06



梅雨の合間のからっとした晴天の日。
燦々と陽が降り注ぐ昼下がりに、名前は昨日までの雨でぬかるんだ砂利道を歩いていた。
煉獄に休暇をもらい用事を済ませた帰り道。
小腹が減ったと思い、何気なく目に付いた茶屋に入る。
丁度混み合う時間帯なのか、店内は人で賑わっていた。
店員に声をかけると、客にお茶を配っていた割烹着姿の女将が「少し待ってもらえるかい?」と死角となっていた奥の席を覗きに行き、すぐに名前の元へ戻ってきた。




「お嬢ちゃん一人?相席でもいいなら入れるんだけど、それでも大丈夫かい?」

「はい。お相手の方が良ければ私は大丈夫です」

「たまに来てくれる顔見知りのお客さんだから大丈夫よ。見た目は怖いけど、いい人だから安心しな」




カラカラと軽快に笑う女将の後に続いて店内を進むと、餡蜜や葛切りなどに舌鼓している客が目に入る。
どれも美味しそうだなと眺めていると案内された席に到着し、先客の後ろ姿が見えた。
先に女将が軽く声をかけてくれ、続いて挨拶しようと名前が正面に回り込むと同時、その先客が気まずそうな声をあげた。




「なんだテメぇかよォ」

「・・・こんにちは、実弥さん」




生成の涼し気な麻の着物に身に包んだ、明らかに休暇中の様子である風柱・不死川実弥。
目の前の皿には彼の大好物であるおはぎが三つほどのっており、すでに何個か平らげた形跡があった。
ふいに餡子の甘い匂いの混じって、どこかで嗅いだことのある香りがふわりと鼻を掠める。
「邪魔になんだろォ早く座れ」と不死川の一声が投げられたため、何の匂いだろうかと考える暇もなく、名前は慌てて彼の前の席に腰を下ろした。




「すみません、お休みの時にお邪魔してしまって。実弥さんとお会いするの、なんだか久しぶりですね」

「おメェと会うのは柱合会議で煉獄に引っ付いて来てる時くらいだからなァ。こないだは俺の管轄に応援に来てくれてありがとよォ」




机の横に立てかけてあった品書きを名前に渡しながら不死川がそう言うと、名前はとんでもないと言わんばかりに首をふるふると横に振った。
柱は各担当地が割り当てられているうえにかなり多忙なことから、顔を合わせる機会が少ない。
それは継子として煉獄と行動を共にしている名前にも当てはまる。
そのため不死川とこうして顔を合わせたのは、実に数ヶ月ぶりのことであった。




「ここは餡子が美味ぇからなァ」

「そうなんですね。じゃあ餡蜜にしようかな」

「そうしろォ。おい女将、餡蜜頼むぜェ」




不死川の勧めで名前が食べるものを決めると、ちょうど近くを通った女将に不死川がそのまま声をかけてくれた。
傷だらけの強面とそのぶっきらぼうな物言いから不死川は多くの鬼殺隊士から恐れられている。
しかし、本当は彼が世話焼きで優しい人間だということを名前はよく理解していた。
実はと言うと師範である煉獄より不死川との付き合いの方がずっと長いからだ。




「その様子だと、今日は墓参りに行ってたんだろォ」

「はい。ちょうど命日だったので杏寿郎様にお暇を頂いて行ってきました」

「そういうのは大事だからなァ。親も兄貴も名前の顔見れて喜んでんだろォ」




名前と不死川の出会いは四年前に遡る。
名前は十三の時に家族と訪れていた旅先で鬼に襲われ、両親と兄を失った。
たまたま任務帰りで付近を通った不死川がすんでのところで助けに入り、彼女だけは何とか命拾いしたのだ。
その後鬼殺隊に入りたいと言った名前の世話を焼いてくれたのも不死川で、入隊後もちょくちょく文のやり取りをしたり、煉獄の継子になる前は任務で共に闘ったりなど、それなりに付き合いは続いていた。

今でもこうして己のことを気にかけてくれる存在がいて自分は幸せ者だな、と名前が思わず口元を緩ませると、不死川は訝しげにこちらに視線を寄越した。




「なんだァ」

「いえ、家族のことをこうして話せる人がいて、何だか嬉しいなと思ったんです。鬼殺隊に入ってからは親族とは疎遠になってしまったので・・・」

「みんなそんなもんだろォ」

「そうですね・・・だから不思議だったんです。私が毎年命日の日にお墓参りに行くと、先に誰かが線香を上げて紫陽花を一輪置いていってくれてるんです。親族はお墓の場所も知らないから、一体誰がやってくれてるんだろうって」




寺の一角に静かに佇む両親と兄が眠る墓。
時々手入れをしに行ってはいるが、忙しい時期はどうしても期間があいてしまい、供えていた花はその間に枯れ果ててしまっている。
任務の合間をぬって訪れる度にその様子を見て、自分以外に家族を偲ぶ者がいないことに少し寂しさを覚えていた。

それが毎年命日の日だけは誰かが線香を焚いて、みずみずしく花を咲かせた紫陽花の切り花を一輪供えていってくれているのだ。
最初は寺の者が命日ということで気を利かせてやってくれているのだろうと思っていたが、今日ようやく、それが誰の所為なのかということが分かった。


先程から不死川が動く度に、ふわりふわりと心温まる香りがこちらに流れてくる。

墓前に焚かれていた線香と同じ―・・・伽羅の香りをその身に纏った目の前の人物は、名前の言葉に微動だにせずにおはぎを口に頬張った。




「ありがとうございます」

「・・・なにがだァ」

「いいえ。ただの独り言です」




今度美味しいおはぎをたくさん差し入れで持っていこう。
そんなことを考えながら、何処吹く風でもくもくとおはぎを平らげていく目の前の恩人を見て、名前は小さく微笑んだ。


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