青が焦がれたもの



「姉さん!」
「うわっ!ゆ、雪?え、どうしたのいきなり」



ノックもなく勢い良く扉を開けて室内に飛び込んできたのは雪男だった。
彼の性格から考えて、あんなに乱暴な……というか荒々しい行動は酷く珍しい。
医務室のベッドの上で上半身だけ起こした状態の名の元へ、雪男は肩を怒らせながらカツカツと足早に歩み寄る。



「どうしたのじゃないよ、仕事で怪我したって聞いた」
「……思ったより早くバレちゃったなぁ」



半眼になり顔を逸らし小さく呟く彼女に雪男は、ぐっと拳を強く握り、出来るだけ声を荒げないよう問い掛けた。



「僕には黙ってるつもりだったの…?」
「だって雪、心配し過ぎるんだもの」



名は掛け布の下で両膝を立て、それを抱えるようにして座る。
膝に乗せた顔はどこか拗ねている様子で、会話の流れからすればその表情は本来雪男がすべきなのだが……今の彼にそこまで考えが回る余裕はないらしい。



「家族の心配をするのは当たり前だよ」
「それはそうだけど、雪のは大袈裟過ぎるの」
「大袈裟って……逆に姉さんは自分の身体を労らなさ過ぎなんだ」
「そうかな」
「そうだよ」



何が可笑しいのか、名はくすくすと笑い出す。
そんな様子が不可解で、だけどからかわれているわけではないと察した雪男は眉根を寄せながらベッド脇の椅子に腰掛けた。

ここに来た当初は真面目に説教をするつもりだったのに……気が付けば怒りの感情は空気が抜けた風船のように萎んでしまっていて。
……姉さんの笑顔を見たせいだろうか。
重度なシスコンだという自覚はある。



「何笑ってるの、姉さん」
「ううん、なんか、私より雪の方が年上みたいと思って」
「……つまり、僕が兄で、姉さんが妹って事?」
「そう。もしかして、そっちの方がしっくりしていたかも」



雪男は姉の言葉を受け、その可能性を想像してみる。
姉さんが僕を雪ではなく兄さんと呼んで、逆に僕が姉さんではなく姉さんの名前で呼んで……
……………。



「ね、どう思う?」
「違和感しかないよ」
「もー、例え話なのに雪ってばノリ悪ーい」



むっと唇を尖らせる彼女。
それに対して雪男は溜息を吐きながら、くいっと眼鏡の位置を直した。



「ごめんね」
「え?」
「心配させた事、まだ謝ってなかったから」
「ああ……」



いきなり何を言い出したのかと思った。
そういえばまだ聞いていなかったっけ、と雪男は先刻のやり取りを振り返る。
まったく、素直なんだか天の邪鬼なんだか。
そんなところは、兄さんとよく似ている。



「これからは、兄さんでも僕でも構わないから、ちゃんと言って。頼って欲しいから」
「それはこっちの台詞」
「え」



ふわりと、名の手が雪男の頭を優しく撫でる。
その手があまりにも柔らかくて、小さくて。
雪男は知らず知らずの内に息を呑んだ。



「燐は見ていて分かりやすいけれど、雪は一人で抱え込んじゃうから、余計心配なの。雪が頼って欲しいと思っているように、私も雪や燐に頼って欲しいと思ってるから。それを、忘れないで」
「姉さん……」



雪男は少しの間、彼女の瞳を見つめた。
どこまでもまっすぐで、真摯な瞳は兄のそれと似ていると思う。



(……きっと兄さんなら、ここで深く考え込まないんだろうな)



すぐにでも目の前の愛しい女性を抱きすくめてしまいたいという衝動に駆られながらも、雪男はどこか頭の端では冷静で。
兄なら、それなら弟である自分ならと思考を巡らせ、結局は彼女の手を握り返すだけに留めた。



「分かったよ、姉さん。約束する。だから姉さんも」
「うん、ちゃんと燐と雪に相談する」



約束、と言って笑顔で小指を絡めてくる名に雪男は微笑とも、自嘲とも見える笑みを浮かべた。



(その優しさが、時々、ひどく胸に痛い)
(だって僕は、)

(こんなにも、姉さんが)





■END

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