『ナマエはどんな男がタイプなんだ!?』


 赤髪を揺らしながら目を輝かせて聞いてくる少年に、ナマエははたとじゃがいもの皮を剥いていた手を止める。
 普段ナマエは戦闘員で、キッチンでの仕事は本業ではない。けれど大所帯のロジャー海賊団には大食らいが多く、料理人の手が足りたためしがないため、時たまこうして臨時で手伝いに駆り出されるのだ。
 見習いとして普段は雑用係をしているシャンクスも、当然調理場にいることが多い。キッチンに現れたナマエを見つけるや否や我先にと隣を陣取ると、シャンクスは野菜の泥をバケツの水で落としながらナマエを見上げた。
 年齢は二つしか離れていないのにも関わらず、彼はまだ成長途中なのかナマエよりも頭一つ分ほど背丈が小さい。船員歴は先輩と言えども、この可愛い弟のような存在がナマエに好意を寄せていることは、傍から見ても明らかだった。


『私より強くてレディーファーストで、目元に傷のあるダンディな男』


 若いながらもナマエの腕はかなりたち、隊の副隊長を任されるほどの実力者だ。そのため、羅列された条件に当てはまる人物といえば、このロジャー海賊団にはあの副船長しかいない。
 躊躇無く言い切るナマエの言葉に、シャンクスは項垂れたように肩を落とす。それを見て、向かい側に座っていた料理人たちが、ニヤニヤと愉快そうに笑みを浮かべていた。


『シャンクス、諦めろ。ナマエはもう随分と前から副船長に首ったけだからな』
『そりゃあ、あんな素敵な人を放っておく女なんていないでしょ?』
『ガッハッハッ!でもお前、副船長に全然相手にされなかったらしいじゃねェか』
『うるさいなぁ。十八になるまで待ちなさいって言われてるだけだから!』


 以前想いが爆発して、ナマエは酔った勢いのまま、レイリーに夜這いを仕掛けてみたことがある。しかし『十八になったらな』とやんわりと頭を撫でられ、シーツに包まれて女子部屋に返品されてしまったのだ。胸が大きくなり、色気が出てきたと言えども、彼にとっては十六歳なんてまだまだ子供らしい。
 苦い記憶を思い出し、べーっと舌を出しながらナマエは剥き終わったじゃがいもをザルへと移した。


『じゃあおれがナマエより強くなったらいいんだな!?』
『は?』


 先程まで項垂れていた背中は何処へやら、がばりと勢いよく顔を上げたシャンクスは、再び目を輝かせてナマエを見つめていた。


『ちょっと待ってよ、どこをどう切りとったらそうなるの?』
『え?だって強い男が好きなんだろ?』
『さっきの話聞いてた?いくら強くなろうが、色気ゼロのお子ちゃまなんて私興味ないから』
『ガッハッハッ!副船長の色気はそう簡単には身につけられねェぞぉ〜』


 どれだけ突っぱねてもへこたれる気はないらしい。ふと、以前バギーがやつれた様な顔で言っていたことを思い出す。『あの天然は末恐ろしい』と──。
 はぁと重いため息をつくナマエとは裏腹に、シャンクスはやる気に満ち溢れたように満面の笑みを浮かべていた。




日和風は東から





 シーツがこすれる気配を感じ、ナマエはゆっくりと目が開ける。ぼんやりとした薄暗い部屋の中には、波がさざめく音だけが静かに響いていた。


「悪い、起こしたか?」


 柔らかい声と共に、ナマエの頭を大きな手のひらが撫でていく。「大丈夫」と答えたかったものの、カラカラに乾いた喉では上手く声が出ない。日付を超すまで散々付き合わされたせいだと、じとりとした視線を送れば、頭上からはくつくつとした笑い声が降りてきた。


「そう睨むなって。久しぶりに会えたんだから、燃え上がっちまうのはしょうがないだろう」


 空を覆っていた雲が途切れたのか、窓辺から入ってきた月明かりが男の赤い髪を照らす。
 麦わら帽子がトレードマークだったあの頃の可愛いらしい姿は、一体どこに行ってしまったのだろうか。気怠げに前髪を搔き上げた男──シャンクスはサイドテーブルに置いてあった瓶の中身を煽ると、そのまま腰を折り、シーツに寝転んだままのナマエの口に己の唇をあてがった。
 突然の行為にひるんだ合間にねじ込むようにして、彼の口から生ぬるい水が流し込まれる。抵抗しようにもいつの間にか腕を抑え込まれており、熱の篭った唇がそれを許さない。
 ロジャー海賊団で手合わせしていた時は簡単にねじ伏せることができたのに、今やびくともしないのが憎たらしい。そんな事を考えながら注がれた液体を大人しくごくりと飲み込めば、シャンクスの唇がようやく離れていった。


「馬鹿。水くらい普通に飲めるわよ」
「それは失礼。レディーファーストな男が好きと聞いていたもんでな」
「・・・何の話?」
「昔言ってたじゃないか。自分より強くてレディーファーストで、目元に傷のあるダンディな男がタイプだと」


