03 ある日の日常




「ーえっ、人事グループから直々のお願いですか?」
「そっ。輝く先輩社員として、中途採用者や院卒を対象にした就職セミナーで少し講演を行って欲しいんだ。」

「これが半月前に開催された資料。」と、部長が封筒に入った資料を私に渡す。セミナーの講演とか、入社してから高々数年の私がやってもよいのだろうか。ちらりと横目で部長を見れば、部長はにやりと笑う。

「この間話していた、海外事業のプロジェクトの件だけどー」

ハッとして、私が部長の目を見た。入社した時から憧れ続けていた、海外事業への派遣。所属先が国内事業を拠点としていたため、夢を半ば諦めていた。海外事業への所属が叶わなかったため、国内でその鬱憤を晴らすべく仕事に打ち込んできたけど。遂に、チャンスはやってきたのかもしれない。

「国内事業経験者を一名、プロジェクトに欲しいらしい。オーストラリアの発電所に関する事業だ。国内インフラの整備はもう慣れたと思うから、次は海外でその腕を振るってみてよ。」
「い…いいんですか…私なんかが…。」
「と、言うと思ったから、まずはセミナーで度胸試し。ははっ、院卒の子もいるし、途中から英語で今まで携わってきた事業の説明をしても構わないよ。」
「部長!」

部長はひらひら手を振って、周りにいた数名の同僚たちは「おぉ!」と感嘆の声をあげた。やった、やっと私の夢が叶うんだ。得意の外国語を使って、大規模なインフラ整備事業に携わり、その地域の人々の生活の役に立つこと。ずっと昔からの夢が、叶うんだ!

「やったねー!名字さん、遂に夢が叶いそうだね。」
「海外のプロジェクトは楽しいぞー!トルコで油田開発のプロジェクトに携わった時は、毎日寝不足だったけど仕事はめちゃくちゃ楽しかったよ。」

口々に私の背中をポンと叩き、喜ぶ先輩たち。私が新人の時から仕事のいろはを教えてくれた頼もしい先輩たちだ。ふふっと笑って、デスクに資料を広げる。まだ見ぬオーストラリアに思いは馳せていた。

「……また、結婚から一歩遠退きますね、名字先輩。」

ー静かに口を開いて、私を睨む一人の男性社員。四月から入社したばかりの後輩である。国内事業部に所属され、私たちと仕事を始めて数ヶ月。後輩くんは、居酒屋でのノリは良いが、仕事っぷりは可もなく不可もなく。その飲み会での情熱を仕事場でも少しは傾ければ?と冷静に指摘をしたら、私を敵視。…まあ、思ったことをすぐ言ってしまったのは悪かったけれど、その日から後輩くんは私をことある事に非難してきた。しかし、所詮は新人の戯言。普段の私の仕事っぷりを見て、殆どの社員は私の味方に付くのだった。

「おい、一丁前に嫉妬か新人ー!」
「違いますよ、ただ思ったことを言っただけです。」
「はあ…」
「名字さんが海外事業部へ異動しても、果たしてそのコミュ力でやっていけますかねぇ。飲み会にも全く参加しないじゃないですか。あ、でも女だから、その辺はプロジェクトリーダーに泣きついて、上手く可愛がって貰えば丸くおさまるってか!」
「ちょっと…あんたいい加減にしなさいよ。名字さんに失礼よ。」

後輩くんは私を見てフフンと意地悪な笑みを浮かべる。あー…ガキは相手にしたくないな。軽く無視をしたら、更に余計な一言が飛んできた。

「大して力もないくせに。」




***




「ーっていうね、本当にガキかお前!ってヤツがいて、ムカついた。」

チビ太さんのおでん屋で、私は一人チビ太さんに愚痴を言いながらレモンサワーをごくごく飲み干した。

「はぁ〜、世代かねぇ。」
「あんまり年齢は変わらないけど、すーぐ弱音吐いて、気に食わないことがあれば同期に悪口言ったりして!お前は女かっ!」
「げっ…そんな女の嫌な面を寄せ集めた男なんているのか〜…はーっ…。」
「今の時代は何かあれば、LINEで悪口グループ大会だからね。あとは飲み会と言う名の悪口会。私の大嫌いなやつ!」
「酒不味くなるじゃねーか。」
「……私だってさ、」

ぽつりと呟く。チビ太さんはこうして私の悩みなんかを聞いてくれるから、度々一人で飲みに来るけど、凄く安心して話せる。

「私だって、それなりに仕事で努力してきたんだよ。」
「まぁ、名前ちゃんは頑張り屋だからな。それに先輩とか、名前ちゃんの努力を認めてくれるヤツがいるから、いいんじゃねーの?」
「うん」
「とりあえず、そのガキは無視だ!相手にするだけムダムダ!」
「ははっ、ありがとチビ太さん!なんかすっきりした。話すと楽になったかも。」
「ー嫉妬してんだよ、そいつ。名前ちゃんにしかない良さに気付いて、羨ましがってる部分もあるよな。まーある意味可哀想なやつだけど。」

隣に赤いパーカーを着た男性が来たと思えば、おそ松さんだった。あれ、どこから話を聞かれてたんだろう?私が目をぱちくりさせると、おそ松さんは私の目を見てぷぅっと頬を膨らませる。

「ねー名前ちゃん、何で今日チビ太の所で飲むって連絡してくれなかったわけ?」
「えっ…えーっと、何となく?」
「何となくって!」
「ほら、だってさー一人で飲みに行きたい時もあるよね?」
「だからってこんな時間にふらふら一人で居たら、危ないよ!俺今日たまたま通り掛かったら名前ちゃんいるんだもん!」
「わー!結構、話し込んでたね。チビ太さんごめんなさい!」
「いいってことよ!名前ちゃん、帰り道はおそ松に送ってもらいな。」

ちらりと私がおそ松さんを見ると、にっとおそ松さんは笑った。お勘定をして、おそ松さんと暖簾をくぐると、少し肌寒い。

「秋も深まってきたねー。」
「そうですね。」

色付く銀杏並木を歩きながら、おそ松さんの隣を歩く。履き慣れたパンプスが、コツリ、コツリと辺りに音を響かせながら、舞い落ちた銀杏の葉を踏んだ。

「あっ」
「へっ?」
「そう言えば、名前ちゃん!来週の日曜日、遂にアレがあるんだよ!」
「アレって…?」

おそ松さんの瞳がキラキラ輝く。アレって何だろう?うーん。

「エリザベス女王杯!」

あぁ、競馬ね。私がこくりと頷くと、おそ松さんは悪戯っ子の様な笑みを浮かべた。

「あのさ、名前ちゃんが興味あったら、一緒に行かない?」
「うん、行きたい!ついでに馬券も買う。丁度ストレスも貯まってたし!」
「だろー?一緒に楽しもうぜ。」

相変わらずのお気楽でのんびりなその発言に、私は私はまた笑ってしまった。



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