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暖かい風に桜の花びらが混じる、4月の朝。
朝練を終えて着替えて朝食をとり、各々準備して登校をする時間。
「え、東条A組?いいなぁ〜」
「A組当たりだよな」
先日入学式を終えた1年たちがはしゃいでいる。
「A組可愛い子多いもんな〜」
「しかも東条、後ろの席あの子だってよ」
「マジ!?超ラッキーじゃん!話した?」
「いや、全然!」
「そっか〜、いや、でもいいなぁ〜!」
…若い奴らは楽しそうだ。
ほほえましく様子を見ていると、肩にずしりと錘が乗った。
「おい、なにジジイみたいなツラしてんだ」
「重い…」
朝からどこか不機嫌な倉持が俺の肩から手を離す。こいつとは去年から引き続き、同じクラスになってしまった。
「何朝からイラついてんの?」
「うるせー」
倉持は舌打ちをして、カバンに手を突っ込み、小さな紙きれを取り出した。
「…ほらよ!」
それは水色のレース柄の、小さく畳まれた便せんだった。
倉持にしては可愛らしすぎるそれが倉持からのものではないことと、聞かなくてもその内容にうすうす察しのついた俺は、人目につかないうちにそれを受け取り、サッと自分の胸ポケットにしまう。
「チッ、なんで俺がテメー宛の手紙なんて仲介してやらなきゃなんねーんだよ」
「はっはっは…」
「今日焼きそばパンな」
「なんでだよ…」
倉持がこの手のものを女子から託されたのは今までにも数回ある。こんなこわもてなのに、そんなものを何度も女子から頼まれるこいつが謎だ。
「今日ミニテストあんだっけ」
「おー英語な」
校舎に入ると日の差し込まない玄関は空気が少し冷えていた。少し目が覚めて自分の靴箱の前に立つ。すると、上履きの上に、入れた覚えのない紙が入っていた。
……。
一瞬考えて、まさか、と思いつつそれを少し引き出すと、それは桜の花びらみたいな淡いピンク色の封筒で、丁寧に桜の花のシールで封がされ、かわいらしい字で『御幸一也様』とだけ書かれていた。
「…は!?お前それ…!」
「シー!」
後ろから覗き見た倉持が声を上げ、俺はとっさに人差し指を立て、封筒をポケットに突っ込む。
「何2通も貰ってんだよムカつくなテメーは!」
「そんなこと言われてもね…」
「誰から!」
「知らねえよ、書いてないもん」
倉持のキックが飛んでくる。
「いってぇな…」
「あー朝からイラつく!」
ぷんすか怒って行ってしまう倉持を、周りの生徒たちが避けて通るのを見送って、俺は上履きに履き替えた。
***
御幸君へ
いきなりごめんね。
良かったらメールしてください。↓
〇〇〇@mail.ne.jp
椎木エリカ
休み時間、人のいない非常階段の裏でこっそり手紙を開封する。
朝倉持から貰ったほうは、隣のクラスの椎木からのものだった。去年は同じクラスだったけど、そんなに話してない。彼女の印象は、いつも賑やかなグループの中にいて、派手な女子だったことくらいだ。確か、先輩と付き合っている、って噂もあったような。
そして…
差出人不明のピンク色の封筒を開封する。
淡いピンクの花柄で縁取られた便せんには、かわいらしい字でこう書いてあった。
御幸一也先輩へ
いつも応援しています。
去年の地方予選の試合で先輩のことを知って、先輩に会いたくて青道を受験しました。
実は何度か、野球部の練習を見に来ました。先輩はいつも一生懸命で、ずっと憧れていました。
先輩は私を知らないと思いますが、どうしても直接気持ちを伝えたいので、今日のお昼休みに中庭に来てください。
お願いします。
1年C組 林 美樹
…知らない後輩だ。まだ入学式からさほど経っていないのに、積極的だなー…。
今日の昼休みか…ゆっくりスコアブックを見たかったのに。
さすがにしらばっくれるのもな。
ちょっと疲れた気持ちで便箋をポケットにしまう。
だけど、椎木には…メールはしなくても、いいよな。
***
昼休み、昼飯を食べて倉持が便所へ行った隙に教室を出た。
騒がしい廊下を抜けて階段を下りていくと、だんだんひと気がなくなって、裏の昇降口のあたりまで来ると空気は静まり返っていた。薄暗い裏口の重いドアを開ける。
光が一気に目の前に広がって、まぶしい中庭の景色が目の前に広がった。
少し散り始めた桜の木の下のベンチに座る、一人の女子生徒。
こちらに背中を向けていて、まだ顔は見えない。
あの子かな…。
後ろ姿からもわかる、華奢な肩口に流れる、柔らかそうな亜麻色の長い髪。
なんか…可愛い子っぽい。
いや、でも、俺は野球に集中したいし。
よく知らない後輩と付き合うってのは…。
意を決して中庭におり、ベンチに歩み寄る。
足音に気づいた彼女が、静かに振り返る。
青みがかった綺麗な大きい瞳が俺を捉えた。
真っ白な肌。薄く熟した桃のように紅がさした頬には、長いまつげが影を落としている。そして花弁のように赤く色づく官能的な赤い唇。筋の通った小さい端正な鼻。それをまとめる、人形のように整った曲線を描く輪郭…。
す……、すげえ美人。
「……。」
驚いて息をのんで固まった俺の前に、美少女は優雅に立ち上がり、俺の前に立った。
…スタイルも驚くほどいい。モデルのようにスラリと手足が長く、一つ一つの動作が綺麗で、思わず見とれてしまう。
「…あの」
ぽかんと固まっていた俺に、美少女が声をかけた。
短く発した声なのに、とても特別な響きを持ったその声は、俺の胸の奥深くにまで届いて鐘を鳴らしたように、心臓がドクンドクンと動き始めたのを感じた。
「あ、はい」
俺は冷静さを取り繕って少し頭をかいた。
「……。」
「……。」
しばらく沈黙が下りる。あんな手紙を靴箱に入れるくらいだから、積極的な子かと思ったら…自分から言いづらいのだろうか。
だけど…この子から告られたら俺、断れるか…!?
