after story
「ミスルンさんと結婚はしないの!?」
興奮したように尋ねてくるマルシルの言葉に、ナマエは思わず目をぱちくりと見開いた。
事の発端は、昼食時。レルムと城の食堂でランチを選んでいれば、顧問魔術師のマルシルとたまたま出くわし、共に食事を摂ることになったのだ。
たわいも無い会話をしながら席につき、机にのった料理を目の前にして「いただきます」と手を合わせたナマエはほんのりと湯気のたつパスタにフォークを絡める。ぷりぷりとしたクラーケンの身とにんにくの効いたトマトソースはとても相性が良く、散りばめられたバジルの爽やかな風味がさらに旨みを引き立てていた。
そんな美味しいパスタに舌鼓しながらちらりと視線を横に向ければ、隣ではレルムが丁寧にチキンソテーにナイフを通している。そして流れるように向かいを見れば、チーズののったドリアに未だ手をつけず、何やらもじもじとした様子のマルシルの姿が視界に入った。
「ドリア、熱いですか?」
「へ!?いや、その・・・」
猫舌なのだろうかと声をかけてみたが、同意を得ることはできず、彼女は代わりに素っ頓狂な声を上げた。どうやら見当違いだったらしい。
パスタを巻きながら不思議そうな表情を浮かべるナマエをじっと見つめた後、マルシルはおずおずと口を開いた。
「えーっと・・・その、あの〜・・・ナマエとミスルンさんって、お付き合いされてるんだよね?」
「はい。メリニに来る直前からだったので・・・まだ一年くらいしか経っていませんが」
「そっそれで、一緒にも住んでるんだっけ?」
「ええ。共に暮らしているのは五歳の時からなので、もう十六年ほどですかね」
頬を染めながら尋ねてくる彼女は、自分よりはるかに年上といえども、まるで思春期のティーンエイジャーのようである。エルフは色恋沙汰が好きというのはナマエの中で定着しつつあったが、彼女も例に漏れずその傾向があるらしい。
話の通り、ナマエがミスルンと共に駐在員としてメリニへと渡ったのは、約一年前の六月のことだ。
技術協力の一環として、宮廷薬師を数名派遣して欲しいというライオスからの要求を、エルフの女王は快く承諾した。女王公認の肝入り派遣という魅力的な仕事から、出世を狙うものたちがこぞって手を上げることになり、上層部の会議は荒れに荒れたらしい。ちなみに派遣人数は四名と激戦であったものの、ミスルンからの推薦もあり、無事にナマエは一員に選ばれることになった。
他には役職付きが一名、中間管理職から一名選ばれたのだが、残る一枠は公募という形になった。そこに名乗り出たのが、今ナマエの横でチキンソテーを堪能している親友のレルムである。
情報が解禁されるや否や、『ちょうど新しい刺激が欲しかったの』と美しく微笑んだ彼女は、見事他を圧倒するプレゼン力でナマエやミスルンと共にメリニに渡る権利を勝ち取ったのだ。
そんなレルムは、咀嚼していたチキンをごくりと飲み込むと、マルシルの様子を見て楽しそうに唇の端をあげた。
「あらまぁ。マルシル嬢は恋愛話には目がないご様子」
「いやっそのっ!この間たまたまミスルンさんとお仕事を一緒にしてた時に、ナマエの話になっただけで・・・!!」
「そうなの?『ダル族』シリーズがお好きだと聞いてたのに、残念だわ。私も大好きなんだけど、実は私の伯母と著者が魔術学校の旧友なのよ」
「えぇっ!?ぜひ詳しくお話を聞かせてくれます!!??」
「ふふっ、また今度ね。それより、まだ何かナマエに聞きたいことがあるんでしょう?」
興奮のあまり今にも立ち上がりそうな勢いのマルシルを、レルムは愉快そうにどうどうと宥める。その言葉にはっと我に返ったマルシルはこほんと咳払いをすると、改めてナマエの方へと向き直った。
そしてその直後、彼女の口から飛び出してきたのが「結婚はしないの!?」という突拍子もない冒頭の言葉なのである。突然の問いかけに驚き目を見開いたものの、ナマエはすぐさま首を横に振った。
