R-side 02



桜の花が散り、その枝に新緑が芽吹き始めた春うららかな頃。
とある料亭では炎柱・煉獄杏寿郎の見合いが執り行われていた。

煉獄の向かいに座る見合い相手の如月 琴子きさらぎ ことこはとても美しい少女であった。
黒目がちな大きな瞳を携え、真っ直ぐに切り揃えられた前髪の隙間からは長いまつ毛が顔をのぞかせる。
腰まである長い黒髪の上部は編み込まれ、紺色のリボンが添えられていた。
豪華な金の刺繍が施された次縹つぎはなだ色の着物は、己が水柱を務めあげた者の娘であることを表しているかのような荘厳さを醸し出している。






「父からかねがね杏寿郎様のお話を聞いておりました。こうしてお会いできて嬉しいです」




そう言って花のような笑顔ではにかむ琴子はとても愛らしい。
仲人である穂高を交えて簡単な自己紹介を済ませた後は、あとはお若いお二人でとのことで料亭の庭に出て少し話をした。

琴子は鬼殺隊に入ることなく、世間一般の普通の女子と同じように女学校で勉学に励んでいるらしい。
他にも名にも付いている琴を幼い頃から習っていることや、甘いものが好きで最近は巣蜜のパンケーキにはまっていることなど自身のことを色々と教えてくれた。

そのようなたわいも無い話をしながらしばらく歩くと目の前に長い階段が現れる。
女性の着物だと降りるのも一苦労だろう。





「琴子殿、良ければ手を貸そう!」

「ありがとうございます」



静々と自身の後ろを歩く琴子に、煉獄が手を差し出すと彼女は恥ずかしそうに礼を述べながら彼の手を取った。
透き通るように白く、傷一つない華奢な手。
ふいに昔に握ったことのある名前の手の感触を思い出す。
琴子のものと違い、名前の掌は豆が潰れて固くなっており、己のものとよく似ている。
何故だか目の前の琴子の言動を見る度に、名前の顔がふとした瞬間に湧き出てくる。


琴子を初めて見た時もそうだ。

琴子の着ている着物の色は名前のあの紅い瞳には似合わないだろうな、などと自然に考えてしまっていた。
いかんせん、年頃の女子で深く関わっている者といえば煉獄にとっては名前しかいない。
比較対象として彼女の顔が出ているのだろうかと思わず首をひねっていると、ふいに琴子から言葉が投げられた。






「杏寿郎様は任務以外の時はどのようなことをして過ごしていらっしゃるんですか?」

「む?そうだな。弟の千寿郎や継子の名前と共に屋敷で稽古や鍛錬をして過ごしているのがほとんどだな!」

「名前さん・・・ということは女性の方なんでしょうか?」

「・・・ああ。年齢は確か君と同じだ!一年前から俺の継子として屋敷に住んでいる」




ちょうど考えていた人物の話題に触れたことに思わずどきりとして、煉獄は言葉に詰まりながらもそう答える。
その様子に琴子は少し目を見開いたが、そのまますぐににこりとした笑顔を浮かべると「そうですか」と小さく呟いた。


その後も琴子の話に耳を傾けながら庭園を一周し、元の座敷に戻り穂高と合流すると、その日はお開きとなった。
帰り際、穂高に琴子の印象はどうだったかと問われ、煉獄は素直に思ったことを述べる。





「女性らしく愛い方だと思う!」




そう、きっと普通の男なら喜んでこの縁談をすぐに受け入れるだろう。
それほど彼女は淑やかで美しい女性だ。
だがそれは世間一般論なだけで、煉獄は琴子に特段興味を抱くこともなかった。
見合いというものはこんなものなのだろうか。
そんな者同士が一緒になって果たして上手く行くものなのだろうか。
そう考えれば考えるほど、煉獄の気持ちは袋小路に入ってしまっていた。





