落車してるヤツがいても、普段なら上げたトップスピードのまま横を通り過ぎるはずだった。間違っても、今のオレがしてるみたいにブレーキをかけて完全に止まることなんてしない。タイムトライアルでもなんでもない、たかが外周の途中だったとしてもだ。
ヘンなニオイはしなかった。うっかり魔が差した。部員じゃなかったから。困ってそうだったから。人として当然のこと。女子だったから。聖心の制服着てるから。新開や東堂が一瞬頭を過ったから。言い訳のように自分が納得の出来るものを探してみるも、どれも微妙に違う。敢えて言うなら気紛れが一番近い。そもそも最初から理由なんてわかってるんだヨ、とばかりに一つ舌打ちを零しながら、たった今降りたばかりのビアンキと同じ色をした自転車に手を伸ばした。そう、この色のせいだ。

「おい何したァ?」
「えっ、あ、あの多分タヌキ、が出てきて、避けたらタイヤ滑って、」
「フーン。怪我は?」
「いや、あの、すいません」
「いーから質問に答えろヨ。怪我は?」
「て、手のひらに軽く。あ、でも本当に大丈夫なんです。どっちかていうと、ハンドル外れない方が深刻っていうか、あの」
「グリップ抉れても怒んなヨ」

はい、という返事が聞こえたと同時に力任せに自転車を引っ張れば、案の定グリップが抉れる嫌な音がしてから、左ハンドルが側溝の金網から解放された。

「あー、やっぱイってんなぁ。ちゃーんと整備出しに行けヨ」

指の腹でオレがトドメを刺して捲れ上がったグリップ部分を撫でながら、ざっと車体を確認すれば、走れない程じゃないダメージと、見覚えのあるエンブレムが目に入る。道理で。そりゃ同じ色に見えたワケだ。
ブレーキの原因に一人で納得して、起こしたビアンキのミニベロのスタンドを立てる。

「あ、あの」
「で、手は?」
「あ、ありがとうござ」
「ハイ見せてー」

ウザったい礼をあからさまに遮って、庇っていたように見えた左手を取れば、途端に顰められる顔。やっべ、強く握りすぎたか。咄嗟に思うも後の祭りなことはわかってるけど、少しだけ力を緩めて手のひらを返した。

「で、これのどこが軽く?」
「や、見た目ほど痛くな」
「バァカ」

すいません、と項垂れた旋毛を見下ろしながら、舌打ちを一つ。自分のビアンキから、金欠のせいで水道水を詰めてきたボトルを引っ掴んで、ミニベロのグリップのようになった手のひらに中身をぶっかけた。

「っつ!」
「跡残ったらどーすんだこのバァカ!」
「あ、あの」
「アァ?中身ただの水でオレまだ飲んでねーから安心しろ」

いや、とか、その、とか言い淀んでるのを放ったらかして、サイジャーの背中に手を回したものの、案の定役に立ちそうなもんは何も入ってない。さすがに汗まみれのサイジャーで拭うのはアウトなことは考えなくてもわかる。そもそも脱いで渡すつもりもない。となれば、残されているのは一つだけだ。全く汚れてないワケじゃねェけど、そこには目を瞑ってもらうしかない。

右のグローブを外して軽く傷に当て、その上から左のグローブをはめた。ぶかぶかなのは仕方ないが、ないよりはマシだろ。

「前言撤回。チャリの整備より先に病院だァ、病院」

わかったな、と念を押せばはいともいいえとも取れるよくわかんねェ返事が聞こえた。

(150514)



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