「ええと、特にそんな予定はなくて・・・。元より今後も籍はいれるつもりはないですし」
「へ!?ミスルンさん、『ナマエとは生涯を誓い合っている。手放すつもりはない』って言ってたのに!?」
一体いつそんな話を聞き出したのだろうか。ミスルンが恋愛話を誰かにする事など到底想像できないことから、恐らく根掘り葉掘りマルシルが聞き出したか、カブルーあたりが要らぬ茶々を入れたに違いない。
とはいえ、不意にミスルンの想いを知ってしまったナマエは思わず頬を赤く染める。そんな親友に助け舟を出すように、ナプキンで口を拭っていたレルムが間に入ってくれた。
「ミスルン隊長は王都では有名な貴族のご出身でしょう。トールマンのナマエと籍をいれるとなると、色んな制約があるし、多方面から邪魔が入っちゃうから」
「あっ・・・!そ、そうだよね。ごめんなさい。私、無神経なこと言っちゃって」
「いえ、全然気にしてませんので大丈夫ですよ。私はミスルンと共に入れるだけで幸せですから」
先程の勢いはどこへやら。しゅんとしょぼくれたマルシルを見て、ナマエは彼女を慰めるように、にこりと微笑んだ。
貴族となると政略結婚も多い。実際、過去に色々あったとはいえ、ミスルンにもケレンシル家と繋がりたいという他貴族との婚姻話が多く持ちかけられていた。しかし彼自身、欲望を失ったことでその様なことにてんで興味は持ち合わせていなかったし、いざ悪魔を討ち果たし後は、芽生えていた己の気持ちに気づきナマエと生きることを選んだ。
その事実を知った彼の両親は、いくら不義の子とはいえ、もちろんあまりいい顔はしなかった。しかし事情を知ったミスルンの兄が上手く取り計らってくれ、なんとか交際に関しては黙認され、離れ離れにされずに済んだのだ。もしこれで婚姻など勝手に結んでしまえば、ミスルンの両親や親族たちが何かしらの強硬手段に出るのは目に見えている。
そのため、入籍などただの紙面上の問題なだけで、互いに想いあっていれば大丈夫だと、二人は今の関係を続けていくことを選んだのだ。
ふとメリニに来る前のそんな騒動を思い返していれば、しばらく黙って何やら考え込んでいたマルシルが、突然ぱっと顔をあげる。しょんぼりと眉を八の字にしていた表情から一変して、彼女の目は再びキラキラと輝いていた。
「ねぇ、せっかくだし二人の友人や仲間を集めて、小さなパーティーを開くのはどう?」
「・・・へ?」
「入籍はしないとはいえ、生涯を誓い合った仲なんでしょう!?やっぱり節目って大切だと思うの!それにウェディングドレスってやっぱり着たくない!?」
名案とばかりに手を合わせて興奮するマルシル。この一年、彼女の挙動を近くで見てきたが、こうなってはなかなか止める術がないということをナマエは充分に理解していた。
こういう時は決まってカブルーがマルシルの暴走を止めてくれるものの、生憎彼はこの場にはいない。助けを求めて慌ててレルムの方へ視線をやるも、頼みの綱の親友はにやりと心底楽しそうな笑みを浮かべていた。
「そういえばこの間王都に帰って上司の結婚式に参列した時、花嫁のウェディングドレス姿を見て『素敵だなぁ』って目を輝かせてたわよね」
「レ、レルム!!」
「でしょ〜!?ミスルンさんとはこの後仕事で一緒になる予定だから、それとなく私から話してみるね!!ミスルンさんも、絶対にナマエのドレス姿を見たいと思うの!!」
ねっ?ねっ?と甘えるように懇願してくるマルシルに、ナマエは白旗を上げるしかなかった。
***
『パーティーのことだが、私は別にかまわない』とミスルンが告げたのは意外だった。反対までとは言わないが、目立つことをあまり好まない彼はマルシルの提案に難色を示すと思っていたからだ。