***




その二週間後、伯母の穂高が炎柱邸に再度訪れた。

どうやら見合いの結果、ぜひこのまま進めていきたいと琴子の父親である如月から穂高の元へ文が届いたらしい。
目の前の穂高は、その文を煉獄の横で胡座をかいて座る槇寿郎に見せると、とても嬉しそうに微笑んだ。





「お家柄もとても良い上に、鬼殺隊の柱である夫を支える母の姿をずっと近くで見てきた子ですもの。きっと良い妻になると思いますよ」

「・・・如月の野郎が親戚になるのは気に食わねぇが、好きにしろ。くだらない」





そう言って文を机に投げつけると、槇寿郎はいつもの如く酒を買いに部屋を出ていってしまった。
その体たらくな弟の姿を見送って、穂高は深くため息をつく。





「杏寿郎さん、貴方だけが頼りなのです。煉獄家の炎を絶やさないで下さいよ」




伯母の言葉はまるで呪文だ。
煉獄の心に深く重く楔を打つようにくい込んでくる。
これを受けるのが千寿郎でなくて良かったと、煉獄は心の底から思った。





「分かっています伯母上。しかし、俺はもう少し琴子殿の事を知ってからこの話を進めたいと思っているのですが!」

「・・・分かりました。ではもう一度二人が会う機会を作りましょうか」

「それが助かる!ただここ最近は任務が滞っておりますゆえ、日程はまた追って伝えさせて頂きたい!」

「ええ、早めにお願いしますよ。では私はそろそろお暇します」





そう言って立ち上がる穂高を見送るために煉獄は共に部屋を出た。
そんな二人の様子に気がついたのか、自室にいた千寿郎が見送りをしようと煉獄の後ろにぴたりと着く。
そして煉獄にこっそりと耳打ちをしてきた。





「先ほど名前さんの鎹鴉より連絡がありました。無事に任務が終わったので間もなく帰還するとのことです」

「そうか!良かった!」




その言葉に先程までどんよりとした雲が覆っていた煉獄の心が一気に晴れやかになる。
門前に着くとちょうど名前が姿を見せる。
少し疲れた顔をしているが、どうやら怪我などはないようだと煉獄はほっと胸を撫で下ろした。

その後穂高と二三言交わし、彼女を見送った後は名前に夕餉まで休むように伝え、煉獄は自室へと戻っていった。
別れ際、名前が心配そうに己のことを見てきたことが胸に引っかかる。


煉獄が何かを隠していることなど彼女はすでに見抜いていることだろう。

何かあればいつもすぐに名前に相談してきた。
家のこと、任務のこと、たわいも無いこと、全てだ。
彼女は黙って煉獄の話を聞いてくれ、そして全て踏まえた上で彼の心を整理するような言葉を的確に述べてくれる。
何かに迷った時、煉獄が己らしくいれるようにと導いてくれる存在であった。


だがこの見合いに関しては、名前にはなぜだか話す気分になれなかった。

もちろん弟の千寿郎にもだ。
人のことを言えないが、千寿郎は嘘をつくのがかなり下手だ。
千寿郎に話してしまえばあっという間に名前に話が伝わってしまうのでないかと思い、彼にも縁談がまとまるまでは伝えるのを辞めた。






「結婚か・・・」




煉獄はその言葉を噛み締めるように呟く。

己の父と母も縁談がきっかけで結ばれたと聞いている。
しかしそんなことを微塵も感じさせないくらい、両親が互いのことを大切に想っていたことを煉獄は知っている。
そして母が亡くなった後の父の姿を目の当たりにして、より一層、父が母のことを心の底から愛していたのだということを思い知った。

自身も琴子と時を重ねればそんな風になれるのだろうか。
もやもやとしたなんとも言えぬ感情がまた煉獄の心を覆い出す。
こんな時は鍛錬でもして気分を変えるしかないなと、煉獄は自室に戻ると稽古着に袖を通した。




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