sincerely
『こら!悪いことばかりしてたら、ヘイチョーに蹴飛ばされるよ!!』
と、母親が幼い息子の首根っこを掴み取る。
『いけないんだー!!ちゃんと掃除しないと、夜中にヘイチョーが来て、地下室に連れて行かれちゃうよ〜!!』
と、少年少女が仲間内でふざけ合う。
『ごめんなさい〜!もうしないから、ヘイチョーは呼ばないでぇぇぇ!!』
と、少女が泣きじゃくりながら父親の足に絡みつく。
「──という場面に立て続けに出くわしたんだが、何か知っているか?ナマエよ」
紅茶の注がれたティーカップに口をつけ、リヴァイがそう尋ねれば、向かい側で茶菓子を美味しそうに頬張っていたナマエはぴたりと動きを止める。しまったと言わんばかりに、あからさまに目線を斜めに泳がせる癖は昔から変わらないらしい。
無言のまま睨みつけるリヴァイの視線に、ナマエは頭をかきながら、貼り付けたような笑顔を浮かべた。
「な、なんですかねぇそれ。リヴァイ兵長みたいな名前だな〜!」
「聞いた話じゃ、そいつは恐ろしい怪物で、ちゃんと掃除をしなかったり悪さをする子どもの顔を蹴り飛ばし、地下室に閉じ込めてしまうらしい。だから親の言いつけはよく守らないといけないと」
「へ、へぇー!!怖いですね〜!!」
「ちなみに、とある子供はその話はスクールの手伝いに来ている先生から聞いたと言っていた」
「・・・は、はは」
「ナマエ」
そして詰めればすぐに白状するところも変わっていないらしい。しゅんと項垂れ、いじいじと指先を擦り合わせながら、ナマエは唇を尖らせた。
「その〜・・・少し前に子どもたちに怖いお話をしてってせがまれて、とっさに作ったのがそのお話で・・・」
「ほう」
「ここまで広まっちゃうとは思ってなかったんです」
「ごめんなさい〜」と子どものようにべそをかくナマエを横目に、リヴァイは再び紅茶を口に含んだ。軽やかな香りと適度な渋みが口内に広がり、温度もちょうど良い。パラディ島にいた頃とは見違えるほどに、ナマエの紅茶をいれる腕が上がっていることがよく分かる。
かの戦いの後、マーレで共に暮らすようになって、毎日紅茶をいれていれば当たり前かと、リヴァイはそのまま琥珀色の液体を飲み干した。
「まぁいい。誰もその"ヘイチョー"が、俺のことだとは思ってもいねぇだろうからな」
片目は見えず、指先は欠損していて、足もまともに動かない。かつて人類最強と謳われ、大型の巨人を狩っていた事など誰が信じるだろうか。その時のことを実際目にしていた者は、故郷から離れたこの国では数える程しかいないのだ。
リヴァイの言葉を聞いて安心したのか、ナマエは胸を撫で下ろした後、ぱっと顔を輝かせ、まるで大型犬がしっぽを振るようにして立ち上がる。「紅茶のおかわりいれますね」とキッチンへ向かう彼女の後ろ姿を眺めながら、リヴァイは小さくため息をついた。
──ミケの班に面白い女の子がいる。そうハンジが言い出したのは、エルヴィンが団長になってすぐの事だった。何やら医者の家系出身で医療技術に長けており、巨人の生態にも少し興味を示している変わり者らしい。興奮したハンジに問答無用で引きずられていく少女の姿を、リヴァイはよく見かけていた。
その後、編成変えでなぜだか少数精鋭である自分の班にきたナマエ。巨人を狩る力は低いが、立体機動装置の操作能力と巨人の回避能力はずば抜けて高いらしく、攻撃の要であるリヴァイ班の専属救護班として配属されたようだった。
頭は良いはずなのに、どこか抜けていて、いつもにこにこと笑うナマエはすぐに班に馴染み、皆に可愛がられるようになった。そして気がつけば、リヴァイの紅茶を用意する係へと任命されていたのだ。
無骨な兵士たちからすれば、湯加減や茶葉の量など細かいルールが多い紅茶の用意は面倒くさいものだったのだろう。手先の器用な若い兵士が班に加わったとなれば、彼女に白羽の矢が立つのも無理はない。緊張した面持ちでティーカップを運んできた彼女の表情を、リヴァイは今でもはっきりと覚えていた。
そしてナマエの初めていれた紅茶が、死ぬほど渋くてまずかったことも。
「リヴァイ兵長、何笑ってるんですか?」
いつの間にかテーブルに戻ってきていたのか、おかわりの紅茶をカップに注ぐナマエの不思議そうな声が降ってくる。それによって、リヴァイは自分の唇の端が上がっていたことにようやく気がついた。
