自室のソファでコーヒーを飲みながらくつろいでいると、携帯が着信を告げた。時間を見ると夜の10時になるかというところ。俺は画面を見ながら通話ボタンをタップする。
「もしもし、マーヴ?」
『ああ、見えてるよブラッドリー。ひさしぶり』
縦長の画面の向こうでにこやかに笑う恋人の姿を見て、俺も思わず頬が緩む。たった数日ぶりなのに、それだけで随分と懐かしい気持ちになった。
マーヴの恋人になって俺の長年の想いが報われたのはいいけど、何せ住んでいるのはアメリカの両端。しかもお互いかなり忙しい身だ。会いたいのは山々だけど、なかなか気軽に行けるものでは無い。そこで寂しさを紛らすために、こうしてビデオ通話をするのが習慣になっていた。初めはカメラの切り替えなんかに戸惑っていたマーヴも、今ではすっかり慣れたらしい。今日も地上での内勤で早めに帰宅したマーヴの方から電話を提案してきたくらいだった。
『体調はどう?』
「問題無いよ。今日の訓練はだいぶきつかったけど、まあ前のミッションに比べればなんてことないし」
『そうか、ならいい』
「そっちは?」
『まぁぼちぼちかな。ここのところ急に寒くなってね、そろそろ冬物を引っ張り出してこないとなと思ってる』
一年過ぎるのは早いね。なんて爺臭いことを言う。俺は前に訪れたことのあるマーヴの自宅を思い出していた。彼の好きなものがたくさんつまった秘密基地のような家を。
「あんたの家すごい冷えそうだから、ちゃんと温かくしててよ?」
『わかってるよパパ』
「パパじゃない」
俺が窘めるように言えばケラケラと実に楽しそうにマーヴは笑う。本当にわかってんのかな、この人。ただの風邪ひとつで命が脅かされることだってあるような年齢に自分がなっているってこと。
「もし風邪ひいても今の俺は看病してあげられないんだからね」
本当はすぐにでも飛んでいきたいけど、なんせ今は任務の前の訓練期間中だ。こればっかりは無理を言って勝手に抜け出すわけにもいかない。すると俺の心配を知ってか知らずかマーヴが言い聞かせるように『心配無いよ』と穏やかに言う。
『今だってちゃんと着込んでるんだ、……っほら』
見える?そう言いながらマーヴは携帯を動かして画角を変え、自身の腰から上が映るようにした。そのおかげでネイビーブルーのセーターを着ているのが画面越しにもばっちり見える。確かにそれは温かそうだな、と思ったところでふと既視感に苛まれた。それから頭の中で唐突にチカッと何かが光る感じ。……これ、もしかして。
「あのさマーヴ」
『うん?どうした』
「マーヴが着てるそのセーターって、……もしかして」
『ああ、これか?』
何でもなさそうにちょいと裾のあたりを指でつまみ、マーヴは言う。
『君がハイスクールの時に着てたセーターだよ』
「やっぱり!」
予想通りの答えに俺はすっかり頭を抱えてしまった。
昔、俺が絶賛成長期だった頃。父さんの遺伝子のおかげかぐんぐん背も伸びて体重も増えて、それに伴って買ったはいいもののサイズの合わなくなる服がたくさんあった。どうしようかと母さんやマーヴが服たちの対処について考えている時、「まだ着られるのにもったいない」「丁度冬物を買い替えようと思っていたところなんだ」って言ってマーヴがいくつか引き取ったんだ。確かにうっすらそんな記憶がある。
……あるけどさ、もう10年以上も前の話だぞ、これ。まさか今でも着てるなんて思わないだろ。
そんな俺を他所に「着心地が良いんだよなこれ」なんて言いながらマーヴはセーターの生地を確かめるように撫でる。そこでハッとした俺はおそるおそる訊ねた。
「まさか、他にもあんのか」
『うん、あるよ。あ、ちなみに今日は全身ブラッドリーコーデ』
偶然だけどね。そう言い、またもや画角を変えて今度は全身を見せてくれる。そして彼の言う通り、ボトムに履いてるものも見覚えがあるスウェットだった。若干くたびれた形跡はありつつもまだまだ現役バリバリな我が洋服たちに、元持ち主としても驚きを隠しきれない。
「あんたマジで物持ち良すぎんだろ……!!」
『はは! よく言われるよ』
マーヴの防寒に俺が一役買っているのには嬉しいけど、なんだか複雑な気分だった。確かによく見ると袖のところがちょっとオーバーサイズだったりするのにぐっとくるのがあるは事実だけど、だけど!
「……今度の休み、そっち行くから。そしたら一緒に服買おうね」
『え、そんな。悪いよ。別にまだこれ着られるし』
「いいから!」
出来れば今の俺が貴方に服を選んであげたいんだ。
俺のおさがりなんかじゃなく、あなたに似合う服を。この手で。