04




にぎやかな祭囃子の音楽。
薄暗い神社の参道を、木々の合間に吊るされた赤い提灯が明るく照らす。
たくさんの露店が所狭しと並び、多くの人々が楽しそうに行き交う中を、煉獄と名前は肩を並べて歩んでいた。



「すごい人出だな!」



煤色すすいろの縞柄の浴衣に身を包んだ煉獄は、賑やかに練り歩く人々の波を見て目を見張る。
その横で花菖蒲が描かれた象牙色の浴衣を着た名前は小さく頷いた。

隊服ではなく、普段着でこのような場所に煉獄と来るのは久方ぶりである。
本来であれば今日の夜には炎柱邸に帰還している予定であったのだが、世話になった則から近所の神社で大きな祭があるという話を聞き、少し羽を伸ばしてもいいだろうとの煉獄の鶴の一声で祭に訪れることになったのだ。




「皐月祭と言って、作物の豊穣を祈るためのお祭りだそうですよ」

「なるほど!この時期に祭なんて珍しいと思っていたが、そういう理由か!」

「お祭りと言えば夏を思い浮かべますものね。鬼殺隊に入隊してからはお祭りなんてなかなか行けなかったので、なんだか懐かしい気分です」



そう答えながら、名前は昔、亡くなった兄や両親と近所の夏祭りに毎年出かけていたことを思い出す。

りんご飴を片手に、兄と金魚すくいや射的でよく勝負をしたものだ。
負けず嫌いだった兄は妹が相手といえども常に真剣勝負で、金魚すくいで敗北した時は人目をはばからず泣いて親を困らせたこともあったっけと、蘇ってきた懐かしい記憶に思わず笑みが零れた。

そしてそのまま名前が煉獄の方を見上げると、彼の視線が熱心に自分に注がれていることに気がついた。



「どうかされましたか?」

「いや、綺麗だと思ってな!浴衣はもちろん、その髪型もとても似合っている」




そう目を細めて柔らかく微笑む煉獄。
さらりと告げられた突然の褒め言葉に、名前の頬がほんのりと赤く染った。
祭に行くならこれを着たらいいと、則が用意してくれた花菖蒲柄の浴衣。
普段下ろしている黒髪は則の手によって綺麗にまとめあげられ、名前の瞳と同じ紅色の蜻蛉玉の簪が添えられていた。

いつもと少し違う雰囲気に、果たして自分に似合っているかどうか不安だった名前は、煉獄の言葉に嬉しさを噛み締める。
だかしかし、どのような言葉を返したらいいのだろうかとぐるぐる頭の中で思案をしていれば、ふいに後ろから浴衣の裾を引っ張られる感覚がした。



「きれいなお姉さん。お父のお店、良かったら見ていかない?いい品がたくさんあるのよ」




名前の浴衣を引っ張る小さな手。
くるくるとした大きな瞳がこちらを見上げてくる。
歳は四、五歳くらいであろうか。
赤い金魚が描かれた浴衣姿の少女は、大きな大木の下にある露店を指さしながら屈託のない笑顔で名前を見上げてくる。



「ほう。なんの店だ?」

「きらきらした石とかがたくさんあるの。ぎょろぎょろお目目のお兄さんも来てくれる?」




突然の出来事に思わず固まってしまった名前に代わって、膝をおって彼女に目線を合わせた煉獄が少女の話に耳を傾ける。
「そうだな!見せてもらおうか!」と煉獄が笑いかけると、少女は嬉しそうに彼の手を取り、そのまま二人を引っ張って父親のいる店先に連れていった。




「お父〜!お客さんよ!私が連れてきたの!」

「こら!お前はまた無理矢理引っ張ってきて!申し訳ねぇ旦那、うちのじゃじゃ馬娘が」

「いや!実に仕事熱心でむしろ感心していた!」




自慢げに胸を張る娘に軽くゲンコツを落とすと、露店の主である彼女の父親は煉獄と名前に慌てて頭を下げた。
愉快そうに笑う煉獄を見て父親はほっと胸を撫で下ろすと、「良かったらゆっくり見てってくだせぇ」と店先の商品を指さす。