マルシルの暴走事件の夜。メリニでの二人の住まいに帰ってきたミスルンと食事を共にしていれば、ふとマルシルから聞いたとミスルン自らパーティーの話題に触れてきたことにナマエはとても驚いていた。スプーンですくっていたはずの半熟卵が、そんなナマエを嘲笑うかのようにつるりと皿の中に滑り落ちる。慌ててそれをスプーンですくい直すナマエの姿を見て、反対に彼は少し不思議そうな表情を浮かべていた。
「お前は嫌なのか?」
「いえ、そういう訳ではないんですが・・・」
上手くすくい直した卵をそのまま口にすれば、ちょうど良い具合に茹でられた黄身が口内にとろけた。もごもごと言い淀むナマエに、ミスルンはただじとりとした目線をむけてくる。
こういう時の彼はかなりやっかいだ。欲求を少しずつ取り戻しているといえども、まだまだ他人に対してはかなり無関心なはずなのに、ナマエの事になると本音を知りたいと一気に欲張りになる。
こうなれば素直に伝える方が手っ取り早いと、ナマエはこほんと咳払いをしながら、意を決してミスルンに問いかけた。
「その・・・ミスルンは私でいいんですか?」
小規模ながらも結婚式まがいのものをするとなると、巡り巡ってメリニ国内で色々な人に話が拡散される可能性があるだろう。話を聞いた人々はきっと、ミスルンとナマエは夫婦なのだと思い、今後二人に対してそういった扱いをしてくるはずだ。
それをミスルンが良しとするのか。彼にとって何か不都合はないのか。様々な想いから言い淀むナマエに対し、ミスルンは少し驚いたように目を見開いたあと、そんな不安な気持ちを払拭させるかのように「もちろんだ」と頷いた。
「私はナマエ以外と今後そういった関係になるつもりは毛頭ない。お前は違うのか?」
「もっ、・・・もちろん私もそうです」
「なら問題ない。それに・・・」
「それに?」
「ウェディングドレス姿のお前を私は見てみたい」
「・・・なんだか、どんどんと欲張りになってますね」
「いい傾向だろう?それに、私のしたいことを共に叶えてくれると約束しただろう」
子供じみたように目を細めるミスルンを前にして、ナマエは頬をほんのりと染めながら嬉しそうに顔をほころばせた。
そこから本番まではあっという間だった。二人から承諾の返答を聞いたマルシルによって、会場作りや料理の手配、はたまたドレス制作まですぐさま段取りが組まれていき、ナマエとミスルンは特段何もすることなく日々を過ごしていた。
唯一関わったことといえば、ドレス作りだ。既製品やはたまた誰かのお下がりでいいと言っていたのだが、話を聞き付けた黄金郷の人々が息巻いて制作したいと立候補してきたらしい。家に訪れた彼女たちは、嬉しそうにナマエの体に巻尺を沿わしながら、どんな生地がいいか、はたまた形はどれが似合うかなどと目を輝かせていた。
「ミスルンさんはエルフの正装をするのよね?それならやっぱりドレスのラインはエンパイアかスレンダーがいいかしら」
「そうね。デコルテを見せるならボートネックかな」
「ん〜!でもレースのハイネックも捨て難いわ」
色めきたつ声と共に、羊皮紙には様々なデザインのドレスのイメージ図が描かれていく。どれが好みかと尋ねられたナマエもまた、初めての体験に心躍らせながら、あぁだこうだと議論を重ねることになった。
そして三ヶ月後、ついに迎えたパーティーの日。無事に出来上がったウェディングドレスに身を包んだナマエは、一人控え室にて鏡を前にして座っていた。
繊細なレースの上にきらめくビーズが散りばめられたロングスリーブとハイネックが上品なデザインの、華美すぎないエンパイアラインのドレス。それにレルムによって施された化粧とヘアメイクも加わって、まるで鏡の中の自分が自分でないような気がしてしまい、ナマエは先程から何だか落ち着かない気分でいた。