こんな美人、そうそういねーぞ…簡単に断るのは、正直惜しい。でも…よく知らない子だし…野球で忙しいし…。
うーん…どうしよ…。
「あの…ごめんなさい。」
突然、彼女が丁寧に頭を下げてきた。
「え?」
いったい何のことかと目を丸くする。…あ、突然、手紙で呼び出したこと…か?
「…あー、いや、別に…気にしないで」
「…すみません。」
彼女は頭を上げた。それからまた、小さくペコっと会釈をして、なぜかこの場を立ち去ろうとした。
「えっ?」
つい声を出すと、え?と不思議そうに振り返る彼女。
「えっと…どういうこと?」
全く話が読めない。直接気持ちを伝えたいんじゃなかったのか。いきなり謝られて、これで終わり?
「え…。」
彼女は戸惑った様子で視線を動かして、少し考えてから、意を決したように俺を見た。
「あの…手紙のこと、なんですけど。」
「…うん。」
「先輩のこと…知らないので、お付き合いはできないです。」
ごめんなさい。…と、また頭を下げる彼女。
…って、ちょっと待て。話が違う。
「いや…手紙って」
くれたの、そっちだよね?…と、聞こうとして、待てよと思った。
「…もしかして、手紙で呼び出された?」
「……?」
きょとん、と目を瞬き、彼女は…こくり、とうなずいた。
「あ〜〜〜なるほど…はっはっは」
その瞬間つじつまが合って、俺はつい笑ってしまった。
「…え?」
彼女はまだ眉を寄せ、怪訝そうにしている。
「俺も呼び出されたんだよ…つまりお互いに人違い。」
「……。」
ぽかんとした彼女の顔が、じわり、と赤くなった。
「えっ…す、すみません」
そして慌てて謝って、恥ずかしそうにうつむく。
ちょっと横暴なくらい可愛い。
「いや〜おもしれー。こんなことあるんだな」
「……。」
「俺、2Bの御幸一也。そっちは?」
「…1Aの、花城光です。」
今年の1年に、こんな美女がいたとは。今朝1年たちが噂してたのって、もしかしなくてもこの子のことかな。こんな美人、なかなかいねーし。
「へー、花城サン…。」
「何ですか?」
花城は俺の視線を受けて、居心地悪そうに肩をすくめる。
は〜…どこからどう見ても、頭の先からつま先まで、余すことなくキレーな子…。
「いや、さすが入学早々呼び出されるだけあって、キレーだな〜って」
「……。」
口元が緩むのを感じながら無遠慮にそう言うと、花城は不審な目で俺を睨んだ。そんな顔も可愛い。
「はっはっは!なんてカオしてんだよ、褒めてんのに」
「からかってますよね。」
よく知らない先輩相手だというのに、物おじせず睨んで言い返してくる花城。大人しそうな見た目に反して意外と肝が据わっているらしい。面白い。
「花ちゃんって呼ぼーっと」
「は?何、勝手に…やめてください。」
「はーなちゃん♡」
「うざいです。」
「はっはっはっは!おもしれー」
「……。そっちがその気なら…」
花城は口元に小さく笑みを浮かべた。
「みゆきちゃん」
「!!」
「…って、呼びますよ。」
ちょっと待て。それは禁じ手だ。
「それは…それは言っちゃダメなやつだろ!」
「なんでですか?同じように名字にちゃん付けしただけですよ。みゆちゃんのほうがよかったですか?」
「それだけはやめろ。」
「あはは!」
花城が笑い出して、そのあまりにもきれいな笑顔と、さらさら揺れる長い髪の艶がきらめいている姿が、俺の胸に強烈な衝撃を与えた。
知り合ったばかりなのに、思わず手を伸ばして触れたくなるような。
花城の存在が、とてもまぶしく、くすぐったく、俺の胸に刻まれたのだった。
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