「いや・・・昔お前がいれた紅茶は、えぐみが凄くて飲めたもんじゃなかったことを思い出してな」
「も〜!十年以上前のことをほじくり返さないでくださいよ〜!私だってもういい大人なんですから、紅茶くらいちゃんといれれます」
そう、あれからもう十年だ──。湯気の向こう側で文句を垂れるナマエからは、少女の面影はとうに消えていた。
たくさんの仲間たちを見送りながら、かたや巨人を倒すことに命を懸け、もう片方は人を救うために奔走していたが、自分はまだしも、まさか彼女が生き残ることになるだなんて想像もしていなかった。そして成り行きとは言え、二人が外の世界で共に暮らすようになるとは、誰もが予想出来なかったことであろう。
リヴァイは当初、半ば強制的にマーレに連れてきてしまったナマエを、何とかパラディ島に帰してやれるようにヒストリアを通じて手配するつもりだった。けれど、頑なに彼女が拒否をしたのだ。
『私がいなくなったら、これから先誰がリヴァイ兵長の面倒をみるんですか!?貴方を助けるために、ここまで必死で生き残ったのに!!突然突き放すなんて酷すぎる!!この鬼畜クソ野郎!!』
これまでも散々酷い目にあわされてきたはずなのに、ナマエが鼻水を垂らしながら泣きわめいてリヴァイに暴言を吐いたのは、後にも先にもこの時だけだった。ちなみにリヴァイが身動きが取れないことをいいことに、一発だけだが頬にビンタを喰らわされたのはここだけの話だ。
あれだけの言葉を受けて、リヴァイも何も感じないほど冷徹でまぬけな人間ではない。彼女の介抱のおかげで、なんとかまともな生活を送れるようになって、落ち着いてきた今がちょうど頃合いだと言うことは分かっていた。
そんなリヴァイの思いなど露知らず。向かい側に腰を下ろしたナマエは、紅茶に砂糖を入れるとくるくるとティースプーンでかき混ぜ出す。磁器と金属が織り成す特有の音を聞きながら、リヴァイはいれたての紅茶を一口飲むと、ゆっくりとナマエに向き直った。
「ところでナマエ」
「なんですか?リヴァイ兵長」
「もういい加減、その呼び方はやめろ」
「へ?」
「それだと、俺は
件の怪物の"ヘイチョー"と間違えられる可能性がある」
「・・・うっ。す、すみません」
「・・・──それに」
彼女のスプーンを持つ手が、ぴたりと動きを止める。こちらを見つめる瞳は昔と少しも変わらず、故郷の美しい青空のように綺麗に澄んでいた。
「家族になるのに、いつまでも役職付きの呼び方はおかしいだろう」
視線を外しながら、独りごつようにリヴァイが小さく呟けば、カランっとナマエの手からスプーンが落ちる。顔を赤く染めながらも、彼女は一言一句聞き漏らさないようにと、前のめりになってリヴァイの方へと距離を詰めた。
「・・・そっ、それって!!ぷっ、ぷ、ぷろ・・・!?」
「・・・お前には、これから先も迷惑をかけることになるが」
気がつけば、彼女は大粒の涙を零し、まるで幼子のようにしゃくりあげていた。「嬉しい」「幸せ」と喜ぶ一方で、「遅すぎる」「ずっと待ってた」と悪態をついてくる。なんとも忙しない感情なことだ。
なかなか泣き止まないナマエを、リヴァイはため息をつきながら手招く。すすり泣きながらも従順にこちらに来た彼女は、膝を床につくと、リヴァイの太ももの上に頬を寄せた。
動かなくなった足でも、たまにはこうして役にたつらしい。伝わってくる温もりに安心したのか、ようやく落ち着きを取り戻したナマエは、リヴァイの方へとゆっくりと顔を上げた。
「これからも貴方のために毎日とびきり美味しい紅茶を入れますね、リヴァイ」
泣いた烏がもう笑っている。この彼女の穏やかな笑顔に、幾度となく助けられてきたことを思い出す。
「ああ、頼んだ」
香しい紅茶の香りが、部屋を包み込む。ようやく巡ってきた幸せを、これからは彼女と共に歩んでいこうと、リヴァイはナマエの頬を優しく撫ぜた。
◇あとがき◇
少し前にアニメが終幕を迎えたので、戦いの後、マーレでリヴァイに幸せな余生を暮らして欲しいという思いからこのお話を執筆いたしました。
リヴァイには、いつも笑顔でお世話焼きな可愛らしい夢主が似合うんじゃないかなと個人的に思ってます。
初のsngkキャラでしたがとっても楽しかったです〜!リクエストありがとうございました!
2023.02.23
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