笑顔…なのに、いつもドキドキする。だけど今日の俺はいつもみたいに普通に笑えなくて、少し笑顔がぎこちなくなるのを自分でも感じた。
「これ、CDありがとう!全部聴いてみたよ。」
「早いな〜!多かっただろ?もっとゆっくりでもよかったのに。」
玉城は、俺が貸していたももクロのCDを綺麗な紙袋に入れて返してくれた。
「聴きやすくて一気に聴いちゃった。それにプレーヤーにコピーさせてもらったから、もう大丈夫!」
「そっか、それならよかった」
「……。」
「えっ、何?」
玉城が急に俺の顔をじっと見たから、俺は緊張して誤魔化すために咄嗟に驚いたふりをした。
「なんか東条元気ない?」
「えっ!?いや、普通だよ!」
「なんか変だよ?」
「そんなことないって!大丈夫だよ。」
笑い飛ばしながら、ギクリとした。俺、顔に出てたかな…。そんなにショックは受けてないつもりだったけど…それなりに打ちのめされてるのかな。
「そう…?」
ならいいけど、と府に落ちない目で俺を見つめ、席に着く玉城。
「光〜、英語の宿題見せて〜!」
「えー?しょうがないな〜。」
すると鷹野さんに呼ばれて、玉城は英語のノートを持って卯月さんの席に集まっている女子グループの中に入っていった。玉城…鋭いな。まさか気づかれるなんて。
でも…落ち込むなんておこがましい。俺の力が過大評価されてること、自分自身が一番よくわかってたはずなのに。それに、落ち込んでいる暇もない。昨日の紅白戦で、同じ学年の降谷は圧倒的に頭一つとびぬけていた。沢村や小湊だって、最後まで諦めずに結果を残した。俺はただそれを、ベンチで眺めていた…。
打たれたことよりも一番堪えているのはそこだ。自分自身にがっかりした。できないことも、できないことを仕方ないとあきらめることも…。
***
昼休み、信二と学食を食べてから、俺は一人で自販機にジュースを買いに行った。なんとなく皆と騒ぐ気にもなれなくて、ジュースを買った後は教室に戻らずすぐそばの窓辺でペットボトルのふたを開けた。プシュッ、と炭酸が抜ける音がした。同時に俺も気が抜けたように、なんとなくこのまま泣くんじゃないかと思った。
「あー、東条だ。」
するとそこへ、可愛らしい声が俺の名前を呼んだ。顔を上げると、俺を見つけてうれしそうな笑顔で、玉城が立っていた。
「何してるの?」
玉城はそう言いながら自販機で紅茶を買い、当たり前のように俺の隣にやって来た。俺、単純だな…もう笑顔になってる。
「いや…、何もしてないよ。」
「ふーん?」
玉城は頷いて、買ったペットボトルを手で弄びながら壁に寄りかかった。
「ねえ、やっぱり元気なくない?」
それから俺の顔を覗き込んで、どんぴしゃり言い当てるから、俺はついふっと笑いを噴き出してしまった。
「ぷっ…あはは!そうだな、そうかも。」
「何かあったの?」
「うーん、昨日さ、部活で紅白戦やったんだけどさ…、」
俺はごく自然に、自分でも思い出して頭の中を整理するような気持ちで、昨日のことを玉城に話した。
「…で、もう笑っちゃうくらい歯が立たなくてさ。松方シニアの東条だろ、って周りからも注目されてたのに、俺全然ダメでさ。シニアでベスト4入りしたのだって、周りのチームメイトのおかげで、俺一人の力じゃないってわかってたはずなのに…一人前に落ち込んでる自分がいてさ。なんか…」
「……。」
「……。」
あー、俺、喋りすぎてるな。こんなこと言われたって、玉城を困らせるだけなのに。
そう思って、ごめん、と言いかけた俺を遮るように、玉城は口を開いた。
「…私、野球のことはよくわからないけど」
「あ、うん、そうだよな…」
「でもなんか、東条のこと応援したくなっちゃった。」
「え?」
「野球選手のファンになる人の気持ちがちょっとわかったかも。」
「はは!なんだそれ。」
野球選手って…俺、まだ高校1年で、野球部で2軍入りもしてないのに。
照れくさくて笑いだした俺に、玉城もまぶしい笑顔で笑った。
「東条が試合に出るとき教えてよ。みんなで応援行くから!」
「あはは、俺まだ2軍にすら入ってないよ。」
「2軍?」
「野球部ではまず2軍に入って、そこから1軍を目指すんだよ。で、1軍からレギュラーが選ばれるんだ。」
「えー!そんなに厳しい世界なんだ。」
「部員も100人近くいるからな。」
「うわ〜すごい…。でも東条なら大丈夫だよ。」
