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入学式の日、驚くほど美人なクラスメイトがいて、その子は一気に学校中の噂の的になった。
花城光さん。
その子がまさか、同じクラスで、しかも俺の後ろの席だなんて。
まるで恋愛漫画の始まりみたいじゃないか?
「なあ東条!花城さんと喋った!?」
そして、毎日のように聞かれるこの質問。皆花城さんとの接点を持つのに必死だ。
「いや、全然!あんまり男子と喋らないし」
「そっか〜…」
あからさまに落胆した部活仲間は、自分の教室の前で「じゃあな」と手を振って去っていく。
そう…幸運にも毎日すぐ近くの席で過ごしているというのに、花城さんは綺麗すぎて高嶺の花。周りの誰もが意識していることもあって、なかなか気軽に話しかけられる雰囲気でもなく、花城さんと話す機会がなく2週間が過ぎようとしていた。
「大変だな…」
信二が俺に同情の目を向けた。
「人気だからな〜、花城さん」
「まあ…あれだけキレーじゃな…」
他人事のように言っているけど、信二も花城さんのことは気になってるっぽいし。
「じゃあ、また」
「うん、またな」
信二のクラスの前で別れ、俺は自分のクラスであるA組に向かった。
俺の席の後ろにはもう花城さんが着席していて、仲のいい鷹野さんと喋っている。
俺が席に歩み寄って荷物を下ろすと、気が付いた鷹野さんが振り返った。
「あ、東条君おはよー!」
「おはよう!」
鷹野さんは男女分け隔てなく気さくで、俺にもこうして挨拶をしてくれる。
「でさー、さっきの続き!」
ついでを装って、花城さんにも挨拶してみようか…と一瞬よぎったものの、それよりも早く鷹野さんが花城さんとお喋りを再開してしまった。
「昨日呼び出された人どうなったの?」
…な、なんか気になる話してる…。
まあ花城さんは学年問わず有名人で、モテるのは珍しくもないだろうけど…。
「来なかった。」
だけど花城さんはあっさりとそう答えた。
「えー!すっぽかし!?」
「いや、たぶん…他の人がいたから、出てこれなかったのかも。」
「他の人?」
「うん。昨日の眼鏡の先輩。あの人も誰かに呼び出されたらしくて、お互い勘違いして。誤解しててしばらく話してたから…」
「なにそれ!おもしろ!」
「面白くないよ…」
「でもさーあの先輩イケメンだったし!なんか恋愛漫画の出会いみた〜い」
鷹野さんのセリフに心が乱された。
花城さんと出会った、その、イケメンの先輩って…?花城さんも意識してる感じ、なの、かな?
「変なこと言わないでよ。」
「あはは!あ、チャイム鳴った!」
予鈴が鳴って、俺の前にある自分の席に戻る鷹野さん。
俺はずっと、先ほどの会話が胸に引っかかってしまった。
***
夕食後、気分転換におやつでも買おうかとコンビニへ向かう夜道は、まだ少し肌寒い。
信二を誘おうとしたけど、沢村の宿題を見てあげるのに忙しそうだったから…ついでに何か買ってってあげようかな。
コンビニが見えてくると、まだ青道の制服を着た学生たちがちらほらいた。たぶん、部活帰りで帰宅が遅い生徒たちだ。
自動ドアをくぐって入店音が響くのを聞きながら、お菓子の棚に向かおうとして、突き当りのドリンクのショーケース前に立っている青道の女子生徒に目が留まった。
あの後ろ姿は…花城さん!?
なんでこんなところに。って、買い物か。
花城さん、このコンビニにくるんだ…。それに遅い時間だけど、部活とかやってるのかな。
……。
花城さんはじっと上のほうを見上げて立っていたかと思うと、決意したようにケースのガラス扉を開け、手を伸ばした。…が、届かない。
花城さんがとろうとしているペットボトルだけ、少し奥のところで詰まってしまっているのだ。
…これ…チャンスじゃないか!?
ごくり、とのどが鳴った。
ゆっくりと、決意しながら、花城さんの後ろに歩み寄る。
なんて声をかけようか迷って、思い切って、彼女の横から手を伸ばした。
「!」
突然伸びてきた手に驚いた花城さんが背伸びをやめ、俺を見上げる。
俺は突っかかっていたペットボトルを引っこ抜き、花城さんに差し出した。
「あ…。」
花城さんの目が瞬いた。俺を思い出したように。
「ありがとう。」
その言葉で、俺を覚えていたんだと嬉しくなった。
そしてそのペットボトルに書かれた文字…「よもぎ餅オレ」を二度見した。
「それ…好きなの?」
「ううん。初めて飲む。」
「へー…」
花城さん、意外だ。こういう変な飲み物を飲むなんて。
だけど俺も珍しい味のものは好きだ。
「俺も飲んでみようかな。」
俺はまた手を伸ばして、同じ飲み物をとった。
「花城さん、帰り遅いんだね。部活?」
自然に装って、精いっぱいの勇気で尋ねる。
「ううん。違うけど…」
花城さんはちょっと困ったように言葉を濁して、口ごもりながら言った。
「あんまり…早く帰りたくないじゃない?」
きれいな花城さんの言葉に一瞬納得しかけたけど、あまり早く帰りたくないなんて、何かわけがあるのかな。
「そっか…まあ、寄り道楽しいもんな。」
「うん。」
俺がうなずくと、花城さんも安どしたようにうなずいた。
俺は花城さんと話せている状況が嬉しくて、舞い上がってしまって、あまり花城さんの言葉を深く考えることができなかった。
それからふと不思議そうに俺を見る花城さんの視線に気づき、ちょっと顔が熱くなった。
「あ…俺は寮だからさ。」
「あ、そうなんだ。」
こんな時間に私服で学校近くのコンビニにいる訳を話すと、花城さんは納得がいったようにうなずく。
「じゃ…私帰るね。」
「あ、うん…気を付けて!」
にこ、と微笑みを残してレジへ向かう花城さん。
名残惜しさを感じながら、俺はその背中を見送った。
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