"宝飾品"という暖簾が掲げられた店先には、首飾りや簪など様々な品々が並ぶ。
虹色に輝く伝統的な螺鈿細工のものや、少しハイカラなデザインのものなど、どれも魅力的で思わず目移りをしてしまうほどだ。


そんな中、ふと名前の視線を捕らえたものがあった。

赤と橙の中に様々な輝きが入り交じる、まるで燃え上がる炎のような色の石。
小豆粒くらいの大きさのそれが一粒だけついた、簡素な耳飾りだった。




「その石、珍しいでしょう。火蛋白石ひたんぱくせきって言うんですよ。良かったらお手に取ってくだせぇ」

「ふむ。火か!炎ではないのだな!」

「海の向こうでは、火炎って意味合いでもある名前がついてるらしいですけどね。ふぁ・・・ふぁーなんだったっけな?」



ぶつぶつと呟く店主の言葉に耳を傾けながら、名前はその耳飾りを手に取って目の前にかざした。
普段初対面の相手には遠慮がちな名前にしては大胆な行動だと、煉獄は物珍しげに彼女の顔を覗き込む。




「気に入ったのか?」

「・・・はい。この宝石、なんだか杏寿郎様の瞳みたいだなと思って」





優しさ・強さ・厳しさ、そんな全てを持ち合わせた彼のような炎の色だ。

綺麗な輝きに思わずため息をもらした次の瞬間、ふいに煉獄の手が名前の元に伸びる。
そして持っていた耳飾りを奪うと、煉獄はあれよあれよという間にそれを名前の両の耳たぶに装着した。




「うむ。よく似合っている。親父!こちらの耳飾りを頂いてもいいだろうか!」

「へぇ、ありがとうございます!」




ふいに触れられた耳が熱を帯びる。

突然の贈り物に、断ったほうがいいのではと一瞬考えたが、煉獄の性格上それは良しとしないだろう。
素直に受け取る方が彼もきっと喜ぶ。
そして何より煉獄の言葉が素直に嬉しく、胸が踊るようだった。

「ありがとうございます」とようやく声を振り絞った名前の顔を見て、父親の周りをうろついていた少女が嬉しそうに煉獄の腕を引っ張った。





「ぎょろぎょろお目目のお兄さん、喜んでもらえてよかったね」

「ああ!声をかけてくれた君のおかげだな!」

「ふふっ!お祭り楽しんでね!人がたくさんだから、はぐれないようにちゃんとおてて繋いでね!」




したり顔で笑う少女はそう言うと、名前の手を引き寄せそのまま煉獄の手に重ねた。
思いがけない少女の行動に、お互いぽかんと口を開けて数秒ほど見つめ合う。

離そうか離さまいかと煩慮はんりょしていると、ふわりと煉獄の指先が名前の指先に絡まった。





「行こうか、名前」




彼の優しい声色に、名前はただ頷くだけで精一杯であった。
店主と少女に見送られながら店を後にし、そのまま名前の手を引いて前を歩く煉獄の背中を見つめる。




柱と継子として過ごして一年。
いつもこの背中を追いかけていた。
そしてこの頼もしい背中に守ってもらっていた。
師として敬愛していたし、これからもそうだと思っていた。


しかしその感情は名前本人でさえ気付かぬうちに変化していたのだ。


煉獄の傍にずっといたい。
笑顔をずっと見ていたい。
いつの間にか、そんな邪な気持ちがずくずくと名前の心を侵食していっていた。



ああ、私はきっとこの人の事を−・・・。



自覚した自身の気持ち。

胸の音の高鳴りを煉獄に気取られないように、名前は繋がれたその大きな掌を強く握りしめた。


back/top