「適当だな〜!」
「適当じゃない!本当にそう思ってるもん。」
「ま〜〜〜たイチャついてやがる!」
ピッ、ガコン、という音とともに響いた声に、玉城はすぐに嫌な顔をした。この声は御幸先輩…と思いつつ自販機を見たら、やっぱり御幸先輩だった。隣に倉持先輩もいる。
「また来た。」
「ストーカーみたいに言うな。偶然だから。」
「どうだか…」
「何で疑うんだよ(笑)しょーがないじゃん運命なんだから♡」
「……。」
玉城は御幸先輩の軽口にいやーな顔をして、ペットボトルの蓋を開けようと手をひねった。
「…あれ?」
だけど蓋が固いのか、何度か回そうとしてもびくともしない。開けようか?と尋ねようとしたとき、それよりも先に玉城がふにゃりとした顔で俺を見た。
「東条〜〜〜…」
「あははは!貸して。」
俺に甘えてくれるのは、恥ずかしい…けど、やっぱりうれしい。玉城って、俺のこと…どう思ってるのかな。男子の中では俺、結構仲いいほうだと思うんだけど…。
「ま〜だ東条東条言ってんのか玉ちゃんは!」
「うるさい。」
「うちの貴重な投手の利き手をそんな使い方しないでくださ〜い。」
御幸先輩は冗談のつもりだったかもしれないけど、その言葉を聞いた瞬間、俺は驚いて胸の奥がギュッとなって、ちょっと泣きそうになった。
「いい加減東条離れしなさい。」
「ほっといてください。」
「その分俺に甘えていいぜ♡」
「キモい。」
「キモいは傷つくからやめなさい。」
***
「お前玉城さんと仲いいよな〜」
夜、信二と自主練をしたあと、信二がそんな話題を振ってきた。
「え…そ、そう?」
「顔赤ぇぞ!顔!」
顔が熱くなると同時にそう指摘されて、ぎくりと苦笑した。
「今日も昼休み一緒にいたじゃん」
「え、あー…、うん…」
「いつも何話してんの?」
「何…って、音楽のこととか…ふつーに」
「普通〜!?」
信二がわざと大きな声で驚いたから、近くにいた同級生達がなんだなんだと集まってきた。
「どうした?」
「いや東条がさ〜玉城さんと仲いいじゃん」
「あぁそれな!!」
えぇ〜…そ、そんな力強く同意する…!?
「付き合ってんの?」
「…え!?いや!ない!ない!」
「てか玉城さんって彼氏いる?」
「え?うーん…、い…ない…と思うけど…多分」
彼氏がどうとかの話は聞いたことがない。というか、恋バナ自体したことない。
「え、じゃあ紹介してくんね!?」
「え…!?」
急な申し出に俺の胸の奥がきゅっとなった。なんだろう、すごく…モヤモヤする。
「玉城さんめっちゃ可愛いじゃん!うちの学年で一番可愛いよな?」
「学校でも1番じゃね?」
「先輩とかもめちゃくちゃ噂してるよな」
「なぁ東条頼むよ!仲良いんだろ?」
ど、どうしてこんなことに…。
嫌だ、と言いたいのを堪えて、自分自身混乱した。俺、どうしてこんなに嫌な気持ちになってるんだろう。玉城は友達で…友達を友達に紹介するのが嫌、だなんて…。
「来週午後休みだしさー、カラオケいこーぜカラオケ!みんなで!」
「お、いいねー!」
「東条、玉城さん誘えよ!友達皆でって感じで!」
「えっ…」
それだけ盛り上がると、皆はもうすっかりその気でわいわい騒ぎながら寮に戻っていった。
「お前が誘えば来るんじゃね?」
「どうかなー…。」
信二が励ますようにそう言って、俺は自信がなさそうに首を傾げたけど、実際は…心のどこかで玉城に断ってほしい、と思っている自分がいた。
***
朝教室に入って、誰もいない玉城の席を見て、少し息を吐いた。まだ来てないのかな…あ、でも鞄がある、と思っていた時、ぽん、と背中をつつかれた。
「東条おはよ〜。」
「あっ、お、おはよ」
まさかの後ろから玉城が現れたから、挨拶が挙動不審になってしまい、玉城に「どうしたの?」と笑われた。
玉城、今日も可愛いなー…。モテる…だろうなぁ。いや実際、モテてるじゃん、野球部で…。カラオケのことどうしよう。…いや、もう、正直に話して誘うのが一番いいよな、多分。
「あそうだ、あのさ、玉城…」
「ん?」
玉城は自分の席について俺を見上げた。俺も自分の席に荷物を置き、椅子に座りながら話した。
「カラオケ…行かない?」
「え?」
真ん丸な青い瞳が瞬いた。綺麗な宝石みたいに透き通った瞳。そして真っ白な頬がほのかに赤くなった。…え、あれ?なにその反応…!?
