003

「…あ」

なんだか胸元がすかすかして、ブレザーを見て、足りないボタンを思い出した。
そういや、あの子の髪に絡まったまま、置いてきちまった…。

予備のボタン、あったっけ?どうするかなあ…。

そんなことを考えながら俺はブレザーを脱ぎ、セーターに着替えた。
その時。

「御幸一也ぁぁ〜!!!出てこーい!!!!」

「……。」

最近では嫌というほど聞きなれた声。倉持もすぐに反応して、楽しそうに俺を見て、廊下に向かう。

「沢村うるせーよ!!毎日毎日2年の教室まで来んな!!!」
「ゲッ倉持先輩!!!おのれ御幸一也、隠れやがったなぁぁ〜!!」
「すみません倉持先輩!こいつすぐ連れて帰りますんで」

どうやら金丸もいるようだ。沢村の馬鹿と同じクラスらしく、苦労を嘆いていたっけ。あいつも大変だな…。

「おい、迷惑だから大声で騒ぐな」
「やっと来たか御幸一也!!!今日こそ俺の球を受けろ!!受けると約束しろ!!」
「俺の話聞いてた?」
「うんと言うまで帰らねーっすよ俺は!!」
「勝手にすれば?お前が遅刻しようがどーでもいーし…」
「ぐぬ…!この…!汚いぞ御幸一也ァ!!」

金丸に羽交い絞めにされて引きずられていく沢村を鑑賞し、笑っていると、不意に廊下に声が響いた。

「あっ!あの人じゃない!?」

明るい女子の声。何気なくその声がしたほうを見ると、あの子が視界に飛び込んできた。
今朝、玄関でぶつかった、あのものすごい美少女だ。

少し距離をとって見ると、彼女の華奢ですらりとした手足と、驚くほどの小顔がよく映えて、さらに人間離れした美貌がよくわかる。やっぱ、すげー美人…。
そして、今その彼女はその大きな瞳で、じっと俺を見つめていた。

もしかして…ボタンを返しに?
そんな考えが頭をよぎって、俺は、すっかり静まり返った廊下の空気にも気づかないほど、彼女にぽかんと見とれていた。

彼女は友達と連れ立って、うつむきながら、ゆっくりと俺の前に歩いてきた。俺の目の前に彼女が立ち止まったとき、俺の心臓はドキドキうるさいほど踊っていて、彼女の顔をまともに見れなかった。

「あの…。今朝、ぶつかった者なんですけど…」

彼女は律義にそんな風に名乗って、白魚のような手を差し出してきた。

「ボタン…すみませんでした。」

あっけにとられたまま、何とか差し出した自分の手に、彼女がボタンをそっと載せる。そして踵を返して、彼女の髪がふわりと揺れ、甘い香りが広がった。

「名前とか聞かなくていーのお?」
「いいの!…」

コソコソとそんなことを言いながら、女子たちは逃げるように階段を駆け下りていった。

…行ってしまった。


……名前とか…聞けばよかったあぁ…っ!!!


「今の美女誰っすか!?御幸先輩の知り合い?」
「うるせえ、ちげーよ」

また騒ぎ出した沢村をあしらって、彼女の甘い香りの余韻に浸る。あーあ…接点なくなっちまった。

「あの子1年だろ?お前ら知らねーの?」

倉持が言うと、きょとんとした顔で知らねえと首を振る沢村の横で、金丸が何か知っているような苦い顔をした。

「お?金丸お前何か知ってそうだな?」

吐きやがれ、と倉持に肩を組まれて、金丸は白状した。

「い、いや…俺もよく知らないですけど…確かA組の花城さんッス…」
「ヒャハハ、知ってんじゃねーか!下の名前は?」
「た、確か…光?です…東条が同じクラスで…1年の中でも有名なんで…」
「有名?」
「あの、か、可愛いって」
「あ〜…」

なるほど。それは納得。

「よ〜しじゃあ今日東条を問い詰めてやるかぁ。ヒャハハ」

そう楽しそうに言う倉持を、金丸は同情の滲んだばつの悪そうな顔で見ていた。

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