※白ひげ時代の話※
穏やかな午後。静かな室内に、紙とペンの触れ合う音だけが響いている。
脳内に思い浮かぶフレーズを書き留めながら、デュースは口元に笑みを浮かべた。今日は調子がいいな。昨日まであんなに進まなかったのが嘘みたいだ。ペンのインクを途中で付け足しながら、ノート4ページがびっしりと言葉で埋まったところで、前かがみ気味になっていた身体を起こして満足げにふうと息をつく。
「結構進んだな……」
デュースはパラリとノートを見返しながらつぶやく。キリのいいところまで進んだから少し休憩でもするかと、ううんと身体を伸ばした。そのまま首を回せば、凝り固まった関節がゴキゴキと鳴る。そこでふと喉の渇きを覚えた。食堂にコーヒーでも貰いに行くか。そう思いながら立ち上がり、後ろを振り返ったところでびくりと身体が跳ねた。うお、と間抜けな声まで漏らしてしまう。
「……なんでいるんだお前」
目を丸くして、まばたきを繰り返しながらデュースはつぶやく。部屋にいるのは自分ひとりだと思っていたのだが、いつのまにか客人が来ていたようだ。その客人――エースは、待ち疲れてしまったのか、床に丸くなるようにして眠っている。頭に疑問符を浮かべながらデュースは近づき、その丸まった身体を揺らした。
すると程なくしてエースは目を覚ましたようだ。大あくびをしながら寝ぼけた目をこすり、
「終わったか?」
なんて呑気なことを言っている。その発言に一瞬面食らいつつ、デュースはあくまで冷静に問いかけた。
「なんでお前がおれの部屋にいるんだよ、エース」
「暇だったから遊びに来たんだよ。そんで、ノックしたけど返事がなかったから勝手に入って、お前のそれが終わるのを待ってた」
「お前なあ……それ、おれ以外のやつにやんねェほうがいいぞ」
「わかってるよ。デュースにしかやらねェって」
それもそれでどうなんだ。
そう思ったが口にはしなかった。デュースにはそれよりも他に尋ねたいことがあったからだ。
「というか、なんで床なんかに座ってんだよ?」
そう、エースが待っていた場所だ。なんでわざわざ床に座って(最終的には寝ていたが)待っていたのだろうか。互いに出会ってから少なくとも2年近くは経過し、今更何かを遠慮する間柄でもないのに、である。
「どうせ待つならソファでもベッドでも、適当に座ってりゃよかったのに」
「いやな……」
エースは神妙な面持ちでそっと床を撫でる。
「ここ、あったかくてめっちゃ気持ちィんだ」
「……はあ」
なんだその理由は。呆れ顔のデュースに、エースは心外だとばかりに声を荒げる。
「ほんとだって!! お前もここ座ってみろよ!!」
エースは力説しながらほら!と自身のすぐ隣の床をバシバシ叩いた。その圧に押されるように半信半疑のデュースは、エースの隣に腰かける。
程よく降り注ぐ日差し、温まった床、吹き抜ける爽やかな潮風。なるほど……。しばらく黙っていたデュースはすっと目を細める。
「わからなくは、ない」
「だろ?」
エースは得意げに笑った。なんでも、デュースの部屋の中ではここが一番快適なのだという。
そんなエースの話を聞きながらデュースは、快適な場所を知っているなんてまるで猫みたいだ、なんてぼんやり思っていた。スペード時代も確かに、コタツとよく一緒に昼寝をしていた覚えがある。もしかしたらその時に快適な場所を見つける術を身につけたのかもしれない。そんなことを考えていたら、日差しを受けてつやつやと光る黒髪も、心なしか猫の毛並みのように見えてくるような。
デュースはほとんど無意識に手を伸ばし、エースの頭をさわりと撫でた。うん、少しごわついているが、悪くない撫で心地で……。
――そこでふと、我に返ったデュースはぴたりと動きを止める。
エースもまさか頭を撫でられるとは思っていなかったようで、驚いたように目を丸くしていた。
「デュース」
「なんだ」
「なんで今、おれの頭撫でたんだ?」
「……さあ?」
問われた本人であるデュースは首をかしげる。ほとんど無意識だったから理由なんてあってないようなものだった。問われたからといって簡単に答えられるわけではない。
しばらくふたりは無言で見つめあっていたが、どちらともなく笑い出し始めた。
「無意識で人の頭撫でるとか聞いたことねえよ!」
「そうだな、何やってんだおれ」
転げるように笑いあっていると、お返しだとばかりにエースはデュースの頭を掻き回した。それに負けじと、デュースも問答無用でエースの頭に手をかける。ものの数分でふたりの頭がボサボサになったのは言うまでもない。ボサボサになった互いの頭を見て、「何やってんだおれたち」とまた笑い始める。
なんでもない、午後のひと時であった。