「…カラオケ?…ふたりで?」
「あ、いや…、実はさ、野球部の友達に、玉城を紹介してほしいって頼まれて…」
「…え?」
「だから野球部4〜5人と、あとはほら、鷹野さんたちも一緒に、皆で…とか。」
「……。」
「来週の土曜とか…だ、だめ?」
玉城が浮かない顔になってきて、俺は焦った。だ、だめそうだな…。
「…ん〜…」
「あ、嫌なら無理には…」
「嫌っていうか…。」
「え?」
「……。」
玉城は口をとがらせて頬杖をついてそっぽを向いている。なんなんだ…玉城が分からない!
「どうしたの〜?」
と、そこへ明るい声でやってくる鷹野さん。鷹野さんとはあまり話したことないのに、なぜか玉城と話している時よりも緊張しない。俺は、野球部何人かとカラオケに行かないかと玉城を誘っていたことを鷹野さんに話した。もちろん、鷹野さんたちも一緒に、と。
「へ〜。いいじゃん行く行く!たぶん皐たちも行けるよ、聞いてみる!」
するとあっけなくそう承諾されて拍子抜けした。
「でも、玉城は…」
いいの?と聞くように玉城を見ると、相変わらずの不機嫌な顔のまま口を開いた。
「…いいよ。」
「え?でも、嫌なんじゃ…」
「いい。行く。」
どこか不機嫌なままそう言って、立ち上がり、皐〜、と熊谷さんたちの方へ行ってしまう玉城。鷹野さんも玉城の不機嫌な様子にきょとんと眼を丸くしたけど、気にしなくて大丈夫だよ、と俺を励まして玉城を追いかけて行った。
***
そして迎えた土曜日の昼下がり。
駅前のロータリーで、俺たち野球部5人は皆そわそわしながら女子たちの到着を待っていた。みんな緊張した面持ちで、だけどどうしても緩んでしまう顔を見合わせる。グループだとしても女子と遊びに行くなんて、滅多にできることじゃないし…俺は初めてだ。しかも、その中に、玉城がいる…。
「あっ、来た」
誰かが呟いて、俺たちは駅の方を見た。まだ待ち合わせの5分前。改札口をくぐって、鷹野さんたちがやってくる。みんな私服姿で、それだけで新鮮でいつもより可愛く見えて、緊張する。
「おっ、東条く〜ん!」
おはよー!と熊谷さんが元気よく手を振りながら歩いて来る。鷹野さんと卯月さんと烏丸さんも。だけど…
「あれ?玉城さんは?」
「光ねー、家学校の近くだから、歩いて来るんじゃないかな?」
今回玉城を誘ってくれと頼んだ小田が聞くと、熊谷さんが答えた。へえ、そうなのか…。
「ごめん!遅れた?」
と、そこへ、聞きなれた可愛らしい声がした。向こうの方から小走りでやって来たのは…玉城。うわ、すごい、可愛い。水色のワンピース姿。俺たち男子は言葉を失ってヘラヘラしちゃってる。
「んーんまだ時間前だよ〜。」
「うちらも今来たところ!」
熊谷さんと卯月さんが答えると、玉城は安堵したように微笑んだ。
「じゃー行こっか?」
鷹野さんのその一言で、そうだな、と皆歩き出した。
「光、昨日のメールさ〜」
「あはは。」
女子はさすが、仲良しグループなだけあって、固まって先を歩いて行ってしまう。その後ろを俺たち男子5人がぞろぞろついて行くという、ちょっと情けなくて面白い状況のまま、カラオケ店に到着した。
「うわーすごい!この部屋初めて!」
総勢10人で来たために、ちょうど空いているからとパーティールームを案内された。広々とした部屋の中にたくさんあるソファに、女子は5人並んで座った。
