008

「あの」

5限が終わった後の休み時間。
光が見知らぬ先輩を呼び止めると、その先輩は目を丸くして硬直した。

「御幸一也先輩は…いますか?」

そう尋ねられてその先輩は、あ、う、おう、と言葉にならない返事をして、挙動不審な様子で教室を覗き込む。

「み…御幸!後輩の子が呼んでるけど…」

そしてそう呼びかけると、ややあって、教室中…いや、廊下にいる生徒たちからも視線を浴びながら、御幸先輩がやって来た。

「あの。ブレザーをお返しに来ました」
「あ、あぁ…」

光からブレザーを受け取って、早速袖を通す先輩。ボタンはしっかりとついている。

「こんな早く、悪いな。ありがとう」

いえ…、と遠慮がちに首を振る光。
放課後は部活だと言ってたから忙しいだろうし、と、あの後教室に戻ってすぐに、クラス中の好奇心に満ちた視線を浴びながらお昼休みの間にボタンを取り付けたのだ。

「じゃあ、失礼します」

光がそう言うと、御幸先輩はちょっと名残惜しそうに間を開けて頷く。
この二人、なんとなくお互いが気になってるんじゃないだろうか。そんなお節介なことを考えていると、隣から声がかけられた。

「花城さん?」

振り向いて、息を呑んだ。
速水先輩だった。

光を見て、御幸先輩を見て、彼は気まずそうに笑う。

「…よく一緒にいるんだね?」

二人の関係を疑う視線が彷徨う。御幸先輩も速水先輩の気持ちを知っているのか、気まずそうに姿勢を正す。

「別に、そんなことないけど…」

御幸先輩はそう言って光を見た。
光は二人の先輩を見て、お辞儀をして私の方に後ずさった。

「もう、教室に戻るので」

失礼します。と、光は言って、私に早く行こうと目配せをしてきた。私は頷いて、光と連れ立って階段を降りる。

「速水先輩が同じクラスとはびっくりしたねー…」

私が苦笑して言うと、光もうん、と苦笑した。



***



数日後、移動教室の途中で友達と話している御幸先輩を見かけた。御幸先輩はすぐにこちらに気づいて、口元に微笑を浮かべた。

「よっ。」

そう挨拶を発した御幸先輩に、先輩の友達であろう目つきの悪い先輩が驚いて固まった。

「…こんにちは。」
「こんにちはー。」

光と私が挨拶を返すと、御幸先輩はおう、と頷いて、今度は光だけを見る。

「えーと、花城…だっけ?」

高島先生が呼んだのを覚えていたのだろうか。光もちょっと不意を突かれた顔で、ハイと頷く。

「この間はありがとな。」

ボタンの件だろう。光は少し顔を赤らめて会釈を返した。

「オイ…なんのことだよ!?」
「なんでもねーよ。」

興味津々に詰め寄る友達をあしらい、御幸先輩はまた光を見る。

「またな。」
「……。」

ペコ、とまた会釈を返し、光は俯き気味に歩き出す。その横顔が赤いのを見て、私は口元が緩むのを抑えきれずにいた。

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