ミスルンは別室で着替えているため、今はここにはいない。さらにドレスのデザインも当日までは秘密にしようということになっていたため、ミスルンはナマエがどんな様相で待ち構えているのかを全く知らないのだ。
一体どのような反応をしてくれるのだろうか。果たして今の自分はちゃんとこの美しいドレスに釣り合っているのだろうか。そんな非現実的な現状を前にしてドキドキと胸を高鳴らせていたナマエの耳に、コンコンと扉をノックする音が飛び込んできた。
「ナマエ、用意はできたか?」
「・・・は、はいっ」
「入るぞ」
飛び込んできたミスルンの声に、声を上ずらせながらナマエは慌てて椅子から立ち上がる。チュールのスカートがふわりと揺らしながら振り返れば、入口に佇むミスルンが視界に写った。
白地に金色の刺繍が施されたロングジャケットをはおった彼は、銀色の髪を一つに束ねており、いつもとは違った荘厳さを醸し出している。思わず美しい姿に見とれていれば、それはミスルンも同じだったようで、顔を合わせて数秒後ののちお互いの視線がようやく交わった。
「とても綺麗だ」
静かに漏れ出た彼の感嘆の言葉は、ナマエの身体の緊張を簡単に解いていく。
「ほんと、ですか?」
「うん。よく似合っている」
コツコツと床の木が軋む音と共に、ミスルンはナマエの前へと歩みいる。ヒールを履いているせいもあって、いつもより少しばかり背が高くなったナマエが照れたようにはにかめば、彼は柔らかな表情でこちらを見上げた。
「マルシルに感謝しなければな」
「はい。あとドレスを作ってくれた黄金郷の方たちに、色々と手伝ってくれたレルム、あと今日わざわざ集まってくださった皆さんにも」
マルシルやカブルーの話によれば、今日のパーティーにはライオス王やファリン、ヤアドなどの城の関係者を始め、パッタドルのみならずエルフの国から内々に元カナリア隊のメンバーも駆けつけてくれたらしい。門出を祝福しようと集まってくれた人々の温かさは、これからの二人の未来を明るく照してくれることだろう。
そんな嬉しさを噛み締めていれば、ふいにミスルンがゴソゴソとジャケットのポケットに手を入れ何かを取り出してくる。手元から現れたのは手のひらサイズの小さな箱。ミスルンの指が箱を開ければ、中には華奢なパールがぐるりと並んだエタニティリングが美しい輝きを放っていた。
「お前の生まれ故郷の名産であるパールで作ったものだ。やはり何か形に残るものを贈りたいと思い、東方から取り寄せて造ってもらった。受け取ってもらえるだろうか?」
五歳でミスルンと出会い、西方エルフの国に連れてこられて以来、遠方なこともありナマエは故郷に戻ったことはない。そのため記憶はかなり曖昧になっており、親とのわずかな思い出以外は、故郷での記憶はほとんど残っていなかった。
しょうがないことだと思いながらも、どこか心の奥底で侘しい気持ちが巣食っていたのを、ミスルンは気づいていたのだろう。
自分のことを考えて選んでくれた喜びはもちろん、これでいつでも故郷の面影を感じることができるのだと、ナマエは思わず涙ぐみながらミスルンの方へと視線を戻した。
「っ・・・本当に、嬉しいです。ありがとうございます」
ナマエからの答えに、ミスルンは安心したように口の端をあげると、そのまま指輪を手に取り、ナマエの左薬指へとリングを通した。サイズなんていつ計ったのだろうかと驚くほどにぴったりのそれは、初めからナマエの指に存在していたかのようによく馴染んでいる。
「さぁみなが待っている。行こう」
「はい、ミスルン」
差し出された暖かな掌に指先をのせれば、彼はギュッと力をこめて握りしめてくれた。
一度全てを失った二人が手を取り合って歩む未来はきっと、どんな宝石達にも負けないくらい輝かしいものになることだろう。
fin.
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