少し残念そうに顔を見合わせる男たち。だけど男女交互に並ぼうぜ、なんて下心丸出しな提案ができるわけもなく、暗黙のうちに戦いが始まった。
空いている女子の隣は、両端の烏丸さんの隣と、玉城の隣…。言うまでもなく、皆できれば玉城の隣に座れたいと思っていることは明白で、だけどその必死さをおくびにも出さずにまずそこへ向かって行ったのは小田だった。
「やった〜玉城さんの隣ぃ!」
冗談のようにそう言って玉城の隣に座った小田に鷹野さんたちは笑ったけど、玉城はなぜか小田の隣の隣に座る俺を見た…、というか、睨んだ…ように見えた。え…なんで!?
「玉城さん何歌うの?」
「まだ決めてない。」
「普段どういうの歌うの?」
「色々。」
「玉城さんって歌上手そうだよな〜!」
「別に…」
そして怒涛のアプローチをかけてきた小田を、玉城は見ている方がハラハラする暗い素っ気なくあしらった。
「え〜何何玉城さん!俺の隣嫌!?東条の隣が良かったとか!?」
玉城の不機嫌な態度を茶化して和ませようとそう冗談を言った小田を、玉城は見つめた。
「うん。」
「え…」
しーん、と沈黙が流れた。沈黙、と言っても、部屋にはMVの紹介や面白おかしいBGMがガンガン鳴り響いているんだけど…。
「光と東条君仲良いもんね〜!東条君こっち来たら?」
「え、あ、えーと…」
熊谷さんがそう言うと、小田は渋々立ち上がり、俺にこっちに来るようジェスチャ―をして席を移動した。だけど俺が隣に座っても玉城はそっぽを向いたままで、一体どういうつもりなんだろうと混乱する。俺の隣がいいって…えぇ!?でも…なんか俺に対して怒ってるような…?俺何かしたっけ!?
「飲み物取ってくる。」
「あ、は〜い」
「いってら〜」
玉城は鷹野さん達に言って立ち上がり、自分のグラスと、俺のグラスを持って部屋を出て行く。
「えっ!?玉城!」
い、一緒に来いってことかな…!?信二を見ると、行けよ、というように顎で示された。それで迷いを振り切って、俺は玉城を追いかけた。
「玉城…」
部屋を出てすぐのドリンクバーのコーナーに玉城はいた。自分のグラスにはアイスティーを、俺のグラスにはオレンジジュース…とコーラとメロンソーダを入れ、さらにウーロン茶を混ぜ始めた。
「え!?ちょ、何してるの!?」
玉城がこんなイタズラをするのも珍しいし、それを拗ねたような顔でしているから俺はますます動揺した。
「はい。」
「え、え〜…?うん…」
俺はいろんな飲み物が混ざって不気味な色になった飲み物を受け取った。…まずそう。
玉城は部屋に戻る気がないみたいに壁に寄りかかって、アイスティーにちょっと口をつける。
「戻らないの?」
「……。」
やっぱり…様子がおかしい。俺に怒ってる…よな?理由はわからないけど…。
「玉城、ごめん。」
「…何が?」
「いや、俺何かしたかなって…」
「……。」
青い瞳が俺を捉えて、縛り付けられたみたいに動けなくなった。
玉城が赤い唇を開いて、俺に何か言う。ドキドキしてその言葉を待つ俺の耳に、短い言葉が響いた。
「…別にぃ」
それだけ言い捨てて、玉城は俺を置いてさっさと部屋に戻ってしまった。
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