"それ"を見つけたのは本当に偶然だった。
今ではほとんど習慣になってしまった長期休暇中のマーヴェリックの住まい訪問にて。家主の彼にちょっとした探し物を頼まれ、ふたりで家のあちこちを探していた時だった。この家は一見殺風景に見えるが、細々とした物が多くて結構ごちゃついている。それに加えて家主がすぐ物を適当な棚に放り込むため、探し物がそこそこ大変だと知ったのはつい最近のことだ。
「あとはここくらいか……」
俺はひとりつぶやきながら、目の前のスチール製の戸棚――格納庫の隅の方に追いやられていたもので、結構年季が入っている――を漁る。あれでもないこれでもないと物を取り出しながら確認していると、奥の方に伸ばした指先が何かに触れた。
「ん?」
その感触になんとなく興味を持った俺は、むんずと掴んで引っ張り出す。
出てきたのは小さな箱だった。俺の手のひらよりも随分と小さく感じるその箱は、角が丸くころりとした形状である。表面は白い布で包まれているが、長いこと存在を忘れられていたのもあってか、表面にはうっすらと埃が積もっていた。
「……は?」
自然と目の渇きを覚えて初めて、自分がまばたきをしていないことに気付いた。思い出したかのようにぱち、ぱち、とまばたきを何度繰り返しても、手の中の箱は消えない。確かな重みが、これが現実だということを俺に突き付けていた。
意識的に大きく呼吸を繰り返しながら箱に手を掛けた。側面に一文字に入った切れ込みに指を合わせて、かぱりと開く。
案の定そこには、一粒のダイヤモンドがあしらわれた指輪が鎮座していた。
長い間放っておかれたのにも関わらず、その輝きはちっとも衰えていない。
「……なんで」
なんでこんなものがこの人の家にあるんだ。
「ブラッドリーごめんよ、こっちにあったからもう大丈夫だ」
不意に俺の背後からマーヴェリックの声が聞こえて、驚いて咄嗟に蓋を閉める。精一杯平静を装って「わかった」と返事をしたのに、マーヴェリックは俺の様子の変化にいち早く気づいたようだ。一歩こちらに近づきながら尋ねる。
「ブラッドリー? どうかしたか?」
「マーヴ、その……これ、」
「ん?」
観念した俺は、まるで叱られるのを恐れる子どものように手の中のものをおそるおそる差し出す。マーヴェリックはそれを見て一瞬目を大きく見開いたかと思うと、ふにゃりと弛緩するように表情をやわらげた。ああ、と笑いを含んだ声でいう。
「これまた懐かしいものを見つけたな、君は。てっきり無くしたと思ってたのに……何処にあったんだい」
「いや、棚の奥の方に押し込めてあったけど……って、そうじゃなくて」
俺は気を取り直し、ゆっくりとこちらに歩いてくるマーヴェリックに尋ねる。
「これ、どう見ても婚約指輪だよな? 何でこんなものが家にあるんだよ」
あんたに婚姻歴がないことはわかってるんだ。そういう思いを込めて真っすぐ見やれば、マーヴェリックはそっと俺の手の中から箱をとる。それはまるで初めからこうだったのかと思うほど、彼の手のひらにすっぽりと包まれた。
「これはね、随分昔……それこそ10年以上前に、当時付き合っていた人に贈ろうと思って買ったんだ。だけど贈る前に僕に任務が入ってしまってね。初めは2ヶ月くらいで帰ってくる予定だったんだけど、色々あって長引いてしまって……結局半年近く国外にいたんだ」
昔を懐かしむようにマーヴェリックは目を細める。彼特有の不思議な色の瞳が、窓から差し込んだ光を柔らかく受け止めて揺れているのが見えた。
「これが終わったらプロポーズしようって、僕はかなり本気で思ってたんだけど、彼女は途中で耐えられなくなってしまったみたいでね……。それで行き場を失ったのが、これ」
「そ、う、なんだ」
するりと箱を撫でる指が視界に入る。それが愛おしい人の手であるかのように、撫でる手つきは優しかった。そうかそうか、君はこんなところにいたのか。なんて言いながら、箱に笑いかけている。
……はっきり言って、意外だった。まさか彼にも人生を添い遂げたいと思った人がいたなんて。確かに彼は昔から絶えず色んな女の人と付き合っていたけれど、正直あまり長く続いてるのを見たことがなかったから。きっとずっと彼はこれからもそうなのだろうと、ぼんやり思っていたのに。
「今でも会ってるの? その人と」
「彼女? いやぁ、あれ以来会えてないよ。連絡先もわからないし、今頃素敵な家族に囲まれてのんびりしてるんじゃないかな」
彼女の現在を想像したのか、マーヴェリックは口元にうっすらと笑みを浮かべる。そんな彼を見て、俺は内心考えていた。
そうか、そうだよな。マーヴにもそれくらい考える人が過去にいたっておかしくないよな。年齢も年齢だし、むしろまだ独身だって方が信じられないくらいだろう。なんなら再会した時点で結婚して子どもがいたっておかしくなかった。
俺は自然と脳内に思い浮かべる。マーヴェリックが俺の知らない女の人と永遠の愛を誓い合い、お揃いの指輪を左手の薬指に嵌めるところを。ふたりは微笑みあって、ずっと幸せで、永遠に一緒で、……。
……それは、なんかちょっと嫌だな。
(……うん?)
今、俺、何て。
「そういえば君は、そういう人はいないのかい?」
「へ? な、何が?」
「いい人だよ。恋人とか、気になる人とか」
そういえばこんな話はあまりしたことがなかったね、とマーヴェリックは照れくさそうに笑う。その笑顔に俺の胸はざわついた。
何だ、さっきからなんなんだ、急に。今までちっともそんなことなかったのに。それになんだ「嫌だ」って。そんなの、自分のものを取られたくない子どもじゃあるまいし。というかそもそもマーヴェリックは俺のものではないし。なんだ、なんだこれは。
「ブラッドリー?」
「っそう、だな。今はいないよ。……今は」
咄嗟にそう答えれば、そっかとマーヴェリックが言う。その表情は完全に息子を見守る父親のそれで、俺はそれが、なんというか……。
「もし相手ができたのなら言ってくれよ? 僕がめいっぱいお祝いしてやるから」
そう言うマーヴェリックをよそに、未だに俺の胸の内はさざめいている。投げ込まれた石が作った波紋が広がるように。静かに、ゆっくりと。
(……なんなんだよ)
名前もつけようがないそれに今だけそっと蓋をして、俺は静かに「わかった」と返した。