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「ここが炎柱様の御屋敷ですか!さすが大きいですね〜」

「道順覚えたか?次からは一人でも来れるようにしろよ!」



炎柱・煉獄杏寿郎の屋敷の前に、黒い装束に身を包んだ隠の姿が二つ。
先の任務の帰りに蝶屋敷に寄った際、胡蝶しのぶより煉獄杏寿郎宛に荷物を届けるように頼まれた隠たちは、言付け通り彼の屋敷に訪れていた。

本来であれば一人でも事足りる用事であるが、隠に入ったばかりの後輩が炎柱邸の場所を知らないと言うので、先輩である隠の後藤が道案内を兼ねて一緒に着いてきたのである。



「たまに弟君の千寿郎様が表の門前で掃除してらっしゃるから、その時は声を掛けてもいいんだけど、基本は裏口から入れよ。隠は用がある際は勝手に入っていいって言われてるから」



そう言いながら後藤は煉獄家の裏口の扉を慣れた手つきで開ける。
そのまま細い砂利道を抜けると、綺麗に手入れされた壮大な庭園が眼前に広がった。

さすが柱ともなると、屋敷の規模が庶民のものとは天と地の差ほどある。
この庭園だけでも、家が十数軒ほど建てることができる広さであろう。
今まで見たことも無い荘厳さに後輩の隠が思わず目を奪われていると、ふいに視界に紅色がチラついた。



「杏寿郎様に御用ですか?」



透き通るような声。
歳は十代後半くらいであろうか。
長春色の着物に身を包んだ少女が屋敷の廊下からこちらの様子伺っていた。

胸元辺りまで伸びた黒髪は綺麗に整えられており、長いまつ毛を携えた大きな紅い瞳が隠たちの姿を捕らえて離さない。
少女の姿に思わず後輩の隠が見とれていると、横にいた後藤が慌てて膝を地面に着いて恭しく声を発した。




「失礼いたします!蟲柱・胡蝶しのぶ様より、炎柱・煉獄杏寿郎様へのお荷物をお預かりして参りました!」

「鎹鴉より連絡を受けておりました。杏寿郎様は今席を外してますので、代わりに私が頂きますね。ありがとうございます」



差し出された包みを受け取りながら、少女は後藤たちに労いの言葉をかける。

優しい声色ながら、彼女の表情は固いままだ。
鬼殺隊の柱である胡蝶しのぶや甘露寺蜜璃であれば、にこりと笑みのひとつでも浮かべるであろうものの、彼女はその凛とした佇まいを崩さない。
愛想のない女と言わせればそこまでだが、美しく聡明そうな彼女にはその言動こそが相応しく思えた。


惚けたように二人のやりとりに見とれていた後輩の隠であったが、後藤に肘でせっつかれ、慌てて我に返る。

そうして彼が「新人です!今後ともよろしくお願いします!」とどうにも返答しにくい言葉を発すると、少女は小さく会釈をしながら「苗字名前です。こちらこそお願いいたします」と無表情のまま言葉を返してきた。


「それでは失礼いたします!」とヘコヘコお辞儀をしながら立ち去る後藤の後を、釣られたように頭を垂れながら後輩の隠は追いかける。
ちょうどその時、廊下の奥から「名前!」と彼女の名前を呼ぶ声が響いた。

気になってちらりと横目で後ろを振り返る。
庭の松の木が邪魔をして、その声の主の姿をとらえることはできなかった。


その代わり、先程までの無表情が嘘のように嬉しそうに微笑む少女の顔が目に映った。




* * *



「さっきの苗字さんって、炎柱様のご親戚か何かですか?」

「あ?違う違う!あの人は炎柱様の継子!」

「え!隊服着てなかったじゃないですか!」

「あの人、炎柱邸に住んでるんだよ。今日は休みだったんじゃねーの?あんな見た目だけど、階級"甲"だしめちゃくちゃ強いぞあの人」




炎柱邸を出てしばらく歩いた後、帰る前に甘味処で休息を取ることとなった二人。
出されたお茶と餡団子を頬張りながら後輩の隠が後藤に問えば、彼からは驚くべき返答が返ってくる。

継子といえば、柱が直々に指導する隊士であり、さらには次期柱候補とも呼ばれる実力者である。
普通の女の子に見えた少女がまさか鬼殺隊の中でも選ばれた存在だったとは、と後輩の隠は思わず口から団子を吹き出しそうになった。



「人は見かけに寄らずってやつですね。にしても綺麗な人だったな〜!凛とした感じがあの雰囲気にぴったりというか!あんな人ならもう引く手数多でしょうね」

「いや、まぁそうなんだけと・・・うーん・・・」




鼻の下を伸ばす後輩の隠を横目に、後藤は渋い顔をする。
隠になって数年。
彼女−苗字名前に言い寄る鬼殺隊士たちを後藤は幾度となく目撃してきた。
求愛してくる男どもから困ったように逃げ惑っていた彼女だったが、一年前に炎柱の継子になってからはそれがピタリと止んだ。

いや止んだのではない。
そう易々と彼女に近寄れなくなったのだ。

彼女に安易に近づけば、背後にいるあの猛禽類を彷彿とさせる赤い眼が黙っていない。
彼女に手を出そうとした輩はもう幾人も炎柱から直々の稽古と称して喝を入れられ、蝶屋敷に運び込まれていた。



「まぁ彼女を射止めるにはお前も柱とかにならないと無理だきっと、諦めろ」


後輩の隠があの炎柱に目をつけられませんようにと説に願いながら、後藤は静かにお茶をすすった。


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