 もうずいぶんと昔の話だ。今更蒸し返してくるだなんてなんと意地の悪い。ナマエが不貞腐れたように口をへの字に曲げれば、シャンクスはまた愉快そうに笑い声をあげ、そのままベッドの縁に腰を下ろした。


「図らずとも、おれはお前好みの男になったというわけだ」


 嬉しそうに声を弾ませるシャンクスの目元には三本線の傷が走っており、何も纏っていない上半身の肌はまだじんわりと汗ばんでいて、妙に色気を纏っている。
 本当に腹立たしいほどに、シャンクスはナマエ好みのスペックを持つ男に進化を遂げていた。そう、だから彼と再会した時、いとも簡単に口説き落とされてしまったのだ。

 ロジャー海賊団が解散後、シャンクスの誘いを断ったナマエは一人海を漂っていた。傘下にあった他の海賊団に身を寄せてみたりもしたが、やはりかつての仲間たちのことを思い出してしまい、どこもあまり長くは続かなかった。
 そんな自由気ままな生活が終わりを告げたのは、ナマエが三十の時。腕に怪我をしてしまったことで、治療目的でとある島に定住することになり、そのまま海賊からは足を洗ってのんびりと暮らすことを選んだのだ。
 幸い、貯めていた金や宝石類はたんまりとある。余生を過ごす老人のようにのんびりと慎ましく過ごしていたところ、突然シャンクスがナマエの目の前に姿を現したのだ。

 それは確か『赤髪シャンクス・四皇入り』との記事が新聞の一面に踊っていた頃。片田舎の島に、赤いドラゴンの船首がついた大きな船が停泊した事で、村中が大騒ぎになったのも記憶に新しい。
 『お前より強くなったから迎えに来た』と、シャンクスは跪いてナマエの手の甲にキスを送ってきた。目に三本線の勲章をこさえ、片腕をなくした彼からは、ギラギラとした熱量のあるオーラが溢れ出ていて、まるでかつてのゴールド・D・ロジャーをみているようだった。
 そしてそんな男が、島に停泊している間、酒や女などには目もくれず、毎晩足繁く自分の元に愛を囁きに訪れるのだ。ぐっと大人の男に成長したシャンクスに迫られて、ナマエが堕ちてしまうのも無理はなかった。


「まぁ中身はまだまだお子ちゃまだから、レイリーさんのダンディ具合とは天地の差があるけどね」
「ははっ、相変わらず手厳しい。こうみえても『男らしい!』とか『船長さんってば大人の男ね♡』って、酒場の女たちには褒められるんだがな」
「それは貴方の表面しか知らない人達の台詞でしょ。子供の頃に欲しかった宝を大人になっても懲りずにずっと追い求めるだなんて、まともな思考の大人には出来やしないわよ」

 "ひとつなぎの大秘宝ワンピース"しかり、一人の女の影を何十年も心に留めていたことしかり、だ。
 猫のように首筋に擦り寄ってきた頬をぎゅっと摘みあげれば、シャンクスは恐れ入ったと言わんばかりに、白い歯を見せて笑う。あの頃と少しも変わらない屈託のない笑顔に、ナマエはなぜだか安心した。


「それで?おれの宝は、いつになったら一緒に船に乗ってくれるんだ?」


 囁き声とともに、ナマエの耳元をシャンクスの唇が優しく啄んだ。熱を含むその行為に、冷めていたはずの欲が腹の中からむくむくと萌え上がる。
 獲物を追い詰めた獣のようにギラつき始めた男の目をみて、ナマエは思わず喉を鳴らしながら、シャンクスの首筋をゆるりとなぞった。


「何度も言ったけど、もう私は海賊に戻るつもりはないの。潮風で髪が痛むのも、日に焼けて肌にシミができるのも、もう懲り懲り」
「これで振られるのは三度目か?ここまでおれを泣かせる女はお前くらいだ」
「いい加減懲りない貴方が悪いのよ」
「それは否定できないな」


 そう言ってうっそりと笑えば、シャンクスの手が再びシーツの合間を縫って、ナマエの柔らかな肌に触れた。
 闇夜の静けさを、烈々たる熱が塗り潰していく。漏れ出る吐息を噛み締めながら、ナマエはゆっくりとシャンクスの耳元に唇を寄せた。


「・・・その代わり、ずっとここで帰りを待っててあげる。しばらく会えない間、シャンクスのことを忘れないようにしっかりと刻んで頂戴」


 ナマエの愛の囁きは、降ってきた唇に飲み込まれ、消えていく。
 船が出航するまであと六時間。
 ──それだけあれば、充分だ。





◇あとがき◇
初書きシャンクス夢!ちょっと大人な雰囲気にしてみましたが、いかがでしたでしょうか?
彼には一途に誰かに恋していて欲しいなという願望が私の中にあります。幼い頃のシャンクスも書くことができて楽しかったです。
遅くなりましたが、楽しんで頂けたら幸いです。
リクエストありがとうございました!

 2024.05.06


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